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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
95/149

104 捜索

『おはよう、エル』

「おはよう。メラニー、クララは?」

『隣の部屋に居る』

 逃げなかったのか。

 少しは真空の精霊にも信用して貰えたって思いたいけど。

 現代語の勉強もまだ途中だし、ユールに会わないまま結論を出すのは避けたって所かな。

 まだ、こちらの情報はほとんど出してない。俺がどうして、メディシノやクレアに詳しいのか。ロザリーを知ってるってだけじゃ説明のつかないことも多いだろう。

 それにしても。

 クララは昨日、紅茶に手はつけたものの、菓子を食べる様子はなかったよな。俺が用意したものに警戒しているわけじゃなく、本当に空腹感がなかったようだけど。

 メディシノの特性か?

 でも、ロザリーが食事をしないなんて誰も言ってなかった。この前だって、リリーと一緒にデザートまで食べていたはずだし。

 だとすると、一つ、嫌な仮説があるんだけど……。

 俺がルイスを治療した後。そして、昨日、患者を治療した後に共通していること。

 ユールは知ってるのか?

『そういえばさ』

「ん?」

『クララって子、髪を脱色してるらしいよ』

「脱色?」

 髪の色を変える方法の一つだ。

「元は黒髪だったってことか?」

『そうみたいだね。同じ吸血鬼種の子にやってもらったって言ってたよ』

 吸血鬼種。

 差別を受ける者は王都で堂々と生活することが出来ないから、貧困区に集まることになる。

 クララが拠点としていたのは貧困区だろうし、髪の脱色やカラーレンズの眼鏡の着用といった、王都での生き方をクララに教えてくれた人間も居たんだろう。

 教会から逃げたメディシノが王都に居る可能性は五分五分だったけど。

 収穫祭後も王都を離れなかった理由は、隔離施設に治療を必要とする患者が集まることに加えて、安全が確保できる場所があったからかもしれないな。

「エル……?」

「おはよう、リリー」

「おはよう?……今は朝?」

「そうだよ」

 外と違って光の精霊が居ないから分からないのか?

 

 ※


 朝食後。

 クララが起きたら瞳の色を変える目薬を渡すよう、リリーに頼んで、冒険者ギルドへ。

「おはよう」

「エルロックか。今日は目の色を変えてないんだな」

「あぁ」

 教会に行く時にはメディシノの変装が必要だ。

 朝に目薬を使ってしまえば、昼までに瞳の色は戻らないだろう。

「その方がお前だってわかりやすいが。この国では気を付けた方が良いぞ」

「ん」

 フードを深く被ってはいるけど。ばれたら面倒そうだからな。

 そうだ。あれ。

「この辺に眼鏡屋はあるか?」

「眼鏡屋?……あぁ、カラーレンズのなら、ここから二本南に行った通りで売ってるぜ。あの店なら何も言わずに売ってくれる」

 吸血鬼種御用達?

 あったら便利だし、後で買いに行こう。

「身柄引き渡しについての交渉結果は?」

「立ち会いの許可は出てるぜ」

 良かった。

「じゃあ、引き渡しの時期について調整してくれ」

「は?もう見つけたのか?」

「あぁ」

「流石だな。昨日の事件が一件だけだったのは、お前が捕まえたからか」

 全部、リリーのおかげだけど。

「そんなところ」

「これを預かってる」

「手紙?」

 ギルドマスターから手紙を受け取る。

 差出人は書いてないな。まだ、名前を出す気はないらしい。

「先方もお前に興味を持ってるらしくてな。予定が合えば、今日中に北西の教会で会いたいって言ってるんだ」

 北西の教会って。

「本人が来てるのか?」

 王族なのに。

「休日に奉仕活動で教会に出向く奴は多いんだ。貧困区だって今日は炊き出しをしてる。弱者の救済はグランツシルト教の教義だからな」

「差別はするのに」

「教義だからな」

 グランツシルト教における弱者に、吸血鬼種は入らないらしい。

「手紙を神官に渡せば本人に会わせてくれる。引き渡しについては直接交渉して良いぜ」

「ん。わかった」

 その方が好都合だけど。交渉材料がないな。

「どういう相手か全然分からないんだけど」

「俺も良くは知らないが。温厚な方って言われてるな」

「全く当てにならない情報だな」

「そう言うなって」

 アレクだって世間じゃ温厚って言われてるのに。

「聖典主義なんだろ?そいつらの取りまとめ役じゃないのか?」

「まさか。表立った活動が出来る立場じゃないぞ」

 目立てば、王族としての地位も危ういから?

