78 意志あるところに道あり
晩餐会の会場前のロビー。
夕方になって、続々と貴族が集まってくる。
「白ワインを下さる?」
「俺も頼むぜ」
ユリアとルシアンじゃないか。
「かしこまりました」
忘れてた。貴族が来るってことは、同期の連中も顔を出すってことだよな。
「美人のメイドだな」
「まぁ。ルシアン様はメイドに興味がおありなの?」
……なんだかユリアっぽくない。
公の場では、そういう口調なのか。
「そう拗ねるなよ。綺麗な顔が台無しだぜ」
白ワインを注いで、ユリアとルシアンに渡す。
「どうぞ」
「どうも」
「ふふふ。ありがとぉ」
頭を下げて、二人を見送る。
ワインのサービスなんてしてたら、また同期の連中にからかわれかねない。
「ノンアルコールを準備しましょう」
「はい」
フランカにコップの準備を任せて、栓を抜いたオランジュエードをコップに注ぐ。
これまで確認できた子供の数は四人。全員、事前にフランカが名前を確認できていた子供だ。
すでに王都に連れて来ている子供の数と、晩餐会会場に連れて来ている子供の数が合わない貴族も居る。引き取った子供に偽名を使わせていて、晩餐会に連れて来ていないケースを考えると、今日来ていない子供は全員調査の必要がある。
せめて残り何人の保護が必要かぐらいの情報は欲しい。シュヴァイン家なら把握しているはずなのに。味方同士で情報を共有しないでどうするんだよ。
視界の片隅で、ロビーに入って来た貴族の顔を確認する。
「ベーリング子爵」
フランカにだけ聞こえるように呟くと、フランカがロビーの入口を確認する。
「子爵と手を繋いでるのがファゴットだ」
あれか。
一番出て来て欲しくないところから出て来たな。よりによって、王妃の兄なんて。
シャルロの報告書では、ベーリング子爵の養女の名前はプリュヴィエだ。
その後ろから入って来たのも知ってる顔だ。
「シュヴァイン子爵」
「知ってる」
……やばい。目が合った。
子爵は俺の顔、知ってるんだよな。アレクが子供の保護を企ててるのは知ってるのか?
邪魔されなきゃ良いけど。
「来た」
フランカに言われてロビーの入口を確認する。
「青い帽子の子供」
これで六人目。事前に把握済みの子供は全員来たことになる。
「始めるか」
「了解」
ワゴンの下からエミリーに準備してもらったサブレの包みを出して、近くの子供の傍へ行く。
「どうぞ、お嬢様」
赤いリボンで結んだ包みを子供に渡す。
「これは?」
「生地の中にくじの入ったサブレでございます。当たりが出ると、皇太子殿下から特別な贈り物がございます」
「アレクシス様から?」
子供が早速包みを解いてサブレを割る。
「なんだ。アレクの奴、面白いことやってるな」
リックも居るんだっけ。
「俺にもくれるんだろ?それ」
「申し訳ありません。こちらは皇太子殿下から、未成年のお子様への贈り物となっております」
「子供向けの遊び、ねぇ」
『余計なこと言わないでよぉ』
『静かに』
「おい!全員聞け。アレクがここに来ない詫びに、子供にプレゼントを用意してるらしいぜ」
アレクがここに来ないのは周知済みか。
リックの話しを聞いて集まって来た子供たちに、フランカと手分けしてサブレを配る。
『手伝ってくれたみたいね』
『ナターシャ、エルから出ちゃだめだよー』
『どうして?』
『会場には魔法使いも多く来ている。エルが魔法使いだとばれれば、変装の意味がない』
魔法使いのメイドなんて、違和感あり過ぎるからな。
特に雪の精霊と真空の精霊は珍しいから目立つ。他の精霊が気づいたら、契約者に言いかねない。
『わかったわ』
この子供は、さっきフランカと確認した子供だな。
他のよりも太いリボンで結ばれたサブレの包み渡す。これは当たりくじ入りのもの。
