86 滅ぼす者
斑の光って、リリーが見た封印の棺と同じ……。
こんな禍々しい色をしたものが、神の力なのか?
天に向かって伸びる光の柱に触れようと手を伸ばす。
「触れてはいけないよ」
「アレク……」
アレクの左手が俺の腕を掴んで制止する。
右手にはエイルリオン。
「これって、神の力なのか」
「そうだよ」
この斑の光の正体は、封印の棺に眠っていた神の力。
イリデッセンスはフォルテと最初に戦った時に封印の棺まで貫いていたんだ。
そして、俺がそれを……。
『来た』
光が止んだかと思うと、今度は上空の雲から雷のような光が目の前に落ちて。
俺とアレクの目の前に人間が現れる。
……すごく嫌な感じ。
全身に纏わりつくような、恐怖に近い感覚。
それが、まるで精霊の様に目の前で浮遊している。
「思ったよりも力が戻ってこなかったな」
男声特有の低い声。
色素の抜けた短い白髪。
紅色の右眼だけが開いていて、左目は閉じている。
黒い衣装は左胸だけが赤く染まっていて、不自然なくぼみを描く。
右手に紅の剣を持っている人間。
「お前は……」
相手が俺を見て、微笑む。
「そういえば、今の人間は私のことを知らないんだったな」
彼が空高く飛ぶ。
「さぁ、歓迎するが良い。お前たちの神の復活を」
脳に直接響くかのような高らかな声。
「私こそが、この地上を支配する神。お前たち人間を祝福する人間の神だ」
人間の神……?
「そんなの聞いたことがない。お前はただの人間だろ」
相手が俺に向かって飛んでくる。
「それもまた、正解としておこう」
「!」
近い。
触れられる程近くに来た相手に向かってイリデッセンスを振り上げると、相手が笑いながら攻撃を避ける。
「封印の棺を貫ける剣が存在したとはな。私が力を取り戻す手伝いをしてくれたこと、感謝するぞ」
俺のせいだ。
「俺が、引き抜いたから……」
「エル。これで良いんだよ」
「アレク……?」
「大きな力を秘めたものだから、もう失くさないようにね」
アレクが俺に向かって微笑む。
大きな力を秘めたもの?
どういう意味だ?
アレクが浮遊する人間を見る。
「私たちは貴方を何と呼べば良いのかな。神?人間?……それとも、ベネトナアシュ?」
「ベネトナアシュ?……あぁ、あれか。お前の前に現れたのはただの御使いだ」
前にアレクとリリーを襲った奴は、こいつじゃないのか。
―御使いとは、神が死に瀕した人間の願いを叶える代わりに、その体を神の憑代とするよう約束を交わしたものだ。
「ベネトナアシュは首を斬られたんじゃなかったのか。なんで御使いに出来るんだ」
「灰にならない限り、死体はすべて私が自由に使える傀儡だぞ。お前たちが死体を棺に入れるのは、魂の抜けた死体を私に捧げているからだろう」
「お前に捧げた覚えなんてないぞ」
「けれど、それも真実なのだろうね。歴史と共に真の意味は廃れ、行為だけが伝承されていくものが風習だから」
「風習……」
「貴方は墓地からいくらでも自分の眷属を生み出せるということかな」
死体から自分の眷属を?
「いかにも。しかし、私が自由に動かす為には神の力を注ぎ続けなければならない。ベネトナアシュも神の力を失えば砂のように崩れるだけの存在だ。他の神の御使いと違って言葉一つ発せられないのでは不便だが。私の代理を務められる分、ただの死体よりは使い道があると言うわけだ」
「死者をそんな風に扱うなんて……」
神のやることじゃない。
「人の願いを叶えることに変わりはないぞ。ベネトナアシュはその野望の為に私の力を欲した。願いの代償として、死んだ後の人間をどう使おうと私の勝手だろう」
「そんな自分勝手な神が居るかよ」
「貴方の力で御使いになると、亜精霊のような変化を遂げるようだけど。貴方は亜精霊の生みの親なのかい」
「亜精霊はすべて、過去に生き物であったもの。生き物は簡単に他の力の影響を受けるというだけだ。最初の亜精霊が何であったかなど知らないな。私の力の影響を受けたものばかりではないだろう」
「神の力を自由に使うことが出来る貴方は、御使いではなく本体で間違いなさそうだね」
「その通り。これこそが私の本当の体。神の力のすべてを宿すことのできる本体だ」
これが、体をばらされて封印されていた人間の本体。
フォルテの持つ封印の棺の力を取り戻したってことは、こいつは自分の歯と神の力を取り戻したってことだよな。
他の部位はまだ封印されてる?