「そもそも聖典主義の急進派の活動拠点は王都じゃない。王都にも聖典主義は多くなってるが、まだまだ教皇主義が強いからな。王都に居るのは聖典主義の穏健派ばっかりだ。どいつも教皇主義と衝突したいとは思っていない」

 急進派と穏健派って。

 同じ神を信仰してる癖に、どこまで分裂して行くんだ。

「一応聞いておくけど。あんたは何派なんだ?」

 ギルドマスターが笑う。

「冒険者たる者自由であれ。……俺もグランツシルト教に入っているが、そういう面倒事には首を突っ込まないぜ。誰かの自由を縛るような奴なんてギルドマスターには向かないだろ」

「そうだな」

 熱心なグランツシルト教徒なら、輸血の方法を勧めるなんて出来ないか。

 この国じゃ、形だけグランツシルト教徒になってる者も少なくないんだろう。実際、グランツシルト教徒で居るだけで扱いは違いそうだ。

「昨日、俺が出した依頼のことだけど」

「護衛依頼か?まだ結果は届いてないぜ」

「何人でやってる?」

「四人だ。お前が選んだのは、うちのギルドでも優秀な奴なんだぜ。一人、育成中の冒険者も混ざってるが、護衛任務ぐらい無理なくこなせるだろう」

 十分だ。

「依頼の期限を延ばしてくれ」

 今日の昼までの予定だったけど。

 依頼主の王族と会うことが決まったから。

「構わないが、今からじゃ連絡が間に合わないかもしれないぞ。他の奴にも頼むか?」

「いや。この後、会えるだろうから問題ない」

 俺が合流するまで護衛してくれている可能性は高いだろう。

「すれ違ったら、今夜も護衛に来てくれって伝えてくれ」

「わかった」


 依頼変更手続きをして、追加の報酬を預けてからギルドを出る。

 マリーのことはローズに任せておけば大丈夫だろうけど。味方に、ローズと連携の取れる仲間が居た方が心強い。それには、昨日から護衛を行っている冒険者が適任だろう。

 教会に来る王族が誰かわからないけど、そいつがマリーに何かする可能性もゼロじゃないからな。それぐらい、クエスタニアの王族はオルロワール家の血を欲しがっている。

 それは、クエスタニア王家の相続問題に関係する。

 現国王の子供は三人。十五歳の長男が王太子で、二歳下の姫は教皇領で神職の修行中。まだ六歳の末の弟は王妃の元に居る。

 王弟に当たる前国王の二男は王宮で神職として働き、息子と娘が居る。

 同じく前国王の三男は王宮で政務官として働いていて、未婚。

 現在の有力な家督相続権保持者はこんなところだ。

 グランツシルト教は婚姻や家族制度について厳しく、正妻以外の子供は家督相続権を持つ子供として認められない。その為、正妻との間に男子が居ない場合は、女子の相続も積極的に認められている。

 クエスタニア王家、つまりアドラー家の家督相続順位は、一位が国王の長男、二位が末の弟、三位が姫、続いて四位が神官の王弟、五位が政務官の王弟、そして神官の王弟の息子、娘と続く。

 ただ、戴冠権を握っているのは教皇の為、アドラー家の家督相続順位がそのまま王位継承順に影響すとは限らない。王太子が聖典主義者だった為に廃太子とされ、暴動が起きた例はアルベールからも聞いたことだ。

 王妃が聖典主義者である以上、王太子がその影響を受けている可能性は高く、同じことが起こる可能性は高い。

 けれど、教皇だって聖典主義を理由に廃太子に追い込むことはもうできないだろう。現在の王都は東に教皇主義者、西に聖典主義者と、完全に分裂してる。昔より表だって活動できる聖典主義者の数が増えているのだから、その潜在数だって以前より確実に増えている。

 そんな中で、誰にも文句を言われずに王太子を挿げ替える方法がマリーの存在だ。

 マリーと婚約した相手は、光の精霊に祝福された家系と血を交える者として、国民から祝福された王太子となることが出来る。そいつが教皇主義者なら、教皇も喜んで王太子に推挙するだろう。