当たりくじ入りのサブレは少し多めに用意してもらっているから、こちらが意図して渡すもの以外にも当たりを引く子供は居るだろう。
ベーリング子爵の傍に行くと、ファゴットが子爵と手を繋いだまま俺を見上げる。
「お嬢様も、是非どうぞ」
「プリュヴィエ。皇太子殿下からの贈り物だ。受け取りなさい」
ファゴットが出した手の平の上に、サブレの包みを載せる。
「晩餐会が始まる前に中身をご確認くださいね」
ファゴットは頷くこともせずに、俺を見上げる。
何も喋らないし、何の反応もない。けど、その瞳は俺の顔をじっと見据えたまま。
「何か……」
話しかけようとしたところで、後ろからスカートの裾が引かれて振り返る。
「当たりが出たわ」
少女が出した小さな紙には、おめでとう、と書かれている。
「おめでとうございます。それでは、こちらへどうぞ」
ワゴンの傍に戻って、用意しておいたショコラと紙を交換する。
「王室専属のショコラティエが用意した特別なショコラでございます」
「わぁ!素敵!」
アレクが選んだショコラティエだからな。その技術は国でトップクラスだ。
「当たりが出た方はこちらへどうぞ」
集まって来た子供たちの当たりくじを確認してショコラを交換していると、サブレを配り終わったフランカが子供を一人連れて戻って来た。
子供が差し出した当たりくじには、さっきと同じように、おめでとうと書かれている。
「こちらは特別なものです。……御令息を御案内してください」
「どうぞ、こちらへ」
フランカが子供をロビーから連れ出す。
あの子供はフランカの仲間の一人。このまま別の部屋に待機しているシャルロに預ければ保護は完了。
あの子供を晩餐会に連れて来た貴族は……。子供が連れ出されたのは確認したみたいだけど、まだ文句を言ってくる様子はないな。シュヴァイン子爵も反応なし。
まずは一人目。
そう間をおかずにフランカが戻ってくると、今度は他の子供も集まって来る。
くじを確認して、ショコラを渡す相手にはショコラを、保護する子供はフランカに頼んで一人ずつロビーの外へ連れ出してもらう。
なんだか順調に行き過ぎて気味が悪いぐらいだ。いくらアレクの企画だって周知済みとはいえ、どうして誰も何も言ってこないんだ?自分たちが買い取った子供が目の届かないところに連れ出されてるのに。
五人目の子供の保護が終わっても、ファゴットだけはベーリング子爵と手を繋いだまま、こっちに来る様子はないけど。
ロビーの入口の扉が大きく開き、全員の注目が集まる。
国王陛下と王妃が到着した。
一緒に居るのは末の第三王子、エリオットだろう。
その後ろにはオルロワール伯爵の一行とノイシュヴァイン伯爵の一行。マリーを見かけないと思ったら、伯爵と一緒だったのか。リックが居るから逃げてたのかもしれない。
リックが合流して、陛下と共に晩餐会の会場へ入ると、会場の中に居たメイドが出て来て貴族たちの案内を開始する。
ロビーで出来ることは終わり。次の作戦に移ろう。
後はファゴットの保護だけだ。一度席に着いた子供を席から離すのは難しいけど、一人ぐらいなら少し強引な手を使っても良いだろう。
『子爵が来たぞ』
え?
グラスやコップを片付けていると、ファゴットを連れたベーリング子爵が俺とフランカの側に来る。
「ベーリング子爵様。どうなされましたか」
「娘が当たりを引いたようだ」
「おめでとうございます。くじをお預かりいたしますね」
ファゴットの出したくじを見る。
「アレクシス様の筆跡だと、何か特別なイベントでも用意しているのかな」
流石だな。
これがアレクの筆跡だってわかるなんて。
「左様でございます。プリュヴィエ様をお預かりしてもよろしいでしょうか」
「この子は人見知りが激しいものでね。私も同行して構わないかな」
このタイミングで?
