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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
74/149

81 最善手

 午後。

 レクスの恰好はせずに、フード付きのマントに腕章だけで控室に向かっていると、目の前からフランカが走って来る。

「フランカ?」

「来てくれ」

 フランカがそのまま俺の腕を引いて、来た道を走りだす。

「ベルクトがさっき、単独で控室に入って行った」

「は?だって控室に入るには、」

「中に入るのに必要な腕章を持っていたらしい。俺は持っていないから門前払いだ。控室の入口居た兵士には子供が出てきたら足止めするように頼んだが、中で何をするかわからない」

 大会参加者の中に暗殺対象が居たってことか?

「控室の入口にマリユスが居るはずだ。マリユスから腕章を借りればフランカも入れる」

「了解」

 フランカと一緒に、控室の入口で待っているマリユスの傍に行く。

「あ、エルロックさん」

「腕章を貸してくれ」

「え?」

 マリユスから腕章を取って、フランカに渡す。

「そこで待っててくれ」

 返事を聞かずに、係員に腕章を見せて中に入る。

 長い廊下の両サイドに控室が並んでいて、衛兵が巡回している。

『どの部屋も人の気配がするな』

 午後の試合の為に選手が集まってる時間だし、メラニーはベルクトを知らないから、どの部屋に入ったかは絞り込めない。

 立っている衛兵に詰め寄る。

「子供が来ただろ?どこに入って行ったか知らないか?」

「え?子供?今の時間は人の出入りも多いですから……」

 だめだ。衛兵の目を盗んで出入りしてるに違いない。

 片っ端から調べる時間もないだろう。

「ベルクト!出て来い!」

『出て来るの?』

『後ろだ!』

 後ろの扉が音も立てずに開いて、黒いローブを着た小さな子供が出口に向かって走り出す。それと同時に、フランカが相手を追う。

『エル、部屋の中!』

 中途半端に開きっぱなしの部屋には……。

「マリユスに言ってアルベールとシャルロを呼べ!」

「了解!」

「え?何かあったんですか?」

 この衛兵に説明するのが面倒だ。

 官位章を出す。

「こ、皇太子秘書官様?」

「アルベールかシャルロが来るまで、この部屋に誰も入れるな」

「はい!了解しました」

 部屋に入って扉を閉じる。

 部屋の中央に倒れているのは、鎧の上から胸に短剣を刺され、仰向けに倒れた人。

 近づいて跪き、呼吸を確かめる。

「……」

 息があるし、意識もある。

「喋るな。治療する」

 胸から血を流す人を見たのは初めてじゃない。

 ……大丈夫。上手くやれる。


 ※


「エル、交代するわ」

 目の前で、光の魔法と水の魔法の光が溢れる。

「マリー?」

「大丈夫よ。私に任せて」

 魔法に込める力を抜いた瞬間、体が落ちて。近くに置いていた薬の空瓶が倒れる。

「大丈夫か?」

 体を支えてくれた相手を見上げる。

「カミーユ」

 なんで、ここに?

 なんで、鎧装備?

 部屋を見回すと、マリーとカミーユの他に、フランカ、アルベールとマリユスが居る。

「マリー、ドニスの傷は治せそうか?」

「はい。エルのおかげで峠は越えているし、お兄様のお手を煩わせることなんてありません」

「無理はしないようにな」

「はい」

「今、どうなってるんだ?」

「お前が治療していたのはオルロワール家の名代のドニスだよ」

 オルロワール家の名代?