髪、爪、心臓、瞳のない人間。……だから、片目なのか。
「私のことはヴェラチュールと呼んでもらおう。これより先、再び人間を導く神として崇めるが良い」
「冗談じゃない。なんで人間が人間を崇めなきゃいけないんだよ」
「エル。彼を否定してはいけないよ」
「なんで?あいつは王家の敵だろ?」
「クレアの特徴を思い出して御覧」
「クレアの特徴?」
クレアとは、血の色が透明か乳白色で。
菜食で、血肉を口にすることとブラッドに変化する種族。
ブラッドよりもはるかに長命で、五感が優れていて、そして。
―イレーヌさんは、ブラッドがすることなんて知らないって言ってたから、クレアドラゴンみたいに卵を産んで、大精霊が孵すんじゃないかな。
「クレアはすべて女性だ。彼女たちは卵を産み、それを精霊が孵化することで命を繋ぐ存在。精霊と共に生きる彼女たちは、原初の神々が創った種族に違いないんだよ。では、私たちは?」
見た目も体の構成も変わらないのに、何故、クレアとブラッドはここまで違う種族なのか……。
「その答えが、おそらく彼だ」
ヴェラチュールが笑う。
「素晴らしいぞ。その知識欲。探究心。真実をおしはかるその姿勢。当に私の眷属に相応しい」
眷属……?
「ブラッドが精霊の力を必要とせずに、新しい命を誕生させることが出来るのは何故か」
え?
「その血肉を与えることでクレアをブラッドに変化させることが出来るのは何故か」
待ってくれ。
「愛しい子供たちよ」
聞きたくない。
「私こそがブラッドの祖。神の力を手に入れ、クレアに最初のブラッドを生ませたブラッドの父。まぎれもない人間の神だ」
――神と敵対し、精霊と敵対し、あらゆる生き物を作り変えたのがお前たちだからだ。
フォルテがあそこまで人間を嫌っていた理由。
精霊がブラッドと敵対していた過去。
ブラッドがクレアにとって脅威な存在であること。
これで、すべてが繋がってしまう。
……ブラッドは、最初から自然に逆らった存在なんだ。
「わかっただろう。お前たちは根源的に精霊とは相容れない、太古の種族を駆逐する運命を持った存在なのだ。さぁ、私と共に来い。古い神を、精霊を凌駕し、人間の為だけの世界を作るのだ」
人間は精霊の敵……?
『エル。何をしている』
メラニー?
『あたしたち、みんなエルのことが大好きだって知ってるわよねぇ?』
ユール。
『あんな奴の言うことを真に受けてるのか』
バニラ。
『なんだい。エルらしくないなー』
ジオ。
『そうよ。あんな古臭い考えを真に受ける必要なんてないわ』
ナターシャ。
『エル。僕は人間と精霊が仲が悪いと思わないよ』
アンジュ。
「自分で私に言ったことを忘れたのかい。エル」
アレク……。
そうだ。
「俺は、精霊が敵になるとは思わない。精霊はいつも俺の味方だったんだ」
今さら、何を悩む必要があるんだ。
アレクがエイルリオンをヴェラチュールに向ける。
「ヴェラチュール。私はエイルリオンを持つ宿命に従うよ。この世界はもう、貴方を必要としていないようだからね」
「不要か。……確かに、神も精霊もすべて不要な存在だ。私もまた、排除される側の存在だと言うのならば。その力を私の前に示すが良い」
ヴェラチュールが天高く昇って行く。
「エル、戦い方はわかるね」
「もちろん」
イリデッセンスの鞘に収まっていた剣を抜く。
「それは、リフィアの剣……」
ヴェラチュールを追って、アレクと一緒に飛ぶ。
空中戦か。魔力が持てば良いけど。
……あれ?なんか、飛ぶのが急に楽になった?
うっすらと明るい色のついた空間。
「これは……」
「レイリスだよ」
「レイリス?」
「月の大精霊か。余計な真似を」
「レイリスが、この空間を月の力で満たしたんだよ。ヴェラチュールにとっては毒だけど、私たちには理想的な戦場だ」
体がふわふわ浮いてる感じ。
でも、イメージだけで空間を移動できそうだ。
「仕方ない。多勢に無勢だからな。屍に働いてもらうことにしよう」
彼が腕を掲げると、ドラゴンの咆哮が響く。
この声。
紫竜フォルテ……?
