84 緊迫の高み
優勝決定戦。
審判に腕章を預けて、お互いの武器の宣言をする。
そして、リリーがバーレイグを構える。
いつもの構え方じゃないんだけど。それ。
下段の構えなんて誰に教わったんだ。……リリーが剣術で頼るのなんて王都には一人しか居ないけど。
皇太子席を見ると、アレクが笑って手を振ってる。
……あぁもう。やってられない。
「レクス、構えを」
右手に持った彩雲を大きく振りかぶる。
「準備はよろしいですか」
「良いよ」
こんなの、構えじゃないけど。
「始めっ!」
開始の号令と共に、持っていた彩雲をアレクに向かって投げる。
「!」
勢いよく加速してきたリリーが、バーレイグを途中で手放して俺の胸に飛び込んで来た。
鎧装備の相手を抱き留めて、そのまま後ろに尻餅をつく。
「いってぇ」
アレクを見上げると、立ち上がったアレクが彩雲を受け取ったのが見えた。
仮面を外して、放り投げる。
「アレク!俺が協力できるのはここまでだからな!後は自分でどうにかしろ!」
「あの……」
飛び込んできた相手の兜を取ると、結い上げた黒髪と、輝く黒い瞳が現れた。
「ごめんなさい。その……」
そんな顔しないで。
「ほら、あっち見てみろよ」
アレクが隣に座っていた黒い衣装の女性の手を引いて相手を立たせ、黒いベールをめくる。
黒髪と紅の瞳の女性。
あれがロザリー。
「ロザリー。私が、私の姫として選ぶのは君だけだ」
アレクが彩雲を自分の脇に置いてロザリーの前に跪くと、周囲に居た近衛騎士もその場に膝を突く。
「ラングリオンの騎士として、騎士の誇りと忠誠を貴方に捧げる。……私の愛を受け入れてくれると言うのなら、誓いの証として、その御手に口づけることを許して欲しい」
アレクが首を垂れて自分の手を差し伸べる。
……この国の皇太子が頭を下げて良いのは陛下だけなんだけどな。
ロザリーの声は聞こえないけれど、口元が動いたのが見えた。
ロザリーがアレクの手に自分の手を重ねると、アレクがその手の甲に口づける。
「ロザリー。君に永遠の愛を誓う」
「はい」
はっきりと返事をしたロザリーと手を取り合ったままアレクが立ち上がり、ロザリーの肩を抱く。
「騎士の誓いは成立した。今、この時より、彼女が私の愛を捧げる唯一の女性であり、私が選ぶ唯一の伴侶である」
ラングリオンにおいて、騎士の誓いは絶対。
こんな大勢の目の前でやったものを撤回なんてできない。
「彼女は黒髪に紅の瞳。この容姿は吸血鬼種と呼ばれ、長く謂れなき差別の対象とされてきた。……しかし、これは騎士の国において恥ずべき伝統である。吸血鬼とは遥か昔に滅んだ種族であり、悪魔とは全くの無関係であることは疑う余地のない事実」
その通りなんだけど。
理論的に解決できるなら、とっくの昔に差別なんて消えている。魔王は遥か昔に滅んでいて、魔王の眷属が御使いと光の魔法使いによって浄化されたのはわかりきっている事実だ。
吸血鬼種が悪魔じゃないことは、はっきりしてるって言うのに。
ブラッドアイじゃなくても黒髪というだけで差別されるのは、外見だけで彼らが差別の対象になっていることを表している。
「騎士の国に生まれた諸君に問う。奴隷制度を撤廃し、自由、平等、博愛の精神の元、手を取り合って国を興して来た我々が、同じ場所に生きる同胞にこのような仕打ちを続けることは、誇れる行為であるのか」
初代国王が掲げたスローガンか。
「私が目指す国は、誰もが自由に自分の未来を選び取れる社会。差別が根強く残る場所では、それは叶わないだろう。……それでも、彼女が未来の王妃となることに異を唱える者が居るならば、起立して欲しい。この場に一人でも彼女を否定する者が居たならば、私はラングリオンの騎士として、そして彼女の騎士として、誓いを全うする為、皇太子を辞し、この国を去る覚悟がある」
