80 優秀な助手
「これで一通り見まわったな」
フランカが頷く。
フランカは王族、貴族席に単独で入ることを許されていないから、一緒にベルクトが居ないかどうか見まわっていたのだ。
結局、居なかったんだけど。
「エルロック。試合に間に合うのか?今、一回戦の第二試合が始まったぞ」
「やばい。急ぐぞ」
フランカと一緒に、急いで王族、貴族席から外に出る。
「俺はこのまま一般席を見回る」
「あぁ、頼む。定期的にシャルロに報告してくれ」
「了解」
急いで準備しないと。
着替えを済ませて仮面を付けて。
準備を整えてから、マリユスと合流する。
「遅いですよ!もう第三試合が始まってます!」
「悪かったな」
一回戦の第三試合ならギリギリだ。次は二回戦の第一試合で俺の試合。係員が呼びに来てる頃だろう。
マリユスが眉をひそめて、俺の顔を見る。
「エルロックさん、ですよね?」
「なんで名前を呼ぶんだよ。皇太子の名代はレクスだろ」
「レイリス様と全く見分けがつかないです」
「似てるんだからしょうがないだろ」
「エルロックさんとレイリス様って……」
「名前を呼ぶなって言ってるだろ。行くぞ」
「待ってください、レクス様。控室に入るのは腕章が必要です。これを着けてください」
マリユスから貰った腕章をつける。
こんなの、昔からあったっけ?
「これ、試合中も着けてるのか?」
「いいえ。試合中は審判が預かります。それから、本来なら控室に入場できるのは一回戦が始まる前です。一度控室に入れば、そのブロックの試合がすべて終わるまで外に出られません。勝手に外に出れば再入場は出来ませんからね」
再入場出来なければ、試合に出られなくて失格だ。
前より入退場に厳しくなったみたいだな。
……まぁ、これだけ偽名の参加者が多いなら仕方がないか。顔を隠した参加者が、一回戦と二回戦で別の人間と交代する可能性だってあるんだから。
控室の入口に行く。
「レクス様をお連れしました」
「お待ちしておりました。そのまま試合会場へお進みください」
「わかりました。……レクス様、こちらへ」
マリユスと一緒に、廊下を進む。
「シードとは言え、異例の措置です。どうか時間は守るようにしてくださいね」
「わかったよ。これ、試合に参加しない参加者は、観戦席を使えないのか?」
控室から登れる場所には、参加者用の観戦席があるはずだ。
「使えますよ。ルールは同じです。ブロックの途中で退出すれば、再入場は出来ません」
参加して居ようとして居まいと、一度出たら再入場は認めないシステムか。
「俺の対戦相手は?」
「オベール子爵の名代です」
「騎士の子供か」
あいつが一回戦を勝ち上がったのか。
「知ってるんですか?」
「騎士団長の子供だって話ししか知らない。どんな奴だ?」
「彼は従騎士になる前から騎士団の活動に参加していて、亜精霊討伐で名を上げています。使う武器は騎士団で一般的に支給されているブロードソードに見えますが、これはローランの職人に頼んだ一級品で、見た目よりも重い仕上がりになっているものです。攻撃も想像より重く入ると思ってください」
おぉ。
「ただ、昔から規律の厳しい場所に居たせいか、とても真面目な人で、戦闘スタイルは形式ばった所があります。相手の方が腕力が高いでしょうが、駆け引きはエルロックさんの方が上です。得物を弾き飛ばすよりは、相手の勢いを利用して場外に誘う戦い方が理想かと思います」
「想像以上に頼もしいな」
「え?」
流石、国王陛下の近衛騎士の従騎士をやっていただけある。
「アレクがマリユスを俺の付き人に選んだ理由がようやくわかったよ。すごく参考になった」
「あ、ありがとうございます」
素直じゃないか。