 ……だから、マリーが来てたのか。

「試合は?」

「これから始まる。カミーユにドニスのふりをして出て貰うことになったんだ」

 それが、カミーユが鎧を装備してた理由。

「エル、大丈夫か?」

「ん。平気」

 少しくらくらするけど。

 立ち上がって、目を閉じて。集中する。

「……エル?」

 精霊の気配がない。ここは壁に囲まれた部屋で、人間と契約中の精霊の気配は探れないんだからこんなものか。

 呼吸を整えて。

 自然と、世界とに同調する。呼吸を合わせて。魔力の回復を……。

 だめだな。

 やっぱり精霊の力を感じられない場所じゃ、あまり回復できる気がしない。

『誰か来た』

 眼を開いて振り返ると、ノックの音が鳴る。

「そろそろ御準備をお願いいたします」

 参加者を呼びに来たみたいだな。

「わかった」

 アルベールが返事をすると、カミーユが兜を被る。

「カミーユ、頼んだぞ」

「お願いね」

「任せてくれ。適当にあしらって上手く負けて来るよ。どっかのやる気のない名代よりも魅せる戦いは出来ると思うぜ」

「悪かったな」

「僕も行きます」

「いってらっしゃい」

 カミーユがマリユスと一緒に部屋を出る。

 本物の名代がこんな状態である以上、オルロワール家が勝ち進むわけにはいかない。だからと言って簡単に敗北するようではオルロワール家の名折れ。試合に出るからには、善戦し、誰の目から見ても違和感なく負ける必要がある。

 そんなこと出来る人間は限られるけど、カミーユなら十分にできるだろう。

「良くカミーユが捕まったな。どこに居るか知ってたのか?」

「マリユスが知ってたんだよ」

 それで、こんな短時間で見つけられたのか。

「ベルクトは?」

「逃がした」

 あの子供、相当早く走れるんだな。

「連絡を優先した結果だ。フランカがシャルロに連絡して、マリユスが俺に連絡したんだ」

 俺の指示を優先してくれたのか。

「シャルロは?」

 ここには居ないけど。

「シャルロはベルクトの捜索をしている。特徴は茶色の髪で腕章を持った黒いローブの子供。まともに顔を見ているのはドニスの付き人だけだから、付き人はシャルロが連れて行った」

 特徴はそれだけか。顔を見た人間からもう少し情報を引き出してるかもしれないけど、大して当てになる情報じゃなさそうだな。

「腕章は正規のものだったのか?」

「正規のものだ。あれには魔法の細工がしてあるから、偽物は作れない。今朝、腕章の紛失を届け出た参加者が居るから、盗んだものを使っていたんだろう」

「ドニスの付き人って?俺が部屋に入った時には誰も居なかったけど」

「試合会場で俺が呼んでいると騙されて、部屋を出ていたんだ。子供が呼びに来たことは不審に思ったらしいが、急いで会場に向かったらしい。探しても俺は居ない上に、戻ってみたら衛兵から立ち入り禁止だと言われて、俺が来るまで衛兵と揉めていたんだ」

 あの衛兵、付き人も足止めしてくれたのか。

「まぁ、この部屋の様子を誰かに見られるわけにもいかないから良い判断だっただろう」

 状況を把握できない人間が部屋に来るのはまずかったから。

 魔法に集中してたら、誰かが入って来ても気づけないし。

 実際、皆が部屋に入ってきた音にも、それを知らせてくれていたはずのメラニーたちの声にも気づかなかった。

「後は……。ベルクトと接触する可能性は低いが、ダミアン子爵の動向は引き続き監視中だ」

「こっちが後手に回る状況は変わらず、か」

「それでも、ドニスの命を助けられたこと、この件の情報が漏れるのを防げたこと、カミーユに代理を頼めたことは、ベルクトの発見と連絡が早かったおかげだ」

 どれも、失敗すればオルロワール家の面目が潰れることだからな。……それもラングフォルド伯爵の狙いだったのか?

「ありがとう。エル、フランカ」

「俺はエルロックの指示に従っただけだ」

「フランカの判断が良かったんだよ」

 アルベールが笑う。

「仲が良いじゃないか」

 ベルクトとフランカなら、たぶん、フランカの方が体力が上だ。相手の足がいくら早かったとしても、追い続ければフランカがベルクトを捕まえられた可能性は高い。

 でも、そんなことををしていればマリユスに状況を説明する暇もないし、連絡は滞っていて、何もかもが手遅れになっていただろう。だから、フランカが俺の指示を優先してくれたおかげだ。

「エルはベルクトの顔を確認したのか?」

「してない。けど、近くに来ればメラニーがわかる」

『一度会っているからな』

『会場内に居るかは分からないの?』

『難しいな』

 人数が多すぎるし、観客席があるのは屋外だ。メラニーが探索するのは難しいだろう。

「ベルクトの顔は俺も知ってる。俺も探しに行く」

 フランカ。

「許可できない」

「守備隊なら、茶髪で黒いローブの子供なんて探し終えてるはずだ。これだけ待っても何も情報がないってことは、ベルクトは別の変装をしている。顔を知らない人間がベルクトを捕まえるのは不可能だ」

