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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
92/149

101 紅に染める

 大分、落ち着いてきたかな。

「リリー」

 名前を呼ぶと、リリーが顔を上げる。

 ……泣かせてばかりで、ごめん。

「目を閉じて」

 大地の魔法を込めて、リリーの瞼に触れる。

 光や水の魔法なら、もっと癒されるのだろうけど。これぐらいしか出来ない。

「マリーたちを探そう」

『二人なら廊下に居る』

 移動してなかったのか。

『エル、着替えたらぁ?』

「そうだな」

 服を脱いで、別の服に着替える。

「変装は止めるの?」

「今は変装の必要はないからな」

 元々、礼拝後は変装を解いて瞳の色を変える予定だったから。

 王都を観光中のリリーとマリーの護衛なんて、メディシノの恰好でやることじゃない。

 いつもの服に着替えて、黒髪の鬘は外してるけど。一応、教会から出るまではフード付きのマントをつけておくか。

「リリー、こっちに座って。髪を結び直すよ」

 椅子に座ったリリーの後ろに回って、リリーの髪を解く。

 この髪型も可愛いけど。これじゃ重いし、帽子もかぶりにくいだろう。

 下の方で緩い三つ編みにでもしておくか。

 ん?

 ちょっと待て。

「ローズがエイルリオンを持ち歩いてること、知ってるんだよな?」

「うん」

「ローズの光は見えてるか?」

「見えてるよ」

 アレクと違って複数の精霊と契約してるはずだし、リリーからは特殊な見え方をしてると思うんだけど。

「なら、ローズの正体は、わかってるんだよな?」

「正体?」

 リリーが首をかしげる。

「マドレーヌ姫?」

 マドレーヌ姫って。

「それ、マルグリット姫のことか?」

「あ、うん」

 王族は菓子の異名を持つ。陛下の第二子であるマルグリット姫はマドレーヌだ。

 ……まさか、本当に女だと思ってたなんて。

「部屋割りは単純に男女で分けてるだけだ」

 マリーが何も言わなかった時点で気づいても良さそうなのに。

「あの、ローズさんって……」

「マリーだって、気づいてて何も言わないんだよ。髪の色を変えようが、口調を変えようが、見慣れた相手の顔を見間違えるわけないだろ」

「でも、それじゃ、変装してる意味がないよね?」

「こんなところに王族が来てるなんて、クエスタニアにばれるわけにはいかない」

 そもそも、王族が来るならマリーが来なくても大陸会議の交渉は出来るんだ。

「女だろうと男だろうと、変装する必要はあったんだよ。これは作戦の一つなんだから、全員、それに合わせるだけだ」

 リリーがうなる。

「私は今まで通り、ローズさんって呼んでいれば良いんだよね?」

「そうだよ」

 大丈夫か?

 まぁ、イリスとメラニーが常に付いてるし、なんとかしてくれるだろう。

 

 ※

 

 神官への対応はマリーに任せて、フードを深く被ってやり過ごす。

 少し休めば回復するとローズが説明していたらしく、大したことは聞かれなかった。

 教会を出て、瞳の色を変える目薬を一滴ずつ差す。

「リリー、変わってる?」

「うん」

 マントのフードを外す。

 これで顔を隠して歩く必要もないだろう。

「本当に、髪も瞳もころころ変わるのね。それ、私が使うとどうなるの?」

「意味ないんじゃないか?」

 ピンクアイが光の精霊の祝福によるものなら、他の影響を簡単に受けるとは思えない。少なくとも、ブラッドアイの為の目薬じゃ効果はなさそうだ。

 

 ※

 

 四人で富裕区を歩いて、適当なレストランへ。

 マリーが王都に来てることはすでに噂になってるのか、中に入るとすぐに支配人が出て来て個室に案内してくれた。

 支配人がメニューの説明を始める。

 長くなりそうだな。

「喉が渇いてるんだ。ポムエードの炭酸割りを持って来てくれ」

「そうね。お願いできるかしら」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」

 そう言って、支配人が出て行く。

「前菜は要らない。スープは温かいものを。メインは嫌いじゃなきゃジビエ料理を選べ」

「少し苦手だわ」

「だったら、この店のシュニッツェルが食べたいって言っておけば良い。添え物は、たぶんフライドポテトだ。変えられるなら俺のはポテトマリネにして。デザートは食後に頼むこと。コーヒーは頼んで」

「どうして?」

「すぐにわかるよ」

 戻ってきた支配人がテーブルにグラスを並べる。

「こちらに、当店お勧めの前菜盛り合わせをお持ちいたしました」

 頼んでもいない前菜が中央に置かれる。ボリュームのある、ハムとソーセージ、チーズの盛り合わせだ。

 ……これで、マリーも俺が言っていたことの意味ぐらい分かるだろう。ちゃんと食べきれれば良いけど。

 乾杯をした後、マリーが支配人と相談しながらメニューを選んでいく。

「時計を見せて」

 ローズが時計を出す。

 ……昼過ぎか。

 ランチの時間なのに空腹感を全く感じないのは、寝てたせい?

