83 ベルセルク
バロンスの十六日。決勝戦。
「レクス様。試合が始まるまで扉の外で護衛しています」
「護衛?」
「レクス様をお守りするのも僕の仕事です。係員が呼びに来たら僕が声をかけますから、それまでごゆっくりお過ごしください」
そう言って、マリユスが控室の扉を閉める。
「別に、良いのに」
誰かが入って来るならメラニーが教えてくれるから。
それに、準決勝戦の第一試合なら、すぐに係員が呼びに来るだろう。
『エル、勝てるの?』
「さぁ。結局、セザールの試合は見られなかったからな」
大会一日目午後のブロックの勝者は、セザール。
ドニスの治療で一日が潰れたから、直接セザールの戦闘を見ることはなかった。
『結局、何をしてくる相手なのかわからないままねぇ』
そうなんだよな。
マリユスの話しでは、セザールは正々堂々勝ち上がったようにしか見えなかったらしい。特に、ルマーニュ公爵の名代とセザールの戦いは、一日目の最後を飾るに相応しい見ごたえのある試合だったとか。
大剣を扱う大柄なルマーニュ公爵の名代は、豪快な剣捌きで相手を追い詰めるのを得意とする剣士だ。セザールは一撃でも当たれば致命傷を負いかねないその攻撃を、常にぎりぎりのラインで回避するという、曲芸のような動きで観客を沸かせたらしい。
ルマーニュ公爵の名代は、午後のブロックのシード枠で、セザールとの戦いは二戦目。一方、セザールは三戦目。しかも一回戦で戦ったカミーユはわざと長期戦に持ち込んで相手の体力を削ったはずなのに、セザールは三戦目とは思えない機敏な動きで、最後までルマーニュ公爵の名代に後れを取ることなく、粘り勝ちしたという話しだ。
話しを聞く限り、優秀な剣士としか言えないんだけど。
使用武器はカトラス。短剣も装備しているが、試合で使ったことは一度もないらしい。
「相手が普通に戦って来るなら勝てると思うけど」
『慢心は禁物だ』
「わかってるよ」
体力勝負に持ち込まれたら不利だろうから、早めに終わらせるようにしないとな。
『エルが困ったら、いつでも手伝うわ』
『僕も』
剣術大会は魔法を使っちゃいけないんだけど。
「ありがとう」
『……』
『どうしたのー?メラニー』
『人や精霊の気配が多過ぎて、妙な感じだ』
「妙な感じ?……ベルクトが居るのか?」
『いや。ベルクトは探せない。……気のせいだろう』
ベルクトの捜索は続いているけど、保護したという報告は聞かない。
マリユスが俺の護衛をすると言い出したのも、そのせいだろう。
流石に参加者の暗殺はもう企てたりはしないと思うけど。ベルクトを保護できる見込みがあるのか心配だ。
『セザールに勝ったら、もう一回戦うんだよね?』
『次が優勝決定戦だからな』
『ムラサメとバーレイグは、どっちが勝つかしらねぇ』
大会二日目の勝者はムラサメとバーレイグ。
決勝戦に一般参加者が二人も勝ち上がったのは数十年ぶりだとか司会者が言っていた気がする。
「どっちも当たりたくない相手だな……」
大会二日目は皇太子席から観戦したから、試合の様子が良く見えた。
ムラサメは、どの試合も最初から刀を抜いた状態で挑んでいた。……っていうか、その方が明らかに速くて、どこから攻撃を仕掛けて来るのかわからない。当たり前のことなんだけど、本選でようやく本気を出したって所だろう。
相手の鎧だけを斬り、ずれ落ちた鎧で身動きが取れなくなった相手に刀を突きつけて敗北宣言をさせたのは、面白い勝ち方だったな。
バーレイグは、すべての試合で相手の剣を弾き飛ばして勝利していた。力技にも見えるけれど、相手の隙を見逃さずに一瞬で相手の得物を弾くには、相当技術が必要なはずだ。
俺と当たるのはどっちになるんだろうな。……どっちも、一筋縄ではいかない、規格外の強さなのは間違いない。
まずはセザールとの対戦だけど。
ノックが鳴る。
『マリユスだ』
扉の外で護衛をしていたマリユスが扉を開く。
「レクス様、御時間です」
「ん。わかった」
控室を出てマリユスと一緒に会場に向かうと、セザールが先に会場の中央に立っている。
『やはり、おかしいな』
おかしい?