 だろうな。

 同じ変装のままで居るなら既に見つかっていないとおかしい。相手は変装を解いているに決まっているのだ。だから、今は顔を隠して歩いているような不審な子供を探すぐらいしか方法はない。

 でも、相手が堂々と歩いているなら見つけ出すのは難しいだろう。きっと、誰も警戒して見ないだろうから。

「ベルクトを捕まえた時に、顔を確認できる人間がいないとまずいだろう」

 フランカをここに足止めしていた理由はそれ?

「確認はエルロックが居れば良いんじゃないのか」

 ……メラニーがわかるからな。

「許可できない」

「何故」

「フランカは狙われている可能性が高い。単独行動は危険なんだ」

「俺が狙われてる?誰から?」

「ダミアン子爵」

「……何故」

「フランカは、貴族たちに暗殺者の斡旋をしていたのが誰か知っているか?」

「知らない」

 ……まぁ、知らないだろうな。

 今朝、俺と一緒に貴族席を歩いていても何も言わなかったんだから。フランカはダミアン子爵の顔を知らないんだ。

「斡旋をしていたのはダミアン子爵で間違いない」

 ベーリング子爵にプリュヴィエを紹介したのはダミアン子爵。おそらく他の貴族にも声をかけていただろう。

「ダミアン子爵は子供たちの情報を把握出来る立場に居たんだ。フランカが伯爵を裏切ったことも知っている可能性が高い。ベーリング子爵邸でフランカを襲ったのは子爵の手の者と見て間違いないだろう」

 ダミアン子爵が、自分の手駒を使って裏切者であるフランカを殺そうとしてたのか。

 それが、フランカに攻撃することが出来た暗殺者。

「フランカがベルクトに近づくってことは、自分から殺されに行っているようなものだぞ。たとえベルクトがフランカを攻撃しなくても、フランカを攻撃する人間は居るんだ」

「同じ失敗はしない」

「だめだ。ベルクトは剣術大会中に発見する。大会中に俺たちが発見できなかったら、フランカが探しに行くことを許可する」

「閉会式が終わるまで大人しくして居ろってことか」

「そうだ。その代わり、闘技場内の捜索なら好きにして良い」

「……了解」

 フランカが不満そうに言う。

 ベルクトがもう一度闘技場に来ることも、暗殺が起こる可能性も低そうだけど。

 ……暗殺が起こっても大した騒ぎにはならない、か。

 剣術大会で参加者が暗殺されたなんて公表するわけにはいかない。暗殺対象が自分の名代ならオルロワール家は事実を隠蔽するに決まっているのだ。

 ……暗殺が成功すればオルロワール家にとっては不利なことばかり。

「最初からオルロワール家の名代を狙ってたってことか」

「ドニスはダミアン子爵の名代とも同じブロックで、しかも一回戦の相手だからな」

 ってことは、今、カミーユが戦ってるのがセザールか。

「狙われるのは予測可能な範囲。……暗殺を防げなかったのは俺の不手際だ。他の参加者に被害がなかったのが不幸中の幸いだろう」

 ラングフォルド辺境伯の救出に暗殺者を使うわけはないって思ってたけど、こんな形で使うなんて。狙われる可能性を予測できたとしても、確定できる情報はない。

「予測可能なことを上げてたらきりがないぞ。決め打てる要因がない限り誰が襲われても条件は同じだろ」

 守る方が難しいのは当たり前のことだ。

 そんなに落ち込むことじゃないと思うけど。

「警備の問題で解決できることじゃない。俺なら確実に仕留めてた」

「仕留めてたって……。そういえば、子供の力で鎧を貫通させる攻撃をするのは可能なのか?」

「可能だ。こいつに刺さっていたのは、ラングフォルド家で作った暗殺用の鎧通し。……俺だったら首を狙うが、ベルクトには無理だったんだろう」

 あの身長じゃ届かないだろうな。

「ベルクトは、付き人を呼び出した時に相手の身長と部屋の構成を確認している。この部屋なら相手がどこに居たとしても、声を上げる前に攻撃を仕掛けられる」

 自信があるみたいだな。

「邪魔な付き人が見えなくなってから再び密かに扉を開き、不意打ちを仕掛ければ暗殺が成功する確率は高い。一発で仕留め損ねても、どうせ相手は助けを呼べない状況だ。後はとどめを刺すだけで良い。……ベルクトが仕留め損ねたことに気付かなかったのか、エルロックが名前を呼んだから諦めて逃げたのかはわからないが」

