106 仕掛け
「招待状?」
「えぇ。謁見の案内のほかに、神官のローレンツ様から晩餐会の招待状が届いているのよ」
今朝、宿の女将がマリーに持って来た手紙の一つ。
内容は……。
食事会への招待状。今日、バロンスの二十四日の夕方から、富裕区の東にあるローレンツ宅にて。返事もしてないのに、迎えの馬車も手配しているらしい。お連れ様もご一緒に、か。
手紙には晩餐会じゃなく食事会って書いてあるし、マリー以外への参加も呼び掛けているから、そんなに仰々しいものじゃなさそうだけど。
「会ったことは?」
「ないわ。エルと別れた後、ローズと一緒に東の教会に行って来たけれど。そんな名前の神官は居なかったもの」
「そうですね」
富裕区の東に家があるのに、東の教会の神官じゃないのは変だな。
「だとしたら、王族か?」
「王族?神官なのに?」
「身分に関係なく、神の導きを受けた者は神職につくんだよ」
「それ、教会でも良く聞いたわ。お告げを聞いたとか、神が目の前に現れたとか。本当なのかしら」
「どうせ建前だろ。貴族連中がほぼ全員入ってる修練女学院だって、神の導きを受けた者しか入れないことになってるんだ」
「でも、ドロテアさんは、神さまのこと信じてるみたいだったよ」
「そうね」
「俺は目の前に突然知らない奴が現れたとしても、そいつが神だなんて思わないぞ」
存在するかどうかも分からない神を信じるなんて馬鹿げてる。
「心配しなくても、信仰心のかけらもないエルの前には絶対現れないわよ。……でも、ローレンツなんて王族、居たかしら」
「王弟だよ。前国王の第二子で、現在の相続順位は四位。既婚者で息子と娘が居る」
「子供は何歳なの?」
「八歳と五歳」
「あら。小さいのね」
マリーと婚約したところで、結婚前に婚約関係が破たんする可能性も高いし、今の王太子に対抗するには地盤も弱過ぎるだろう。
グランツシルト教は離婚を認めないから、ローレンツ自身が夫人と離婚してマリーと結婚するとも思えない。
「だったら、招待を受けても良いのかしら」
「謁見を控えたこのタイミングで、わざわざ家に呼び出す理由は?」
「知らないわ。でも、二十五日には王都を出る予定だって伝えているもの。どんな内容にしろ、個人的に会うなら今日しかないのよ」
個人的な用?
神官だし、光の精霊の祝福を受けるマリーと会いたいだけとも考えられるけど。
「どうするのよ。行くの?行かないの?」
罠だとわかっていても、積極的に断る理由は見当たらない。
これだけ強引に招待状を送りつけている以上、断りの連絡を入れたところで、連絡がすれ違ったと言って迎えの馬車が来そうだし。
「行くよ。全員で。……ただし、食事に参加するのはマリーとリリーだけだ」
「えっ?私も?」
「リリーが皇太子近衛騎士であることは知られてるんだ。参加した方が良い。ローズ、護衛の冒険者にも話しを通しておいてくれないか?」
「わかりました」
「何かお土産を用意した方が良いかしら」
「その辺は任せる。出かけるならローズと行ってくれ。俺たちは時間まで宿で待機してるから」
「あら。大人しくしてるのね」
「見失ったら探すのが大変だからな」
「……そうね」
出かけた先で迷子になられたら収拾がつかない。
昨日は何とか探せたけど、どこに行くか見当がつかないから。
「そうだわ。何を着て行こうかしら」
衣装か。
相手は王族だし、礼装の方が良いかもしれないな。
「どんなのを持って来てる?」
「そんなに持って来てないけれど」
マリーがドレスをいくつか出す。
「わぁ、可愛い」
「でしょう?」
十分、持って来てるだろ。
「リリーも着ていく?」
「えっ。私……」
「リリーは動きやすい服で良いよ」
「うん」
着てくれるなら着て欲しいけど。今日は駄目。
ドレスなんて着てたら、武器も持てないからな。
っていうか。
「マリー、もっと露出が少ないのはないのか」
「どれも晩餐会向けのものよ」
「晩餐会じゃなくて食事会だ」
「同じよ。相手は王族なんだから」
「神官だ」
「ドレスコードなんてクエスタニアも同じだわ」
王宮の晩餐会に行くわけでもないのに。
「他のは?」
「これぐらいじゃないと失礼よ」
「派手過ぎる方が失礼だろ」
「こんなの派手なうちに入らないじゃない」
「ないなら今の服で行く」
「もうっ。……これならどう?」
丈の長いローズピンクのオフショルダードレス。
胸元も隠れるし、上品な造りだし、問題ないかな。
「良いよ。靴は今履いてるのにしてくれ」
「色は合うけれど、ドレスなら……」