『何かあったの?』
『あれは人間じゃない』
「え?」
『えっ?違うの?』
人間じゃないってことは……。
『ふふふ。そういうことぉ』
「どうかしましたか?」
「いや。なんでもない」
「今のところ不審な点はありませんが、何を仕掛けて来るかわからない相手です。どうか御怪我には気をつけて下さい」
「わかってるよ」
皇太子席を見上げると、大会一日目と変わらない配置に並んだ近衛騎士たちが見える。
アレクもいつも通り。
審判に腕章を渡し、使用武器の宣言をする。
セザールの武器は片手剣のカトラスと短剣。事前の情報通りだな。
全身を覆う衣服に、厚手の手袋、頭部も布で覆って隠しているから、中身はわからないけど。体格は人間のようだ。
っていうか。この姿、あれと同じじゃないか?
ツァレンに見せてもらった……。
「始めっ!」
まずい、遅れた。
開始の合図と共に、セザールが駈けて来てカトラスを振る。
なんて速さだ。体の動きが軽い。
魔法の補助なしで戦うのは少しきついな。
剣捌きが早くて、このままじゃ相手のペースに持って行かれる。
間合いが……。
腰から逆虹を抜いて相手の懐に向かって振ると、セザールが一歩引く。すかさず彩雲で薙ぎ払って間合いを取りながら、もう一度彩雲を振ると、セザールが彩雲の刃を掴む。
「!」
彩雲ごと大きく振り回されて宙を舞ったところで、カトラスが振り上げられる。
風の魔法で回避しつつ、彩雲を掴む相手の手首を逆虹で斬ると、相手が彩雲の刃を放した。
そのまま大きく離れて間合いを取る。
刃を掴むなんて何考えてるんだよ。あのまま振り回されて彩雲を手放せば俺の負けが確定。……まさか、これが大会必勝法?確かにルールに抵触しないけど。そんなわけないよな。
今度はこっちの番。
逆虹を戻して、両手で彩雲を握る。
振り下ろされた剣を弾き、そのまま返した刃で相手の胴体が真っ二つになるよう、完全に薙ぎ払う。
セザールの胴体は確かに彩雲で斬られたはずなのに、衣装だけに斬られた跡が残る。
視界の端で、審判が驚いた顔をしている。
セザールは自分が斬られたことも気にせずに、俺に向かって襲いかかる。回避しながら受け止めたところで、セザールのカトラスと彩雲がぶつかって、鍔迫り合いになる。
「お前、ルー・ガルーだろ」
相手の瞳が揺らぐ。
言葉は理解できるみたいだな。
「なんで大会に参加してるんだ」
喋れるのかな。
……何も言わない。
っていうか、力、強すぎだろ。無理。
真空の魔法で相手の剣を引き寄せて、体勢を崩したところで剣ごと弾き、カトラスを持つ右腕を斬る。
……だめか。
流石に簡単に自分の得物を落としてはくれない。
だんだん目が慣れてきた。こいつ、素早いだけで、剣を扱う技術はそんなに高くないんじゃないのか。
この分なら攻撃を受けることなんてない。攻撃を回避した勢いで、もう一度胴体を薙ぎ払うと、相手が数歩引いて間合いをとる。
そして、会場中に響き渡る咆哮を上げる。
なんだ?
『エル!』
「!」
嘘だろ?さっきよりスピードが上がってる。
勢いをつけて繰り出された一撃を彩雲でガードすると、相手のもう一方の手が動く。
そっちは何も装備してないはずじゃ……。
「っ!」
右腕に激痛が走る。
彩雲を左手に持ち変えて応戦しつつ、後退。
右腕には、抉られたような傷が平行に三本。この傷跡は見たことがある。
「お前……!」
相手の左手、グローブから覗いた三本の鋭利な爪には、俺の血が付いている。ルー・ガルーの指は四本。あれは親指を除いた三本の指から生えた爪に違いない。
フランカに致命傷を負わせたのは、お前か!
まっすぐ向かって来た相手に対し、闇の魔法を使って影を作る。影に向かって攻撃したルー・ガルーの真横から薙ぎ払い、続けて二回斬りつける。
フランカが不意打ちを食らったのは、相手が人間じゃなかったからだ。
ルー・ガルーの頭部に向かって彩雲を突き刺すと、頭部を覆う布が剥がれ落ち、狼特有の耳が現れる。
どこが弱点だ?
人間と同じなら心臓部分を狙えば……。
『エル、殺して良いのぉ?』
あ……。
剣術大会の敗北の条件。
敗北を認める。
自分の得物を落とす。
場外へ出る。
魔法を使って相手に攻撃をする。
審判が瀕死の判定を出す。
相手を殺す。
剣術大会は、絶対に相手を殺してはならない。
だめだ。殺せない。
狙いを胸部から右手に変更して斬りつけると、彩雲がカトラスの柄の部分に当たる。
……どうなってるんだ、これ。
彩雲を引くと、セザールのグローブが落ちて、セザールの指がカトラスの柄と一体化するように絡みついているのがわかる。
これじゃあ、得物を落とさせるなんて無理じゃ……。
だったら場外に吹き飛ばすか?
