二:邂逅
「とりあえずはこれで終わりですね……でも、アイアンさんは怒るでしょうね」
やれやれといった雰囲気でリアは両手に買い物袋を下げている。その中身はワイズからのお使いの品の本数冊、レンナからのお使いの食材。そして、一番軽いはずが量が多すぎるために一番重いリズのお使いのお菓子だ。買った物を見たところリズは甘いものが好きらしい。その証拠にチョコやキャンディが多い。だが、問題はそこではなかった。リアの最大の疑問点はその量にある。12歳の少年がこれほどの量を食べきれるのかが謎だった。
「リズならきっと食べるでしょうね…。でもキャンディ20本も買うのは恥ずかしかったですねー…」
一人小声で『自由人』への帰路を歩くリア。そこで彼は不思議な『モノ』を見た。
身長はリズと同じか少し小さい程度の子供。それだけならどこにでもありそうな景色だ。しかし、その子供は大人が数人でようやく持てるような黒棒を片手で持っていた。黒棒の先端には大きく弧を描いた鎌が付属している。もちろん身長が足りないために柄の部分は地面を擦っている。
よく観察してみると鎌の刃の先端には赤い液体が付着しているようにも見える。見て見ぬ振りをして、リアは少年とすれ違う。
「見つけた…………」
静かに、だが確実にその声はリアの耳に入った。自分の顔面に迫り来る大鎌はスピードを上げリアの頭上を裂く。もしリアが屈んで避けていなければ今頃は口から上を地面に落としていただろう。
一瞬にして身の危険を感じ取ったリアは、体勢を戻しワノールの町を疾駆する。だが、両手には荷物がありうまく走れない。助けを呼ぼうにも恐らく、こんな凄惨な追いかけっこを助けてくれる善良な人はいないだろう。それ以前に、周りには人という人はいなかった。意を決しリアは一人で襲い掛かる少年から逃げる。
「僕は…あまり……体力…は……ないんで…すよ」
何かに助けを求めることもせずにリアは駆ける。少年は息を切らすことなく黒棒を地面と水平に下げ、まるで滑空するが如くリアを追う。少年の顔は黒のフードで隠されて見ることはできない。だが、時より見える瞳は爛々と赤く輝いている。まるで紅玉のような瞳。
「死ね……ピエロ」
残像を引きリアの前へと少年は現れる。地面と水平に構えていた大鎌はリアの脇腹を一瞬のうちに貫通し先端は反対方向から突き出ていた。
「生憎…僕は死ぬわけにはいかないんですよ」
リアの声は遥か遠くから聞こえた。少年が振り向くとそこには今自分が斬った人物が息を切らして立っている。
「なんで…」
「さぁ、何ででしょうかね。では、もう二度と会わないことを願います」
おどけた口調で言ったあとリアは逃げるように足早にその場から消えた。
「ピエロ…全てを識りつつ無知の振る舞い。世界が愛し、世界を憎むモノ。古より変わることのない姿は、月下に映え、闇にて輝け……」
少年はその場から存在を消した。去り際に残した言葉の真意はわからない。
「リア。君は俺より道化だよ。君の物語、存分に楽しませてもらうよ」
先ほどまで少年の立っていた場所にはリズが立っていた。口元には薄い笑みを浮かべて。
* * *
「遅れました…フゥ…」
「おせぇ! いつまで待たせんだよ。で、酒は?」
アイアンがリアに頼んだものは酒だった。それも一本ではなく『二箱』というかなりの無茶ぶりだ。
「後で店の人が持ってきますよ。さすがに二箱は無理です…」
「じゃああたいらの分は買ってきたのかい?」
レンナは邪悪な笑みを浮かべてリアに問うた。
買い物袋を見せ、リアは口を開く。
「ご安心を。しっかり買ってきてますよ。ワイズさんは本でしたよね。それに、レンナさ……すいません。レンナは食材でしたね。……あれ、リズは何処かに行ったんですか?」
「リズは二階で寝てるよ。『お昼寝の時間〜♪』って言ってたから起こさないほうがいいよ」
忠告はしたからね。とレンナは最後に付け加えた。
「でも…今寝たら夜に寝れなくなりますよ? 起こしてきますね。チョコやキャンディが溶けてしまうんで」
そう言うとリアはカウンターの隣の階段から二階へと上がった。
『自由人』の二階は一階と大して変わらずカウンターと出入り口を除いたら景色は同じだった。二階の一席ではリズがスヤスヤと寝息を立てて寝ている。素直に起こすのもいいがリアはいたずらを思いつき一階へと戻った。
「レンナさん。氷もらいますよ」
「『さん』づけはやめな」
もはや恒例になりつつある二人の会話。リアは苦笑しながら二階へと足を進める。
足音を消してリズへと近づく。右手には氷を握って。
そろりそろりと近づきリズの首筋に氷を当てる。すると、
「ふぎゃああああああ!」
まるで猫のような悲鳴を上げてリズが飛び起きる。しかし、飛び起きたはいいがテーブルに寝ていたものだからそのまま床に落ちた。
「おはようございます。リズ。こんな時間に寝たら夜に眠れなくなりますよ。それと、頼まれたお菓子を買ってきました」
そう言いリアは買い物袋をリズに手渡した。少し涙目になっていたリズだが買い物袋の中を見た瞬間、愛らしい笑顔へと変わった。
「うわー♪ ホントにキャンディ20本買ってきてくれたんだ。嫌がらせだったのに…」
「……今何と?」
「いや、買ってきてくれたのは嬉しいけど…まさか本当に買ってくるとは思わなかったよ。ハハハハハ♪」
屈託のない笑顔がそこにはあった。ため息を吐き、リアは苦笑する。
「シャワーを借りますね。走ったので汗をかいてしまいました」
リズはキャンディを口に頬張って嬉しそうだった。一階に戻るとそこには酒の箱が積まれていた。配達されてきたんだろう、アイアンが無愛想な顔でサインをしている。
顔を動かすとワイズが買ってきた本を読んでいた。すでに本の虫状態。
今度は体ごと視線をカウンターの奥にある厨房へ。するとそこではレンナが何やら唸っている。きっと今晩のメニューを考えているのだろう。
リアを含めた全員は家がなく、ここに住んでいるのだ、そのために食事もここで作っている。作るのはほとんどの場合がレンナだがごくたまにリアも作る。どちらの料理も評価は高かった。
リアはゆっくりと店の奥にあるバスルームへ向かった。
(あれは何だったんでしょうね…?)
脳裏をよぎるのは大鎌を持った少年。赤く輝く瞳は綺麗ではあったが恐怖もあった。だが、何より不思議に思ったのは『自分自身』だった。鎌で斬られた感覚は『確かにあった』。上半身と下半身が別離したという実感もあったのに何故か『生きていた』。少年と距離が離れた場所に自分は立っていた。
「さっきは何で助かったんでしょうかね……?」
流した汗は新たに生まれた湯の流れによって落とされた。脇腹に違和感を感じ右手を添える。しかし、何もおかしなことにはなっていない。
「斬られたんですからね…普通は死んでいますよね……ゴホッ!」
急に咳き込むリア。口からは唾液とともに赤い液体が溢れ出した。シャワーによって排水溝へ流れる血液、それを見たリアは嘲笑った。
「今さらですか…ゴホッ! ゲホッ……ケホッ…」
赤の奔流は口内を廻り溢れた赤は排水溝へと流されていった。
ただ空しく、湯は流れるだけだった。