103 最短最速の道
「真っ暗だね」
リリーが空を見上げてる。
「昼も夜も大して変わらないんじゃないか?」
街頭の明かりはつきっぱなしだ。
「だって、光の精霊が少ないよ」
あぁ。そういう違いがあるのか。
「リリーは時計要らずだな」
リリーが首をかしげる。
「今、何時かなんてわからないよ」
それは俺も同じなんだけど。
「なら、一緒に時計を買いに行こう」
「うん」
丁度欲しいと思っていたところだから。
にっこりほほ笑んだリリーが、俺に腕を絡める。
上機嫌だな。
「リリー、今、どっちに向かってるかわかるか?」
「え?」
リリーがきょろきょろと辺りを見回す。
この辺りはまだ人通りも多い、王都中央辺りの繁華街だ。
「北?」
まぁ、そうだよな。
リリーが頬を膨らませる。
わからないなら、わからないって言っても良いのに。
「知らない土地で夜間に歩いてるんだから、分かるなんて思ってないよ」
「エルも迷ってるの?」
迷ってる?
「そうだな」
情報が少なすぎて相手の行動パターンが全く絞り込めないし、襲撃相手の情報もないんじゃ、広い王都のどこを探せば良いかなんて見当もつかない。
出来ることと言えば、事件が起こるのを待って、そこから移動ルートを絞って捜索するぐらい。
二日連続で西部に現れた後に東部に現れたって話しだから、今日も東部を中心に回る予定だとして……。
相手が根城としているのは南西の貧困区。患者の隔離施設で治療の形跡があったことから、その辺りに居るのは間違いない。日中は隔離施設での治療と休息の時間に当て、夜間は市街地で患者を探しているってことだろう。
今頃、根城から東部に移動してる頃だと思うけど、途中で患者を見つければ事件を起こす可能性も高いから、東部で待ち伏せしていれば確実に出会えるとも言えない。
……今夜中に捕まえられる見込みはないんだよな。
今日はどうにか接触を試みて、メラニーに覚えてもらって。明日中に隔離施設と南西部を捜索して発見できれば良いんだけど。
謁見が休み明けに決まれば、また予定を立て直さなきゃいけない。
あ。もう一つ、探す方法が合ったな。
「真空の精霊を見かけたら教えて」
「真空の精霊?」
メディシノは必ず真空の精霊と契約してるから、リリーなら探せる可能性が高い。
「もしかして、メディシノを探しているの?」
「正解。良く分かったな」
「だって、真空の精霊は契約者なしに地上に居られないんだよね?」
「そうなのか?」
「ユールは、地上は息苦しいって言ってたよ。エルと一緒だから大丈夫?みたいだけど」
そういえば、ユールが初めて俺の前に現れた時。息苦しいからさっさと契約しろって言って来たっけ。
「だから地上に居ないのか」
「昔は地上にもいっぱい居たんだけど、今は大気の精霊で満たされてるから居ないんだって」
……地上が太古の空気とは違うから?
昔はロマーノと同じように、精霊が顕現した状態で存在出来たのかもしれない。
「あ」
リリーが宙を見上げる。
「見つけたよ」
「え?」
もう?
「でも、近くに銀色の光を持ってる人は居ないみたい」
契約者と離れて行動してるのか、それとも……。
「エルみたいな服を着てるのかな」
「その可能性は考えなくて良い」
あんなの、リリーみたいな人間を騙す目的でしか着る必要はないんだ。
『闇の魔法で姿を隠している可能性があるな』
それ。被害者は眠りの魔法を使われた可能性もあるって話しだから。
「気づかれない範囲で尾行できるか?」
「やってみる」
頼りになるな。
繁華街を抜けて、静かな住宅街へ。
『人の気配が減って来た』
「リリー。闇の魔法を使う」
闇の魔法でリリーと自分の体を覆う。
「絶対に手を離すなよ」
魔法の効果の範囲外に出れば姿が見えてしまう。
「はい」
っていうか。
クエスタニア東部の住宅街に入ったとは思うけど。目印になるような建物がほとんどない上に、湾曲した道や路地をこんなに曲がられると、流石に迷う。
相変わらず空は雲で覆われていて、方角に関する情報は得られないし。
ここまで尾行に警戒した移動ルートを取っているなら、リリーが追っている真空の精霊が人間と一緒に居るのは間違いないんだろうけど。
現在地の把握は無理。
帰りの案内はバニラとメラニーに頼もう。
「どこまで尾行するの?」
「メディシノだって確証が持てるところまで」
真空の精霊が一緒だからと言って、本物のメディシノとは限らない。ただの愉快犯の可能性はまだ残ってる。
……でも。こんなに長時間魔法を使い続けることが、普通の人間に可能なのか?