陛下も到着したし、別の部屋で待機している大会参加者が入場すれば晩餐会が始まるっていうのに。
……いや。それが目的か。
「かしこまりました。ご案内いたしましょう。ディフ、ワゴンをお願いします」
「はい」
晩餐会の開始を理由に子爵の同行を断れば、同じ理由でファゴットを連れ出すことを止められるだろう。ファゴットを連れ出す機会はまだいくらでもあるから、ここでの保護をあきらめるのも一つの手だけど。
たぶん、俺がどんな方法を使ったとしても、ファゴットを連れ出そうとすれば子爵は同行を申し出るつもりなんだろうな。じゃなかったら、明らかに乾杯に間に合わないこのタイミングで話しかけてくるわけがない。
だったら、いつ連れて行っても一緒だろう。
ロビーから廊下に出ると、シャルロの居る部屋の前に待機していたカーリーが俺の方を見て、部屋に入る。
「彼女は確か、シャルロ様のところで働いている……」
「カーリー様です」
「この企画はアレクシス様の発案では?」
「恐れながら。私はシャルロ様の御指示に従っているだけでございます」
企画を立てたのは俺だけど。
アレクに頼んで、メモにおめでとうって書いてもらって、くじ入りサブレとショコラの準備をエミリーに頼んだのだ。
ノックを三回し、シャルロの居る部屋の扉を開く。
「ベーリング子爵とプリュヴィエ様をお連れいたしました」
部屋の中に居るのはシャルロとカーリーだけ。
保護した子供は奥の続き部屋に居るのかな。
「こんばんは。シャルロ様」
「こんばんは。ベーリング子爵。どうぞこちらへ」
ベーリング子爵とファゴットをシャルロの前のソファーに案内している間に、フランカがシャルロの傍に行って何か耳打ちする。
保護出来たのは事前に把握していた子供だけで、他にフランカの知っている顔は晩餐会に居なかったって報告かな。
「わかった。隣の部屋で待機していてくれ」
「はい」
フランカがワゴンを持って隣の部屋に行き、カーリーが頭を下げて廊下へ出る。
さて。
メイドらしく、コーヒーの準備でもするかな。
子爵とファゴットの後ろに行って、コーヒーの準備を始める。
「シャルロ様がいらっしゃるとは驚きです。これはアレクシス様の企画ではないのですか?」
シャルロが子爵の頭越しにこちらを見たので、肩をすくめる。
俺だって、子爵がここに来た目的なんて知らない。
「子爵がこちらへいらっしゃったのは、御嬢様が当たりくじを引いたからですね」
「はい。ロビーから連れ出した子供は全員、こちらにいらっしゃるのですか?」
「その通りです。全員、当たりくじによって選ばれた方なのは御存知でしょう。御嬢様もこちらで御預かりします。よろしいですね」
「この子は人見知りが激しいものですから、一人にすることは出来ません。どうしてもと仰るのなら、私も残ります」
「そろそろ晩餐会が始まる頃合いです。子爵がいらっしゃらなければ、王妃様もご心配になられるのではないでしょうか」
「子供たちはいつ晩餐会へ戻されますか?」
「詳しいことはお話しできません」
「アレクシス様の御指示ですか?」
「残念ながら、今お話しできることはありません」
「では、この子を連れ帰ってもよろしいですね」
「困りましたね」
埒が明かないな。
「どうぞ」
淹れたてのコーヒーと菓子を並べると、ファゴットが俺の顔を見る。
さっきと同じ。
「何か?」
ファゴットが首を横に振る。
無口な子供だな。それとも、喋らないように指示されてるのか。
コーヒーと菓子を並べ終えて、シャルロの後ろに立つ。
「プリュヴィエ」
プリュヴィエが子爵の方を見て、頷く。
何だ?
「シャルロ様。これが私の元に届きました」
ベーリング子爵が、懐から一枚のカードを出して、シャルロに渡す。
騎士の誇りを汚した者へ。
証拠を提出すれば罪は不問とする。隠匿はより大きな罪となるだろう。
「本家からの警告状ですね」
「はい」
……そういうことか。
シュヴァイン家は子供が買い取られた先の情報を持っている。それだけあれば偽名の情報を調査する必要はないんだ。こうして、貴族を脅すだけで炙り出せる。
子供をシュヴァイン家に引き渡せば、子供を買った事実には目を瞑る。ただし、事実を隠ぺいしようとしたり、子供に危害を加えるようなことがあれば罪人として裁かれる。爵位の剥奪も免れない。
この手紙を見た貴族たちは、シュヴァイン家へ子供を引き渡すタイミングを計っていたんだ。だから晩餐会にも連れて来た。俺たちが連れ出しても文句を言わなかったのも、保護がここまでスムーズに行ったのも、シュヴァイン家に回収されるのが想定済みだったから。
ここまで御膳立てされていたとなると、子供の保護は俺たちが先回りしてやったこととは思えないな。
アレクは警告状の存在を知っていたに違いない。
シュヴァイン家に子供の保護をさせたくないから、俺たちにやらせたんだ。晩餐会で保護するように言ったのは、シュヴァイン家の動きをけん制できたのが晩餐会までだったから、ってとこか?
