91 寄り道
ひんやりとした空気に目を開くと、リリーが布団から出たのが見える。
……今日は、ロザリーが作った服にしたのか。
リリーが鏡を見ながら、後ろのリボンを結ぶ。
「イリス、どう?」
『エルに直してもらったら?』
こっちを見たリリーと目が合う。
「おはよう、リリー」
体を起こして、大きく伸びをする。
「おはよう、エル」
リリーが微笑む。
良い朝。
ベッドから出て、リリーの後ろに回る。
「明日から、しばらく出かける」
「……うん」
どこに行くか、聞かないのか。
「大した用じゃないから、すぐ帰って来る予定。イリスは連れて行くから、何かあったら教えて」
「うん。わかった」
もしかしたら、マリーから聞いてるのかもしれない。
リリーのリボンの形を整える。
「これで良い?」
リリーが鏡の前で一回転する。
「ありがとう。先に行ってるね」
リリーが走って部屋から出る。
別に、そんなに急がなくても良いのに。
※
「おはよう」
「エル」
「エルロック」
「エルロック?」
「エルロックさん」
「……賑やかだな」
食堂には、ルイス、フランカ、ファルとプリュヴィエが居る。
リリーとキャロルは台所かな。
「帰ってたの?」
「あぁ」
リリーと一緒にセントラルにあるレストランでのんびり食事をして帰ったら、もう就寝後だったらしく、昨日はブリジット以外とは会わなかったからな。
「フランカ、ベルクトの話は聞いてるか?」
「聞いている。けど、いつ会えるかは聞いてない」
しばらく城内は厳戒態勢が続くだろうから、出入りは厳しいか。
「会える方法を探しておくよ」
「了解」
連れて来れそうだったら、俺が連れて来ても良いし。
グリフに頼んでみても良いかもしれない。
ルイスの隣に行って、席に着く。
「ルイス。明日から王都を離れる」
「わかった」
「……俺に言うことは?」
「いつも通りだよ」
エンドに行ったこと、言わないつもりか。
「良いか。キャロルが泣くようなことはするな」
「……はい」
ルイスならプリーギの時のようなことはもうしないだろうけど。問題はリリーだよな……。
大人しくしてくれれば良いけど。
「どこに行くの?」
「クエスタニア」
「一月以上帰れなさそうだね」
「いや。長くても十日ぐらいの予定」
「十日?」
一日目に魔法陣で飛び、森からルサミの村へ。二日目には馬車で王都に到着出来る。
謁見出来る日や交渉にかかる日数で予定は変わるけれど、終われば帰って来るだけだから、そんなにかからないだろう。
「ドラゴンにでも乗って行くの?」
確かに、それなら移動は早そうだけど。
「別の方法だよ」
そういえば、ルーベルたちは今、どこに居るんだ?
アンシェラートが出てきた竜の山に居るとは思えないけど……。
「お待たせ!」
食堂の扉が開いて、リリーとキャロル、ブリジットが朝食を持って入ってくる。
良い匂いだ。
※
朝食を食べ終えて、リリーと一緒に王城の門をくぐる。
『カミーユが居るな』
「カミーユ?」
城に居るなんて珍しいな。
何かあった?
『魔法部隊の宿舎だ』
魔法部隊の宿舎って、確か……。
あ。
「先に魔法部隊の宿舎に寄る」
『行くのぉ?エル』
「あぁ。ちょっと気になることがあるんだ」
あれ……。今ってどうなってるんだ?