……これが、アレクの目的。
吸血鬼種であるロザリーへの愛を貫き、差別に疑問を提示し、皇太子を辞すこと。
アレク。俺がこうするって、わかってたのかな。
リリーと戦わない代わりに、アレクの独擅場を作るってこと。
アレクは聖剣エイルリオン、つまり神によって国王の座を約束された人物だ。
この場で起立するということは、アレクを否定すること。それは、王家の否定、初代国王とエイルリオンの否定、国の否定、そしてアレクを選んだ神の否定に繋がる。
吸血鬼種への差別問題は、アレクを擁護する者、つまり王家を支持する勢力と、差別を推進する者、つまり王家を否定する勢力の構図にすり替わって、いずれ差別が悪との認識が強くなるだろう。
だから、この場で誰か一人でも起立すればアレクの計画通りなんだけど。
―アレクの敵対者を一掃する計画は前からあったんだ。
起立して警備をしなければならないはずの衛兵も、審判も膝を突き、会場が静寂に包まれている。
誰だよ。アレクが皇太子を辞めるかもしれないなんて気づいたの。
……違う。気づける要素はあった。
アレクはリリーに手伝わせて、皇太子の棟に暗殺者が居たことを証明した。
アレクの本当の目的は、皇太子の命を狙う何者かの存在を匂わせ、いずれ皇太子を殺すことだった。
アルベールはこれに気付いたんだろう。アレクにそこまでの覚悟があるって気づいたから、貴族たちに姫の謁見をやめさせて、暗殺者の件もラングフォルド辺境伯を捕まえる理由として取り上げた。
皆、アレクが皇太子を捨ててでもロザリーを選ぶって気づいたんだ。
だから。
アレク、お前の負けだ。
誰もお前を皇太子の座から逃がしたりしない。
「アレクシス」
声を上げたのは、国王陛下。
「はい。陛下」
「そのやり方は少し問題があるな。……皆よ。ようやく、この国の皇太子が婚約者を決める日が来たようだ。二人を祝福する者は起立し、拍手を」
陛下が起立して拍手をすると、会場に歓声と拍手が溢れる。
おめでとう。アレク
泣き声が聞こえて腕の中を見ると、リリーが目元を手で拭っている。
「リリー?なんで泣いてるんだよ」
「だって、アレクさんとロザリーが、ちゃんと想いが通じて、皆から認められて……」
本当に、すぐ泣くんだから。
「こっちはまだ片付いてないぜ」
「え?」
リリーの腕を引いて、一緒に立ち上がる。
「審判。試合の結果は?」
アレクとロザリーに向かって拍手をしていた審判がリリーに近づき、腕を上げる。
「エルロックは武器を放棄。よって優勝者、リリーシア!」
「えっ?」
「優勝おめでとう、リリー」
「ま、待って。私、戦ってないです」
「剣術大会のルールでは、得物を失った方が負けだろ」
「私も武器を手放したのに」
「先に手放したのは俺だ」
「でも!」
「リリーの勝ちだよ」
「せっかく決勝まで勝ち上がって来たのに!」
リリーが叫ぶ。
そんなに俺と戦いたかったのかよ。
「残念だったな。優勝者は二度と大会に参加できないんだぜ」
リリーが頬を膨らませる。
可愛い。
大会の終了を告げる祝砲が盛大に打ち上げられる。
これで剣術大会は終わり。
「全然勝った気がしない。エル、もう一回勝負しよう」
「嫌だよ。優勝者はもう決まったんだ。リリーと戦う理由なんてない」
『いつリリーだって気づいたの?』
「さっき」
「え?さっきって……」
「リボンが可愛かったから」
「えっ?」
リリーが首を傾げる。
「最近、後ろでリボンを結ぶ服を良く着てただろ?何度も見た後姿だったから」
あの調子で可愛い服を着ることに慣れてくれれば良いんだけど。
「ほら、優勝者は陛下に願いを叶えてもらえるんだ。このまま陛下の御前に行くぜ」
「待って」
リリーがバーレイグを拾って鞘に納め、兜を持つ。
『ライーザだ』
ライーザ?