「デザートは食後に選んでも良いかしら」

「もちろんです」

「コーヒーはお願いしておくわ。……それから、水を持って来て頂ける?」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 水?なんで?

 支配人が出て行ってそう間を置くことなく入って来たウエイターが、マリーの前に水を置き、丁寧に礼をして出て行く。

 マリーが、グラスをローズに渡す。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「のんびり頂きましょう」

 マリーが大皿に載ったチーズを食べる。

「そっちの状況は?」

「謁見の申請はしたけれど、二十五日には王都を発つと伝えて来たの。それまでに連絡がなければ帰るしかないでしょうね」

 それぐらいに引き上げるのが妥当なんだろうな。

「感触は?」

「上のことは知らないって感じだったわ」

 なら、期間内に連絡があることを祈って待つしかないか。

「あれは?」

 黒髪の件。

 マリーの横でソーセージを食べているリリーの方に、一度だけ視線をずらす。

「特異な反応をする人は一人も居なかったわ。こっちの方がラングリオンよりも寛容な気がするわね」

 それは、俺も思ってたことなんだけど。

 クエスタニアの連中が、意図的にラングリオンで黒髪に対する差別意識を根付かせようとしていたのは確かなんだよな。

 教皇主義によるグランツシルト教布教の方法?

 それとも、聖典主義が根付いてるから差別がないだけ?

 人によって考え方が違い過ぎて、いまいち良くわからない。

「申請後、私たちは光の間に行ったのよ」

「そんなに簡単に入れる場所だったのか」

「まさか。聞いてみたけど、門前払い。アンシェラートが出て以来、王族も入れないぐらい厳しくなっているって話しよ」

 アンシェラートが出てから警備体制が変わった?

 しかも、王族の出入りすら制限?

「管理してるのは王族じゃないのか?」

「光の間に居たのは神官と聖堂騎士だったし、違うんじゃないかしら」

 変だな。王族がグランツシルト教の守り手として管理してるものじゃないのか?

「どうやって行ったんだ?」

「ローグに手伝ってもらったの」

「良く会えたな」

「メラニーが教えてくれたわ」

『丁度、近くに居たからな』

 合流しやすい場所に居たのか。

「穏便に済んだのか?」

「大きな騒ぎは起こしていないわ。王宮内って神官の出入りは緩いみたいなの。王妃様が懇意にしてる聖典主義の神官の名前を借りた、ってローグが言ってたわ」

 やっぱり、王族は聖典主義寄りなのか?

「ローグとは、明日の昼に会う予定よ」

「あの教会で?」

「そうよ」

 ローグも、俺たちが取る宿の予想ぐらいついてるだろう。

『誰か来る』

 扉が開いて、スープが運ばれてくる。

「まぁ、良い匂い。これが今日のお勧めのスープね」

「はい。マウルタッシェのスープでございます」

 肉詰めの大きなラビオリのようなものが浮いているスープ。

「では、ごゆっくり」

 料理を運ぶと支配人が下がる。

 ずっと、マリーの為に給仕をやるつもりか?

