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終幕:六;道化と賢者と死神と…

「リア…? 何で来たの。来なくて良いよ。邪魔」

 一瞬のうちにリアの隣にリズは姿を現した。

 いつもと違うリズの雰囲気はどこか危うい雰囲気を漂わせていた。しかし、この場を去ればリアがここに来た意味がない。湧き上がる恐怖を必死に隠しリアは口を開く。

「僕にも何かできるかもしれませんよ? 少しでも力になれば―――」

「そんなものはいらない。いいから帰れ。帰らないなら俺が殺す。」

 途中で遮断された言葉はリアの口から出ることは無かった。

 リズの声には感情がこもっていない。そんなことは誰が聞いても明確だった。しかし、それと同時にリアは悲しくなっていた。殺すといわれたことではなく、感情がなくどこまでも機械的な言葉はリズの本心ではないことが理解できたからだ。

 リアの他人を見る眼はかなり高い。一度会話をするだけでその人物がどのような人間か、また、自分のことをどう思っているかということが本能的に理解できる。そして、他人の感情にも敏感なために今のリズの気持ちは簡単に理解できた。

 リズは本心では嬉しがっているが、手伝いは本当に必要ではない。()しんば必要だったとしてもリズは必要じゃないと答えるだろう。それは他人を傷つけたくないという優しさからだ。

「リズの邪魔にはなりませんよ。僕なりに『あの人』をどうにかしてみます」

 口元は薄く笑い、顔には笑みを貼り付け、優しい人間を演技するリア。実際、彼は優しいが今はリズの力になるために『わざと』笑みを作り、自分は大丈夫。と思わせている。すると、リズは納得したのか、目を閉じて口を開いた。

「わかった。でも、『あれ』を人間と思わないほうが良いよ。あれは『死神』。ヘルからの使いだ」

 そう言って視線を前に戻と同時にリズは目の前の人物を指差した。それに合わせるようにリアも視線を前へと向ける。

 そこには、『死神』が立っていた。身長はリズぐらいだが、自分の身長より遥かに長い黒のローブを羽織り、フードは顔を隠すように被っている。右手には巨大な木の棒が握られており、棒の先端には大きく弧を描いた漆黒の鎌がついていた。風が吹きフードが少し舞い上がった時に見えた顔はリズに似ている少年だったが双眸の色は猩猩緋(しょうじょうひ)のそれに近かった。

 体の底から恐怖が湧き上がってくる。正直なところ、逃げ出したい。

 だが、そんな考えは捨て去り無理にでも恐怖を拭い取るしか選択肢はなかった。何しろ、さっき手伝うと言ってしまった手前、何もしないで帰ればそれこそ足手まといに他ならないからだ。頬を伝う冷や汗を拭い取りリアは死神と対峙する。

「ピエロ………!」

 ようやくリアの存在に気づいたのか死神は憎く声を出した。

「お久しぶりです。そんなに時間はたってませんがね。どうし―――」

 たんですか。という最後の台詞は口から出ることはなく襟をリズに引っ張られ代わりに「ぐっ」とくぐもった声が出てきた。勿論、襟を急に引っ張られたために尻餅をつき倒れるリア。だが、それは本当に間一髪だった。倒れるリアは一瞬だけ、眼前を左から右へ通り抜ける銀色の光が確認できた。それがなんだったかは言うまでもない。

「ホントに足手まといだね…次こんなことしたら今度は俺が殺すからね!」

 リズの叱咤を受けているにもかかわらず、リアは眼前の光景を凝視していた。あれはいったいどういうことなのか。少年が大鎌を振り回すのはまだ予想の範囲内だった。しかし、あの鎌を見ると何か得体の知れない感情が湧き上がってくる。

 あの鎌はおかしい。


 怖い。


 恐怖がリアの体を支配するのには数秒とかからなかった。体が震え、まともに動けなくなるリアはまたしても襟をリズに引っ張られ、後方へと引きずられる形で頭上に振り下ろされた大鎌を回避した。しかし、安心するには早かったようだ。振り下ろした鎌は遠心力を利用し地面すら切り裂き『死神』は体を回転させさっきの一撃より更に早く鎌を振り下ろした。

「っ!」

 身体能力がお世辞にも人並みとはいえないリアが避けられるはずがない。避けられるはずがないのだが、彼は避けた。いや、偶然に避けれたというべきだろうか。体ごと横に転がり紙一重で回避していた。

「チッ……」

 『死神』は舌打ちをした後に鎌を引き抜こうとした。しかし、リズがそれを許さなかった。

 腰を落とし、一瞬で『死神』に近づき彼の腹を蹴り、後方へと飛ばした。蹴りを放ち終わったリズは右腕を薙いだ。すると、次の瞬間『死神』の左腕が肘から斬り落とされていた。