「リリーシア様、エルロック様」
「ライーザさん」
「御預かりしていたものをお持ちいたしました」
リリーの荷物を持って来たのか。
「ありがとうございます」
リリーに荷物を渡した後、ライーザが俺にも荷物を渡す。
「俺のも?」
「はい。マリユス様から御預かり致しております」
一緒に持って来てくれたのか。
「兜は私が御預かり致しましょう」
「お願いします」
リリーが兜をライーザに預ける。
顔を隠す必要はもうないだろう。
「陛下の御前では失礼のないよう、お気を付け下さい」
「……はい」
リリーじゃなくて俺に言ったんだろうな。それ。
「行くぞ」
「うん」
リリーの手を引くと、急に会場のあちこちから悲鳴が上がった。
『うわぁ』
『来たねー』
『あいつ、よっぽど花火が好きなのねぇ』
本当に。
見上げた先には、リリーと祭りで見た時よりも明らかに低い位置でドラゴンが飛んでいるのが見える。
アレクが魔法を使ってるな。
アレクの傍に行こう。
「リリー、ライーザと逃げろ」
「一緒に行く!」
闘技場目がけて滑空してきた紫のドラゴンに対し、アレクが月の魔法で作った剣で攻撃すると、攻撃を避けて空へ上ったドラゴンがアレクに向かってブレスの予備動作をする。
リリーは……。俺の言うことを聞くわけないか。
「リリー」
「わっ」
リリーの腕を引いて抱き寄せ、砂の魔法でアレクとレイリスの近くに飛ぶ。
皇太子席に居るのはアレクとレイリスだけ。
「近衛騎士は?」
「観客の避難を優先しているよ」
主君を守る事より、主君の命令を優先するのは相変わらずだな。
フォルテが放った紫色を帯びた雷属性のブレスに対し、レイリスが魔法で盾を作って攻撃を弾く。
―「まさか、月の大精霊?」
―「そうだよ。久しぶりだな。フォルテ」
「レイリス、リュヌリアンをくれ」
「ほらよ」
レイリスに預けていたリュヌリアンを受け取る。
―「何故、月の大精霊が人間に味方する」
―「俺が何しようと勝手だろ。お前も協力したらどうだ」
―「人間と協力して上手く行くことなどあるものか」
―「いつの話ししてるんだよ」
―「人間は永遠に私の敵だ」
―「頭の固い奴だな」
「交渉の余地はないようだね」
「エル、行って来い」
リュヌリアンをフォルテの首めがけて大きく振ると、フォルテが回避し、空に飛びあがる。
「アレク、リリーを頼む」
「エル!待って!」
砂の魔法でフォルテを追い、背中に飛び乗って、真空と風の魔法で編んだロープでフォルテの首を縛る。
イリデッセンスはフォルテの背に刺さったまま。
良かった。ちゃんと回収できそうだ。
引き抜こうとしたところで、フォルテが暴れながら垂直になって上空に向かって飛ぶ。
振り落とされてたまるか。
―「この前の人間か」
―「そうだよ。お前、封印の棺を持ってるのか」
―「その通りだ。人間ごときに奪わせはしないぞ」
俺としても、そのまま保管していてくれるとありがたいんだけど。
ブラッドドラゴンのフォルテが人間を襲う限り、いつか誰かが討伐することになる。
―「なんでそんなに人間が嫌いなんだよ」
―「神と敵対し、精霊と敵対し、あらゆる生き物を作り変えたのがお前たちだからだ」
「……え?」
なんだって?
あらゆる生き物を……?
『エル、気を抜くな!』
集中が途切れて、魔法のロープが消える。
『落ちちゃうよー』
フォルテが俺を落とそうと右側に大きく傾く。
イリデッセンスの柄を右手で掴んでるけど、リュヌリアンを持ってる左腕が重すぎて……。
「あ……」
落ちる。
『エル!』
―「エルロック」
落下直後に、飛翔する赤い背に着地する。
これは。
―「約束しただろう。力になると」
―「ルーベル!ありがとう」
助かった。
―「ルーベル。人間に与するつもりか」
―「私は常に中立だが、この人間には借りがある」
―「ドラゴンの誇りを忘れたか」
―「今の世界に見合う生き方をしているだけだ」
―「府抜けめ。ならば共に葬ってやるとしよう」
フォルテがブレスの予備動作をした瞬間、下から矢のように放たれた光がフォルテの首に当たり、フォルテが苦痛の悲鳴を上げる。
「なっ、」
慌てて風の魔法のロープを編んで、宙に居る相手を縛り上げ、引き寄せる。
「何やってるんだよ!」
「レイリスに頼んで飛ばしてもらったの」
「はぁ?」
『流石リリーね』
「何考えてるんだよ!」
「だって、どこにでも連れて行ってくれるって言ったよ」
『エルが置いて来るからこんなことになるんだよ』
イリス。
「あのまま落ちてたらどうするんだ」
「大丈夫だったよ」
「俺が助けるのが間に合わなかったら、」
「エルは、ちゃんと助けてくれるよ」
「当たり前だ。俺が言ってるのは……」
『二人とも、喧嘩してる場合じゃないよ』
目の前のフォルテがもう一度ブレスの予備動作をする。
あぁ、もう……。
「リリー。俺が援護するからフォルテの翼を斬り落とせ」
「でも、バーレイグはフォルテの首に刺さっちゃって……」
本当だ。首の部分に刺さってる。
バーレイグのくびれの部分が引っかかって抜けなくなったんだろう。
「だから、その……」
「これを使え」
リュヌリアンをリリーに渡す。
「ありがとう!」
―「ブレスは回避するか?」
回避して王都に被害を出すわけにはいかない。
―「俺が防ぐ」
『真っ向勝負する気か』
氷の盾をいくつか張りながら、フォルテの口に向かって氷の刃を叩きこむ。けど、フォルテは氷の刃を砕いて輝くブレスを吐く。
そのブレスに向かって、吹雪の魔法で対抗する。
先に張っていた氷の盾が次々と壊れていく。
……もう一枚。
氷の盾を張ったところで、フォルテのブレスが止まる。
最初の一撃で、ブレスの効果は軽減できたみたいだな。
続けて、炎と闇の魔法でフォルテの翼を縛る。
―「二度も同じ手が通用すると思うな」
苦しそうに言うセリフじゃないと思うけど。
「借りるぞ」
「え?」
「こんな場所でリリーと離れるわけにはいかないからな」
リリーの腰のリボンを解いて、俺とリリーの胴体に巻きつける。
―「ルーベル、フォルテの上空に飛んでくれ」
―「わかった」
―「リリーと一緒にフォルテに飛び移る。俺とリリーが落ちそうになったら、また援護してくれ」
―「良いだろう」
ルーベルがフォルテに向かって飛ぶ。噛みつこうとしてきたフォルテの攻撃をかわし、ルーベルが宙返りしながらフォルテの背へ。
そのままリリーと一緒にフォルテの背に飛び乗る。
『大丈夫?リリー』
「うん」
リリーがフォルテに向かってリュヌリアンを振ると、ドラゴンの胴体が傾く。
闇の魔法と風の魔法を集めて、フォルテの全体を覆う。
視界も覆ったし、これだけ風が巻き起これば自由に飛行することは出来ないだろう。
このまま身動きが取れなくなったフォルテを安全な場所に落とす。
フォルテは王都の上空を飛行し続けてるな。風の魔法で上手く軌道修正出来るか……?