「このほかにメインが来るのね」

「そうだよ」

「前菜もとても美味しいのだけど、思った以上の量だわ」

 本当に。この国の料理は一皿一皿がメインと言っても差し支えない量で出て来る。

「ポテトのマリネって美味しいの?」

「美味いよ。……封印の棺は?」

「光の間にあったみたい。そうよね?リリー」

 両手でポムエードのグラスを持っていたリリーが頷く。

「うん。斑の光は見えたよ。アイフェルも、あれが封印の棺だって知ってたみたい」

「アイフェル?」

「光の間に居た光の大精霊よ。オルロワール家、縁の」

「は?」

『アイフェルは私を生んだ大精霊なの。初代オルロワールと瞳を交換した光の大精霊よ』

「なんで、こんなところに居るんだよ」

 ラングリオンのグラム湖、光の洞窟にいた光の大精霊なのに。

「エルのせいで、そこまでのんびり話をする時間はなかったわ」

「悪かったな」

「でも、ナインシェに頼んでアイフェルと連絡を取れば、光の間の神官がアイフェルに会えるよう取り計らってくれるみたい。だから、もう一度光の間に行くことができるわ」

「ん。わかった」

 封印の棺と光の大精霊。

 俺の用事は、それでほとんど済みそうだな。

「聞きたいことは終わり?言っておくけど、エルを助けた方法は教えられないわよ」

「わかってるよ」

 別に、聞く必要はない。


 ※


 食後のコーヒーを持って、ローズと一緒にバルコニーに出る。

 リリーとマリーはこれからデザートを食べるらしい。まぁ、何か食べるだろうとは思ってたけど。

「お前、人の飲み物を勝手に注文するなよ」

「なんで?」

「俺は炭酸が苦手なんだよ」

 意外だな。

 マリーが水を注文した理由がようやく分かった。

 そういえば、この前だって、わざわざポムエードの水割りを作らせてたっけ。

「っていうか、あんな量で足りるのか?」

「何が?」

「前菜にも手を付けなかっただろ」

 食べられる気がしなかったから。

「ずっと寝てたのに、腹が減るわけないだろ」

「言うほど寝てないぜ」

 そうみたいなんだけど。

「患者は?」

 あの後のことは何も知らない。

「重症患者は治療済み。手持ちの治療薬と予防薬は神官に渡した」

「そうか」

 良かった。

「あいつが来てる兆候ってあるか?」

「さぁ?」

『人間と契約してない精霊は、嫌な感じがするのよね?』

『周りの精霊が騒いでるような感じはないねー』

 だったら、居ないのかな。

『アイフェルも何も言ってなかったな』

 光の大精霊、アイフェル。

 初代オルロワールと共にラングリオンの建国に関わった大精霊が、クエスタニアの王宮に居る理由……。

―アイフェルは私を生んだ大精霊なの。

―初代オルロワールと瞳を交換した光の大精霊よ。

 瞳を、交換?

 そういえば……。

―どの辺に居るんだ?

―ここだよー。アレクの瞳だと見えないのー?

―見えるわけないだろ。

 レイリスは、アレクと交換した碧眼で精霊を見ることが出来なくなってた。

 アレクだってそうだ。

―あの棺はね、私の右目では見えないんだよ。

 瞳はその特性を失わないまま交換される。

 つまり、アイフェルが光の間に居るのは……。

「お前って、女泣かせるの好きなわけ?」

「は?……そんなわけないだろ」

「死にたがりって噂は本当みたいだな」

「誰がそんなこと言ったんだよ」

「この剣を借りる時に、お前の面倒も頼まれたんだよ。放っておくと死にかけるから一人にするなって」

 アレクの奴。

「なんで、そこまで赤の他人の為にしてやろうと思うんだ?」

「目の前に自分の力で助けられる相手が居るのに、どうして見捨てられるんだ」

「それで一番大切にしてる相手が傷つくことになっても、か?」

 傷つけたいなんて思ってない。

 それでも。

 もう一度、治療しなければならない患者が現れたら、俺は……。

「ばーか」

 頭を叩かれる。

「そうやって、周りに甘えながら生きてりゃ良いだろ」

 甘えてる?

 そのまま、頭をくしゃくしゃと撫でられる。

「誰もお前を見捨てないんだから」

 ……誰も、捨ててなんかくれない。

 大切な人が増えていくだけ。

 だから余計に誰かを見捨てることなんてできない。

 それが、甘えてる?

 ……でも。

 リリーなら助けてくれるって思ったのは事実だ。

「この後は、お前はリリーシアと行動しろ。俺はマリーと出かけて来る」

「なんで別行動にする必要があるんだよ」

 黒髪のリリーが歩いてたところで、何の問題もないことはわかってるんだ。俺が吸血鬼種の恰好さえしなければ、四人で行動できる。

「あんな迷子の面倒を見るのはごめんだ。俺には他にもやることがあるんだよ」

「やること?」

 マリーと一緒に?

「ユール。俺について来い。俺の精霊と交換だ」

『どぉして、あたしがあんたなんかに付いて行かなきゃいけないのよぉ』

「お前が居なけりゃエルは治療が出来ない。お前を呼ぶ事態になったってことは、また患者が現れたってことだ。ユールは呼ばれても行くな。呼んでるってわかったら、俺とマリーは全力でお前を止めに行く。……もう治療はさせない」

「そんなこと言ったって、」

「この国にはこの国のやり方がある。お前がでしゃばり過ぎて、聖女にでもまつり上げられたらどうするんだ?この国は今、教皇主義と聖典主義の勢力が辛うじてバランスを保っている状況だ。そのバランスを崩す存在になりたいのか?」

 聖典主義が勢力を強める口実になりかねない?

 教皇主義にとって悪魔とみなされるメディシノが、不治の病の治療者である事実は、聖典主義にとって都合が良いからな。

「これ以上、首はつっこむな」

 わかってるけど。

『エル、どぉするのぉ?』

 仕方ない。他の方法を探してみるか。

「ローズについて行ってくれ」

『……はぁい。みんな、エルのことよろしくねぇ』

『まかせてー』

「セシル、エルについて行ってくれ」

 交換する精霊?

「どんな精霊かはリリーシアに聞け」

 たぶん、光の精霊だろうな。

 


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