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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
79/149

87 月の精霊

「そんな……」

「エル、」

 急に体が重くなって体勢を崩した俺を、アレクが支える。

 レイリスの魔法が消えた?

 アレクと一緒に地上に降りる。


「おかしいな。先回りされている。ポラリスの奴。今度は誰の味方をしているんだ」


 ポラリス……?

 ヴェラチュールが、ジオとユールの魔法を力ずくで解く。

 二人が危ない。

「ジオ、ユール!戻れ!」

 二人を召喚して顕現を解く。

『むぅ』

『やられたねー』

 弱点があっても、精霊に対抗できる力を持ってるのは確かなのか。

 完全にこちらが有利な条件下で戦っていたのに、どれだけダメージを与えられたのか全く分からない。

 レイリスが傍に来る。

「エル、アレク。怪我は?」

「平気」

「怪我はないよ」


「月の大精霊。あれを止めるのはお前の役割だろう」

「なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃならねーんだよ」

「残念ながら、今の私にはあれを止めることはできない」

「馬鹿だな。封印の棺を回収し損ねたのか」

「一つぐらいは竜の山に隠していると思ったのだが。当てが外れたな」

「自業自得だ。とっととアンシェラートに飲み込まれて来い」

「駆け引きをしている暇があるのか?お前にも世界が終わったら困る理由があるのだろう」


 レイリスが俺を見る。

「……エル。その剣、借りるぜ」

 レイリスが俺から取ったのは、慈悲の剣ではなくイリデッセンスだ。

「おい、それは、」

「じゃあな。元気でやれよ」

 レイリスが俺の頭を撫でる。

「え?」

 別れの言葉を言われたの、初めてだ。

 なんで?

 レイリスがイリデッセンスを持ったまま空高く飛ぶ。

 上空では、赤竜ルーベルと黒竜ニゲルが飛んでいる。

 黒竜ニゲルがレイリスを乗せて竜の山の方へ飛んでいき、ルーベルが闘技場の客席に降りた。

―「人の神よ。久しいな」


―「ルーベル。封印の棺はお前が持っていたのではないのか」


 ルーベルが持ってた?

―「あれがどこにあるかを知っているのは人の子だけ。人を忘れたお前には見つけられない代物だ」

 やっぱり、ルーベルはあの時、封印の棺をローグとマリユスに託したんだ。

 あいつが封印の棺を狙ってるって気づいて。


―「お前もまた、私の敵となるのか」


―「人の子が助力を請えば人の子の味方になろう。ここは精霊が守ろうとしている土地。その意思を汲むのも役目だろう」


 遠くで閃光が煌めく。

 地上から伸びたアンシェラートの手を突き刺すように天から降った金色の光は、そのままアンシェラートの手の根元へと降りていく。

 そして。

 大きな地鳴りと共にアンシェラートの手が消えた。


「アレク、レイリスは……」

「エル。ヴェラチュールを捕まえてくれるかい」

 今は、目の前のことに集中しないと。

「わかった。ジオ、ユール。もう一回頼む」

『了解ー』

『今度は離さないんだからぁ』

「メラニーとアンジュも行けるか?」

『了解』

『うん。頑張る』

 アレクが金色の剣を体の周囲に浮かべる。

「次こそ仕留めるよ」

「もちろん」

 ジオとユールが真空と風のロープで、メラニーとアンジュが闇と炎の鎖でヴェラチュールを縛る。これでヴェラチュールを逃がすことはないはずだ。

 アレクと一緒に砂の魔法で飛ぶ。

 レイリスが居ないから、さっきみたいにはいかないけど……。

「え……?」

 さっきと同じ。金色の光に包まれる。

 レイリスは居ないはずなのに、なんで?

 アレクを見ると、アレクが下に目配せする。

 ……リリー。

「行くよ」

「あぁ」

 アレクがエイルリオンでヴェラチュールの剣を受け止めている隙に、背後から攻撃する。

 ヴェラチュールが俺の剣を受け止めようとしたけれど、魔法のロープで縛られているせいか防御は間に合わない。俺の攻撃とアレクの攻撃が、交差するように入る。

「!」

 なんだ、この手ごたえ。

 アレクと目が合って、頷く。

―一人で戦うなってことじゃないですか?