「このブロックで一番気をつけるのはノイシュヴァイン家の名代です。詳しいことは後で説明しますが、体力を温存して次の試合に挑めるよう、気をつけて下さい」
それは俺も思っていたことだ。きっと勝ち上がってくる相手だろう。でも、他にも気をつけたい相手が居る。
「バーレイグとムラサメがどのブロックかわかるか?」
「え?トーナメント表、見ていないんですか?」
「草案をアルベールに見せてもらっただけで、一般参加者の割り振りは見てないんだよ」
草案では貴族の名前しか載っていなかったから。
「そうでしたか。ムラサメは異国の剣士ですよね。彼なら二日目午前です。バーレイグは二日目午後です」
ばらけたな。
ブロックが違うってことは、決勝に進まなければ戦うことはない。
一般の部の参加者が勝ち上がってくることは稀だ。剣術大会は、装備品が充実していて、大会慣れしてる貴族の方が圧倒的に有利なのだ。
でも。刀を使った剣術はこの国の剣士にとって珍しいものだし、大剣、しかもアルディアの名剣を扱えるバーレイグも要注意だ。
貴族が出す剣士の情報はマリユスが持っているだろうけど、この二人の情報は実際に大会を目で見て集めなければいけないだろう。勝ち上がってきたら手強い相手になりそうだ。
※
腕章を審判に渡し、使用武器の宣言をする。
メインで使う武器は彩雲。
もう一つ、腰に下げている逆虹を抜いて相手に見せる。
相手が持っているのは片手剣のみ。マリユスの言ってた通りだな。
逆光を鞘に戻して、彩雲を構える。
「これより、皇太子殿下の名代、レクスと、オベール子爵の名代、シュヴァリエの試合を開始する」
さてと。
「始めっ!」
審判の掛け声と共に相手が駈けてきて、薙ぎ払う。
けど、遅い。
真っ直ぐ向かって来た攻撃を回避して背後にまわり、振り返ろうとした相手の首に刀の腹をつける。
「降参、します」
彩雲を鞘に戻すと、相手がその場に膝をつく。
そして、俺の傍に来た審判が俺の腕を上げる。
「シュヴァリエの敗北宣言により、勝者、レクス!」
皇太子席を見上げると、グリフ、ツァレン、レイリスが並ぶ後ろで、アレクがつまらなそうにこちらを見る。
もう少し観客を楽しませろって?
俺がそんな戦い方、するわけないだろ。
腕章を貰って戻ると、マリユスが傍に来る。
「魔法、使ってませんよね」
「当たり前だろ」
「あんなに一瞬で戦闘不能にするなんて」
「ずっとアレクと稽古してたんだ。近衛騎士ぐらい優秀な剣士じゃないと相手になるわけないだろ」
アレクに勝ったことは一度もないけど。
っていうか。アレクに勝てる奴なんて居るのかな。ガラハドも御した力は健在だ。
「リリーが言ってたことがようやく分かった気がします」
「なんて言ってたんだ?」
「レクス様はリリーより強いって」
「は?何言ってるんだよ。リリーの方が俺より強いに決まってるだろ」
「え?」
「リリーと戦ったならわかるだろ?リリーには一度入った攻撃は二度と通用しない。戦えば戦うほど不利になるんだ。お前の攻撃も、次は一切入らないぞ」
観察力とそれを応用する力。とにかく剣士としてのセンスが良い。
常に上を目指す努力家であるのも間違いないだろう。
「そうですね。同じ剣士として尊敬します」
リリーが剣術大会に参加すれば優勝を狙える。
……何、考えてるんだ。
「次の相手は?」
「これから試合が始まります」
「ノイシュヴァイン伯爵の名代の情報で良いよ」
「わかりました」
来年はどうやって諦めさせるかな。
あれだけ怒らせたから、今回みたいな方法は使えない。
「……聞いてますか?」
「ん?……あぁ。もう一回説明してくれ」
マリユスが眉をしかめる。
「レクス様なら負ける要因はないかと思いますが。付き人としての務めですから、僕の話しも少しは聞いてください」
真面目だな。
本当にカミーユの弟か?