いや。亜精霊を斬れば貫通するだけ。吹き飛ばす方法も押し出す方法もないのに、場外に出すのは難しい。
他の条件は……。
相手に敗北宣言をさせる?ルー・ガルーは喋らないんだからそれも無理。
なら、相手を瀕死の状態にさせて、審判に瀕死の判定を出してもらうか?
だめだ。亜精霊を瀕死にさせたところで、血を流すこともないし、闘争心を消せるわけもない。審判が瀕死の判定を出す条件を整えることは出来ない。その前に殺してしまう。
相手を殺せば俺の負けだ。
……負け?
まさか、これが剣術大会の必勝法?俺が勝てる手がないことが?
冗談じゃない。
何か、何かあるはずだ。
出来ること。
絶対に負けるわけにはいかない。
これ以上、ラングフォルド伯爵に負け続けてたまるかよ。
こいつに勝つ方法……。
『エル、大丈夫?』
「平気」
相手の攻撃が、どんどん雑になって来たから考える余裕はある。
でも、試合中は怪我の治療が出来ないから、ゆっくり考えながら戦ってる余裕はない。
考えろ。
俺が勝てる方法。
相手が敗北する条件。
―斬撃属性である剣や斧。
―刺突属性である槍。
―射撃属性である弓。
―打撃属性である体術や棒術。
そういえば。あいつ、俺の彩雲を掴んでたな。
亜精霊は斬られたり刺されたりしても、見た目には傷つかない。
でも。亜精霊に触れる方法はある。
彩雲を返して、構える。
向かって来たルー・ガルーの腹部目がけて、彩雲の背を叩きつけると、ルー・ガルーが吹き飛ぶ。
刃のない方なら打撃属性。直刀だから使い勝手はそんなに変わらないし、これで吹き飛ばせる。でも、これじゃ力が足りない。
「ジオ、剣に宿ってくれ」
『いいよー』
もう一度向かって来たルー・ガルーの攻撃をかわしながら、今度は下から上に向かって大きく振り上げる。
『わぁ』
思った以上に飛んだぞ。あれ。
『このまま落ちて死んじゃったら大変ねぇ』
勝手に死なれたら困る。
上に吹き飛んだルー・ガルーに向かって、砂の魔法で飛ぶ。
風の精霊を宿したことなんてないから、どこまで吹き飛ぶか調整なんて出来ない。けど、あそこなら大丈夫だろ。
ここからも良く見える位置。
落ちて来たルー・ガルーに向かって彩雲を振ると、アレクに向かってルー・ガルーが吹き飛ぶ。
アレクの目前で、グリフとツァレンが吹き飛んで来たルー・ガルーに自分の剣を突き刺すと、ルー・ガルーは衣装だけ残して消えた。
試合場に着地した俺に審判が近づいて来て、俺の腕を上げる。
「セザールは場外。よって勝者、レクス!」
歓声の中、貴族席に居たダミアン子爵が、オルロワール家の衛兵に連れて行かれるのが見える。
ダミアン子爵、抵抗しているようには見えないな。
試合には勝ったけど。
この結果は、ラングフォルド伯爵の予定を狂わせることになったのか?
腕章を貰って試合場を後にすると、マリユスが走って来る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
マリユスが俺の右腕の袖をまくって、薬を塗る。
「いつ亜精霊だって気づいたんですか?」
「最初から」
メラニーが教えてくれたから。
「なら、どうして審判に抗議しなかったんですか!」
闇の精霊が気づいてるってことは、陛下もアレクも気づいてる。なのに、ここまで何も言わないのは。
「ルール上、問題ないからだよ」
「大会に亜精霊を出すなんて、騎士の精神にも、大会の趣旨にも反します」
「あいつはマリユスの目から見ても善戦してたんだろ?だったら大会の趣旨には反してないはずだ」
「ですが……」
「だめだったら、来年は変わるだろ。出場者は人間に限るって」
人型の亜精霊なんてそうそう居ないだろうけど。
「待ってください、怪我の治療もせずに、どこに行くつもりですか?」
「治療なんて魔法で出来るよ。ムラサメとバーレイグの試合を見たいんだ」
「まだ試合が残ってるんですから、魔法は使わないでください。僕が観戦席で怪我の治療をします」
『マリユスって、エルの魔力の強さを知らないの?』
『魔法使いじゃない人間にその話しをしても無駄だろう』
参加者用の観戦席に向かおうとすると、バーレイグがこちらに来る。
観戦席で俺の試合を見てたのか。
思ったより背が低いな。
近くで見るのは初めてだからこんなもんか。
「頑張って下さい」
マリユスが声をかけると、バーレイグが頷いて一礼し、会場に向かって歩を進める。
「知り合いなのか」
「はい。僕の尊敬する剣士です」
ってことは、相当強いんだな。
白銀の鎧を身に纏う、栗色の髪の彼女の背を目で追う。
後ろで結ばれたリボンが揺れる。
……なんだ?この既視感。
この、後ろ姿。
リボンの揺れ方。
歩き方。
……嘘だろ?