「履き慣れたものじゃないと、いざという時に走って逃げられないだろ」
どうせ、ドレスで隠れるからそんなに見えないだろうし。
「わかったわよ!言われた通りにすれば良いんでしょ!」
なんで、急に怒るんだ。
「手土産になりそうなものを買って来るわ。ローズ、行きましょう」
マリーがローズを引っ張るようにして部屋から出て行く。
相変わらず、すぐ怒るな。
ベッドに座っているリリーとクララの方を見る。
「クララ。一人にするわけにもいかないから、食事会には同行してくれないか」
誘拐未遂があった以上、この宿も安全とは言えない。
「はい。大丈夫です」
『事後承諾なのはいつものことだよねー』
リースが文句を言ってるんだろう。
「付き合せて悪かったよ。クララは何もしなくて良いから」
信頼できる誰かに預けられれば良いんだけど、頼めるような相手は居ない。
「ただ、一人にならないように気を付けてくれ。俺もクララが単独行動にならないように気を付けるけど、必ず仲間の誰かと一緒に居ること」
「わかりました」
そういえば。
「確認してなかったけど。俺たちはクエスタニアでやることが終われば、ラングリオンに帰る予定だ。一緒にラングリオンに来てくれるか?」
「はい。リースから聞いています」
「クララはそれで構わないのか?」
「はい。ラングリオンに行きます」
積極的に行きたいと思ってるなら良いけど。
ギルドへの報告はどうするかな……。
どうせ明日、王太子と会うだろうから、帰る直前まで保留にしておいても良いか。
「時間まで、現代語の勉強の続きをしよう」
「はい」
「リリーは……」
「私は報告書を書くね」
すでに書く準備をしているリリーが答える。
やる気だな。
前に書いたのはローグに渡したみたいだけど。
一体、何を書いたらあんなに長くなるんだ。
※
夕方になって、ようやくマリーとローズが戻って来た。
「遅い」
「悪かったわね」
「俺たちは先に夕飯を食べて来るから、マリーは出かける支度をしてくれ」
「わかってるわよ」
クララは目薬を使っているし、俺はクロエの姿にカラーレンズの眼鏡をかけているから変装は終わってる。
リリーは撫子のマントを身に付ければ支度は終わりだ。
ローズもこれ以上の支度は必要ないだろう。
「メラニー、二人についててくれないか?」
『了解』
何もないとは思うけど。メラニーなら、二人にすぐ危険を知らせてくれるだろう。
『あたしも残るわぁ』
ユールも?……良いけど。
「すぐ戻るよ」
『いってらっしゃぁい』
ローズ、クララと一緒に食堂へ。
「食事会のことだけど」
マリーのせいで、ローズと話す時間が全然なかったな。
「俺とクララは何もしない予定だから、対応は全部ローズに任せる」
「わかりました」
どうせ向こうも吸血鬼種とは話したくないだろうから、俺も静かにしていた方が良いだろう。
「何かあった場合はマリアンヌ様の安全優先で構いませんね」
「良いよ」
襲撃に遭ったとしても、どうせ用があるのはマリーだけだ。俺がリリーとクララの二人を連れて逃げるのは難しいことじゃない。
ローズも、外の冒険者と連携を取れば、マリーを連れて逃げるぐらいできるだろう。
「別行動になる場合は、前回と同じようにして下さい」
「わかったよ」
ユールとセシルを交換しろってことだろう。
「確認することはそれぐらいか?」
「はい」
クララを見ると、慣れない手つきでナイフとフォークを使いながら切り分けた肉を口に運んでいる。
夕食はレーブラーテンという鹿肉のロースト。普通に食べてるところを見ると、ジビエ料理も苦手じゃなさそうだけど。
「食べられないものはないのか?」
「はい。おそらくないです」
おそらく、か。
語彙が増えて表現の幅が広がったのは良いけど。
「おそらくでも十分意味は通じるけど、この場合は、たぶんの方が良い」
「はい。たぶん、ないです」
昔と今じゃ食文化も大分違うだろうし、好みなんて聞かれてもわからないか。
昨日の昼からはずっと一緒に食事を摂ってるものの、それまでは保存食だけで生活してたって話しだし。
……ちょっと聞いてみるか。
「今は普通に空腹になるのか?」
「はい。治療ないと、空腹になります」
やっぱり。患者の治療をすると空腹感が消えるのか。
「なら、今の内にちゃんと食べておいてくれ。向こうで出されたものには手を付けないで欲しいから」
「はい。わかりました」
流石に、毒が盛られることはないと思うけど。睡眠薬ぐらいなら盛られてもおかしくないからな。
「貴方に聞いておきたいことがあります」
ローズ?