 リリーの言ってたことは正しいんだ。

 一つじゃ意味をなさない。

 アレクがもう一度、エイルリオンをヴェラチュールに刺す。そこに、重ねるように慈悲の剣を刺すと、ヴェラチュールが血を吐く。

 ヴェラチュールが腹部に手を当てながら、慈悲の剣とエイルリオンを掴んで、刃を抜くように後退すると、そこから血が流れた。

 アレクに腕を引かれてその場から離脱すると、周囲から矢が降り注ぐ。

 いける。

 アレクの攻撃に合わせて、もう一度エイルリオンと交差するように剣を振る。

 もう一回……。

 攻撃を入れようとしたところで、アレクが一歩引いて空に向かって金の剣を放つ。

 同時に、ルーベルが王都の上空に向かってブレスを放った。

『空が……』

 暗雲の立ち込める空に、無数の黒い槍が浮かんでいる。

『こいつ、まだこんなに力が残ってるのか』

 あれが全部王都に降り注いだら……。


「そろそろ余興も終わりだ。ここを私の土地として利用させてもらう」


 まさか。

「王都の人間を殺すつもりか!」


「人と精霊が色濃く存在するこの地ほど使いやすい場所はない。死体も多く手に入ることだしな。……さぁ、私の糧となれ」


 一斉に、槍が王都に向かって降り注ぐ。

 魔法で盾を張るけど、王都をカバー出来るほどなんて……。

「聖母ヴィエルジュよ。アークトゥルスの契約代行者、アレクシス・サダルスウドの名の元に、今、大地の守護を求める!」

 アレクが地上に着地してエイルリオンを地面に刺すと、エイルリオンから光が溢れ、大地が波打つようにうねる。

 地面が割れてエイルリオンを飲み込むように大樹が伸びると、淡い光をまとった木の葉が上空に舞った。

 王都の全域を覆った光の木の葉は、王都に降り注ごうとしていた黒い槍の一つ一つを包んで消す。


「ヴィエルジュ」


 大樹の中央の洞に、一人の女性が現れる。

「去れ」

 

 魔法のロープと鎖を引きちぎったヴェラチュールが空高く飛んで……。

 雲で覆われた空に消える。

「あの雲。全然消える気配がないけど……」

 地面に着地してアレクを見た瞬間。視界からアレクの姿が消える。

 え?

「アレク!」

 慌てて倒れた体を抱き起こし、揺り動かす。

 気を失ってる?

 なんで、急に?

「エルロック」

 名前を呼ばれて大樹を見上げる。

「レイリスは今、月の神の助力も請えぬ地中深くで死を待つだけの存在となっている」

「……死を?」

「そうだ。その力でアンシェラートを封印している。レイリスの力が尽きた時こそ、世界の終わり」

 世界の終わり……。

「しかし、アレクシスがそれを長らえる役割を担っている」

「どういう意味だ」

「人間の魂は魔力を集めることが可能だ。アレクシスは今、外部からレイリスへ魔力を捧げる存在となっている」

「なんだよ、それ……」

 まるで女王の娘みたいだ。

「私を召喚する為にすべての魔力を捧げ、レイリスに魔力を奪われ続けるアレクシスが目覚めることはもうない。このままその身を捧げよ。私の力で、レイリスが死ぬまでアレクシスの肉体ごと魂を保存してやろう」

「何言って……。お前、何者なんだ」

「私はヴィエルジュ。水の神より生まれた植物の祖にして妖精の女王」

「妖精の女王……?」

「さぁ、アレクシスの体をここへ」

―終わりを延ばしたければその命を捧げよ。

 こういうこと、なのか?

 違う。

「だめだ。渡すことはできない」

「何故」

「命を捧げるなんて、俺が許さない」

「……エル」

「リリー?」

 振り返ると、リリーとガラハド、近衛騎士たちが集まっている。

 リリーが俺の傍に来て、アレクの顔に触れる。

「エルは、アレクさんを目覚めさせたい?」

「あぁ」

「私、たぶん出来るんだけど……」

「どうやって?」

「菫の瞳を抜き取るの」

 菫の瞳は、アレクとレイリスの契約の証。

「他人の契約に干渉することは普通の方法じゃ不可能だけど、私なら……。私に封印されてる力があれば出来るって、レイリスが言ってたの」

 神の力で、契約を強制的に破棄させることが出来る?

「でも……。そうすると、アレクさんとレイリスの繋がりは消えて、レイリスが……」

 レイリスが、外部から力を補給する方法を失う。

 魔力を失えば精霊は死んでしまう……。


 アレクを救うためには、菫の瞳を抉ってレイリスの契約を破棄させるしかない。

 レイリスを救うためには、アレクの身柄をヴィエルジュに預けるしかない。


 本当に、どちらかしか選べないのか……?