「試合が始まります。観覧席で傷の手当てをしましょう」
「……あぁ」
※
あの装備を一人で用意したとは思えない。胸のルビーと言い、デザインと言い。実用的なものの方を好むから、あんな装飾を好んでつけると思えない。
貴族のバックアップがあったはずだ。だとすれば、支援したのはオルロワール家。
ここのところずっとオルロワール家に行ってたみたいだし、間違いないだろう。
だったら、アレクも知ってるに違いない。
すぐに気づくはずのメラニーが教えてくれないってことは、俺の周りに居る奴も皆知ってるんだ。
「今の切り返しの早さは、アレクシス様を思い出しますね」
「そうだな」
っていうか。あの技は大剣でやるような類の技じゃないし、一度でもアレクの剣技を見ていないと使えるわけがないだろう。
アレクとも稽古してたってことか?
……アレクの奴、何考えてるんだよ。
絶対戦わないって言っておいたのに。
俺が気付かないと思ってたのか?
そんなわけないよな。
ばれるかばれないかで言えば、ばれる可能性の方が高いんだ。どう考えても実力は優勝候補。決勝戦まで勝ち残れば顔を合わせざるを得ないんだし、対峙すれば流石に気づくだろう。
アレクがばれない可能性に賭けているとは思えない。
だとすると。アレクは俺に優勝を望んでない……?
貴族を潰して婚約者騒動に終止符は打つけど、ロザリーとの婚約を願う必要はないってことか?
……違う。
アレクはあんなにはっきり言ったんだ。
いつもは散々はぐらかす癖に。
あの時だっていくらでも理由を作れたはずなのに。
なのに、言ってくれたから。
―好きな人がいる。
―その子を婚約者にする為に、協力して欲しい。
アレクにとってロザリーは、ずっと傍に居て欲しい大切な相手に違いないんだ。
「今の、惜しかったですね」
「そうでもないぜ。どっちもまだ、間合いを計ってるんだよ。あのまま踏み込んだとしても、良い攻撃が入る可能性は低い」
「上手く切り返しを使えば、有利になるんじゃ?」
「ムラサメの方が圧倒的に早い。刀は大剣に負けないぐらい頑丈で殺傷能力の高い得物なんだ。大剣はリーチも長いし、気をつけないと簡単に懐に入られて一瞬で終わる」
「刀って、噂以上に素晴らしい剣なんですね」
「そうだな」
でも、刀で大剣を吹き飛ばすのは難しいから、ムラサメは場外か相手の降参を狙う戦い方になってしまうだろう。
皇太子席を見る。
皇太子席には、今日も黒い衣装を全身に身に纏った女性がシールとロニーに守られて座っている。
「危ない」
マリユスの声で試合会場に視線を戻す。大きく薙ぎ払われたバーレイグをムラサメが回避し、そして……。
「リリーの勝ちだ」
「え?」
『え?』
『あれー?』
バーレイグを薙ぎ払った勢いのまま体を回転させ、背後を向いた瞬間に勢いを増した素早い動きでムラサメの刀を弾く。
……魔法を使ったな。
魔法の剣術への応用なんて、体が慣れるまで大変だと思うけど。リリーのことだから、すぐに覚えたんだろう。
一撃目で大きく振り切ったと見せかけた大剣を、途中から素早い回転で元の位置に戻しての攻撃。
序盤の速度と終盤の速度を変えていた上に、予測不可能な素早さで攻撃を当てられたら、ムラサメも回避は不可能だろう。魔法を上手く使って相手の意表を突いたリリーの戦術的勝利。
「ムラサメは武器喪失。よって勝者、バーレイグ!」
二人が、互いに握手を交わす。
連戦を避けるために、これから音楽隊の演奏や踊りなど軽いイベントがあってから次の試合だ。
「いつから気づいてたんですか?」
マリユスも知ってる。
『全然気づいてないと思ってたわ』
『そうよぉ』
知らないのは、本当に俺だけ?
「うるさいな。いつでも良いだろ」
俺の相手はリリー。
……アレクのことだから。俺らしくやるのが正解なんだろう。




