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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
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98 穢れる魂

 バロンスの二十二日。

 朝食後、ローズと一緒に教会へ。

 今朝は雨が降っていない。

 多くの人々が行き交う教会からは、パイプオルガンの音色と歌声が聞こえてくる。内容は神を称える同じフレーズの繰り返しだけど、とても美しい音色だ。

 教会の入口に行くと、昨日の神官が言っていた通り、扉の傍に別の神官が立っていた。

「すみませんが……」

 俺の顔を見た神官が驚いた顔をして、俺の腕を引く。

「あの、」

「お静かに。お連れ様もこちらへ」

『……嫌な感じねぇ』

「お待ち下さい」

 ローズが神官と俺を引き離し、間に立つ。

「この方に御用があるのならば、私を通して頂けますか」

 そんな威圧的な態度でどうするんだよ。神官と敵対するのは得策じゃない。

「これは、申し訳ありません。大切な用がございます。その方のお力が必要なのです。どうか、話しだけでも聞いて頂けないでしょうか」

 ローズが俺を見る。

「神官様のお話とあれば、お断りするわけには参りません」

「ありがとうございます。では、こちらへ」

 神官の案内に従って、礼拝堂横の扉に入る。

 

 長い廊下の右側からは、礼拝堂の歌声が聞こえる。

 廊下の左側に並ぶのは扉のない部屋。どれも、ベッドのある個室みたいだ。

 そういえば、巡礼者向けのベッドがあるって言ってたな。

 粗末なベッドの上にはブランケットの一枚も置いてないけど。吸血鬼種の俺が王都中の宿から宿泊拒否を受けた場合、屋根のある場所で眠れるだけましって考えるだろうな。

 廊下の突き当りの扉を開くと、緩やかに湾曲した左右に長い廊下が現れる。その廊下の反対側にある扉に入ると、独特な臭いが鼻につく。

 消毒薬の臭いだ。

「ここは、教会の医療施設です」

 ってことは、廊下沿いにあるのは病室か?

「クロエ様。あなたは、メディシノを御存知ですか?」

 やっぱり。

 この国にはメディシノが居る。

『だめよ、エル』

 ここの神官は、吸血鬼種の容姿をしたメディシノが治療者であることを知っている。

―失礼ですが、御名前をお伺いしても?

―いいえ。人違いでした。

 でも、王都で治療を行ったメディシノは今、居ないんだ。

「見せて頂けますか」

『だめだってばぁ!』

「こちらへ」

 薬なら持ってる。

 けど。

 ユールがこんなに慌ててるってことは……。

 

 ※

 

 案内された部屋のベッドには、赤い管に繋がれた患者が一人。

「輸血?」

「はい。ラングリオンでされているという方法を、こちらでも行っているのです」

 あの方法をクエスタニアが知ってる?

「誰が輸血を?」

「奉仕に来て頂いたお医者様に行っていただいたのです」

 クエスタニアはこの病について、どこまで知ってる?

「治療薬は?」

「治療薬の製造方法は伝わっていると聞きますが……。この国では、すべての方に医療の機会が等しく与えられないのです。薬は貴重品です。多くの医者は裕福な者から順に治療を行うのです」

「そんな……。これは、一刻を争う病なのに!」

「この病の治療は、吸血鬼種を礼賛することになりかねないものです。その為、お医者様も奉仕活動に参加しにくいのです。病の治療を求めて教会へ来る多くの方に対し、教会が出来る治療も限られているのが現状です」

 どうして、治療可能な病で苦しんで死ななきゃいけない人間が居るんだ。

「あの方が王都にいらっしゃったのは、丁度、収穫祭の時期でした」

「あの方って……」

「彼女は喪に服すように黒いベールをかぶり、各地で医療活動を行う巡礼者と称されておりました」

 人の多い場所で病が流行ることを想定して来たのかもしれないな。祭りで賑わうなら、人混みにもまぎれやすい。

「彼女は患者の治療を願い出、誰もが諦めかけていた病をあっという間に治してしまいました。しかし、決して覗いてはいけないと言われた治療中に、その扉を開いた者が居たのです。……悪魔と叫び声が上がり、皆が駆け付けた頃には、その方はもう……」

 ……それが、メディシノの現実。

「あの方が王都に滞在された短い間に、どれほどの命が救われたかわかりません。しかし、それでも彼女を救世主と呼ぶことは憚れるのです」

 ベッドに横たわる患者を見る。

 心臓は動いていて呼吸もしているけど、病原は全身に回っていることが明らか。

 こんな状態まで、放っておくしか出来なかったのか?

