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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
81/149

89 栄光の札

 バロンスの十八日。

「おはようございます、エルロック様」

「おはよう、エル」

「おはよう」

「おはよう。ライーザ、グリフ、ロニー」

 皇太子の棟のベランダでは、もう朝食の準備が整っている。

 あれ?

「窓?」

「そろそろ寒くなって来たからね。今朝、グリフと一緒につけたんだ」

 ガラス窓がつけられるようになってたのか。ここって。

「他の皆は?」

「ローグとマリユスはアレクの警護。ツァレンとシールは主命で居ないよ」

 アレクの傍に居てもやることがないから、外で何かやってるのかな。

 席に着くと、ライーザがコーヒーをテーブルに置く。

「エルロック様。アレクシス様より御言付けです。本日はオルロワール家にいらしゃるアルベール様をお尋ねください」

「アルベールを?なんで?」

「詳細はアルベール様が御存知かと」

「ん」

 行けばわかるのか。

 あれ?

「オルロワール家に居るのか?」

 アルベールは、普段は城で仕事してるのに。

「はい。亜精霊に関する報告はオルロワール家が窓口となっておりますから」

「レオナールは?」

 オルロワール家の二男。城でやる仕事とオルロワール家でやる仕事の分担ぐらいできそうだけど。

「レオナール様は、剣術大会の事後処理と王都の復旧作業に当たっておいでです」

 王都の復旧作業か。

 フォルテ、ヴェラチュールとの戦闘に加えて、アンシェラートとヴィエルジュが引き起こした大地の揺れがあったんだからな。被害は王都中に及んでいるだろう。

「やることが山済みなのか」

「はい」

 立て続けに色んなことが起き過ぎて、オルロワール家でも処理仕切れてないってことか。

 急ぎの仕事は昨日の内に終わったから、今日はオルロワール家に行って、アルベールを手伝えってことなのかな。

「ねぇ、ライーザ。今日はエルの服を用意してあげないの?」

「そうですね。いかがいたしましょう」

「オルロワール家なんてすぐそこだ。目薬とマントで充分だろ」

 グリフとロニー、ライーザまで、何故か笑ってる。

 ……なんで?

「いつまで死人のふりしてるつもりだ?お前が生きてるってことは、公表済みだろ?」

「あ」

 忘れてた。

 もう、変装して歩く必要はないんだった。


 ※


「ようこそ、エルロック様」

 オルロワール家に行くと、いつも通りロジーヌが出迎える。

 廊下中、使用人が走り回ってるな。

 こんなの初めて見た。

「アルベールは執務室か?」

「はい。御案内いたします」

「良いよ。一人で行ける」

「ですが、」

「忙しいのはみんな一緒だ。他にもやることがあるんだろ?」

「……では、御言葉に甘えて。お気遣い、感謝いたします」


 ノックをして、アルベールの執務室に入る。

「エルか」

 書類に目を落としていたアルベールが顔を上げる。この部屋、メイドも居ないのか。

「コーヒーでも淹れるか?」

「あぁ、頼むよ」

 サイフォンを用意してコーヒーの準備をすると、アルベールが眼鏡を外して大きく伸びをする。

「クエスタニアの話しだったな」

「クエスタニア?」

「聞いてないのか?アレクから、エルもクエスタニアに連れて行ってくれって言われてるんだよ」

「……何の話しか、さっぱりわからないんだけど」

「なんて言われてここに来たんだ?」

「アルベールを訪ねろとしか言われてない」

「アレクにはまだ会えないのか」

「警備態勢が整うまで会えないって言われてる」

 アルベールが笑う。

「見事に閉じ込められてるってわけか。……知ってるか?アレクがアンシェラートを封印してるって」

「あぁ」

 昨日、エルザが言ってたな。

「皇太子アレクシスは、現在、アンシェラートの封印の礎になられてるってことで、喪に服す奴まで出てるらしいぜ」

「なんで死んだわけでもないのに喪に服すんだよ」

「俺に聞くなよ。ずっと天気が暗いままだから、暗い気分になってるんじゃないのか?」

 今日も空は曇天。

 あれはヴェラチュールの魔法らしいけど。あんなに広範囲に渡る魔法を、何日も使い続けることなんて出来るのか?