……やられた。
「シャルロ様は御存知でしたか?」
今初めて知ったけど。こっちが本家と連携を取れていないという印象を与えるのはまずい。
「この手紙は本家で手配したもののようですね。子爵は何か騎士の誇りを汚すような行為でもされたのですか」
子爵が溜息を吐く。
「このままでは話しが進みませんね。お互い、既知となっている情報を開示することにしましょう。……この子の古い名前はファゴットです。シャルロ様はアレクシス様の命の元、ラングフォルド家で育成された密偵を保護しておられる。それで間違いありませんね」
ん……?
何か、引っかかるな。
「何のお話しでしょう。私が保護しているのは人身売買の被害者です。その一覧にファゴットという名前があったのは確認済みですが」
「では、アレクシス様のご意思の元に人身売買の被害者の保護を行っていると?」
あぁ、そうか。
「人身売買被害者の救済は国の意思です。それは子爵も御存知でしょう」
「そうでしたね」
子爵はアレクと俺たちの関係を気にしてるみたいだな。
シャルロがシュヴァイン家を出て、シュヴァイン家の仕事に関わっていないのは貴族なら知っている。
シャルロが子供の保護を行っているのは誰の意思によるものなのか確認したいのか。
「お話しを整理しましょう。子爵がお連れの御嬢様は、人身売買の被害者であり、ラングフォルド家で密偵として育成された子供の一人、ファゴットで間違いありませんね」
「はい。その通りです」
「プリュヴィエというお名前は?」
「私が付けました。この子を養女として引き取る際、昔のことを捨てさせるために、名を改めさせたのです」
偽名じゃなくて改名だったのか。
「そうでしたか。私の目的は先ほどもお話しした通り、人身売買被害者の救済です。他の子供たちも同様に保護いたしました。プリュヴィエ様をこちらに引き渡していただけますね」
「それは出来ません。被害者の救済が目的ならば、私が引き取ったことでそれは達成されています。私はこの子を密偵として利用するつもりはありません」
「あなたは戦時中、彼女を利用されたのでは?」
「確かに彼女の技術を頼ったこともあります。しかし、」
「逆らえない契約を一度でも結んだ相手が、彼女に必要な支援を行う立場に相応しいとは思えません」
「あなた方に保護されたからと言って、この子が幸せになれるとは限りません。この子は……。今は音楽を愛し、歴史について深く学ぶことの好きな普通の子供なのです。この子も私と一緒に居ることを望んでいます」
子爵がプリュヴィエを見ると、プリュヴィエが頷く。
「彼女が本当に自分の意思で子爵と居たいと願っているのかを、今ここで判断することは出来ません。これまで彼女が置かれてきた状況を御存知なら、尚更、誰かの意思によって生き方を決められてきた彼女の境遇がわかるのでは?」
「もちろんです。ですが、」
「あなたは彼女を買い取った立場です。人の命に値段を付けた。それが王家に忠誠を誓うラングリオンの騎士として誇れる行為であるのか、再考してみてはいかがでしょう」
「……」
子爵が黙る。
シャルロの言い分の方が正しいし、言葉で簡単に丸め込める相手じゃない。
「シャルロ様。あなたにお話ししておきたいことがあります」
「何でしょうか」
「私たちは、王都で暗殺が起こることを知っています」
「この厳戒態勢の中、暗殺が行われるとは考えられませんね。ラングフォルド家の情報は把握済み。誰が暗殺を行うと言うのですか」
「行方不明の子供が居ることは、シュヴァイン家でも御存知でしょう」
シュヴァイン家で所在を把握していない子供が居る?