「あの人の近くで止まった」
曲がった先で、一人の男が歩いてる。
その後ろで真空の精霊が顕現したかと思うと、悲鳴が上がる。
「え?」
「静かに」
つまり。
闇の魔法で姿を隠しながら後ろから近づき、眠りの魔法で気絶させた後、何かをして逃走するってわけなんだろうけど。
なんで、そこまでやっておいて相手に悲鳴を上げられてるんだよ。闇の魔法を使ってる意味がない。
……目の前で男が倒れた。
「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」
闇の魔法を解いて目の前に光を放つと、魔法で隠れていた相手の姿が現れる。
髪は淡い金色。瞳はカラーレンズの眼鏡をかけているせいでわからない。
傍に居た精霊が顕現を解いたかと思うと、相手が走って逃げる。
「待て!」
リリーと一緒に相手の後を追って走る。足はそんなに速くないし、すぐに追いつけそうだ。
武器の類は一切手にしてないし、真空の精霊が一緒に居るけど。ブラッドアイを確認出来なければメディシノとして治療したのか、愉快犯が被害者に傷を負わせたのかどうか判別がつかない。
もう少し早く魔法を使うべきだったか?でも、メディシノなら、治療の邪魔をするわけにはいかなかったし……。
小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、角を曲がった先で相手が転んでる。
「大丈夫?」
リリーが駆け寄って助け起こすと、相手が少し涙ぐんでる。
……嘘だろ?
「どこか怪我をしてるの?」
良く、今まで捕まらなかったな。
闇の魔法で姿を隠していれば、絶対に見つからないとでも思ってたのか?
詰めが甘すぎる。
「!」
後ろで甲高い笛の音が響く。
まずいな。悲鳴を聞きつけた巡回中の兵士が、倒れてる奴を見つけたんだろう。周辺で警備をしてる連中が集まってくる。
「来い」
腕を引くと、相手が俺の手を振りほどこうともがく。
まだ確認は済んでないし、衛兵に引き渡すわけにはいかない。
見つかる前に逃げないと……。
「エル。この子、ドラゴン王国時代の言葉じゃないとわからないのかも」
なんで?
―「頼むから、来てくれ」
急に抵抗を止めた相手が、驚いた顔で俺を見上げる。
ずれた眼鏡越しに見える瞳は、ブラッドアイ。
―「あなたは、誰?」
―「俺はエルロック。こっちはリリーシア」
―「私は、クララ」
―「クララ。ここから逃げるぞ。ついて来てくれるか?」
クララが頷く。
―「はい」
良かった。急いで逃げないと。
「メラニー、バニラ、案内を頼めるか?」
『了解』
『了解』
巡回中の兵士を上手く躱して逃げないと。
「リリー、先導してくれ」
「まかせて」
※
宿まで戻って、追加でとった部屋に集まる。
―「今日はこの部屋で休んでくれ」
―「このベッドを使っても?」
―「良いよ。俺とリリーは隣の部屋を使ってるから」
クララがベッドの上に座る。
見た目は、ロザリーより年下に見えるけど。
―「少し話をしたいんだけど」
―「はい」
リリーと一緒にクララの向かいのベッドに座る。
―「あの、どうして私の言葉がわかるんですか?」
それは俺も聞きたい。
「リリー。なんで?」
「一緒に居る真空の精霊が、その言葉で話していたから」
それでか。
「それに、ロザリーの母国語ってドラゴン王国時代の言語なんだよ。クララさんも同じなんだよね?」
「そういえば、そうだったな」
メディシノ王国建国初期に使われていた言語はドラゴン王国時代の言語だって、アレクが言ってたっけ。
ロザリーはアレクの元で現代語を学ぶ機会があったけど。普通に目覚めたメディシノに、そんな機会があるわけないよな。
ってことは、クララは封印されてたメディシノで間違いないのか?