マリユスは成人してるはずだけど……。
「やめて下さい。子供じゃないんですから」
「あぁ、悪い」
つい。
手の届く場所に頭があるから。
これから身長って伸びるのかな。
※
眠い……。
欠伸をすると、マリユスが隣で溜息を吐く。
「エルロックさんに負けた剣士が不憫です」
「なんだよ。文句あるのか?」
相手のスタイルや弱点について的確に教えてくれるのはマリユスだ。
ノイシュヴァイン伯爵の名代が左足で踏み込んだ時は必ず大技を使って来るから、カウンターで相手の剣を弾き飛ばせば勝てると言ったのはマリユスじゃないか。それを誘う動作すら教えておいて。負けろって言う方が無理だ。
「こんなに早く進む剣術大会は見たことがないです」
確かに、見ごたえのない剣術大会だろう。
純粋に試合を楽しみにしている観客には、午後の試合に期待してもらうしかない。
「早く終わって困ることなんてないだろ」
午後の試合が始まるまで十分時間があるし、昼寝でもしよう。
「この後、お暇ですか?」
「暇じゃない。ランチに間に合うように戻らなきゃいけないんだよ」
ランチの時間はリリーと過ごす予定だ。
リリーはアレクと一緒に王族や貴族の集まる席に行くわけにはいかないから、別室で休む。
「ランチが終わったら、午後の試合、僕と観戦してくれませんか」
「俺が皇太子席に戻らなきゃいけないことぐらい知ってるだろ」
「エルロックさん視点で解説をして欲しいです」
「名前を間違えるな。変装の意味がないだろ」
「エルロックさんに言ってるんです」
「魔法使いの解説なんて聞いてどうするんだよ」
「魔法剣士としての解説をしてください。僕は僕の視点でしか物事を見ることが出来ません。もう少し別の人の見方を知りたいんです」
「俺は剣士じゃない」
「お願いします」
あぁ、もう。
「午後の試合が始まる前に控室の入口に集合」
「はい」
『甘いわねぇ』
どうやって断れって言うんだよ。
※
着替えを済ませてから、リリーの待っている部屋に行く。
「ここだっけ?」
ここだと思うけど、闘技場の部屋の扉はどこも似たような造りだから。
『リリーとライーザが中に居る』
「ありがとう。メラニー」
間違いなさそうだ。
ノックをする。
「どちら様でしょうか」
「エルロック」
「どうぞ、お入りください」
部屋に入ると、リリーが椅子に座ってライーザに髪を結い直してもらっている。
「着替えてたのか」
昨日見たドレスじゃなく、可愛いワンピースを着てる。
「午後の試合までお時間がございますから、楽な御召し物に替えさせて頂きました」
「結構時間が空いたからな」
リリーの傍に行く。
丈が短くて、ウエストの切り替えがない花柄のワンピース。
「可愛い。こういうのも良いな」
「あの……」
リリーが俯く。
ちょっとからかってみるか。
「嫌なら着替えさせるぞ」
「どちらに致しましょう」
「そうだな……」
ライーザが手で示した方には、いくつか服がかかってる。
あれも可愛いけど……。
「あのっ、これで大丈夫!」
リリーが赤い顔を上げる。
そんなに慌てなくても良いのに。
「冗談だよ。この中では、それが一番好き」
「………か」
リリーが俯いて小さく何かつぶやく。
本当に何にでも反応するから面白い。
「ランチのご準備はできております。サービスは致しますか」
「自分でやるよ」
「かしこまりました」
テーブルに行ってフードカバーを外す。
……なんだ。このメニュー。
サラダとキッシュはともかく。
「なんで、ミラベルのタルト?」
「ロザリー様が今朝、御作りになられたものでございます」
『また作ったんだね』
『またって、どういうこと?』
『昨日の夕食会でも作ってたんだよ』
リリーが食べたいって頼んだのか?
……仕方ないな。
コーヒーの準備をしながら、サラダとドレッシングを合わせて皿に盛り付ける。
キッシュは二種類か。
「では、午後の試合が始まる前にリリーシア様の御支度に参ります。エルロック様、外出はお控えくださいませ」
リリーを連れ出すな、って?
「了解。……あ、午後はマリユスと試合を観戦するから、皇太子席に行けなくなった」
何を解説して欲しいんだか知らないけど。
「かしこまりました。アレクシス様にお伝えいたします。では、ごゆっくりお過ごしください」
ライーザが部屋を出る。
「マリユスと仲良くなったの?」
「別に。頼まれただけだよ」
マリユスもしつこいからな。
「一緒に観戦できなくてごめん」
「大丈夫」
『どうせ皇太子席じゃ話せないんだから、一緒よねぇ』
『……そうだね』
流石に、何か話せばばれるだろうからな。
『エル、ボクたち散歩に行ってきて良い?』
「良いよ」
『リリー、窓開けてー』
「うん」
窓を開きに行くリリーを見る。
ライーザも何も言ってなかったし。俺が皇太子席に居ないことには気づいてないんだよな?
視線をテーブルに戻し、キッシュを皿に盛ってコーヒーを淹れる。
この量。二人分とは思えないんだけど。タルトをホールで持って来る必要なんてあったか?
「っていうか。キッシュにホールのタルトなんて誰が考えたメニューだよ」
「えっと……」
もう少し組み合わせを考えられなかったのか。これ。