……判断しにくい内容だな。子爵がラングフォルド家の子供の詳細を知っているとは考えられないし、俺たちがシュヴァイン家と別行動をしてるのか揺さぶってるだけか?
「暗殺者が買われた先の記録はすべて残されています」
「彼は子供を買っていません。その子供は、彼が預かっているだけのようです」
預かってるよう?……詳しくは知らないのかな。
買われてなければ、記録に残していない可能性はある。
フランカとファルだって、一時的にドーラ子爵に協力していただけのはずだし。もともと戦時中はラングフォルド家から派遣されていただけなのだから、そういう子供が居る可能性はある。
「晩餐会には来て居ないようですが」
「子供は彼とは別行動で王都に来ていますから」
別行動か。そこは自信があるみたいだな。
買い取った子供じゃないなら一緒に行動する必要はないし、子爵が言っていることは有り得ないこともないけど……。
「子爵は彼のことを良く御存知のようですね」
「彼は戦時中、私に優秀な密偵の話しを持ちかけた者ですから」
既に捕らえてる以外にも、ラングフォルド伯爵側の人間が居る?
ドーラ子爵はそんなこと言ってなかったよな。ドーラ子爵も知らない相手?それとも、隠していた相手?
「当時、ベーリング家は大した戦果も挙げられなかった時期が続きました。王家からの信頼も厚い家として、どうしても戦果が欲しい時期でもあったのです」
戦時中の貴族の駆け引きなんて知らないけど。王妃の家系としてのプライドがあったんだろうな。
「連れて来られたのが幼い子供たちだったことには驚きました。けれど、彼らが戦況を変えるほどの働きをしてくれたのは確かです。伯爵と会うことになったのはその後で、彼らが人身売買の被害者であったことも、その時に知りました」
人身売買の被害者だと知ったのが後でも先でも一緒だろ。子供を戦争に投入するって考え自体がおかしいんだから。
「彼がラングフォルド伯爵と繋がりの深い男で、伯爵の奪還を目論んでいることは確かです。その為に暗殺者を使う可能性もあります」
「城内に居る伯爵を連れ出すなど、現実味の薄い話しですね」
「可能となる方法があるようです」
断言出来るのか。
「私はその男の名前と、暗殺者の名前を知っています。どうでしょう。私の目的はプリュヴィエを養女として、このまま傍に置いておくことだけです」
取り引きか。
結論から言って、ベーリング子爵の要求を呑むことは出来ない。むしろ、余計にプリュヴィエを保護しなければならなくなった。
子爵の話しは正直胡散臭いとしか言いようがない。誰にも確認されていない子供が、子供を買い取った記録もない何者かの意思によって暗殺を行う、なんて。可能性はゼロではないけど、そんな宙に浮いたような話しは現実味がない。そもそも、子爵が俺たちの味方なのか敵なのかすら判断できない状況だ。全部作り話の可能性が残る。
プリュヴィエに情が移ったから傍に置きたいようだけど、それはプリュヴィエを気に入ったという説明だけで、彼女を暗殺者として使う可能性は残る。プリュヴィエを保護せずに王都で暗殺が起こった場合、プリュヴィエを疑わなければならなくなるだろう。
そもそも、こっちで保護しなくてもシュヴァイン家で強引に保護される可能性もあるんだ。
……なんで、こんな話をしたんだ。信用してもらえるとでも思ったのか?
