79 忠誠の形
保護した子供をフランカに説得してもらい、皇太子情報部の連中に預けて。
カーリーに頼んでガラハドに話しを通してもらい、晩餐会後にもう一度今後のことをベーリング子爵と確認し、フランカと一緒にプリュヴィエをガラハドの家に預けて、警備面の手配をして……。
結局、夕食会には間に合わなかった。
遅い夕食をシャルロと食べて皇太子の棟に戻ると、ベランダにツァレンが居る。
「おかえり、エル」
「ただいま」
この時間にベランダに居るってことは夜間の護衛?
「寝なくて大丈夫なのかよ」
「相変わらず心配性だな」
「明日だって、丸一日闘技場で護衛しなくちゃいけないのに」
「主君が晩餐会を欠席したおかげで充分休養はとれてるぜ。後でグリフと交代する予定だから心配するなよ」
「もう少しアレクに文句を言ったらどうなんだよ。近衛騎士が少な過ぎるから、そのツケが回って来てるのに」
「これは俺たちが勝手にやってることなんだ。主君には護衛なんて不要だからな」
そんなにアレクを擁護しなくても良いのに。
「本当に損な仕事だな」
「そうか?ゆっくり読書しながらできる仕事なんて、そうそうないぜ」
テーブルの上にある本を覗き込む。
随分でかい本だ。
「辞典?」
「まさか。童話集だよ」
「童話?本当にいつも違うのを読んでるよな。好きなジャンルがわからない」
「司書に選んでもらってるんだよ」
「なんで?」
「背表紙だけ見ても内容なんてわからないだろ?司書に任せておけば、確実に良い本に当たるんだ」
その司書も、相当色んな本を読みこんでいるんだろう。
「エルも読んでみるか?」
「興味ない」
「童話には昔の風習や教訓が描かれていることが多いし、亜精霊の話しも結構載ってるんだぜ。マーメイドなんかが有名だろ」
「確かに」
そういえば、魔法研究所の前副所長が言ってたっけ。
―ルー・ガルーですら、過去に他の個体が存在したと学術的に示す文献はない。
―物語の中で人狼という存在が語られているだけだ。
「人狼が出て来る童話は?」
「人狼なら……。赤帽子って物語に出て来てたな」
「赤帽子?」
ツァレンがページをめくる。
「これだ。挿絵が載ってるだろ」
赤い帽子を被ってバスケットを持った少女と、帽子に厚手の服を着た人狼が描かれた挿絵。
「この女の子は、相手が親切な人間だと思って騙されてるんだ」
「人狼って賢いのか?」
「人型の亜精霊は知能が高いと言われているが。この童話みたいに言葉を話せるとは思えないな。せいぜい体格が人間に近いってだけじゃないか?」
言葉が話せる亜精霊は稀みたいだからな。
挿絵の人狼は、帽子の隙間から狼の耳が出ていて、後ろには尻尾も生えている。少女に差し出した花を握る手も毛深くて、完璧な変装をしているとは言いにくい。
読み手に伝わりやすいように描いているのか、実際にこの恰好で少女の前に出たのかは、挿絵を見ただけじゃ分からないけど。……あれ?
「人狼の指って四本なのか」
「そうらしいな」
親指の位置が人間に近いから、挿絵のように、親指と他の指で物を掴むことが出来るみたいだな。
「読みたいのか?」
「物語ならリリーに聞くから良いよ。アレクに会いたいんだけど、通っても良いか?」
「あぁ。報告を待ってるはずだ」
「ん。わかった」
ベランダと宝物塔を通って、アレクの部屋へ行く。
※
ノックをして扉を開くと、アレクが紅茶を飲んでる。
「おかえり、エル」
「ただいま。保護した子供は?」
「もう寝てるんじゃないかな」
「城内に居るのか?」
「しばらくは城内で過ごしてもらう予定だよ。武器の所持は禁止しているけれど、それ以外は自由にやるように言ってある。城の図書室と庭を一つ解放し、世話係を二人と教師を一人付けているよ。何かあれば衛兵か精霊が報告するだろう。ベーリング子爵とは近い内に話しをする予定だ」
あの子供たちって普段はどうやって過ごしてたんだ?
