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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
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06 死人にも辞令が出る

「俺に何をやらせる気だ」

「一つ。私の盾を持って、ドラゴン退治」

 俺が仕留め損ねたからな。

「いいよ。イリデッセンスを取り返したいし。でも、なんで死んだことにする必要があるんだ?」

「理由はいくつかあるけどね。……ドラゴンに関して言えば、冒険者ギルドには討伐依頼は出さない予定だ。情報提供だけに懸賞金をかける。討伐しても国からの報奨金が約束されていない上に、黄昏の魔法使いを御したドラゴンなら、しばらくは冒険者たちが無謀な竜殺しに挑んだりはしないと思ってね」

「また、黄昏の魔法使いか」

「気に入らないようだね。そういえば、黄昏の魔法使いはグラシアル女王国で女王に挑み、女王諸共城の下敷きになったらしいよ」

「じゃあ、死んでるんじゃないか」

「死んだかどうかはわからない」

「適当な噂だな」

「噂なんてそんなものだよ」

「抑止力になるのか、本当に」

「エルがドラゴン退治にリリーシアを連れて行かない理由にはなるんじゃないかな」

「あぁ」

 確かに。

 ドラゴン退治に行くって言えば、リリーはついて来るだろうな。

「本当は、私が行きたいんだけどね」

「今、アレクが王都から居なくなった方が大混乱だろ」

 ヴィエルジュは忙しいはずだ。

「そうだね。このタイミングでは難しいかな」

 タイミングが良ければ、こっそり城を抜け出して、自分で竜殺しに行くんだろうな。

「ヴィエルジュは公務も多いし、剣術大会の件で謁見が多いから」

「剣術大会の件って、婚約者探しだろ?」

「そう。父上にも困ったものだよ。貴族たちが娘を連れて、どうでもいい貢物を持って来るんだ。忙しいというのに。相手をする身にもなってもらいたい」

 本当に嫌なんだな。

「アレクが婚約者を決めないからだろ」

「だから、二つ目。協力して欲しいんだ」

「協力?」

「好きな人がいる」

「好きな人?」

「その子を婚約者にする為に、協力して欲しい」

「陛下に直接言えば良いじゃないか」

 白熱した剣術大会の婚約者騒動も、それで終わりだ。

「アレクが自分で選んだ相手を、陛下が認めないわけ……。え?」

 まさか。

 陛下が認めない相手なのか。

「通常の方法では誰も納得させられない女性なんだ」

「それって……」

 たとえ出自や出生がどれだけ怪しい相手だとしても、抜け道ならいくらでもある。

 アレクなら、いくらでも方法を考えつくだろう。

 それが不可能な相手。

 この国で長く忌み嫌われていた容姿を持つ人間に違いない。

「だから、私の名代として剣術大会に出て欲しい」

「優勝して、彼女との婚約を願いにするって?」

「私が出られるのなら、私が出たのだけどね」

 アレクは既に剣術大会で優勝してるから出られない。

 大会の優勝者は、二度と大会に出られないのだ。

 その代わり、望めば大会の優勝者と戦える。……そんなことする奴なんて、ほとんど聞いたことがないけど。戦ったところで何かが得られるわけでもないし、大会の優勝者は国に仕えることが多いのだ。

 ガラハドだってそう。

 もともと最強の傭兵としてその名をとどろかせていたガラハドは、アレクの名代として出場した剣術大会での優勝をきっかけに、国王陛下から名誉騎士の称号を与えられ、王都守備隊三番隊隊長に迎えられたのだ。

 そういえば、その時のアレクの願いって何だっけ。

 ガラハドが勝てばアレクが願いを聞いてもらえたはずだけど……。忘れた。アレクが自分で優勝した時に出した願いの印象が強すぎて。

「優勝できる見込みなんてないぞ。知ってるだろ?俺が使えるのはレイピアと短剣。剣術大会には向かない」

 レイピアは護身用の剣だ。相手を斬る為のものじゃない。

 それに、俺の短剣は相手の急所を狙う戦い方。

 剣術大会は相手を殺してはいけない。急所を狙わないのは暗黙のルールだ。

「大丈夫。私が剣技を教えるよ」

「アレクが?何言ってるんだよ。忙しい癖に」

「三つ目」

「まだあるのか」

「エルに死んだことにして欲しいっていうのは、これが一番の理由かな」

「なんだよ」

「私の仕事を手伝って欲しい。エルが手伝ってくれれば、仕事もはかどって、稽古の時間も出来るよ」

「手伝って欲しいって。そんなの秘書官の仕事だろ。秘書官を増やせ」

「気に入らない人間を傍に置く気はないんだ」

 アニエスが、俺に書類を渡す。

 

 辞令

 本日付で、魔法部隊から皇太子秘書官への異動を命ずる。

 

 ラングリオン王国皇太子 アレクシス

 

「用意周到だな」

 武官から文官って、あり得ない人事異動だ。

「エルの衣装も用意しておくからね」

「秘書官の衣装?」

 官位章だけじゃないのか?

