97 即断即決
ルサミの村から、乗合馬車で王都を目指す。
途中、昼頃に街道沿いの街で休憩を取って、夕方には王都に着く予定だ。
乗合馬車と言っても、俺たち以外の利用者は誰も居ない。
バロンスの中頃、つまりラングリオンの剣術大会時期は、クエスタニアは収穫祭をやっていたらしい。祭りの後は、観光客は王都から地方へと帰って行く。要するに今時期、王都を目指す人間は少ないってわけだ。
曇りだと時間の感覚がわからないな。
ローズの取り出した懐中時計を隣から見る。
もうそろそろ、街道の街に着く頃か。
王都に近い街道の街は、昼時ということもあって、多くの人で賑わっている。
教会は……。あそこか。本当にどこの街にもあって、目立つ建物だな。今回は寄ってる暇はなさそうだけど、揉め事に巻き込まれたら頼ることになるだろう。
それにしても。堂々と黒髪を出して歩いている人間こそ居ないものの、帽子やフードから黒髪を覗かせて歩いている人間は珍しくない。グランツシルト教徒だからか?周囲もそれをわかっているのか、咎める様子もないみたいだ。
髪は不自然に隠さない方が良いのかもしれない。
でも、店員の反応はどうかな。
近くの店の前に立ち止まる。
『エル?』
「一袋頂けますか?」
店頭に並んでいる、クレープを包むような三角包みを指す。
「はいよ」
視線は合わせないまま、すでに商品が詰められた包みを受け取って代金を払い、立ち止まって待っていたローズと共にリリーとマリーの後ろに戻る。
店員の反応は、驚いた様子もなく、ごく普通。
瞳の色を見られない限り、買い物にも不便はなさそうだ。
目の前を歩いていたリリーとマリーが立ち止まる。
店員から声をかけられたんだろう。商品の説明を受けてるみたいだ。
……長くなりそうだな。
「ローズ様、向こうの店に行ってきます」
「同行します」
『私が残ろう』
『あたしもぉ』
マリーも居るし、視界の範囲に居るなら大丈夫だと思うけど。
ローズと一緒に歩いた先のソーセージ屋台で、スパイシーなソーセージを挟んだサンドイッチを作ってもらう。
「選ぶのが早いですね」
この国のソーセージは、とにかく種類が多い。
この店に並んでいる者だけでも十数種類あるけど。
「前の旅ではこれが一番美味しかったので」
「では、私も同じものを」
リリーとマリーが店員から受けてる説明も、ソーセージの種類についてだろう。この国では、地域ごとに色んな種類のソーセージが発達している。王都の近郊だけあって珍しいものも揃ってるみたいだし、語らせたら長そうだ。
「御一緒にプレッツェルとポテトはいかがですか?」
どうするかな。
ローグは、クエスタニアは食べ物に恵まれていないような話しをしていたけど、それは主に食材の種類を指すんだろう。この国の料理はボリュームがすごい。
「では、ポテトを」
「かしこまりました」
四人も居れば、フライドポテトぐらい食べきれるだろう。
「飲み物を買ってきます」
そう言って、ローズが近くの店に行く。
品物を受け取って代金を払って、ローズの方に向かう。……途中で、甘い匂いが漂って来た店を見る。
「いらっしゃいませ。シュネーバルはいかがですか?」
シュネーバルか。食べたことないんだよな。
「二つ頂けますか」
『そんなに食べられるの?』
『エルが食べるわけじゃない』
正解。
『だよねー』
エードを買ったローズと合流して、リリーとマリーの方を見ると、さっきの店の前で、マリーがこっちに向かって手を振る。
丁度、買い物が終わったのか。
「そっちは、買い物終わったの?」
「はい。飲み物はローズ様に任せました」
瓶を四本持ってるけど、何を買ったんだ?
「ポムエード?」
クエスタニアと言えば林檎のイメージが強いけど。
「通常のもの、炭酸割りのもの、水割りのもの、生絞りがあります」
季節だから生絞りまであるのか。
こっちのエードは飲み方も様々だ。
「あちらの席で食べましょう」
出店が並ぶ通りの裏には、テラス席が広がっている。
晴れてたら良かったんだけどな。天気は相変わらずだ。
「この短い間に何を買ったの?」
一つの店に長い時間捕まってたって気づいてないのか。
「フライドポテト、シュネーバルと……」
「シュネーバルって?」
ベニエ生地を伸ばして引き裂いたものを丸めて揚げた後に砂糖をまぶしたものってイメージだけど。要は……。
「お菓子です」
「甘いものなんて食べるの?」
「まさか。御二人でどうぞ」
どうせ甘いものが欲しくなるだろうから。
「そっちは?」
最初の店で買った包みを開けて、リリーに見せる。
「わぁ。美味しそう」
糖衣のローストアーモンド。
残っても、道中でつまめるだろう。
「おひとつどうぞ」
リリーが一粒口に入れる。カリカリと良い音の鳴るローストアーモンドを食べると、リリーが笑顔になる。
「美味しい」
気に入ると思った。
※
後は王都まで一直線。
馬車で移動だし、王都周辺の街道沿いで亜精霊に襲われる可能性は低いだろう。
「雨だわ」
マリーが馬車から外を見る。
……雨か。
この雨は自然現象なのかな。
クエスタニアはラングリオンよりも雨が多いはずだし。
「あっ。私、レインコートを持って来てない」
長旅の予定じゃなかったから、持つように言うのを忘れてたな。
「貸してあげるわ。二人は持ってるの?」
「持っています」
ローズの方を見ると、無言で頷いたローズが荷物から取り出したレインコートを見せる。
喋る気、ないのかよ。
「こっちの方が丈が短めかしら」
マリーがレインコートをリリーに渡す。
「ありがとう」
それ、レインコートか?