 クエスタニアの後継問題を左右するだけの価値がオルロワール家の血にはあるのだ。

 マリーはわかってないみたいだけど。

「離して!」

 叫び声が聞こえた方で、黒髪にブラッドアイの女性が男に髪を引っ張られてる。

 あいつ……。

「悪魔の一族の分際で!俺にぶつかってくるとは……、いってぇ!」

 男の背中を蹴ると、男が目の前に両手をつく。

 髪を離された黒髪の女性が、フードを被って走って逃げていった。

「何しやがる!」

「悪かったな。ぶつかっただけだ」

「お前もあの女の仲間か!」

 瞳の色を見られたな。

 殴りかかろうとしてきた相手の攻撃を避け、後ろに回って相手の髪を引っぱると、男が尻餅をつく。

「これが、この国の礼儀なんだろ?」

 リリーも髪を引っ張られたって言っていたからな。

 右手の上に炎を浮かべると周囲から悲鳴が上がる。

「それとも、燃やされたいか?」

「悪魔め!」

「悪魔?」

 ブラッドアイだから?

「俺が悪魔だったら、今すぐお前の髪と瞳の色を変えてやるよ」

「……悪魔め!」

 芸がないな。

 もう一度同じセリフを繰り返して、相手が逃げる。

『目立ち過ぎだ』

 囲まれてる。

 フードをかぶり直して歩き出すと、周りを囲んでいた聴衆が逃げるように俺の前に通路を開いた。

 その間を抜けて細い路地に入る。

 恐れているのは、光の魔法使い以外の魔法使いに良い印象がないからか、俺の瞳のせいなのか、それとも……。

『エル。さっきの女が来た』

 振り返ると、狭い路地を、さっきの女性が走って来るのが見える。

「あの、ありがとうございました」

 わざわざ礼を言う為に戻って来たのか?

「別に良いよ」

「何かお礼を……」

「そんなもの要らない」

「でも……」

 しつこいな。

「なら、聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょうか」

「この辺にカラーレンズの眼鏡を扱ってる店があるらしいんだけど、知らないか?」

 詳しい場所は聞いてないから。

「ありますよ。裏口も知ってますから、案内します」

 

 すれ違う際に譲り合わなければならないぐらい狭い路地なのに、使う人間は結構居るらしい。

 吸血鬼種も普通に見かけるけれど、表通りと違って誰も何も言わない。

「この道は、あんたにとって安全な道なのか?」

「え?……はい。裏道なら絡まれることもありませんから。買い物をさせてくれる人もたくさん居るんですよ」

 そういえば、あちこちの扉の上には小さな看板がかかってるよな。

 裏通りの客に向けた商売もしてるってことなのか。

「どうしても大通りを抜けなければいけない時もありますが。今日はちょっと運が悪かったみたいです」

「運が悪かったって、絡まれたことか?」

「はい。あの人は、私を逃がすつもりがありませんでしたから」

 もしかして、逃がさない為に髪を引っ張ってたのか?

「私、あのままでは投獄されるところだったんです」

「投獄?相手を怪我させたわけでもないのに?」

「私が故意にぶつかったと主張されてしまえば、どうしようもないんです。きっと周りの人も同調します。……私みたいな人間の発言は重要視されないんです」

 吸血鬼種だから?

「法も何もないな」

「いえ……。これも、一つの試練ですから」

「試練?」

―あなたが顔を隠さねばならないのも神が与えた試練なのでしょう。

 そういえば、ルサミの村の神官もそんなことを言ってたな。

「悪魔でもないのに悪魔の容姿を持って生まれて来たのは、前世で悪いことをした為だと言われています。でも、グランツシルト教徒として真面目に生きることで罪は贖われ、未来が開けるんです」