―選んで、エル。

 いや。そんなことはない。

 だって、リリーが教えてくれたから。

 選択肢は、失うものを選ぶ為にあるわけじゃないって。

 考えろ。

 この状況……。

 そうだ、これって女王の娘と同じ状況なんだ。

 アレクの状況はディーリシアの状況に酷似してる。

 アレクは今、自力で目覚められないほど魔力が枯渇してる状態なだけだ。アレクに魔力を与えれば一時的にでもアレクが目覚める可能性がある。

 アレクが目覚めれば、アレクは自分で自分の魔力を制御できるはず。

 レイリスがアレクの魔力を一気に奪えない状況になれば、アレクが自分の意思で安定的に自分の魔力の一部をレイリスに渡すことも可能なはず。

 その方法。

 アレクに魔力を補給し、目覚めさせる方法……。

 アレクの手の甲に、魔法印を描く。

「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」

 魔法印が淡く光るのを確認してから、目を閉じる。

 大地を。水を。光と闇を。炎と氷を。熱と冷気を。大気、真空。

 精霊たちと同調する。呼吸を合わせる。

 精霊の気配をたくさん感じる。魔力が集まって来る感じも。

 もう一度、目を開いてアレクを見る。

「消えてる……」

 手の甲の魔法印が消えてる。

 今集めたのは全部、奪われたんだ。

 こんなんじゃ足りない。

 もっと、一気にたくさん魔力を補給する方法……。

「月の石」

「月の石?」

 今日は十六日。既望の日。

 十分に月の光を浴びた月の石があれば、月の花を咲かせることが……。

 空を見上げる。

「……だめだ」

 こんなに曇ってたら月が見えない。

 ヴィエルジュが空を見上げる。

「あの雲は、あの男の魔法。太陽と月の力を完全にさえぎり、地上から神の力を請えない状況を作りだしているのだろう」

 月の女神に願うことすらできないのか……?

「エル。月の石があれば、アレクさんを目覚めさせることが出来るの?」

「それだけじゃだめだ。……満月が見えないと」

「月の石と、満月があれば良いんだね」

 リリーが微笑む。

「まかせて」

「……リリー?」

 リリーがリュヌリアンを抜いて大地に刺す。

「月の石って、これでも良いかな」

「リュヌリアン?……そうか」

 リュヌリアンは月の石で出来てる。

「使えるかもしれない」

 しかも、長い期間、月光浴をしていたから月の力も満ちているはずだ。

「後は、月が見えれば良いんだよね」

 空を見上げる。

「あの雲って魔法なんだよね?」

「あぁ」

 あいつをどうにかしない限り、晴れることはないんだろう。

「私も魔法を使ってみようと思う」

「魔法?」

 リリーが祈るように手を組んで、空を見上げる。

「お願い。私の中に神の力があると言うのなら。それが私の願いを叶えてくれると言うのなら」

 その力は……。

「今すぐ、あの雲を払って輝く月を見せて!」

 リリーが空に向かって声を上げる。

 

 天上に向かって真っ直ぐに伸びた光は、遥か遠くの雲に小さな穴を穿つ。

 そして。

 輝く光は更に雲を押しのけ、その隙間から美しい満月が姿を現した。

 

 こんなことが出来るなんて……。

「エル。これで良い?」

 月の光を浴びたリュヌリアンが淡く光る。

 条件は整った。

「ありがとう、リリー」

 リリーが月を見せてくれている今のうちに。

「月の女神よ。どうか祈りを聞いてくれ。アレクを目覚めさせたいんだ。レイリスを救いたい。どうか、その力を貸して欲しい」


 天上で輝く月から一筋の光が月の剣に降りる。

 そして、煌めく月の剣から、輝く一輪の花が芽吹いた。


 月の花。

 アレクの腕を取って、その手に月の花を握らせる。

 月の花は崩れることなくアレクの手に収まると、その光を失った。

「アレク……」

 お願い。目を覚まして。

 アレクのまぶたが動いて。

 ゆっくりと、その瞳が開く。

「アレク!」

「エル……?」

 ぼんやりと開いた、その菫の瞳を覗き込む。

「レイリス、俺が見える?アレクが気を失わないように、上手く魔力の調節をできないか?」

「……あぁ、そういうことか。大丈夫だよ。私も自分で魔力の調節が可能だし、月の女神の力がレイリスにも届いて、レイリスも回復したからね」

「良かった……」

 アレクが自分の手に残る月の花を見る。

「これは月の花だね。……ありがとう。エル、リリーシア」

 リリーと顔を見合わせると、リリーが微笑む。

 神の力にこんな使い道があったなんて。

 全部、リリーのおかげだ。

「ヴィエルジュ。レイリスはアンシェラートの一時的な封印に成功したよ。月の女神の力も充分に得たし、しばらくは大丈夫そうだよ」

「そうか。では、この世界とレイリスを守る為にも、私はしばしお前の守護を請け負うことにしよう」

「ありがとう」

 大丈夫なのは、しばらく。

 根本的な問題は何も解決していない。

 頬に冷たいものが当たって、空を見上げる。

「雨?」

 これ、魔法で出した雲から降り注いでるのか?

「これもヴェラチュールの魔法なのかい」

「あの男は雲と雨を自在に操ることが出来るからな」

 ……雨。

「案ずることはない。雨は私の糧となる力だ」

 糧となる力?

 なら、なんでヴェラチュールは雨を降らせてるんだ。

 


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