ファルはキャロルたちと楽しそうに遊んでいたけど、他の子供も同じとは限らない。プリュヴィエのように無口で大人しい子供も居るのだろうし。
まぁ、ゆっくり時間をかけて様子を見れば良い話しか。焦っても良いことなんてないし。
「他に報告は?」
シャルロから預かっていた報告書をアレクに渡す。
今の話しを聞く限り、ほとんど報告は済んでるみたいだけど。
「ありがとう。もう休んで良いよ」
そんなわけにはいかない。聞きたいことがたくさんある。
「シュヴァイン家が子供を買った家に警告状を送ったこと、知ってたのか」
「知らなかったよ」
「本当に?」
「予測できる範囲ではあったけれどね。ラングフォルド辺境伯が捕まったことを知れば、子供を買い取った貴族が、事実を隠ぺいする為に子供に危害を加える可能性がある。先手を打って脅迫しておく必要はあったんじゃないかな」
ダミアン子爵も想定済みのことだったみたいだし、アレクも予測できるぐらいの情報が揃ってたのか。
「シュヴァイン子爵と、どういう取引をしたんだよ」
俺たちが子供をスムーズに保護できたのは、警告状の存在があったから。つまり、シュヴァイン子爵の計画を途中から引き継ぐ形になったからだ。横取りしたようなものなのに、シュヴァイン子爵が黙っていたのは、アレクが何かしたからに違いない。
「フランカが作成した人身売買に関する情報を提供する代わりに、チェスに誘ったんだ」
またチェスか。
問答無用の勝負だったに違いない。
「子爵も災難だったな。アレクがチェスで負けるわけないのに」
「エルにも負けたことがあるじゃないか」
「賭けをしてる時なんて、負ける気ないだろ」
「そんなことはないよ。今日、チェスをやった相手には何度も負けたことがあるんだ」
「アレクが?」
どんな奴だよ。
「座ったらどうだい」
椅子に座ると、アレクがポットに入っていた紅茶を目の前のカップに注ぐ。
「変わった香りの紅茶だな」
どこかで嗅いだことがあるんだけど。
「ラヴァンドティー。ラベンダーで香りづけをした紅茶だよ」
「ラベンダーか」
夜飲むのに向いている紅茶だ。
「チェスなんて、いつやったんだよ」
「夕食前だよ。あんなに強い相手はそうそう居なかったんだけど。……私の敵となる相手も、しばらく現れてくれなさそうだね」
湯気の立つ紅茶を飲む。
晩餐会が始まる前にやったのかな。しばらく会えないってことは剣術大会に来てる貴族の誰かだろう。
「で?シュヴァイン子爵との賭けの内容は?」
「私が勝ったら、シュヴァイン家は剣術大会閉会式まで被害者の保護を行わない。負けたらフランカを一日貸してあげるって約束だよ」
「良く乗って来たな」
俺なら断る。
「子爵にとっては良い条件じゃないか。チェスをやるだけで重要な情報が手に入れられる上に、私に勝てればフランカと直接話せるんだよ」
「どこが良い条件だよ」
フランカに単独行動なんてさせないだろう。未成年だという理由で、保護者のグリフと一緒に行かせるに違いない。
だとしたら、シュヴァイン子爵がフランカと話したことはアレクに筒抜けだ。
「ってことは、俺が話しを持ちかける前から子供の保護を計画してたのか」
「そうだよ」
俺が関わったのは偶然。フランカがファゴットを追跡してベーリング家で襲われることがなければ関わることなんてなかっただろう。
「最初から俺たちに協力させる予定だったのか?」
「まさか。フランカがラングフォルド家の子供に詳しいなんて知らなかったからね。自分で進めるつもりだったよ」
「どうやって?」
子供が誰に買い取られたかなんてアレクにはわからないはずだ。
「ラングフォルド家の子供はフランカと同じように腕に焼印を押されているんだ。目印がある人間を探すのは簡単だよ」
そういえば、そうだったな。
「子供を買い取ったのは、先の戦争に参加した貴族。その中から戦後に子供を引き取った貴族の記録を調べればある程度絞り込める。その資料を集めるのは、さほど時間がかかることでもなかったからね」
「調査済みなのか」
「もちろん」
後は絞り込むだけだから、子供と接触する方法を考えれば良いだけ。
「そこまで計画を立ててたなら、自分でやれば良いのに」
アレクが笑う。
「フランカの仲間を保護したいと言って来たのはエルじゃないか」
「そうだけど。アレクの知ってることを、もう少し教えてくれても良かったんじゃないのか」
「私が集めた情報よりも、フランカの情報の方が精度が高いのは明らかだ。それに、シュヴァイン家の情報は当てにしないように言っただろう」
シュヴァイン家にフランカの情報を渡す際に、アレクは子供を優先的に保護する権利を得たって知っていれば、シュヴァイン子爵の動向まで気にする必要なかったのに。
どうせシュヴァイン子爵は閉会式まで子供の保護に乗り出さないんだから。
……あれ?