 なんだそれ。

「馬鹿馬鹿しい。だから、差別を受けるのは仕方がないって言うのか」

「神様はちゃんと普段の行いを見てくれています。だから、私もあなたに助けてもらうことが出来たんだと思います」

 ……これ以上話しても無駄だな。


 ※


 案内された眼鏡店で勧められたのは、淡い緑色のカラーレンズ。思ったよりも視界が悪くならなくて便利そうだ。

 ついでにルイスに似合いそうな眼鏡を見つけたから、それも買って宿に戻る。

 少し遅くなったな。

「お客様」

 部屋に戻ろうとしたところで、受付けの女将に声をかけられた。

「お連れ様はお出かけですよ。鍵を預かっています」

『リリーとクララが居ないな』

 すぐ戻るって言ってあったのに。

「どこに行ったか聞いてないか?」

「いえ。特に伝言は承っておりません」

「いつ出て行ったんだ?」

「かなり前だと思いますが」

 ……どこに行ったんだよ。


 部屋に戻っても、伝言らしきメモが置いてある様子はない。

 リリーと使ってた部屋もクララが使ってた部屋も綺麗に片付いているから、俺と合流後すぐに出られる準備をしてから出かけたみたいだけど。

 探してみるか。

 目を閉じて、転移の魔法陣で転移先を探す時のように、集中して……。

 見つけた。

 そんな遠くには行ってなさそうだし、迎えに行くか。


 ※


 チェックアウトを済ませて外に出て、宿の裏手でメディシノの変装をする。

『大丈夫かな。リリー』

 すれ違っても大丈夫なように、リリーとクララが戻ってきたら宿で待つよう女将に伝言は頼んだけど。

『迷子になってそうだよねー』

 迷子?

 まさか、ちょっと出かけるつもりが迷子になって戻れなくなってる?

 もう一度、集中してリリーの居場所を探す。

 ……さっきと違う場所に居る。

 迷子になったなら動かずに待っていれば良いのに。

 いや、違う。

 リリーは絶対、自分が迷子になったなんて言わないよな。

 何か目的があって出かけてるのか?

「リリーはどこに行ったんだと思う?」

『それを私たちに聞くのか』

「そうだけど」

『女の子が出かける目的なんて、買い物じゃないの?』

「買い物?何を?」

『可愛いものよ』

『そうかな……』

『甘いものじゃないー?』

 朝食の時間は過ぎてるし、クララが何か食べたがったなら、それもありそうだな。

 マントのフードを被る。

 カラーレンズの眼鏡をかけてるから、フードは浅めに被ってても良いだろう。


 宿の表側に面した大通りに戻る。

 リリーの現在地は、ここから北西に行った所。宿を出て時間が経っているようだし、目的を果たして戻る途中なら、この大通りは使うと思うんだけど……。

『果物屋さんだ』

 休みなのに果物屋がやってるなんて珍しいな。

 林檎を買った客が林檎を齧りながら歩いているし、この国では当たり前なのかもしれないけど。

 リリーも寄ったかもしれないな。

 ドロップを一つ舐める。

「……っ」

『どうしたの?』

「外れだ」

 滅茶苦茶甘い。

 ……ロニーの奴。

『その声でその口調は良くないと思うわ』

 わかってるよ。

「みんなは周辺を探してて」

『了解』

『まかせてー』

『私も行くわ』

「あんまり遠くには行かないように」

『わかってるわ』

『私は残って周辺を警戒しておこう』

『僕も残って良い?』

「良いよ」

 離れて迷子になっても困るから。

「そういえば、セシルって一緒に居るのか?」

『居る』

 俺について来てるのか。

 一緒に居ても、リリーが居なければ話すことも出来ないんだけど。

 真っ赤な林檎がたくさん並ぶ果物屋の前へ行く。

「いらっしゃい。何にする?」

「すみません。連れを探しているんです。金髪と黒髪の女の子が来ませんでしたか?」

「あぁ、来たぜ」

 来たのか。

 っていうか、金髪と黒髪の組み合わせって本当に目立つんだな。

「どこに行ったか知っていますか?」

「ショコラトリーに行くって言ってたぜ」

 ショコラトリーが目的地?

「この通りをまっすぐ西に行ったところにある」

「ありがとうございます」

 せっかくだから、林檎も買って行くか。

「林檎を頂けますか?」

 店主が笑う。

「あんたの連れが一袋買って行ったぜ。まだ買うのかい」

 一袋って。随分買わされたな。

「いえ。御親切に教えて頂き、ありがとうございました」


 同じ通り沿いにあるショコラトリー。

 迷いようもない場所にあったけど、本当に来たのか?

「いらっしゃいませ」

「すみません。連れを探しているんです。金髪と黒髪の女の子が来ませんでしたか?」

「いらっしゃいましたよ」

 ちゃんと来たらしい。

 ここが目的地なら買い物はもう終わってると思うんだけど、リリーの位置はもう少し北寄りだったよな。

「どこに行ったかわかりませんか?」

「パン屋をお探しでしたので、お勧めの店をご紹介いたしました。場所は……」

 次はパン屋?