 だったら、俺たちがどうあがいても、あの時ヴェラチュールに勝てる見込みなんてなかったってことなんだけど。

『誰か来た』

 ノックがあって、返事も聞かずに人が入ってくる。

「アルベール様、亜精霊に関する報告です」

「置いておいてくれ」

「はい」

 アルベールが指した場所に書類を置いて、使用人が早々に出て行く。

「メイドは?」

「書類を机に運ぶだけのメイドは要らないんだ」

 淹れたてのコーヒーをカップに移して、アルベールに持って行く。

「その代わり、メルリシア姫の周辺警護を厚くしている。外部の人間の出入りが増えたからな。顔の知らない人間を姫の周辺に近づけるわけにはいかない」

 近くにあった椅子を持って、アルベールの向かいに座る。

「メルリシアは大人しくしてるのか?」

「マリーに任せてるよ」

 暇つぶしの相手をさせてるのか。

「それも、クエスタニアに出かけるまでだが」

「マリーもクエスタニアに行くのか?」

「……大陸会議に、クエスタニアが来ないかもしれないという話しは?」

「返事を渋ってるって話しは聞いたよ。でも、本当に参加しないつもりか?」

 大陸で異常が起きてることは明白。

 重要な情報を得られる機会を逃す手なんてないと思うけど。

「向こうにとっちゃ、明日、世界が終わる可能性があろうとも、グランツシルト教の方が大事なんだよ」


 グランツシルト教。

 光の神、グリッツェンを神として崇める神聖王国クエスタニアの国教で、グランツシルト騎士団が興した宗教と言われている。この騎士団は光の勇者や光の魔法使いの支援者として知られ、悪魔となった吸血鬼たちと戦い続けた英雄だ。

 グランツシルト教を名乗ってからは、トップは教皇、騎士団の名前はグランツシルト聖堂騎士団に変わっているけれど。

 このグランツシルト教とクエスタニアには深い関係がある。

 クエスタニアが一国としてまとまる以前、バールディバ山脈西部には、モルティーガ都市同盟と呼ばれる都市国家群が存在していた。そこは、光の勇者に滅ぼされた魔王が存在した場所で、吸血鬼と戦い続けた地域でもある。

 吸血鬼と戦う英雄の名を持つ宗教は、モルティーガ都市同盟の市民から絶大な支持を得て一気に広まった。けれど、諍いを起こすことも多かった為、都市の権力者からは敬遠されていたらしい。都市の法と教義が合わない場合に、グランツシルト教徒が教義を優先していたからだ。

 その状況を打破する為、グランツシルト教の教義を示した聖典を、都市の法として取り入れたのがフレノルだった。フレノルの領主であったアドラー家が代々、敬虔なグランツシルト教徒として名高かったことも手伝って、フレノルはグランツシルト教の中でも重要な都市に位置づけられることになる。

 やがて都市同盟の中で大きな力をつけたグランツシルト教皇は、アドラー家を聖堂騎士団の一員に加え、グランツシルト教の守り手として選出すると、都市同盟の盟主に推薦した。アドラー家は、それを以って神聖王国クエスタニアの樹立を宣言したのだ。

 もちろん、こんな勝手な宣言に従わない都市が多かった。けど、教皇の言葉は絶対で、グランツシルト教徒が味方をする以上、反抗勢力が都市の独立を維持するのは困難だったらしい。間もなく、神聖王国クエスタニアは、名実ともに一つの国にまとまることとなる。

 要するに、クエスタニアが一つにまとまったのは教皇のおかげ。

 国王はアドラー家の世襲制とはいえ、その戴冠権は教皇が持つなど、今でも教皇はクエスタニアの中でも大きな権力を持つ存在だ。グランツシルト教の聖典はクエスタニアの法の上にあるとされているぐらいだから、上下関係ははっきりしてるだろう。