 『死神』は斬り落とされた左腕を無視し再びリアに襲い掛かった。鎌は右腕で担ぎ高速でリアに近づく。

 リアはリズが『死神』を蹴り飛ばしたときに体を起こし立ち上がりどんな攻撃にも備えていた。しかし、彼には避ける(すべ)も迎え撃つ術もない。できることはただ一つ。殺されることだけだった。

「リア!!」

 リズが叫ぶが早いか、『死神』がリアを斬るが早いか。リズの耳に何か、高い音が聞こえた。だが、数秒後、辺りに静寂が訪れた。

「何とか間に合ったか」

 意外にも、静寂を破ったのはその場にいるはずがないアイアンの声だった。額にはうっすらと汗が滲み出ている。おそらく、走ってきたのだろう。髪が汗で少し湿っていた。

「アイアン!」

 リズの顔に明るさが戻った。さっき、リズの耳朶を叩いた高音はおそらく金属音、それの正体はアイアンの『神秘』。

「ダイジョブかリア。死んでねぇか?」

「えぇ。結構ギリギリでしたよ。ありがとうございます」

 リアの左腹部には『死神』の鎌の先端があった。しかし、おかしいことにそれはリアに刺さっていない。『死神』が止めたのか、否。そんな優しい性格ならばそもそも戦闘すら起こさないだろう。では何故? 理由はただ一つ。アイアンの『神秘』のおかげだ。

 よく見ると、鎌の先端が当たる部分のみ服の材質が変化していた。リアの服は綿素材で鎌という鋭い武器でなくても容易に引き裂ける。しかし、『そこ』は綿ではなく人間の力では決して破壊できない材質、『鉄』に変化していた。

 アイアンは『死神』を一瞥すると右手の指をパチンと弾いた。

「……………。」

 『死神』は数回、後ろに飛び跳ねた後、姿を消した。

「消えたか。ま、後はダイジョブだろ」

「大丈夫って…何がですか?」

 先ほど鎌が当たっていた箇所を(さす)りながらリアはアイアンに問う。いつのまにか鉄になった部分は元の綿素材に戻っていた。一方で、質問されたアイアンは面倒くさそうにリアに向き直り頭を掻きながら答えた。

「爺さんが後始末に行ってるはずだ。多分な」

 信じられなかった。『死神』はリアから見ても明らかに人間の身体能力を超越していた。それをワイズが後始末に行くのはどう考えても無謀であり自殺行為に等しかった。その考えが顔に出ていたのか、それともリアの考えを読み取ったのか、リズはリアの服の袖を引っ張る。それによって幾らか落ち着きを取り戻したリアはリズのほうを見やった。

「大丈夫だよ。ワイ爺だって『到達者』なんだし。それに……」

 ひと呼吸おいて少し(はばか)る様にリズは口を開いた。

「ワイズは…リアよりも強いから」

 それは、はたして安心していいのだろうか。不安がリアの心を取り巻く中、アイアン、リズはその場を去ろうとした。そして、少し遅れてリアも二人の後をついていった。だが、リアはふと足を止めた。一瞬だけだが、左目に何かの反射光を感じたからだ。先ほどまで『死神』がいた場所を凝視するリア。そして、少しだけ口角を吊り上げてほくそ笑んだ。

 すると、後ろからリズとアイアンの声が聞こえる。

「置いてくよー。リア」

「早く帰って酒飲みてぇな。早く帰るぞ」

「あ、今行きます」

 リアは(きびす)を返しその場を後にした。


 * * *

「はぁ、はぁ…ピエロぉ……!!」

 『何か鋭いもの』で切断された左腕を右手に持ちながら『死神』はワノールにおいて最大級自由区域、『欲望と絶望』、通称ダブルディー区域にいた。ここの治安は最悪という言葉を借りても足りないほどに廃れ、腐りきった区域だ。強盗、恐喝、殺人、強姦。ありとあらゆることが許される場所、そのためかここにいるのは決まって悪人やヘルに片足突っ込んだ連中が多い。

 『死神』は殺気を撒き散らしながらダブルディー区域を彷徨っている。深々と被ったローブの中からは呪いの言葉が吐き出されている。だが、呪いの相手は抽象的過ぎるために他人には個人を特定できない。