装飾が多い気がするけど。
可愛いから良いか。
「ありがとう。快適な旅だったわ」
マリーが丁寧に礼を言って馬車から降りる。
「王都で宿を探すなら西の方が良い」
「西?どうし……」
「ご忠告、感謝いたします」
マリーの言葉をさえぎって礼を言い、馬車を離れ、西側のメインストリートを歩く。
冒険者ギルドも魔術師ギルドもこっち側にあるのか。こっちの方が、色々緩いのかもしれないな。
リリーとローズは……。ちゃんとついて来てるか。
『心配しなくても、見ててあげるわよぉ』
なら良いけど。
「ねぇ。さっきの、どういう意味?」
「私のことを気づかって下さったんです」
馬車に乗る時も神官の口利きがあったのを思い出す。
御者は、俺がグランツシルト教徒であることも吸血鬼種であることも知っている。
「グランツシルト教には教皇主義と聖典主義があり、聖典主義は黒髪に寛容なことが多いんです。そして、王都では東に教皇主義、西に聖典主義が集まる傾向にあるようです」
「詳しいのね」
「多少は」
マリーも教皇主義と聖典主義については知ってても、王都の内情については詳しくないだろう。
「宿は西で探すつもり?」
王都の富裕区といえば大きな教会のある北東が中心だ。けど。
「最近は西側にも富裕層が増え、北西が新しい富裕区として発展しているようですから。その辺りで探してみるつもりです」
たぶん、貴族向けの高級宿もあるだろう。
「わかったわ。今日も教会に寄るの?」
「そのつもりですが、先に宿を探します。拠点がないまま別行動をすることは危険ですから」
宿が一軒しかない小さな村と、広大な王都じゃ大違いだからな。
先に宿を取っておけば、何かあった時にマリーとの繋がりも証明できるし。
「不思議ね。旅をしてるとまともな人に見えるわ」
どういう意味だ。
雨が降っているせいか、人通りは少ない。
おまけにレインコートのおかげで堂々と顔を隠して歩けるから、かなり楽に移動できるな。
大きな通りを選びながら北西に進み、目だった教会の近くにある立派な造りの宿へ。
ここにするか。
「あの宿に行きましょう」
王宮も近いし、良い立地だろう。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
マリーがそう言って、カウンターへ行く。
「良いお部屋が空いていると良いのだけど」
「まぁ!すぐにご用意を致します。こちらにサインを頂けますか?」
「わかったわ」
マリーが宿帳にサインをする。
「オルロワール家のマリアンヌ様と、三名様ですね。あちらのお席で少々お待ちいただけますか?」
「はい」
流石、マリーだな。扱いが違う。
※
貴族向けの宿は必ず続き部屋になっている。
奥の部屋が主賓室で豪華なベッドが一つ。手前の部屋は従者の部屋で、ベッドが四つ並んでる。
クエスタニアの宿なのに聖印を描いたものがないなんて珍しいな。飾られてる絵は宗教画の可能性もあるし、聖典も置いてあるけど。
「のんびりできそうな部屋だわ。リリー、今日は一緒に寝ましょうか」
「えっ?」
「それで良いよ。俺とローズは隣に居るから」
マリーを一人には出来ない。
「明日の予定だけど、二人は朝食が終わったら城に行って謁見の申請をしてくれ」
「二人って、私とリリーで?」
「申請に俺がついて行っても仕方ないだろ。マリーは城内の人間の黒髪に対する反応を観察しておいてくれ」
「わかったわ」
市街と城内で雰囲気が変わることは良くある。
「終わったら宿に戻れば良いの?」
「二人で好きに観光してて良いよ。オルロワール家のマリーが王都に来てるって噂は広めておきたい」
マリーが王都に来た目的が大陸会議の件であることは、連中も気づくだろう。その件に関して意見がまとまっていないことを理由に、謁見の時期を延ばす可能性がある。
でも、噂を広めることで、早期の謁見を望む声が高まるだろう。光の祝福の濃いオルロワール家の訪問は、彼らにとってお祝いごとに等しい。いつまでも謁見が叶わないとなれば、グランツシルト教徒の中で疑念が生まれる。
「エルはどうするの?」
「ローズと一緒に教会で礼拝後、合流せずに二人の護衛をする。俺たちが近くに行けばメラニーがわかるはずだから、午前中は見つけやすい富裕区に居てくれ」