 クエスタニアが神聖王国を名乗るのも、グランツシルト教の守り手であることを強調する為だ。


「吸血鬼種への迫害によってまとまった歴史を持つ国が、吸血鬼種の国を認めることはできないって?」

「そういうわけだ」

 ラングリオン王家に吸血鬼種の血が混ざれば、黒髪にブラッドアイの王が生まれかねない。それはメディシノ王国を彷彿とさせる悪魔の国。

 吸血鬼種を否定するグランツシルト教で成り立つクエスタニアが、アレクとロザリーの婚約を認めるわけにはいかない。

「ラングリオンも人のことは言えないが」

 そうだけど。

「妥協してくれそうにないから、大陸会議に参加してくれって、わざわざ頭下げに行くのか?」

「それがオルロワール家の仕事だからな。クエスタニアが参加しないとなると、西南諸国の連中がうるさいだろう」

 西南諸国には、グランツシルト教を国教としている国がいくつかある。クエスタニアと直接同盟を結んでいなくても、クエスタニアが宗教上の宗主国であることに変わりなく、従属関係にあると言って良い。

「参加の条件にアレクとロザリーの婚約破棄を求めてきたらどうするんだ」

「そんなことはさせない。マリーが行けば、向こうも柔軟な対応を示すさ」

「なんで?」

「クエスタニアが、ずっとオルロワール家の血を欲しがっているのを知っているか?」

 それって……。

「連中は、光の魔法使いの子孫を名乗っている割に、この瞳を持った人間が生まれたことは一切ないからな」

 アルベールのコーラルアイ。あるいは、マリーのピンクアイ。

 オルロワール家に生まれる特殊な瞳は、光の精霊の祝福が強いことの証明だ。

「マリーを人身御供にするって言うのか」

「マリーもオルロワール家の人間。交渉は自分でやって来るさ。向こうの王子が気に入ったら婚約ぐらいして良いって言ってあるぞ」

「俺は反対だ。マリーが帰って来れる保証がない」

「マリーの役目は、クエスタニアに大陸会議参加を承諾させること。その準備はもう進めてる。アレクからは、エルには別件で頼むことがあるから一緒に連れて行ってくれって頼まれてるだけだ。仕事の邪魔をするようなら連れて行けないぞ」

 これじゃあ、大陸会議の参加条件にマリーとの婚約を提示されかねない。

 クエスタニアに参加を承諾させる方法……。

 何か、ないのか?

「本当に首を突っ込みたがるな」

 アルベールがため息を吐く。

「知ってるか?グランツシルト教の聖典には、悪魔は敵だと明記されているが、吸血鬼種が悪であるとは明記されていないんだぜ」

 意外だな。

「だったら、吸血鬼種を悪魔と呼ぶ理由なんてないんじゃないのか?」

「残念ながら、そうはいかない。教皇が吸血鬼種は悪魔の子孫だと宣言する限り、吸血鬼種は悪なんだ。それが教皇主義といわれるもの」

「教皇主義?」

「グランツシルト教は、聖典の解釈を巡って教皇主義と聖典主義に分かれているんだ。教皇主義では、聖典の解釈は教皇が行うものとし、聖典主義では、聖典のありのままの姿を支持するべきとしている」

「じゃあ、聖典主義では、吸血鬼種の迫害はしないのか?」

「その通り。教皇は聖典主義を認めてないから、グランツシルト教にそんなものはないと言っているが」

 ……まぁ、教皇が認めるわけにはいかないよな。

 自分の解釈が否定されるんだから。

「でも、教皇の言葉には矛盾も多いんだ。例えば、教皇は過去に、悪魔はすべて光の魔法使いが駆逐したと宣言している。この話しが事実なら悪魔なんて存在しないはずだろ?歴史的に見ても変なところは多いし、教皇に疑問を抱く勢力が出て来るのは当然の流れなんだ」