「交渉は決裂です。残念ながら、その情報に価値を見出すことは出来ません。私たちは被害者の保護を優先します」
「そうですか。それは、残念です」
「お父様……」
ようやく口を開いたな。
「心配することはない。アレクシス様の元で保護されるんだ。あの方は子供にお優しい」
アレクの元で保護されるなんて一言も言ってないけど。
子爵はプリュヴィエをシュヴァイン家で保護して欲しくないのかな。子爵がプリュヴィエを可愛がっているのだとしたら、おそらくアレクが懸念していた理由と同じなんだろうけど。
ちょっと、からかってみるか。
「ベーリング子爵様。プリュヴィエ様はこちらで保護した後、シュヴァイン家の本家に預ける予定です」
子爵が眉をしかめる。
やっぱり、シュヴァイン家ではなくアレクの元で保護されることを望んでたみたいだな。ベーリング子爵はシュヴァイン家を信用してないんだろう。
さっきの話しは、今、俺たちが呑んでも呑まなくても子爵にとっては構わないんだ。
大事なのは、プリュヴィエを自分の手元で保護したいという意思を示しておくこと。つまり、実際に暗殺が起こった時、プリュヴィエを子爵に引き渡すことで俺たちは情報を得られると示しておくことだ。
けど、俺たちがシュヴァイン家にプリュヴィエを引き渡してしまえば、俺たちが子爵と交渉する手段を失う。それは子爵にとってもメリットがないんだろう。子爵はシュヴァイン家と交渉できるとは思ってないみたいだから。
「それは、シャルロ様から伺ったお話しと違うのでは?」
「私は一度も、彼女がアレクシス様の元で保護されるされるとも、アレクシス様のご意思で動いているとも言っていませんが」
「何度も確認致しましたよ」
「その確認に応じたことは一度もありません」
「ですが、当たりくじの文字は……」
「アレクシス様が子供たちへの贈り物を用意したのは間違いありません。私たちはそれを利用させていただいただけです」
「そんな不敬行為を行ったと言うのですか」
「逆だと言っているだけです。子供の保護の為に、アレクシス様の御企画を使わせて頂くことは、アレクシス様も御了承済みです」
「シャルロ様。あなたはシュヴァイン家を出られた身。あなたは今もシュヴァイン家で仕事をされているということでしょうか」
「いいえ。目的が同じだけです。私は独立していますから、本家の言いなりにはなりません」
「では、個人的にあなたと交渉をしてもよろしいと言うわけですね」
シャルロが俺の方を見る。
……悪かったよ。勝手に話しに割り込んで。
飴を噛んで、飲み込む。
「プリュヴィエ。なんで俺の顔を知ってるんだ」
「えっ?」
ようやく反応した。
「あ、あの……」
プリュヴィエが子爵を見上げると、子爵が頷く。
「私、兄様を見つけて……。追いかけて行った家に、あなたが入って行ったから……」
フランカを尾行してたのか。
「金髪にブラッドアイは、黄昏の魔法使い……。今日は瞳の色も違うけど……。顔は、同じだから」
『変装の意味、なかったね』
「それって、九日のことか?」
「はい……。衛兵が騒いで、兄様の姿を見つけて……」
フランカはプリュヴィエを追ってベーリング家に侵入したはずなんだけど。フランカが脱出時まで気づかなかったのか。
「何で追いかけたんだ?」
「みんな、シュヴァイン家に引き取られたって聞いたから……。兄様とお父様に敵対して欲しくなくて……」
お父様って、ベーリング子爵のことだよな?