リリーと一緒に魔法部隊の宿舎に行くと、レティシアとカミーユが魔法陣の傍に居る。
「エルロック、リリーシア」
「こんなに早くに、どうしたんだ?」
「お前たちは殿下に呼ばれてるはずだろう」
「急ぎの用じゃないから良いんだよ。何かあったのか?」
「ちょっとな」
「イレーヌの里の者を送ったきり、昨日からアンドレが帰らないんだ」
それでカミーユを呼んだのか。
アンドレって、魔法部隊が自警団だった頃から居る古株だよな。
「魔法陣に変化はないぜ。……失敗して別の場所に飛んだのか、向こうで何かトラブルがあったのか。検証するまで、しばらく使用は控えた方が良い」
「控える?明日の使用は難しいか?」
「明日?んー……。検証しようにも、今は人手も足りないからな……」
オルロワール家で使うことは、レティシアにも連絡済だよな。
「レティシア。剣術大会後に使ったのって、昨日だけか?」
「そうだ。剣術大会中は不測の事態に備えて、使用を控えるよう頼んでいた」
賢明な判断だな。
転移の魔法陣は、使ってるところを見られただけで大問題。大会中は人の出入りも激しいし、何かあった時に対応できる人員が少ない時期は制限した方が良いだろう。
「使えなくなった理由に、心当たりがある」
たぶん、あいつのせい。
「本当か?」
「あぁ。アンドレを迎えに行ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「……待てよ。何処に飛ぶかわからないんだぞ」
「ちゃんとセントオに出るはずだよ。それに、俺はどこからでも帰って来れるから大丈夫」
「どこからでもって……」
「前と同じ方法」
「……あれか」
カミーユは前に一緒に居たし、報告書を読んでるならわかるだろう。
「エルロック。使う方法があるのか?」
「あれは、エルにしか使えないんだろ?」
誰でも使えるってことはカミーユも把握済みだろうけど。
「そうだよ」
他の誰かに使わせるつもり、ないからな。
「レティシア、明日は俺も同伴するから心配しなくて良い」
「そうか」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「待て!……一応、俺の精霊も連れて行け。何かトラブルがあった可能性が捨てきれない」
『ついて来るのぉ?』
「わかったよ」
「エル!私も、」
「リリーはここに居てくれ」
そうじゃないと帰って来れる保証がない。
『エルに帰ってきて欲しいなら、ちゃぁんと待っててねぇ』
「すぐ戻る」
リリーが王都に居てくれないと、帰って来れる保証がない。
「わかった」
ロビーに設置されている、転移の魔法陣の入口に乗る。
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
転移の魔法陣が輝いて……。
転移する。
飛んだ先は、オートクレール地方にある遺跡の魔法陣。
失敗しなかったから、どこかに新しい魔法陣が描かれたわけじゃないのは確かだな。
かがり火が焚かれているけど、誰かが居る様子はない。
「スタンピタ・ディスペーリ・ナイリ・メタスタード」
何も起こらない。
「やっぱり、使えなくなってるな」
『うるさいわねぇ』
『エル、ブレストに説明したらどうだ』
見えないし、声も聞こえないけど。一緒に居るんだよな。
カミーユの雷の精霊。
「今、魔法部隊の宿舎にあるのは竜の山から運ばれた封印の棺だ。あの棺を封印していた転移の魔法陣は竜の山にあったから、アンシェラートが出て来たせいで魔法陣は破壊された可能性が高い」
『そうなの?』
「俺とリリーが竜の山に行った時、精霊が嫌な感じがするって竜の山を離れてただろ?」
『うん』
「あれは、ヴェラチュールが竜の山に居たからだ」
―馬鹿だな。封印の棺を回収し損ねたのか。
―一つぐらいは竜の山に隠していると思ったのだが。当てが外れたな。
「あいつは竜の山に封印の棺があるのを知ってた。……いや、知ってたって言うのはおかしいか」
当てが外れたって言ってたぐらいだから、ない可能性も考えていたんだ。
あいつは、自分で封印の棺を探すことはできないみたいだから。
「竜の山に棺がある可能性が高いと踏んでいた。だから、竜の山に仕掛けを施し、アンシェラートの力で魔法陣と棺を壊して中身を取り出すタイミングを計っていたんだ」
『それで、あの時、アンシェラートが出て来たのね』
―月の大精霊。あれを止めるのはお前の役割だろう。
竜の山に封印の棺があろうとなかろうと、あいつは最初からアンシェラートをレイリスに封印させるつもりだった。レイリスが地中深くで身動きが取れなくなるように。
あいつにとって、地上で一番の脅威はレイリス。
あいつは月の魔法に対抗する手段を一つも持っていなかったからな。
「転移の魔法陣が破壊され、棺の封印が解けてる今、あれは転移の魔法陣の目印として使えなくなってる。だから、ナイリには飛べなくなったってわけだ」
グラシアルの転移の魔法陣から、遺跡の魔法陣に飛べるのは実証済み。
向こうから跳べても、こっちからナイリの言葉で飛べなくなっただけ。
『王都にある封印の棺は、現在、簡単に開ける状況にある』
『でも、棺が王都にある事なんてぇ、あいつはわからないのよぉ』
封印されていなくても、棺に入ってる限り、あいつには探せないのか。
自分の力のはずなのに。
「でも、封印しないでほっとくわけにはいかない。王都の魔法陣も棺を封印し直せば使えるはずだし、早めに封印し直した方が良いだろうな」
それには大精霊の力が必要なんだけど。
『エル、ここに何かあるぞ』
かがり火の横の岩の上に、メモが置いてある。
この魔法陣でナイリに飛ぶことはできない。別の方法で帰還する。アンドレ。
別の方法って。湖を越えて、遺跡から出たってことか?