―「でも、せっかく話せる人が……」
「あの……。今までたくさん酷い目に合って来たの、知ってるよ。あなたがクララさんを守らなきゃいけないって気持ちもすごくわかるよ」
真空の精霊と話してるのか?随分警戒心が強いみたいだな。
「うん。私、顕現してない精霊が見えるの」
まぁ、有無を言わせずにここまで連れてきたのは間違いない。
「違うよ。人間だよ」
不審に思われても仕方ないか。
―「クララは、メディシノ王国の国王によって封印されたメディシノだな?」
―「はい」
素直に言うんだな。
―「クララが封印されてから、今は千年の時が経ってる。お前が話す言葉は、現在、ドラゴン王国時代の言語って呼ばれてる古い言語なんだ」
―「千年……」
話し相手が時間の感覚のない精霊だけじゃ、自分が今置かれている状況を確認できる方法はないだろう。
―「もしかして、あなたも私と同じメディシノですか?」
『瞳の色が戻ってるな』
戻ったか。
―「違う。ブラッドアイなだけでメディシノじゃない。でも、クララの仲間なら知ってる。これに見覚えは?」
―「それは!」
ロザリーから借りた短刀。
クララも同じものを持ってるはずだから、知ってるだろう。
―「メディシノのロザリーから預かってるんだ。ロザリーは知ってるか?」
クララが首を振る。
―「別の時代に封印されたメディシノは知りません」
知らないのか。
この感じだと、真空の精霊の方も知らないみたいだな。
「ロザリーは今、ラングリオンに居るの」
―「真空の精霊なら、ユールとルキアを知らないか?」
二人は知り合いだったし、こっちの真空の精霊も知り合いかもしれない。
「知ってるみたい」
やっぱり。
―「知りたいことがあるなら、真空の精霊同士で情報交換してくれ。ユールなら明日の昼に会わせることが出来る」
ユールに説明を頼むしかないだろう。
「うん」
―「ルキアはロザリーと一緒に、ここから北東にあるラングリオン王国に居る。旧アルファド帝国領でアスカロン湾より東の場所だ」
―「竜の山を基点とすると、どの辺りですか?」
竜の山はわかるのか。
―「竜の山より東だ」
―「だいたい、わかります」
―「俺たちが今居る場所は、竜の山より南西にある神聖王国クエスタニア。モルティーガ都市同盟があった辺りって言えばわかるか?」
―「はい。……あの、この国はグランツシルト騎士団の国ですか?」
グランツシルトって単語はあちこちで耳にしてるんだろう。
―「名前は同じだが、違うと思っておいた方が良い。グランツシルト教っていうのは光の神を崇める宗教で、吸血鬼種に優しいわけじゃない」
クララが肩を落とす。
無理もないだろう。ロザリーの話しでは、吸血鬼種にも優しい人気のあった騎士団だったみたいだからな。
―「あなたは何故、私をここに連れて来たんですか?」
―「俺がクララを探していたのは、今より環境の良い場所を提供できる可能性があるからだ」
―「環境の良い場所?」
―「身の安全が保障される場所」
今言えることはそれだけなんだけど。
―「だいたい、いくら闇の魔法で隠れて治療を行っていたとしても、こんなことを続けていればいずれ捕まってたぞ」
俺だって、こんなに早く捕まえられると思ってなかったんだから。
―「無理をして治療を続ける必要はない。今は、自分がこの先どう生きるか考えれば良い」
言葉も通じず、頼れる人間も居ない状況で治療だけを行い続けるなんて、無謀すぎる。
―「私が今まで生きていたのは、治療の為です」
呪いの言葉だな。
―彼女は、この日のために。
―いつかまた治療者が必要になる日が来るまで、棺に封印されていたのだと言っていた。
ロザリーと同じ。
―「治療薬は完成してる。感染を防ぐ為の薬も。出回ってる数は少ないけど、メディシノなんて必要なくなるんだ」
―「そんなこと、急に言われても……」
クララが俯く。
「エルと錬金術研究所の人が作ったんだよ」
病の治療の為に封印されていたのに、目覚めてみたら必要ないなんて言われても困るか。
でも。
「薬の完成はユールから頼まれてたことだ。真空の精霊の願いでもあったんじゃないのか?」
真空の精霊はみんな、メディシノが犠牲にならない方法を探してたんじゃないのか?