フランカが他の子供同様にラングフォルド家からシュヴァイン家に引き取られて、そのままベーリング子爵を脅しているシュヴァイン家で働いてると思った、ってことか。
フランカはクロエ誘拐時にドーラ子爵に協力し、その後、グリフに引き取られて人身売買の全容解明に協力したんだけど。そんなことを外部の人間が知るわけはない。
「で?フランカと俺が組んでることを知って、俺の素性を知って。俺たちがアレクの指示で動いてると思ったのか」
「皇太子秘書官に任命されたあなたが関わっている以上、アレクシス様が子供の保護に乗り出したと考えて間違いないのでは?」
「ん。……正解。俺たちはアレクの指示で動いてる」
ここまでくれば、隠す理由もない。
「シャルロ、プリュヴィエをどうするか、俺が決めても構わないか?」
「好きにしろ」
思ったよりあっさり許可してくれたな。
「俺たちの目的は人身売買の被害者の保護。一度は子爵の元を離れ、こちらのやり方に従ってもらわなければならない。けど、その上で一つ案がある」
「何でしょうか」
「これはプリュヴィエに聞く。俺の話しを聞く気があるなら返事をしろ」
プリュヴィエが子爵の顔を見ると、子爵が頷く。
「はい」
「これから俺は三つ選択肢を用意する。その中から自分の一番選びたいものを選べ。お前が自分の意思で決めるんだ。そうじゃないと、俺は子爵のことを信用できない」
「……はい」
今度は子爵に指示を仰がなかったな。
「選ぶのは、お前の身の振り方だ。一つ、シュヴァイン家の本家に保護される。二つ、皇太子に保護される。三つ、フランカと共に暮らす」
「兄様と……?」
「フランカは今、ガラハドの家に居るんだ。お前が尾行した先の家。ベーリング家からは目と鼻の先だし、子爵と会おうと思えばいつでも会える場所だぜ。ただし、二度と子爵に会いたくないって言うなら皇太子に保護されることを望め。昔の生活に戻りたいなら、シュヴァイン家に保護してもらえば良い」
「昔に戻るのは、嫌です。……兄様と一緒に暮らせば、お父様と会えますか?」
「紛らわしいな。お前の父って誰だ」
「ベーリング子爵様です」
「なら、会えるように取り計らってやる」
「はい……。私、兄様と暮らすことを選びます」
「決まったぜ。シャルロ」
「ベーリング子爵。プリュヴィエ様をガラハドの家で預かってもらうよう、こちらで手配すると御約束しましょう。面会に関しては追ってご連絡します。これ以上の御約束はできませんが、被害者の意思は最大限に尊重するつもりです」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
プリュヴィエが笑顔で子爵と顔を見合わせる。
プリュヴィエを見る限り、子爵と一緒に居たいみたいなんだけど。それを判断するには、もう少し時間が必要だろう。
「では、私も知っていることをお話ししましょう。……私にラングフォルド伯爵を紹介したのは、当家に滞在しているダミアン子爵です」
ダミアン子爵か。
「この手紙が私の元に届いたことを話した時、彼は私にプリュヴィエを手放すように言いました。シュヴァイン家が子供と引き換えに罪を不問とすることは想定済みのようでしたね」
王妃の家系から暗殺者を買い取った記録が出るのはまずいからな。公表を控える可能性は高いだろう。
それに、陛下は被害者を見捨てたりしない。子供の安全が確保されていれば罪を不問とするというやり方を取るのは想定可能だ。
「彼は、すべて順調に進んでいると言っていました。ラングフォルド辺境伯を奪還することは可能であり、王都で暗殺を起こす予定だが、騒ぎにはならないはずだと」
「暗殺を起こしておいて、騒ぎにならない?」
「詳しいことは私にもわかりません。シュヴァイン家にばれることはないと言っていましたから。ダミアン子爵がプリュヴィエの知っている顔を当家に連れて来ていないのは事実です」
フランカも他の仲間は見てないからな。
「ですが、プリュヴィエは王都で仲間の顔を見ているのです」
ベーリング子爵がプリュヴィエの方を見る。
「名前はベルクトです。お祭りの帰りにセントラルで見かけたんです。ベルクトと一緒に居た人が、ダミアン子爵と一緒に居た人だったから、変だと思って……」
「私もプリュヴィエに言われるまで気づきませんでしたが、子爵の従者の一人だったようです。ベルクトを王都に連れて来ていることをダミアン子爵は隠しています。その事実を私が知っていることを彼は知らないでしょう」
秘密裏に王都に連れて来ている暗殺者。
ベルクトに何らかの行動をさせる手筈は整ってるってことか。
「私たちの知っていることは以上です」
暗殺対象もわからないし、具体的に何をするのかも不明なままなんだけど。
「参考になるお話し、ありがとうございました。ベーリング子爵はこのままプリュヴィエ様と共に晩餐会の会場へお戻り下さい。晩餐会終了後、プリュヴィエ様をお預かりします。よろしいですね」
「わかりました。重ね重ね、御配慮に感謝します。プリュヴィエ、行こうか」
「はい。お父様」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「何でしょうか」
「パリーイングナイフを持っている奴を探してるんだ」
「パリーイングナイフ?……変わったナイフですね」
「子爵の家に、持っている奴は居るか?」
「当家の騎士や衛兵は一般的な短剣を装備しております」
「滞在客は?」
「申し訳ありませんが、装備品の確認は致しておりませんから。短剣を抜く機械など滅多にありませんし、私が知る範囲では居ませんね」
そうだよな。鞘に収まった状態じゃ、普通の短剣と見分けはつかないだろう。
「もし見つけたらご連絡差し上げると御約束しましょう」
「あぁ。頼む」
「では、失礼いたします」
プリュヴィエがベーリング子爵と共に部屋を出る。
……あぁ、ようやく終わった。
思わず脱力して、ソファーの背にもたれかかる。
「何やってるんだ」
―嫌なパターンねぇ。
ユール、お前のせいだからな。
「面倒なことは丸投げする癖に、良くここまで首を突っ込んで来たな」
「仲間はこっちで保護するって、フランカと約束したんだから仕方ないだろ」
「本当にお前は情に流されやすいな。何度痛い目に合っていると思ってるんだ」
「痛い目に合った覚えなんてないけど」
シャルロが溜息を吐く。
『いつものことねぇ』
『いつものことだからな』
何が?