まぁ……。何とかするか。
アンドレのメモを回収して、遺跡の魔法陣の上に乗る。
『エル、帰れるの?』
「リリーが大人しく王都に居るなら、俺はどこからでも王都に帰れるんだよ」
『そういうことぉ』
「スタンピタ・ディスペーリ・リリーシア・メタスタード」
飛ぶ。
着いたのは、魔法部隊宿舎ロビーにある転移の魔法陣の出口。
「おかえり、エル」
「エルロック。アンドレは?」
「別の方法で帰還するってさ。これが手紙」
アンドレが残したメモをレティシアに渡す。
「ナイリの呪文はだめだった。明日は俺が何とかするけど、しばらく転移の魔法陣で飛ぶのは控えてくれ。俺以外は帰って来れない」
「イレーヌの里の者との約束はどうする?」
「急を要することがあれば、魔法部隊の誰かが一緒にセントオに飛んで歩いて帰って来るしかない。それ以外の場合は、使えるようになるまで待ってもらうか、遺跡に直接行ってもらうんだな」
「エル。使えるようにするのって、かなりハードルが高いんじゃないのか?」
大精霊に頼まなくちゃいけないからな。
「アレクに聞いてみるよ」
王族なら、大精霊の居場所に心当たりがあるかもしれない。
「エルロック」
呼ばれて、振り返る。
「イレーヌ?」
居たのか。
「あなたなら行って帰って来れるのよね?今の話し、里に伝えに行くわ」
「その方が良いな。……あれ?リリーは?」
居ない。
「ライーザが来て、連れて行ったぜ」
「ん」
わざわざリリーを連れて来いって言ってたぐらいだから、リリーにも別の用があったのかもしれない。
早く終わらせて、アレクのところに行こう。
「イレーヌ、行くぞ」
「えぇ」
転移の魔法陣の入口に、イレーヌと一緒に立つ。
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
転移する。
転移先は、さっきと同じ遺跡の魔法陣の上。
「里に居る間、待っててもらえるの?」
「どれぐらい時間がかかる?」
「報告だけだから、そんなに時間はかからないと思うけれど……。待つには長いかもしれないわ。時間を決めて、迎えに来てもらおうかしら」
クレアの里……。
「俺が行く方法ってないのか?」
「ないわ」
『あるよー』
「本当か?」
『オイラがエルを守ってあげるよー』
「前にも言ったでしょう」
『そぉねぇ……。エル、リリーから貰ったお守り、出してくれるぅ?』
お守りって……。
荷物の中から、リリーがくれたブローチを出す。
「それは……」
「知ってるのか?」
「タリスマンよ。リリーシアから貰ったのね」
「なんでわかるんだ?」
「それはクレアにとって特別なもの。タリスマンを見れば持ち主がわかるわ。それは、私の知り合いの元クレアがリリーシアに渡したものよ。……私のはこれ」
イレーヌが首飾りを見せる。
「違いなんて全然分からないけど」
「そうでしょうね」
石のことだから、リリーならわかるのかもしれない。
『エル。それを身につけていた方が良いわぁ』
タリスマンのブローチを胸元に付ける。
「これでクレアの里に入れるのか?」
「まさか。それはただの通行証。ブラッドが里に行くのは無理なのよ」
「精霊が一緒だから平気だ。……転移する前に顕現していた方が良いか?」
『その必要はないよー』
「だめよ。そんなの聞いたことがない。死んでしまうわ」
「平気だって言ってるだろ。行くぞ」
「無茶よ!」
「スタンピタ・ディスペーリ・ハラーロ・メタスタード」
あれ?
なんだか、いつもと感じが違うような……。
転移する……?