「秘書官の仕事に、剣の稽古に、ドラゴン退治じゃ、リリーシアに会う暇もないだろう。しばらく死んだことにして、私の仕事に集中してほしいんだ」

「まだ、リュヌドミエルなのに」

 リリーと結婚式を挙げたのはリヨンの十六日。

 挙式から一月はリュヌドミエルと言って、休暇を申請できる期間なのに。

「リュヌドミエルが明けてから、エルに剣術大会の件だけ頼もうと思っていたのだけどね。ヴィエルジュの公務に貴族の謁見、大地震の調査に遺跡の調査、加えてドラゴンの飛来だ。流石に手に負えなくなってきた」

 どれだけ手を広げてやってるんだよ。

 ん?

「遺跡の調査?」

 そういえば、シャルロが言ってたな。

「大地震によってせり上がった遺跡がいくつかあってね。深部まで入れるようになったものがあるんだ」

「それ、ドラゴン王国時代のだよな?」

「興味があるかい」

「ある。調べたいことがあるんだ」

「全部終わったら、好きなだけ調べて良いよ」

「全部って?」

「ドラゴン退治と剣術大会で優勝すること」

「もしかして、それが終わるまで、俺は死んだことになってるのか」

「もちろん。だから、許可なく城から出てはいけないよ」

「出てはいけないって。……ヴィエルジュの朔日、十五日、バロンスの九日は、絶対休みをもらうからな」

「ん……。調整してみようか」

 調整って。出来なかったら行けないのか?

「だいたい、俺は新婚なんだぞ」

「そうだったね。アニエス、ワインを持って来てくれるかな」

「はい」

 アニエスが書斎から出る。

「三本あるんだけど、どれにしようか」

「何が?」

「ロマーノ・ベリル・ブラッド、ロマーノ・ベリル・クレア、ロマーノ・ベリル・ロゼ」

「え?」

「成人したら、誕生日にワインを買ってあげるって約束したからね」

 ロマーノ・ベリルは、ワインの最高峰。

 そう簡単に手に入らない。

 しかも、最も希少価値の高いロゼまであるなんて。

「エルは、いつも誕生日に居ないから」

 今年は結婚式で王都に居たけど。

「悪かったよ」

「一緒に飲める日を楽しみにしてたんだ」

 アレクが微笑む。

 覚えてるよ。

 ワインが飲みたいって言ったら、成人したら買ってくれるって約束したこと。

「クレアを飲もう」

 クレアは白ワイン。

「ブラッドはドラゴンを倒したら。ロゼは剣術大会が無事終わったら」

 ノックをして部屋に入って来たのは、アニエスではなくライーザだ。

「衣装をお持ちいたしました」

「エル、リリーシアの喪服を選んであげると良い」

「喪服?」

「黒い服が必要だろうから。エルが好きそうなのが、たくさんあるよ」

 ライーザが、黒い衣装を一つ一つ掲げて見せる。

「おぉ」

 可愛いな。

 っていうか、喪服じゃないな。

「これ、アレクの趣味か?」

「彼女がこういうの好きなんだ。裁縫が得意だから、サイズも直せるよ」

「今、どこに居るんだ?」

「秘密」

 城の中に居そうだな。

「あ、それ可愛い」

 リリーに似合いそうだ。

「でも、リリーは着るかわからないぞ」

「丈の長いシンプルなものを一点選ばれてはいかがでしょうか」

 ライーザが一つ選ぶ。

「ん……。首回りが寂しいかな」

「襟付きのものもございます」

「あぁ。そっちの方が良い」

「かしこまりました」

「それから……」

「あれも似合うんじゃないかな」

「リボンが可愛い。生地は黒と白だけなのに、上手いな」

 アレクと一緒に可愛いのを選んで、最後に帽子を選ぶ。

「お直しして、リリーシア様にお送りさせていただきます」

「サイズ、わかるのか?」

「はい」

「なんで?」

「マリアンヌ様が御贔屓にされている店で確認済みです」

 リリーの衣装は、ほとんどマリーが選んでるからな。

「何かご一緒にお届けするものはございますか?」

 リリーに渡しておくもの……。

「手紙でも書いてあげたらどうだい」

「手紙は苦手なんだ」

 何か、渡せるものがあれば良いんだけど。

 そうだ。

「アレク、リリーに剣花の紋章を渡しておいても良いか?」

「そうだね。ワインを三本空けるまでだったら良いよ」

 持っていた剣花の紋章をライーザに渡す。

「衣装はツァレンに届けさせよう」

「かしこまりました」

 ノックの音がして、今度はアニエスがワインを持って来た。

「白を」

「かしこまりました」

 アニエスがグラスとワインの瓶を目の前に並べ、白ワインのコルクを抜く。

 あれ?このワイン……。

 目の前に並ぶ二つのワインのラベルを見て、アニエスがグラスに注いでいるロマーノ・ベリル・クレアのラベルも確認する。

「結婚おめでとう、エル」

「違うだろ」

「誕生日は、もう過ぎたじゃないか」

「言って」

「誕生日おめでとう」

 グラスを合わせ、ワインを飲む。

 優しい香りのワインだ。

 飲みやすくて美味しい。

「またどこかに行きたいね」

「約束しただろ。どこにでも連れて行くって」

「エルは変わらないね」

「変わるよ。色んなことがあったんだ」

「変わらないよ。今も昔も、エルはエルだ」

「アレクもアレクのままだよ」

「そうかな」

「いつだって俺を甘やかすじゃないか」

「喜んでくれたかい」

「ありがとう。アレク」

 


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