第三幕:一;進化
「…………。」
酒場『自由人』の隅の席でリアは何もせずに座っている。
教会の『闇払い』の依頼から1週間がたった今でもリアは一言も口を開くことはない。
「リア…何か食べるかい?」
当然、リアからの反応はない。今は慣れたものの教会から戻ってきたときのリアは痛々しく、思わず目を覆いたくなるほどに憔悴していた。だが、それでも彼は何も口にせずにただ酒場の隅で膝を抱え蹲っている。
「放っておいたほうがいいよ。今はその方が……ね♪」
どこまでも愛らしい笑顔。ギルド『サーカス館』のギルド長、リズ・アルカナフィンは右腕に包帯を巻いた女、レンナ・ノルイに笑顔を向け言った。
「だが、実際のところどういうことじゃ…?」
リアには聞こえないように小声でレンナに問いかける老人。ワイズ・コローファはリアに視線を向けた。
「わかんないんだよ…あたいも詳しいことは。でも、多分……教会で何かあったんだろうね」
当事者のレンナは口ごもり、真実を語ろうとはしない。それはリズとて同じことだった。
以前、ワイズはリズにも同じ事を聞いたが、
「俺は必要なことを言ってあげただけ♪」と言われた。勿論、それだけのことでは真実が映し出されることはなく、無論、真実を自らの手で見出すことは不可能だ。
「でも…そろそろ本題に入ってもいいんじゃねぇか? なぁ、ギルド長?」
我慢できない。と言ったようにリアとは違う位置に座り酒を飲み続けている男、アイアン・ラッサムはリズに言った。
「そうだね。リアのことも気になるけど…まずは1番大事なことを話そうか」
リズの雰囲気が変わる。先程までは本当に無邪気な、年相応な少年だったが、今は違う。外見は子供だが雰囲気は子供ではなく、雰囲気は大人だが外見は大人ではない。どこか矛盾を感じてしまう雰囲気。静かにリズは口を開く。
「1週間前。俺はリアと教会に行ってダルクを見つけた。まぁ、見つけたのはリアとレンナだったけどね」
レンナが首肯する。リアは話を聞く気がないのか、未だに酒場の隅にいる。
「あたいも一瞬、戸惑ったよ。なんせ、ダルクが『見えなかった』んだから」
「見えなかった? どういうことだ?」
不思議に思ったのか、アイアンがレンナの言葉に問う。
「そのままの意味。あたいはリアと女がいちゃついてる様にしか見えなかった。女がダルクだったなんて考えもしなかった。でもね、女の目を見て理解した。『この女はもう死んでる』ってね」
「ではダルクは…『死人にとり憑いた』とでも言うのか?」
今度はワイズがレンナの説明に口を挟む。だが、実際ダルクを知るものならば誰もが問いたくなるものだ。ダルクは『負の感情』を一身に受けた人間。それが何故死体に憑くのか、それは誰もが疑問に思うこと。
レンナは続ける。
「話を続けるよ。あたいはリアに『そいつがダルクだ』。って言った。すると女はリアを引っ張っていった。人質にするつもりだったんだろうね」
「本来、ダルクは人間を見たら本能的に襲うよ。それはみんな知ってるよね?」
首肯はせずとも全員は理解していたらしい。先程までの雰囲気とは違い、重苦しい雰囲気が皆を包んでいる。リズは話を続けた。
「でもその女はリアを襲うようなことはせずにそのまま連れ去ったんだ。理由はわからないけどそれには知能があったんだ」
「信じられんな…感情が知能を持つなど」
「うん。俺も信じられないよ。今まで駆逐してきたダルクは直線的な攻撃をしてきたから倒すのは簡単だった。でも、この前のは知能を持ってたんだ。明らかに、ダルクは進化してる―――」
「それは考えすぎなんじゃないでしょうか?」
少し疲れた雰囲気の声、その声の主はリアだ、目の下には隈が作られている。恐らく、1週間寝ていなかったのだろう。覚束ない足が『それ』を語っている。リズ以外の全員がリアを見るが、リズはリアを見ずに問う。
「どうしてそう思うの?」
「逆の発想ですよ。『ダルクが意思、または知能を持った』ではなく『ダルクによって死人が一時的に蘇生され自由に動けるようになった』と仮定してみただけです。『負の感情』は人を凶行に駆り立てます。それは、生きている者の行動ですから行動力にもつながるわけです。そのせいで死人が一時的に蘇生され、死人の感情の容量を『溢れさせる事がなかったら』と考えてみただけです。ですが、リーナさんは常に注がれる『負の感情』をあの場で溢れさせてしまった。と思いまして…」
リアの推理、否、想像はどこか真に迫る言い方だった。話の流れは完全に芯が通り、結論が証明できずともその場にいた全員を納得させるには十分な威力があった。
「実は…この1週間、ずっとそのことを考えていたんですよ…。脳だけを稼動させて他の事は手に負えなくなってしまってて…申し訳ありませんでした」
頭を下げるリア。それは彼にとっての精一杯の謝罪だった。皆が小さいため息を漏らす。
「別にいいよ、気にしてはいたけどあんた何も聞いちゃくれなかったしね」
「そうじゃな。ワシらも怒りはすれど行動に出ることはなかった。故に今、罰を与えたいがな」
「おぅ。それには大いに賛同するぜ爺さん。なにをしてやろうかぁ〜?」
「とりあえず、おつかいってことで、よろしく〜♪」
リアは謝罪をし終わった後、強制的な贖罪をさせられた。苦笑を顔に浮かべながら買い物に出かけていくリアの背中を3人は見ていた。例によって、リズは興味無さげだ。
「何故ワシらには逆の発想がでなかったのじゃろうな…」
「オレにはそんな頭がねぇからでてくるはずがねぇな」
「あたいはあそこでリアが出てくるとは思いもしなかったよ」
「別にいいんじゃない?」
リズの言葉は3人を振り向かせた。
「リアが元気になったんだし。ね♪」
「そう…だね」
「う……うむ」
「おう。あいつはオレたちに必要な存在だからな」
「俺はいつかリアに全部話そうと思うよ。俺たちのことを………全部……ね?」
悲しげな瞳はリズの顔には似合うものではなかった。
静寂が辺りを包み込んでいた。
リア「今日も元気にいってみよー♪ リアの会話劇〜! ドンドンパフパフー♪」
アイアン「何だここは? 酒がねぇ。帰る。」
(アイアン退場)
リア「えぇ〜………帰っちゃったよ。どうすればいいんだろ?」
レンナ「やれやれ…あいつは昔から自分勝手だからねぇ」
リア(略・リ)「あれ? あなたは?」
レンナ(略・レ)「あたいはレンナ。レンナ・ノルイだよ。身長・体重・スリーサイズは秘密。女は秘密が多いほうがいいのさ。さっきの茶髪はアイアン・ラッサム」
リ「………た、頼んでもないのに自己紹介してくれました! レンナさんですね。フムフム。で、アイアンさんとはどれくらいの仲なんですか?」
レ「あいつは…まぁ、そこそこだよ」
(レンナ赤面)
リ「いろいろと深そうな仲ですが…あえて聞きません♪ それで、今回のお話はどんな内容なんでしょうか?」
レ「そうだねぇ。一言で言うなら…『序章』的な話かな?」
リ「序章、ですか?」
レ「意味があるかもしれないし、ないかもしれない。そんな内容の話だよ。ま、読んでいけばわかるけどね♪」
リ「そうですかぁー♪ では、お時間が来たようです。次回もお楽しみに〜♪」
レ「そういえば、ワイ爺が活躍するとかしないとか…」