「はい」
「真空の精霊がメディシノ以外と契約しない理由は何ですか」
「……すみません。わからないです」
「クララには聞いていません」
「……リース?」
「はい」
「そんなこと、聞く必要ないだろ?」
メディシノでもない人間が真空の精霊の力を借りて治療を行えば、その人間が悪魔になる可能性がある。だから、真空の精霊は……。
「少なくとも、エルは知っておかなければならないのでは?……わかりました」
ローズが俺を見る。
「今夜。ユールが居ないなら話してくれるそうです」
もしかして、他にも理由があるのか?
……メディシノが食事をしないことに関係がある?
―「雨」
窓の外を見ると、雨が降ってる。
雨はまだ教えてなかったな。
「雨、だよ」
「あめ」
「雨が降る」
「はい。雨が降っています。……降ってきました」
「正解。良い言い方だよ」
「はい。ありがとうございます」
※
迎えの馬車に乗って、ローレンツ邸に行く。
思ったより大きな屋敷じゃないな。外装も質素だ。
神職につく者は清貧な暮らしを心掛けなきゃいけないって話しだから、こんなものなのかもしれない。
雨が降ったままだから、全員レインコートを着たまま玄関へ。呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開いた。
「マリアンヌ様。ようこそ、お待ちいたしておりました」
「お招きいただきありがとうございます。マリアンヌ・ド・オルロワールと申します」
「こちらは私の妻と、息子、娘です」
家族総出で出迎えか。メイドや執事は見当たらないな。
「急な御誘いに乗っていただき、大変ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、神官様とゆっくりお話しをさせていただく貴重な機会を用意して頂き、感謝しております。……私も大勢で来てしまったのですが、ご迷惑にならないでしょうか」
「御心配には及びません。食事も充分、ご用意しておりますから」
「ありがとうございます」
マリーが礼を言ったところで、ローズが咳払いをする。
「申し訳ありませんが、お食事はマリアンヌ様とリリーシア様だけに御参加いただき、私とクロエ、クララは控えさせていただきます」
「ですが……」
「従者たる者、主人と同席するわけには参りませんから」
「左様でしたか。ではせめて、お寛ぎ頂けるよう、お茶の席でも……」
「あなた。いつまでもお客様を外にお待たせするのは失礼よ」
「これは失礼。どうぞ、中へお入りください。レインコートも御預かり致しましょう」
夫人に諭されたローレンツに促されて、中に入る。
夕食用のテーブルから離れた場所、食堂の窓際に、ローレンツが別席が用意をする。
「お手伝いします」
見かねたローズがローレンツを手伝う。
「御手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「問題ありません。見たところ、使用人はいらっしゃらないようですが」
「使用人は雇っておりません。家のことは妻にすべて任せておりますから」
『隣の部屋に、もう一人居るようだが』
もう一人?