「聖典主義者ってそんなに多いのか?」

「クエスタニアでは聖典主義を名乗ることは許されないから、正確な数はわからない。ただ、何代か前の王太子が聖典主義者だった為に、教皇から廃太子に追い込まれ、聖典主義者たちの暴動が起こったことがあったんだ。その鎮圧には一月もかかったと言われている。聖典主義者の潜在的な数はかなり居ると見て良いだろう」

 王族にも、教皇を否定する聖典主義者が居たのか。

 ……いや、王族にとっても、戴冠権を教皇に握られたままなのは面白くないだろう。教皇と王族が良好な関係にあるとは言い難い。

「クエスタニアは、ラングリオンが聖典主義を支援しないか恐れてるんだよ。ラングリオンにとっては聖典主義の方がありがたいからな」

 聖典主義なら、アレクとロザリーの婚約には何の問題もないからな。

「だから、交渉次第で、大陸会議の参加を取り付けるぐらいできるってわけだ」

 聖典主義者を炊きつけるって脅しは、教皇にとっては脅威だ。

 構図としては、教皇主義と聖典主義の宗教戦争。背後でラングリオンの支援があろうと、矢面に立って戦っているのは聖典主義者だ。国と国の争いじゃないから、ラングリオンが直接被害を被ることもないし、クエスタニアが困るだけだろう。

 教皇主義が負ければ教皇の権威は失墜する。

 ……王家がどう出るかは分からないけど。

「クエスタニアのことはマリーに任せておけ。エルもやることがあるんだろ?」

「まだ何も聞いてないんだ」

「出発はバロンスの二十日だぞ。間に合うのか?」

「それまでにはアレクに会えるようになってるだろ」

「だと良いが」

 アレクが直接話さなきゃいけない内容だから、まだ何も教えてくれないんだと思うけど。

 でも。オルロワール家と一緒に行って欲しいってことは、クエスタニアには一般の旅行者ではなく、正式な使節として行けってことだよな。

 わざわざそんな立場でクエスタニアに行かなきゃいけない理由なんて、想像つかないけど。

「日程を説明するぞ」

 アルベールがクエスタニアの地図を出す。

「マリーには、個人旅行中に大陸会議の話を聞き、クエスタニアに参加の要請に行ったという形を取ってもらう」

 ラングリオンが、わざわざクエスタニアに頭を下げに行ったって印象を避ける為か。

「でも、それだと日数で……」

「王都から出発したんじゃ時間がかかるから、転移の魔法陣を使うんだ」

 魔法陣はクエスタニアにもあるからな。

「でも、あそこはイレーヌの仲間が管理してるだろ?」

「イレーヌから了解は得ている。魔法陣で飛ぶと、クエスタニア王都の南西部、ルサミの村近くの森に出るんだ。ここに仲間の家があるらしいから、転移先まではイレーヌに同行してもらう予定だ」

 こんなところに出口があったのか。

 南西部から出発するなら、旅行中だったって印象は付けられそうだな。

「森からルサミの村までは半日ぐらいか?」

「あぁ。楽に辿り着ける場所らしい。……ルサミから王都までは馬車で一日。到着後は謁見の約束を取り付けて、富裕区で宿を取ってくれ」

「わかったよ。マリーは、ずっとメルリシアの所に居るのか?」

「今日は魔法学について意見交換をするって言っていたから、一緒に居るんじゃないか?」

「行っても良い?」

 アルベールが笑う。

「アレクに会えないのが、そんなに堪えてるのか」

「……どういう意味だよ」

「聞く必要なんてないだろう。オルロワール家は自由に出入りして良いぞ。メイドも、お前が何処へ行こうと邪魔しないだろう」

「うるさいな。マリーと話したら戻って来る」

「城に帰るんじゃないのか?」

「一緒に連れて行ってもらうんだし、あの山ぐらいは片付けて行くよ」

 山積みになってる書類を指す。

「そりゃあ助かる。皇太子秘書官の御手並み拝見といこうじゃないか。待ってるぜ」



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