 アルベールが肩をすくめる。

「暗殺を防ぐことは不可能だって?……つまり、ラングフォルド辺境伯の計画通りに進んでるってことか。良い気はしないな」

 そうだ。

 また負けた。

―暗殺が起こる前にシュヴァイン子爵がベルクトを見つけ出せるか、オルロワール家で未然に防げるか。

―結果はすぐにわかるんじゃないかな。

 アレクも負けるって思ってたのかな。

「でも、これ以上負けるわけにはいかない。ダミアン子爵の名代がブロックを勝ち上がれば、最終日の一回戦でエルと当たる予定だ」

 勝ち上がるのか?このブロックにはルマーニュ公爵の名代も居るはずなのに。

 いや。予定通りなら勝ち上がって来るんだろう。すでに公爵の名代にも何か仕掛けているのか、これから仕掛けるのかは分からないけれど。

「相手は何をしてくるかわからないぞ。勝てそうか?」

「今のところ、負ける要素はないよ」

「それは頼もしいな」

 事前に何か仕掛けてくるようなら返り討ちにして捕まえれば良い。試合中じゃなければ魔法を使っても構わないんだし。

 でも剣術大会の必勝法がわからない。

 衆人監視の中、陛下の御前で出来る不正?

 ルールの穴をついた必勝法?

 今考えても情報が足りない状況は変わらない。

 っていうか、ずっとこんな状況だ。情報が足りない。そして、ラングフォルド伯爵の予定通りに事が進んでる。

 こちらが攻撃され始めた時には、もう遅い。

 まるでアレクのチェスみたいだ。こちらが防戦をせざるを得ない状況。そして、最善手を打っているはずなのに状況は改善しない。

 それなら、もう詰んでるってことなんだけど。

 俺が負けさえしなければ、ラングフォルド辺境伯に勝つことは可能。

「エル、少し休んだら?」

「マリーこそ大丈夫なのかよ」

 ずっと魔法を使い続けてるのに。

「私なら平気よ。エルみたいに下手じゃないもの」

「下手?」

「自覚ないの?あんな使い方してたら、いつ倒れてもおかしくないわ」

『エルは強すぎるだけよぉ』

『何でも力ずくで解決するからな』

 魔力を込め過ぎってことか?

「ただでさえ大地の精霊を媒介とした癒しの魔法は難しいのに。味方を癒して自分が倒れたら元も子もないじゃない。休んでて」

 マリーに回復魔法の扱いで勝とうなんて思ってないけど。

「別に、魔力の回復をしたから大丈夫だよ」

「もしかして、さっきやってた共鳴のこと?」

「共鳴?」

「あれは、養成所に入る前に適齢期の子供が受ける適性検査じゃない」

「適性検査?」

 どういう意味だ?

「エルは知らないんだろう。ラングリオンでは、五歳ぐらいの子供に魔法使いの適性があるか行う検査があるんだよ。魔法使いが子供の手の甲に魔法印を描いて共鳴すると、適性のある子供の魔法印が光るんだ」

 あれは共鳴じゃない。共鳴は精霊の気配を探す行為。

 魔力の集中は、自然から魔力を取り込む行為。

「光るのは魔力が集まって来てるからだろ」

「適性のない子供は光らないのに、魔力が集まっているとは言えないんじゃないのか?」

「そうよ。共鳴で魔力が回復できるなんて……」

「マリー、集中が途切れてるぞ」

「すみません、お兄様」

「エルに聞いてもわからないんじゃないのか。魔力がほかの人間と比べ物にならないんだから、検証のしようもないぞ」

「……はい」

 まさか。

 魔力の回復って普通の人間にはできないのか?

 


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