五:追走
1ヶ月更新ですが読んでくれるとありがたいです。感想、評価、指摘をお待ちしてます。
「すごい…」
目の前の光景は凄惨というよりは芸術の域にあった。『ブラット』に突き刺さる石畳は不規則に、だが規則的に並んでるとも思える矛盾した光景。
「たまには体を動かさんとな、感覚が鈍ってしまう」
かぶっている尖がり帽子を杖を持った右手で直しワイズが立ち上がる。リア以外のメンバーは口元に薄い笑みを浮かべ『ブラット』を見ていた。
「久しぶりに見たねぇ。ワイ爺の『魔術』」
レンナが口に出した言葉をリアは聞き逃さなかった。
『魔術』。確かに彼女はそう口にした。今の時代、『再生期』では見ることができず、その単語を聞くこともない。だが、リアは見た、人にあらざる能力を。浮くはずがない石畳が浮き、風はそれの動きを補助し、高速回転した石畳は『ブラット』の体を貫いた。
「ワイズさんは…魔術師だったんですか?」
ふと、リアはワイズに聞いていた。
「うん…? そうじゃな。一般的にいえばそういう部類に入るのじゃろ」
「一般的?」
「うん。俺たちは『到達者』って呼んでるけどね。ちなみに、リア以外の『サーカス館』メンバーは全員『到達者』だよ」
信じられなかった。あんな人智を超えた能力を自分以外の仲間が全員使えるということが。
「あの、『到達者』って…どういうことですか?」
聞き覚えのない単語にリアは首をかしげる。リアの適応力はかなり高い。『ダルク』や『ブラット』を見てもほんの少し物怖じするだけで、数分たてば完全に見慣れたものと勝手に理解しているのだ。おそらく、それは環境においても効果は発揮されるだろう。しかし、『到達者』などという聞き慣れない単語には質問するしかない。
彼の質問にはワイズが答えた。
「『到達者』というのは『神秘』に『到達』した者のことじゃ。説明終了」
「はやっ…早いですよ! もう少し詳しく教えてください」
「なかなかに重い話じゃからなぁ…疲れるんじゃ。リズにでも聞けばよかろう」
ワイズの視線はリズに向けられた。リアもリズに視線を向けたがリズは『ブラット』を見たまま動かなかった。それを変に思ったのかアイアンが彼に近寄り肩を叩いた。
「おいどうした? リズ?」
アイアンが揺さぶるがリズに反応は見られない。まるで、立ったまま意識を失っているかのように。
「リズ? どうしたんですか?」
リアが言葉を発した瞬間、リズの周りで突風が吹き荒れた。至近距離にいたアイアンはそのまま吹き飛ばされ宙を回転した。
「うおっ!!」
空中で胎児のように体を丸め、リアの横に着地したアイアン。
「大丈夫…ですか? と言うよりリズのあの様子は何ですか? 『神秘』ですか?」
ステップを踏みレンナはリアの前に移動しリズとの距離をとった。包帯の巻かれている右腕をリアの前に出し、かぶりを振った。
「違うよ。あれは…あたいらも見たことがない。多分…」
吹き荒ぶ風はリアやレンナの髪を躍らせる。
「……………………来る」
ただ一言。リズが呟いた。
刹那、『ブラット』が縦に両断された。鋭利な刃物に切られたような姿はリズ以外の全員を驚愕させた。『ブラット』が分離したのと同時にリズは前に跳び、その場から姿を消した。
「リズ!!」
レンナは叫んでいた。だが、彼女は叫ぶだけで一歩を踏み出すことができていない。
そんな中、リアだけはリズを追っていた。『サーカス館』で唯一、『人間らしい』部分を残している彼だけが追っている。強風に煽られながらも一歩ずつ『ブラット』に近づいていった。
「リズを止めてきます。暴走なんてしたらここ一帯の人は消し飛びますよ。フフフ……」
冗談を口にし、笑みを浮かべた後に強風が吹き荒ぶ中彼はリズが消えた方向へと走り出した。
アイアンは右腕を上げ顔に当たる強風を緩和させ『ブラット』を見ていた。
尖がり帽子の鍔を掴みワイズは目を落とした。
レンナの腕に乱暴に巻かれている包帯の余分な部分が強風によって煽られている。彼女は乱れた髪を手櫛で直し溜息を一つ吐いた。
風はいつの間にか吹き止んでいた。
* * *
風を切る音が聞こえた。
おそらく、リズが近くにいる。足を早める自分の心内には一切の恐怖もないことに恐怖していた。
(強くなったんでしょうかね……)
考えるだけ無駄だと悟り、リアはかぶりを振った。振った際に陽光に照らされた髪は銀色に煌き、リアが走る度にふわふわと宙を泳いでいた。
「一体…どこへ行ったんですかね。さっきのリズの様子…尋常じゃないですね。急がないと……」
(ぁぁ…――――)
一瞬だが、リズの声がリアの耳朶を叩いた。
おそらく奥にいるだろうとリアの本能は示している。考えるより体が動いていた。
* * *
風を切る音と風を斬る音が聞こえた。リズはすぐ近くにいる。だが、姿を視認することができない。
リアの近くの地面が抉れる。下手に動けば命をなくす。本能的に察知し彼は一歩も動くことはなかった。辺りには誰もおらず、暴風が吹き、石畳は数枚剥がれていた。
「リズ……どこですか?」
両腕で顔面に当たる風を防ぎながらリアは一言だけ言葉を発した。だが、この風の中で言葉を発しても文字通り掻き消されるだけということはリア自身理解していた。しかし、リアには確信にも似た強い思いがあった。
「リズなら聞こえるはずだ」という思いが。
風が止んだ。
そこには、『死神』と『ピエロ』が立っていた。