「なんでフォルテがお前の言うこと聞くんだよ」
「私の言うことなど聞かないぞ。あれは私の御使いとなる契約はかわしていない。あれは、過剰な精霊の力で満たされた存在。自然に反し無理やり魂を戻された、破壊の衝動だけで生きる亜精霊だ」
「亜精霊」
ドラゴンの亜精霊なんて。
「下は平気だよ」
アレクが見下ろした先。リリーの近くで、ガラハドがバーレイグを大きく振り回してるのが見える。
こっちは任せろって?
ガラハドが居るなら大丈夫か。近衛騎士も居るはずだし。
それよりも。
リリーが、ガラハドと一緒に走り出したのが見える。
やっぱり。
でも、リリーが一度やりあったドラゴンに負けるわけないだろう。
「早く片付けて下に行こう」
こいつに攻撃できるのは、アレクのエイルリオンと俺の慈悲の剣だけなんだ。
「そうだね」
アレクが、ヴェラチュールの放った魔法に月の魔法で対抗する。
その隙に慈悲の剣とイリデッセンスを続けて振る。
イリデッセンスがヴェラチュールの紅の剣に遮られたけれど、慈悲の剣が相手の左腕を斬る。
でも。斬った部位が一瞬でくっつく。傷跡すら残ってない。
……亜精霊とはまた違った手ごたえだ。
気味が悪い。
「エル」
「ん」
アレクと呼吸を合わせて、ヴェラチュールに攻撃する。
『流石だな』
アレクの攻撃が俺に当たるわけないし、俺の攻撃がアレクに当たるわけだってない。
アレクは誰よりも俺のことを知ってるから。
それに、アレクのやり方はずっと見て来たんだ。
一緒に戦って不安になる要素なんて一切ない。
ヴェラチュールが繰り出す槍の魔法に対し、炎の魔法で対処する。槍の魔法の威力も、アレクが前に金の剣で教えてくれた通り。どれぐらいの力で相殺できるかも把握済みだ。
魔法を使いながら戦うのって慣れないけど。
一人じゃないから、大丈夫。
それに、ここはあいつにとっては完全に不利な環境だ。
動きも鈍いし、こちらの攻撃はほとんど入る。
……なのに。
こちらが優勢に立てている気がしないのはなんでだ。
ヴェラチュールと目が合うと、ヴェラチュールは楽しそうに口の端を上げる。
その余裕は、どこから来るんだ。
「エル」
「了解」
アレクと一緒に一歩引くと、空間の外から矢が降り注ぐ。
この矢って……。
攻撃を受けたヴェラチュールの、当たった箇所から血が流れる。
「血……?」
「効果があるようだね」
アレクが作らせてた先端が丸い矢。
アレクの予想通り、効果があるみたいだ。
けど、ヴェラチュールが矢を抜いて傷を癒す。
『エル!アレク!』
イリス?
『リリーから伝言だよ。あいつは、ほとんどの魔法を使える。でも、真空の魔法と月の魔法は使えない。そして、たぶん合成魔法は使えない』
それが、リリーがこいつに見た光の結論か。
アレクが金の剣を浮かべる。
なら。
「ジオ、ユール、顕現してあいつを縛ってくれ」
『まかせてー』
『良いわよぉ』
ジオとユールが、真空と風のロープを編んで、ヴェラチュールを縛る。
「真空の精霊か」
『ふふふ。あんたになんか、捕まらないわよぉ』
縛られたヴェラチュールに向かってもう一度矢が降り注ぐ。それに加えて、アレクが金色の剣を放ちながらエイルリオンで攻撃。
続いてイリデッセンスに真空の魔法を込めて振り、慈悲の剣でヴェラチュールを刺す。
さっきより、手ごたえがある。
「素晴らしいな。これこそ、人間の奇跡。私が目指したもの。神をも凌駕出来る力」
何、言ってるんだ?
自分が追いつめられてるのに、楽しんでる。
「しかし。私もここで果てるわけにはいかない。そろそろ、邪魔者を始末するとしよう」
彼が紅の剣を掲げると、大きな地響きが鳴る。
『なんだ、これは』
『どうしたの?バニラ』
『アンシェラートの力を感じる』
「え?アンシェラート?」
遥か遠くで、大きな爆発音と共に火柱が上がる。
「あれは……」
『アンシェラートの手だ』
「アンシェラート……?」
大地から伸びた手が世界を終わりに導く。