「あのね、これ使ってみても良い?」
「なんだそれ」
毒薬の瓶?
「ルイスがドラゴン用に作ってくれた毒薬」
そんな危険なもの、いつの間に。
「傷口にかけてやれ」
「わかった」
リリーが毒薬をフォルテの翼に向かってかけると、フォルテが悲鳴を上げながらもがく。
『エル、オイラが魔法陣描こうか?』
「頼む。ジオ、顕現してくれ」
『まかせてー』
ジオが顕現して、風の魔法陣を描く。
これで、かなり風が集めやすい。
―「何故、精霊が人間に味方するのだ」
フォルテがまた大きな咆哮を上げる。
―「今と昔では違うんだよ!」
「いっけー!」
リリーが声を上げてリュヌリアンを振り降ろすと、フォルテの翼がだらりと落ちる。
―「おのれ……」
空中に合図花火が上がる。
これ、闘技場の観客の避難完了ってことか?思ったより早かったな。
落下地点は決まった。
「リリー、落とすぞ」
フォルテはほとんど自分の意思で飛んでない。これなら、魔法で誘導も可能だ。
「離れるなよ」
「うん」
風の魔法で、闘技場に向かってフォルテの体を誘導する。
このまま、いけるか……?一緒に落ちるわけにはいかないから、離脱しなきゃいけないんだけど。
―「エルロック。真下に落とすというのなら、手伝ってやろうか」
ルーベル。
―「頼む」
リリーを抱き寄せ、一緒に砂の魔法でフォルテの背から離脱すると、ルーベルがフォルテの尻尾を咥えてフォルテを振り回し、その体を闘技場目がけて振り落とす。
そして、ゆっくりと落下していた俺とリリーを、その赤い背に受け止める。
―「あの翼では、もう飛べないだろう」
―「手伝ってくれてありがとう、ルーベル。俺たちはこのまま地上に降りるよ」
―「では、さらばだ」
ルーベルの背から地上に向かって砂の魔法で飛ぶと、ルーベルが飛び去る。
リリーと一緒に闘技場に降りる。
闘技場では、まだ生きているフォルテに対し、兵士が観客席から矢を放ち、魔法部隊がブレスに対抗する防御魔法を放ちながら戦っている。
大きな被害が出る前に片づけないと。
結んでいたリボンを解き、リリーのウエストに巻き直す。
「イリス、ナターシャ。リュヌリアンに宿ってリリーを援護してくれ」
『了解』
『わかったわ』
「行ってくる」
リリーがフォルテに向かって走って行く。
闇の魔法を……。
「メラニー、頼む」
『了解』
顕現したメラニーに描いてもらった闇の魔法陣で闇の魔法を集めながら、真空の魔法を混ぜ込んだ合成魔法でフォルテの影を縛る。
こいつ、ケウスよりでかい。でも、真空の魔法を織り込んだおかげで安定して縛れる。
リリーが正面からフォルテと戦っているのが見える。
あちこちから降ってくる矢に加えて、ルイスの毒薬の効果のせいか、フォルテが目に見えて弱体化する。
ブレスを吐こうとしたフォルテの口に向かって、氷の刃を突き刺す。
けど、今度はさっきみたいにブレスを吐く余力はなかったらしい。大きくのけぞった首の付け根に向かってリリーがリュヌリアンを刺すと、フォルテの首がうなだれ、その瞳が閉じる。
「終わったのか?」
『終わったようだな』