 店員から場所を聞く。

 ……ちょっと変わったところにあるみたいだな。

「ありがとうございます」

 店にはショコラの他にも焼菓子や生菓子が並んでいる。

「もしかして、マカロンを買って行きましたか?」

「はい」

 やっぱり。

「当店自慢の菫の花の砂糖漬けもお買い上げいただきましたよ」

 なら……。

「バウムクーヘンを頂けますか」

「かしこまりました。お包み致しますから少々お待ちください」

 ショコラ目当てで来たなら、焼き菓子は買ってないだろうから。

「お待ちの間、御味見はいかがですか?」

「いえ、急いでますから」

 ただでさえ甘ったるいドロップを食べてるのに、無理。


 パン屋に向かう途中で鐘が鳴る。

 もう昼か。

 早く合流しないと……。

『エル、リリーを見つけたよー』

『あっちの広場に向かっているわ』

『ここからそう遠くない』

 広場なら、鐘の鳴っている方だろう。

 走って広場に行くと、リリーとクララが教会の鐘を見上げてるのが見える。

 ようやく見つけた。

 ドロップをかみ砕いて、後ろからリリーを抱きしめる。

「捕まえた」

 腕いっぱいの荷物を抱えたリリーが顔を上げる。

「エル」

 ……どれだけ買わされたんだ。

「え?エルですか?」

 隣に居たクララが首を傾げる。

 リリーに預けておいた目薬を使ったらしく、今は眼鏡をかけていない。

「今は変装中なんだ。この姿の時はクロエって呼んでくれ」

 女装して吸血鬼種の恰好する理由なんて思いつかないだろうけど。

『いろいろ事情があるんだよ』

 そんな感じ。

 リリーを離して、リリーが持っていた荷物を持つ。

 林檎を一袋に、ショコラとパン屋の袋。

「はい。わかりました」

 遅れてクララが答える。

 真空の精霊が上手く説明してくれたのかもしれない。

「宿のチェックアウトは済ませて来たから、昼を食べたら真っ直ぐ教会に行くぞ」

「あ。お昼ご飯にパンを……」

「メロンパンはあったのか?」

「あったよ。コーヒーのパンも買ったんだ」

 リリーらしいな。

「果物屋とショコラトリーにも行って来たんだろ?」

「どうして知ってるの?」

 色々、言いたいことはあるんだけど。まずは。

「良いか。出かけるなら伝言を残していくこと」

「……はい。ごめんなさい」

 知らない相手について行ってないだけ、ましだけど。

「クララ」

「はい」

「真空の精霊に頼みがあるんだけど、良いか?」

「頼み?」

 宣言しておけば、ちゃんと耳を傾けてくれるだろう。

「これから俺の仲間と合流する。そのついでに、クララを預ける予定の相手にも会うことになったんだ」

 目的地が被ったから。

「そいつと話す時は俺について来てくれないか?そいつにクララを預けて良いか判断して欲しいんだ」

 たぶん、クララ本人よりも真空の精霊に判断してもらう方が良いだろう。

「私は、一緒には行けませんか?」

「無理やり連れて行かれる可能性もあるから、話し合いの場には連れて行きたくない。その間、クララにはリリーと一緒に居てもらう。他にも要望があるなら受けるよ」

 一時的にクララと離れて行動することを頼むわけだけど。

 呑んでくれるかな。

「その人は、どんな人ですか?」

「俺も初めて会うから知らない。クララをどう扱うつもりなのかもこれから聞く。だから、一緒に話しを聞いて欲しいんだ。答えをその場で出す必要はないけど、そいつについて行きたくないなら、もうしばらく俺と行動してもらうことになる」

 契約者と離れることを頼むわけだけど。

 返事はどうかな。

「わかりました。リースをお願いします」

「助かるよ」

 真空の精霊の名前は、リースって言うのか。

「リース。この手紙を出した時には俺について来てくれ」

 ギルドで預かった手紙を見せる。

「わかりました」

 マリーたちとも合流しているから、クララの安全は確保できると思うけど。

「うん。まかせて」

 また、ふらふら居なくなられても困るな。

「リリー。話し合いの間は出かけるのは禁止だからな。どれだけ時間がかかろうと、クララと一緒に待ってること。良いな?」

「言われなくても、ちゃんと待ってるよ」

 待ってろって言わないと待ってないのは誰だよ。

 リリーが急に頬を膨らませる。

 リースかセシルに何か言われたんだろう。

 俺には二人の声が聞こえないから分からないけど。

 


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