おかしい。
「ラングフォルド家に残っていた子供は?」
「シュヴァイン家で保護したようだよ。ラングフォルド伯爵を城に召喚した話と合わせて、その噂も広めたようだね」
そうだよな。じゃないと、プリュヴィエが知っていたはずがない。
「シュヴァイン子爵は約束を破ってるじゃないか」
情報提供と同時にアレクとの約束が成立してるなら、シュヴァイン家でラングフォルド家に残っていた子供の保護をするのは約束違反だ。閉会式まで全くできないはずなのに。
「シュヴァイン家は優先すべきことを間違えないだけだよ。私が子供の保護を出来ないと踏んでのことだろう」
「そうだけど」
保護の為にはラングフォルド家の屋敷を制圧しなければならない。大がかりな作戦になるし、人手も必要だ。でも、そんな人員をアレクは用意できない。
アレクは軍編成もしていない上に、部下は文官ばかり。人身売買の件が機密事項である以上、不用意に人を集めることも出来ない。そもそも、剣術大会でアレクも近衛騎士も王都を離れられないんだ。指揮を執る人間だって用意できない。
閉会式までに、アレクがラングフォルド家の子供を保護するなんて無理。
アレクが作った外部団体、エトワールが使えるなら話は別だけど。あれを使う気はないんだろう。
「それにね。シュヴァイン家はラングフォルド辺境伯に負けっぱなしで、彼が次に何を仕掛けてくるか予測できない。子供に危険が及ぶ可能性を考慮すれば、私との約束の期日を待ってる暇なんてないと思わないかい。出来るだけ早い保護を目指すのは当然だろう」
アレクが文句を言わないことも、シュヴァイン子爵は把握してたってことか。
でも、暗黙の了解とは言え、簡単に約束を破るなんて。
「シュヴァイン家がそんなんだから、ベーリング子爵はシュヴァイン家と交渉もしたくないし、プリュヴィエを預けたくなかったんじゃないのか?」
「常に王家の利益となる行動をとること。それがシュヴァイン家なりの王家への忠誠なんだ。……だから余計に、子供を王家の為に使い続けないかが心配なんだよ」
例え陛下が止めても、アレクが愚かな行為だと責めても、王家の為になると判断すれば手段を選ばないってことか。
アレクがシュヴァイン子爵の情報を当てにするなって言ったのも、俺に詳しいことを何も話さなかったのも、シュヴァイン子爵の行動を確定できなかったからだろう。
アレクはシュヴァイン子爵に子供の保護を待つように言っただけで、こっちで保護するのを邪魔するなとは言ってない。邪魔される可能性は十分にあったんだ。
「目的も達成できたし、私が横槍を入れられるのはここまで。ベルクトのことは気がかりだけど、私たちで出来る対策もないだろう。暗殺が起こる前にシュヴァイン子爵がベルクトを見つけ出せるか、オルロワール家で未然に防げるか。……結果はすぐにわかるんじゃないかな」
仕掛けて来るとしたら、剣術大会中のはずだからな。
……勝てる見込み、あるのか?
「他に聞きたいことはあるかい」
「だいたい聞けたよ」
ラヴァンドティーを飲み干す。
「おやすみ、エル」
「おやすみ。アレク」
良く眠れそうだ。
※
部屋に戻ると、ベッドで本を読んでいたリリーが顔を上げる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
そういえば、大会期間はリリーが居てくれるんだっけ。
リリーの頭を撫でる。
「遅くなってごめん」
クローゼットを開いて寝間着を出す。
「あのね。今日、初めてチェスをやったんだ」
「初めて?」
アレクとやったのか?
「エルもチェスが好きだって聞いて」
「好きだよ」
サイドテーブルにはチェス盤が置いてある。リリーが読んでいる本は有名なチェスの棋譜だ。
「でも、まだ駒の動かし方に慣れなくて」
着替えながら、リリーが動かす駒を眺める。
「夕食会は楽しかったか?」
「うん」
『ルキアも居たのぉ?』
「居たよ。ロザリーもルキアも、エルに会いたがってた」
「俺も早く会いたいんだけど」
いつもタイミングが悪いんだよな。
「早く会えたら良いね」
本当に。
あ。
リリーがナイトを斜めに移動させる。
「ナイトはそこに移動できない」
「え?」
「こっちのナイトを動かすんだ」
「そっか」
チェスの棋譜は移動後の結果しか書き残さないから、駒の動かし方を覚えていないリリーには、どの駒を移動させたのか分かりにくいかもしれない。
リリーが目をこする。
眠そうだな。
「あのね……」
「ん?」
「エルに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
リリーがテーブルに置いてあった、変わった石のブローチを俺に渡す。
「ブローチ?」
「タリスマン。持ち主を守ってくれる石なんだって」
お守りか。
「それならリリーが持っていた方が……」
「エルが持っていて」
「俺が?」
まぁ良いか。
リリーは今年のフェーヴを持ってるんだし。
「わかった。大事に持ってるよ」
そのままリリーがベッドに倒れ込む。
規則正しい寝息。
眠いのに、俺が帰るのを待っててくれたのか。
「ありがとう」