「本日のお食事も奥様が?」
「いえいえ。本日はクエスタニアでも腕利きのシェフを雇っております。マリアンヌ様もきっとご堪能いただけるかと」
『それで全員のようだな』
夫人はずっと子供の傍に居るし、料理を作る人間が別に居るのは確かだろう。
隣の扉が開いたかと思うと、丁度、シェフが食事を運んで来た。
今、この家に居るのはこれで全員らしい。
「晩餐に参加されるのは、ローレンツ様のご家族だけでしょうか」
「はい。他の客人は呼んでおりません」
「わかりました。では、私たちはこちらで休ませて頂きます」
「重ね重ね、ご連絡が不十分で申し訳ありませんでした。何か不自由なことがございましたら、何なりとお申し付けください」
「いいえ。お気になさらずに。マリアンヌ様も神官様とのお話しを楽しみされていらっしゃいましたから」
「それはありがたいことです。私もマリアンヌ様にお会いできるのを……」
「あなた。食事の準備が整いましたよ」
「これは失礼。……では、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
頭を下げて、ローレンツがリリーたちが待つ席に行く。
一度喋り出したら止まらない性格らしい。マリーも相手をするのが楽だろう。適当に相槌を打っていれば良いだけなんだから。
暇になったし、本でも読んでるかな。
……あ。
ローズの肩を叩いて、棚の上に置かれているバイオリンケースを指す。
「聞いて来ましょう」
ローズが立ち上がって、マリーの方へ行く。
ここからじゃ向こうの会話は聞こえないけど。すぐにローレンツが立ち上がって、バイオリンケースを持って俺の傍に来た。
「息子にやらせているのですが、なかなか上達しないものでして。是非、お使いください」
頷いて、バイオリンケースを受け取る。
しばらく使われてなかったみたいだな。
バイオリンを出して、音を鳴らす。
『調律が必要だ』
バニラの指示を聞きながら、バイオリンの調律をする。
『……良いだろう』
さて。何を弾くかな。
※
食事会は何事もなく終わり、玄関までローレンツ一家が見送りに来る。
「本日はお越しいただき、大変ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、とても楽しい時間を過ごさせて頂き、ありがとうございました」
マリーが丁寧に頭を下げる。
「お姉ちゃん」
子供が俺の傍に来て、小さな花を差し出す。
「私に?」
「うん」
屈んで、花を受け取る。
「ありがとうございます」
俺が吸血鬼種であることは知ってると思うんだけど。
「また、バイオリンを弾いてくれますか?」
そういえば、バイオリンを習ってるって言ってたっけ。
「もう一度、お会いする機会があれば、是非」
「ありがとう」
子供が笑顔になる。
「クロエ、行きましょう」
「はい」
マリーに呼ばれて馬車に乗ると、すぐに馬車が走り出す。
「相変わらず、子供にすぐ懐かれるのね」
「そうか?」
『そうね』
『そうだな』
そう思ったことはないけど。
「そっちは、何か収穫はあったのか?」
「全然。謁見に関する話はなかったわ。少し気になったのは、私に婚約者がいないか聞いてきたことかしら。婚約者も恋人も居ないし、今は結婚するつもりなんてないって答えておいたけど」
「誰か勧められたりしたのか?」
「いいえ。運命の相手と早く出会えるよう神様に祈っておくって言われたわ。……余計なお世話よ」
マリーに婚約者がいないことぐらい、クエスタニア側は調査済みだと思うけど。恋人が居るかどうかは知りたい情報だったかもしれないな。
「ドロテアのことは御存知で、婚約が内定していることも知っているようだったけれど、言及はしなかったわね」
「賛成してそうだったか?」
「難しいところね。でも、結ばれる運命の相手は神がすでに決めてるって言っていたもの。教皇主義なら、教皇が認めた婚約を否定したりはしないんじゃないかしら」
確かに。
「それに、晩餐会は和やかに終わったもの」
マリーの言う通り。
明日は謁見を控えていることは向こうも知っているらしく、別室でのんびりデザートを食べた後は、引きとめられることもなく早々に解散した。
「何もないに越したことはないけど」
「余計なことを考え過ぎなのよ」
「マリアンヌ様。危険がいつどこに潜んでいるかは分かりません。隙を見せれば危険なことは御理解下さい」
「そんなの、言われなくてもわかってるわよ」
気を抜いた時が一番危ないからな。
……気を抜いた時?
「ローズ。護衛は全員、俺たちについて来てるんだよな?」
「はい」
「今、宿を監視してる奴は?」
「居ないはずです」
罠だと思っていた食事会では何もなかった。
食事会の目的が、俺たち全員を宿から移動させ、宿の方に何か仕掛けるのが目的だったとしたら?
黒髪の鬘を外して、マリーにかぶせる。
「何するのよ」
着ていたレインコートも脱ぐ。
「変装。レインコートも取り換える。フードは、黒髪が見えるように被ってくれ」
レインコートを着ていれば、中の服は見えないから大丈夫だろう。
かけていた眼鏡をマリーに付ける。
「私がクロエに変装するの?」
「入れ替わるんだよ」
金髪の巻き毛の鬘を出して被る。これで髪型はマリーと同じ。
「髪とレインコートだけで入れ替われるわけないじゃない」
目薬を出して使う。
「え?」
「ピンクアイ?」
前にカミーユが作った目薬。
こんなところで役に立つとは思わなかったな。
「マリーほど綺麗なピンクじゃないけど。これなら、直接会ったことのない奴ぐらい騙せるだろ?」
「用意周到ね」
いつも使ってるのより視界が少し悪くなるのが難点だけど。
「わかったわ。どうせ何もないと思うけれど、ちゃんと安全が確認されるまではクロエのふりをしてあげる」
マリーからレインコートを受け取る。
本当に、何もないなら良いんだけど。
雨のせいか、何か嫌な予感がする。