「だいたい、シャルロだって甘いじゃないか。晩餐会にプリュヴィエを連れて行くことを許可しただろ」
「子爵が約束を守れる人間か試しただけだ。それに、子供を保護された連中は、ロビーから出た子供がラングフォルド家の子供だと気づいているはずだ。子爵とプリュヴィエを会場に戻せば、その連中にベーリング家は白だったと印象付けることも可能だろう」
確かに。まとめて子供を保護すれば、お互いに勘ぐる可能性はある。
「勝手に余計な約束まで取り付けて。これ以上仕事を増やすな」
「好きにしろって言ったのは誰だよ。ダミアン子爵とベルクトの名前だって聞けただろ」
「あの情報に価値はない。暗殺対象が全くわからない上に、ベルクトを探し出せる見込みもない。暗殺者の存在は警備隊にも報告済みで、これ以上、こちらで出来ることはないんだ」
保護した子供を捜索要員にすることは出来ないから、ベルクトの捜索を頼めるのは頼めるのはフランカだけ。でも、捜索範囲は王都全域だ。剣術大会でこれだけ人がごった返した中、事前に見つけ出すのは不可能だろう。
剣術大会が始まってしまえば、試合中に会場に来る可能性はあるけど……。
「それに、伯爵を暗殺者の手で救出するのが不可能だっていうのは議論済みだろう」
伯爵の救出。暗殺者を使った救出が無理なのは前に話し合ったばかりだ。
それ以外の方法。
ダミアン子爵が出来ること。
……あれ?
「ダミアン子爵って剣術大会の参加者だよな」
「そうだ。名代はセザールだったか」
「ドーラ子爵の話し、シャルロにしたよな?」
―剣術大会でお前たちは勝てない!絶対にだ!
「ダミアン子爵が剣術大会で優勝したら?」
「伯爵の解放を願いにするとでも?」
「優勝者の願いは絶対。叶えられなかった過去はないんだぜ」
「……そうか。願いを叶えても叶えなくても、これ以上ないぐらいの屈辱だ」
願いを叶えなかった前例を作ることになるか、叶えて犯罪者に屈するかの二択。
どちらを取っても、こちらにとっては痛手となる。ダミアン子爵が、どこまで願いが叶うと信じているかは知らないけど。これがラングフォルド辺境伯の指示で、王家への嫌がらせを目的としてるなら十分過ぎる。
「優勝者は城内に入れる。それを利用して伯爵の奪還を企てている可能性もあるな。……だが、相手の考えがわかったところで打つ手がないのは変わらないぞ。剣術大会の必勝法など存在しない」
「今からダミアン子爵を下ろすことは出来ないのか?」
「出来るわけがないだろう。今の話しは全て空論で証拠もない。剣術大会はもう始まっていて、今から変更を押し通せる理由など用意できない」
「なら、正々堂々戦うしかなさそうだな。どうせ俺が勝ち進めば良いんだろ?」
「……そうだな」
シャルロが溜息を吐く。
「お前が絡むとろくなことがない」
酷い言われ様だ。