「バケツと水と……。何でも良いので、赤ワインも用意して頂けますか?」

 きっと、必要だと思うから。

「水は水差しに入っております。もっと必要ですか?」

「いえ、大丈夫です」

「バケツなら、この部屋に」

 神官が収納棚からバケツを出す。

「ワインでしたらすぐにお持ちいたします」

 そう言って、神官が部屋を出る。

「ローズ。検査薬は少し持ってるけど、足りなくなったら用意するしかない。この本に書いてあるから作ってくれ」

 本をローズに渡す。

「私がやるんですか?」

「ユール」

『嫌よぉ』

「顕現してくれ」

『他の人にはしないって言ったのにぃ!』

 ユールが顕現する。

「これ以外の方法がない」

「何をするつもりだ?」

「これから患者の治療を行う。俺がおかしくなったら眠らせてくれ」

「説明になってないぞ」

「イリス!」

 呼ぶと、イリスが現れる。

『どうしたの?』

「予定が変わった。俺たちは行けな……」

『イリス。急いでリリーとマリーを連れて来るんだ』

「だめだ。リリーを俺に近づけるな」

『え?バニラ、どういうこと?』

『宿のすぐ側の教会だ』

「だめだって言ってるだろ」

『連れて来て、イリスちゃん!』

『その方が良いねー』

『もーぅ。なんなの?ボク、エルの言うことは聞かないからね!』

「なっ、」

『流石、イリスちゃん!』

「お前、信用ねぇな」

 なんで……。

「さっきから、何をしようって言うんだ?」

「治療だよ」

『この治療はエルの負担が大きい。最悪、エルは……』

『えっ?まさか、あれをやるって言うの?』

「一回やってることだ。心配要らない」

「そうは思えねーけど?」

「治療が終わったら、患者の傷口を治療してくれ。薬はこれ。魔法でも良い」

『あー、もう。ボク、行くよ。じゃあね』

 イリスが消える。

「ユール、治療を行う」

『嫌よぉ』

 ロザリーの短刀。

 今まで一度も使われていない清潔な刃で、患者の首筋に傷をつけて……。

『エルの、ばかっ!』

 真空の魔法の力を感じる。

 ……絶対協力してくれるって、解ってるから。

 ごめん。ユール。

『吐いて』

 言われた通り、吸い込んだ血をバケツに吐く。

 

『吐いて』

 大丈夫。

『吐いて』

 一度、経験してるから。

『吐いて』

 あの時と同じにはならない。

 

『終わったわぁ』

 水で口をゆすぐと、ローズが患者の首元を魔法で治療しているのが見える。

『口の中、見せてぇ』

 口を開いて、ユールに見せる。

 綺麗にしたと思うけど。

『エル、これ以上はしないでねぇ?』

 ここまで悪化した患者が居る以上、他にも患者が居る可能性が高い。

 前にここで治療を行っていたメディシノは、全員の治療を終える前に、ここから逃げざるを得なくなったんだから。

 炎の魔法で、バケツの中身を蒸発させる。

 これでプリーギは死滅。

 扉が開く音がして、ユールが顕現を解く。

「お持ちいたしました」

 神官が赤ワインを持ってる。

 声を出そうとして、ローズから口にドロップを放り込まれる。

 そうだった。吐いた時に、ドロップも口から出てるだろう。

「患者の治療は終わりました。輸血を続けて経過を観察してください」

「感謝いたします。では、隣の患者も診て頂けないでしょうか」

「わかりました」

『エルっ!』

『無謀だ』

 そんなこと言ったって……。

「重症患者は、後何名いらっしゃいますか?」

「隣の部屋に三名いらっしゃいます」

『無茶だよー』

「クロエ様は、もう治療を行えません」

「行えない?」

「やります。案内してください」

 ローズが俺の腕を掴む。

「クロエ様。私の役目は貴方の護衛です。危険な目に合わせるわけには参りません」

 後、三人……。

「薬で治療可能な方は薬で治療します。まずは診せて下さい」

 赤ワインを持って、神官の後に続く。

 

 次の部屋では、輸血されている患者が一人と、輸血されていない患者が二人、ベッドに並んでる。

 輸血されている患者の傍に居た女性が顔を上げて、小さな悲鳴を上げる。

「どうか、落ちついてください。この方はお医者様なのです」

「お医者様?嘘です!出て行ってください!けがらわしい!」

 持っていた聖印を胸元から出す。

「それは……!」

「治療を行わせて下さい。必ず救います」

「あなたの祈りは神へ届いたのです。このお導きを無下にしてはいけません」

「あぁ。何故、神が悪魔を遣わせると言うのですか。神は私たちを見放されたのですか?」

「神官様、彼女の気持ちも最もです。……どうか、外でお待ちいただけますか。治療は一刻を争います」

「悪魔に魂を売ることなどできません!」

「どうか落ちついて下さい。一度部屋を出ましょう」

「嫌、嫌です!出て行って!この悪魔!神官様は騙されてます!」

 暴れる女性を連れて、神官が部屋の外に出る。

『酷い言い方だわ。治してあげるって言ってるのに』

「あれが正常なんだよ」

『どうして?わかんないよ。エルはこんなに優しいのに』

『アンジュ……』

 ここを訪れたメディシノだってそうだ。

 自分が何て呼ばれるかわかってて。それでも、容姿を隠して治療を行っていたのに。

『……エル』

「ユール、顕現してくれ」

 ユールが顕現する。

「状態は?」

『全身に回ってるわぁ。薬の治療じゃ追いつかないでしょうねぇ』

「順番に治療する」

 後、三人だけ。

 絶対に救うから。

 だから、死なないで。

 

『エル……』

『怖いよ』

『本当に大丈夫なの?』

 大丈夫。

『どうして、そこまで……』

 

 

「吐け!」

 背中を叩かれて、口の中のものが一気に出る。

 

 

 眩暈……。

 

 違う。

 これじゃない。

 

 あれ……。

 

『眠らせてぇ』

『エル……』

『あぁ……』

『もう、手遅れだ』

 

 

 誰かが俺の手を持って、何かの上に置く。

 それをそのまま、掴む。

 

 リリー。

 


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