 左腕の切断で生じた激痛は、治まるどころか次第に熱に変わり彼の精神を蝕んでいく。足取りがふらつき視界がぼやける。ふらつく足で歩いていると。

「いてっ……」

 急に何かと、いや誰かとぶつかった。目線だけ上に向けるとそこには外見から判断して下品な男が立っていた。下唇と左耳にピアスを付けており、髪はピンクに染まっている。

「てめぇどこ見て歩いてんだぁ!? 殺すぞチビがぁ!」

 声の音程がおかしい。時折だが裏声が混じり口調も下品。おそらく麻薬中毒者(ジャンキー)か何かだろう。だが、『死神』はその声すら聞こえない。左腕を襲う高熱の幻肢痛は彼から聴覚を一時的に奪っていた。呼吸が荒い『死神』を見て男は口を開いた。

「んだこいつ? 興奮してんのかぁ? 最近溜まってるからなぁ…ここらでヌいとかねぇと。ヘヘヘ、体にワリィよな……」

 そう言いながら男は『死神』を押し倒そうとした。しかし、彼は押し倒さずにすぐ隣をすれ違った。上半身のみが。

「ジャ…ま、ダ……」

 先ほどまで左腕しか持っていなかった彼の右腕には左腕の代わりに大鎌が握られていた。

 斬りおとされた男の上半身は地面に崩れ落ち、下半身は仰向けに倒れ地面に赤く水溜りを作った。そんな凄惨な光景であるにも関わらず、周囲の人間は悲鳴一つあげるどころかこちらを見ようともしなかった。

 異常とも思える光景。だが、ここでは『こんな光景こそが通常』なのだ。道を見渡し、死体のなかった日などはない。それが、ダブルディー区域の現状なのだ。

 殺しがあっても見向きもせず、死体があっても干渉しない。だが、ある一人は殺した少年に干渉した。つばの広い三角帽子を被り、先端が渦を巻いている樫の杖を左手に持った老人、ワイズは『死神』に干渉した。

「おぬし、先程まで右手に持っていた左手はどうした?」

 そう。『死神』はさっきまで鎌の代わりに左手を持っていた。だが、今は左手はなく巨大な鎌を右手に持っていた。

「……識者」

 『死神』は聴きなれない単語を口にした。だが、ワイズはその単語を聞いたとき口角を吊り上げて口を開いた。

「『識者』、識る者か。生憎とワシは識者ではないの。言うなれば……」

 ワイズの杖が地面を叩いた。コツン。と音がする。そして次の瞬間、杖の叩かれた部分のみが勢い良く『死神』向かって伸びた。地面の先端は鋭く、人など容易に貫ける鋭さだった。

 『死神』は持っていた鎌の刃の腹部分で防いだが、左腕が無いために鎌を支えることができない。大きすぎる武器が仇になっていた。しかし、なんとか半身を左にずらし鋭い土の『牙』を回避した。だが、牙のみに集中してしまったためにワイズにまでは注意が行き届いていなかった。急いで視線をワイズに戻すと彼は眼前にいた。

「『賢者(サガ)』と呼んでもらいたいの。小僧」

 杖の先端を左手で支え、杖の中腹部分を持っていた右手は杖を地面と平行にし杖先を『死神』へと向ける。そして、『賢者』は口を開いた。

「神の鳴く声、見えざる槍にて闇を穿て。巨人の歩は地を揺り動かし破壊す。風の子は気まぐれに友と(たわむ)れ疾風の鎌を生み出さん」

 ワイズの台詞の終わりとともに辺りに変化が起きた。

 杖からは一瞬だが黄色い閃光が放たれ、『死神』を穿った。

 『死神』が倒れると同時に辺り一面から先程と同じ『牙』が何本も突出し、彼に突き刺さった。

 そして、最早息があるのかすらわからないが、追い討ちをかけるように『死神』の体が切り刻まれた。おそらく、カマイタチだろう。一瞬だが、ヒュッという風の音が聞こえたワイズは満足したのかそうではないのか、三角帽子を深く被った。

「やはり……か。『本体』はもっと強いのじゃろうな」

 『本体』。ワイズは確かにそうつぶやいた。

「血を流さぬ時点で気づいてはいたんじゃがの。まぁよい。サーカス館に帰るとするか……」

 『死神』は閃光で空いた腹部からも、カマイタチで切られた所からも、地の牙で貫かれた部分からも、いや、それ以前にリズが斬りおとした左腕からも血を流していなかった。生物として絶対的に必要なもの、『血液』が『死神』には流れていなかった。

 どこか疲れた足取りでワイズはダブルディー区域を後にした。血を流さぬ奇妙なオブジェを残したまま。

「ピエロ……。あの小僧のことか。ワシらにはどうすることもできんのぉ。リズ」

 独り言を呟き、『賢者』は『道化(ピエロ)の待つ館』へと戻っていった。

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