「それって、西側?」
「東でも良いよ。向こうの方が歓迎されるんじゃないか?神官から教会に寄ってくれって言われたら、引き受けた方が印象が良い」
「グランツシルト教は、そんなに詳しくないのだけど」
「聖印を持ってないんだから、知ってる前提で話したりはしないだろ。困ったら聖人の話でも聞いたら良い。教会には必ず銅像があって、それは信仰の対象なんだ」
「わかったわ」
そうじゃなくても、マリーなら上手くやれるだろうけど。
「マリーはこの国に入ってから、光の精霊の力を強く感じるか?」
「えぇ。王都に入ってから強く感じるわ。今日は雨まで降ってるのに、不思議だと思ってたのよ」
『私も、なんだか懐かしい感じがするわ』
ナインシェも言うなら、やっぱり間違いないのかな。
「王都には光の大精霊が居るはずなんだ。見かけたら教えてくれ」
「見かけたらって。そんなのわかるわけ……」
マリーがリリーを見る。
「そうね。リリーならわかるわね」
「うん?」
リリーが首をかしげる。話し、聞いてなかったな。
「光の大精霊探しは任せるわ」
「あ、うん。頑張るよ」
大精霊が普通に歩いてたところで、ただの人間と変わらない。
けど、リリーだけはごまかせないだろう。リリーには精霊の光が見える。桁違いの光を持っている人間が居れば、それは大精霊に違いないんだ。
「リリーからは絶対に目を離すなよ」
「言われなくてもわかってるわよ。ナインシェにも言ってあるわ」
『まかせて』
なら良いけど。
※
夕食後、宿で借りたランプを持って、ローズと一緒に教会へ行く。
教会の扉が閉まっていたから、もう礼拝は出来ないかと思ったけど。鍵のかかっていない扉は簡単に開いた。
薄暗い教会の中で、光の玉が聖印のある場所を照らしている。
流石に、ルサミの村よりも豪華だな。
「どなたですか」
神官……?
メラニーが居ないから、人が居るのに気付かなかった。
「夜分遅くに申し訳ありません。旅の者です。礼拝に参りました」
「旅の方でしたか。灯りを灯しましょう」
「いえ。お気遣いには及びません。灯りは持っておりますから」
ランプをローズに渡し、服の中から聖印を出してレインコートのフードを外すと、神官が驚いたような顔をする。
さて。王都の神官はどんな反応かな。
「あなたは……。失礼ですが、御名前をお伺いしても?」
名前?
「クロエと申します」
「クロエさん、でしたか」
神官が小さくため息を吐く。なんで名前を聞いたんだ?
「どこかでお会いしましたか?」
「いいえ。人違いでした。どうぞ、礼拝を」
教会で祀られている聖人の前で跪き、聖印を持って祈りを捧げる。
……少し、気になるな。
俺のことを知ってる?
いや。女声なんだから、俺だって思う可能性は低いよな。
クエスタニアに来たことはあるけど、王都に来たことはない。ましてや面識のある神官なんて居ない。ユールも何も言わないから、直接会ったことがある可能性も低いし。
だとすると、この神官には吸血鬼種の知り合いが居るってことになるんだけど。知り合いなら、この距離で顔を見間違えるなんておかしい。
直接の知り合いじゃない吸血鬼種ってことは、つまり……?
いや。可能性だけで詮索しても仕方ないことだろう。揉め事に巻き込まれるのは避けたい。ここの神官も、容姿に関わらずグランツシルト教徒を保護してくれるって確認が取れれば十分だ。
目を開いて立ち上がり、フードをかぶり直す。
「ありがとうございました」
「宿をお探しでしたら、この教会に泊まってはいかがでしょう。巡礼者向けのベッドもご用意しております」
そんな設備もあるのか。
「お気遣いありがとうございます。ですが、連れと一緒に近くの宿に泊まっておりますから」
「このお近くに?」
ここは富裕区だからな。
「ある高貴な方に同行させていただいているのです」
「そうでしたか」
「神官様、一つお願いがございます」
「なんでしょう」
躊躇なく聞いて来たな。
「明日の朝は、着帽での礼拝を認めて頂きたいのです」
「もちろん、構いません。朝の礼拝時に、扉に立っている神官にお声かけください」
「はい。御厚意に感謝いたします」
ローグから聖印を借りて来て良かった。
毎日の礼拝は面倒だけど、充分にグランツシルト教の恩恵が受けられる。