「そうだよ」
だめだ。真空の精霊との会話はリリーに任せるしかない。
でも、こっちは、どうにかしないとな。
―「クララ、まだ眠くないなら現代語を教えてやるか?」
まだ、時間もありそうだし。
―「現代語?」
―「現在、使われている言葉」
言葉が通じないのは不便だろう。
―「じゃあ、頑張ります」
現代語はドラゴン王国時代の言語の流れを汲んでるから、それほど難しいことじゃないだろう。
「今まで、どうしてたの?」
あ。
―彼女は喪に服すように黒いベールをかぶり、各地で医療活動を行う巡礼者と称されておりました。
「そうなんだ」
「リリー。精霊は今、なんて言ったんだ?」
「え?」
あの教会に現れたメディシノは、神官と話してるはずだ。
「真空の精霊が、隠れて顕現して会話してたんだって」
真空の精霊が……。
面倒見の良い精霊だな。
教会に現れたメディシノが黒いベールをかぶっていたのは、目元を隠す以上に口元を隠す意味もあったってわけか。
……さてと。クララにこれから現代語を教えるとして。
「リリーも、眠くないなら今のうちに報告書を仕上げたら良い」
「報告書?」
「アレクに提出しなきゃいけないだろ?」
「そうなの?」
何か任務を受けたら報告書を書くのは当たり前なんだけど。
それ以前に、書き方も知らなそうだな。
「日付と出来事をまとめるだけだ。一日にあったことを順を追って説明するように書けば良い。初日なら、午前にマリー、ローズ、イレーヌ、ローグ、俺と合流し、移動を開始した。っていう風に」
報告書用の紙とペンを出して、リリーに渡す。
「報告書はアレク宛ての極秘情報を含むから添削出来ないけど。書き方に迷ったら言って」
リリーが頷く。
「わかった。やってみる」
長くなりそうだし、菓子でも持って来るかな。
―「クララ、夕飯は食べたのか?」
―「いいえ」
―「何か持って来るよ」
まだ一階のレストランも開いてるはずだ。
―「食事は要りません。お腹は空いてないです」
―「そんなわけないだろ」
何も食べてないのに。
―「私を目覚めさせてくれた人から保存食とお金を貰ってます。今はそれで十分で、困ったことはないです」
今まで保存食だけで過ごして来たってことか?
―「目覚めたのはいつだ?」
―「えっと……。確か、あの人は、ヴィエルジュの二十日だって言ってたと思います」
「え?」
目覚めてから一か月も経ってるのに、保存食だけで?
それに、あの人って……。
―俺はメディシノの国王から、メディシノが入った棺のことを聞いてるんだぜ。
メディシノの棺を管理していたのは、長寿のクレアのはずだけど。
ロザリーは地震のせいで中途半端な目覚め方をして、その後、封印解除の言葉を唱えたって言ってたよな。
―「クララはどうやって目覚めたんだ?」
―「古い約束に従って、メディシノを目覚めさせるのはクレアです」
目覚めさせる方法がちゃんとあるのか。
―「そのクレアの名前は?」
―「確か、ヘレンという名前だったと思います」
クエスタニアの転移の魔法陣の管理人か?
―「古い約束って?」
ブラッドの救済のためにしか存在しないメディシノを、クレアが管理していた理由。
―「メディシノ王国は、王国の土地をクレアに譲り渡すと約束したんです。いずれプリーギが流行する時までメディシノを保存することを条件に」
ようやく、繋がった。
―ドラゴン王国時代を終わらせた災害について何か知っているかい。
―すべてが洗い流されたとしか。それによってクレアは自分の土地を失ったと聞いています。
クレアは地上に土地を持たない。だから、地上に土地を得ようとしていたんだ。
スタンピタ・ディスペーリに代表されるドラゴン王国時代のもう一つの言語は、クレアの古い言語で間違いない。
それなら、メディシノ王国初期の言語がドラゴン王国時代の言語であったにも関わらず、途中から別の言葉に変わったのも納得がいく。メディシノ王国は自国でその言語を公用語として使い、クレアが住みやすい国にしようとしていたんだ。
でも。
―「約束は果たされていない。メディシノ王国は滅んだんだ」
―「え?」
遺跡で見つけたガラスの棺に入っていた白骨。
おそらくあれは、約束が達成されないと知ったクレアが……。
―「その土地は今、ラ・セルメア共和国と呼ばれる人間の国になってる。クレアはクレアの土地から出ていない。それどころか、クレアの存在を知っている人間は地上には居ないんだ」
―「……え?普通の人間が、そんなに知ってるはずがない?」
真空の精霊?
なんて言って……。
リリーは、報告書に集中してるみたいだな。
―「知りたいことがあるなら、明日、ユールに聞いてくれ」
今は何を言っても仕方ない。
―「クララ。軽い食べものを持って来るから待ってて」
―「でも……」
―「リリーも食べるだろうから」
―「あの、それなら、これをどうぞ」
クララがかけていたカラーレンズの眼鏡を外して俺に差し出す。
そういえば、瞳の色が戻ってたんだっけ。
―「ん。借りる」
眼鏡をかける。
視界が暗い。夜間にこれをかけて歩いてたら不便だろう。
だから転んだのか?
「リリー」
声をかけると、リリーが顔を上げる。
「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」
「紅茶」
「わかった」
貰って来よう。
「あのっ、私が持って来るよ」
慌てて立とうとしたリリーを制止する。
「俺が持って来るから、リリーは続けてて」
丁度、集中していたところみたいだから。
「はい」
※
目覚めてから一か月。その間ずっと現代語を耳にしていただけあって飲み込みは早い。細かい単語は一緒に居る精霊がサポートしてくれるだろうから、後は経験を積むだけだろう。
問題は文字。
こっちは慣れるまでもう少し時間がかかりそうだな。
振り返ると、リリーがベッドの上で横になってる。
布団もかけないで寝たら風邪を引くのに。
報告書の束をまとめて仕舞う。
随分な量を書いたな。
―「俺はそろそろ部屋に戻る。まだ眠れないなら、自分の名前を書く練習をしてくれるか?」
自分の名前ぐらい書けないと、色々不便だろう。
「はい。わかりました」
良い調子。
不自然な訛りもないし、挨拶や店頭での買い物といった簡単な会話なら問題なくこなせそうだ。
「名前に使うのは、この文字」
ドラゴン王国時代の文字を現代文字に置き換えた対応表の文字を指して、現代語に直したクララの名前を書く。
「これで、クララ・ドラジェって読むんだ。書いてみてくれ」
「はい」
冷めた紅茶を飲みながら、クララが名前を書くのを見る。
―「ちょっと違うな。ここは、もう少し長めに」
クララの右手を取って、一緒に名前を書く。
「書いてみて」
「はい。わかりました」
クララがもう一度書く。
「ん。綺麗に書けてる」
「ありがとうございます。あの……」
「何?」
「あなたの、名前は?エル?」
横に名前を書く。
「これで、エルロックって読むんだ。呼び方は、エルで良いよ」
「はい。ありがとうございます。エル」
―「明日は、昼ぐらいに出かける用事があるんだ。ここで待っていても良いし、一緒に来ても良いし。どうする?」
―「一緒に……」
言いかけて、クララが言い直す。
「一緒に、行きます」
熱心だな。
興味を持って学べば、すぐに覚えるだろう。
―「昼食前に迎えに来る。用があったら、いつでも会いに来て。闇の精霊が一緒なら、俺たちが何処に居るかわかるだろ?」
「はい」
眠っているリリーを抱き上げる。
「おやすみ、クララ」
「おやすみなさい」
―「戸締りはしっかりすること」
「はい」
あれだけ心配性の真空の精霊が付いてるなら、大丈夫だとは思うけど。




