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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
70/149

77 黄昏の魔法使い

 肌の露出を抑えた黒のドレス。相変わらず白のレース使いは上手いな。今日のは可愛いと言うよりは上品な仕上がりだ。ウエストのリボンは前で結んでいる。観覧時は着席しているからだろう。

 顔を隠す黒のベールに、結婚式で着けていたティアラ。髪はほとんどを結い上げてるから、見た目じゃ本来の長さもわからない。

 それから黒いレースの手袋。結婚指輪は手袋の中に隠れるけど、金の指輪は隠せないから、ペンダントにして服の中にしまっているらしい。別に手袋の上から着けても良いんだけど。

 ここまで隠されてたら誰かわからない。

 顔を隠しているベールをめくると、輝く黒い瞳が現れる。

「綺麗」

 薄く化粧をして色づいた頬も、唇も。

「……ありがとう」

 リリーが俯く。

 可愛い。

「エルも、すごく素敵だよ」

「俺は別に良いんだよ」

「エルも顔を隠すの?」

「半分だけ」

 顔の左半分を隠す仮面を身に付ける。

 ついでに目薬も使っておくか。

 右目に目薬を垂らす。

「それ、年始にカミーユさんと作ってた目薬?」

「カミーユと?」

 年始って、ガレットデリュヌを食べた日のことか。

「あぁ、そうだよ」

 カミーユと一緒に作ってたわけじゃないし、これは研究所で追加で作った奴だけど。

「ほら、行くぜ」

「はい」

 手を差し伸べると、リリーが俺の手の上に自分の手を乗せる。


 ※


 沿道を埋め尽くす人の間を、馬車がゆっくりと移動する。

 剣術大会は王族が公式に城の外に出るイベントだ。だから、陛下やアレクの顔を一目見ようと大勢の人が並ぶ。

 馬車に乗っているのは、俺とアレクとエミリー。

 アレクが馬車の窓から外に向かって手を振ると、歓声が一際大きくなる。

「相変わらずだな」

 ここまで国民に人気がある王家も珍しいだろう。

「リリーシアと一緒じゃなくて残念かい」

「どうせ明日は一緒に乗れないんだから同じだよ」

 リリーは後ろの馬車に乗っている。窓のカーテンは閉まっているから、中に誰が乗っているのか皆気になっているだろう。

 人の歩く速度でゆっくりと移動する馬車の周囲には、鞘から出した剣を胸の前に掲げた近衛騎士が歩いている。馬車の窓から見えるのは、右側にツァレン、左側にローグ。リリーの馬車の右側にはシール、左側にはロニー。後ろにはグリフが居るはずだ。

「そういえば、マリユスは?」

「レイリスと一緒に闘技場の控室に居るはずだよ」

 レイリスは俺の代わりに開会式に出席する。

 ってことは、マリユスは皇太子の名代の付き人?

「なんで?」

「マリユスが皇太子近衛騎士になったことは、まだ公表していないからね」

「いつ公表するんだよ」

「開会式で公表する予定だったけれど。謹慎処分のこともあるから、もう少し遅らせるよ」

「付き人なんて要らないのに。あの喧嘩っぱやい態度はどうにかならないのか」

 リリーにまで挑みやがって。

「仲良くやるようにね」

『そんなの、マリユス次第じゃないのぉ』

 俺が出るのは明日の午前。

 と言っても、シード枠だから一回戦には参加しないけど。

 今大会の参加メンバーは二十八名。大会は一日目の午前の部、午後の部、二日目の午前の部、午後の部の四ブロックに分かれ、各ブロックで勝ち残り式のトーナメントが行われる。一ブロックの人数は七人の為、それぞれシード枠が設けられている。

 一回戦は六人から三人へ。二回戦は四人から二人へ。三回戦で一人に絞る。

 各ブロックの勝者が、三日目の決勝戦に進む。

 そういえば、ドーラ子爵が捕まったから、今年の一般参加枠が一人増えて十一人になったって言ってたな。

 大会は三日目の午前で終了。優勝者は国王陛下の御前に行って願いを申し出る。ここで陛下が願いを叶えることを約束し、勝者はパレードを行いながら王城へ。城では勝者を労う宴が用意され、そのまま一晩過ごし、四日目の閉会式へ。

 これが大会の流れ。

「皆の配置について話しておこうか。グリフとツァレンは私の席の前方を。ローグは後方を。ロニーとシールにはリリーシアの護衛を任せている。彼女の世話はライーザに一任しているよ。何か用があったらエミリーに頼むと良い」

 ライーザはリリーと同じ馬車に乗ってるんだろう。

 アニエスは留守番か。

「エミリー、昨日頼んでおいた菓子って出来てるか?」

 晩餐会で使う予定のもの。

「はい。御指示通りに準備できております」

「流石だな」

 上手く行けば良いけど。

「夕食会に間に合うと良いね」

「本気でそう思ってるか?」

「もちろん。健闘を祈ってるよ」

 そうは思えないんだけど。

 また、ロザリーに会えない気がする。


 ※


 闘技場は、王都の総人口よりも収容能力のある会場だ。

 一般観覧席の出入りは自由。それよりも見やすい位置に有料席があるけど、商人ギルドがそのほとんどを買い上げ、顧客に配ったり商店街の抽選にしている。

 一般席と完全に隔たれている場所にあるのが貴族観覧席。その中央が王族の席に当てられている。


「良い眺めだな」

 会場が一望できる。

 用意されている試合場は一つ。予選の時より一回り広くなっているはずだ。

 音楽隊が脇で音楽を奏でている。

『良く晴れてるわねぇ』

 ……本当に。

「緊張してるか?」

 ツァレン。

「まさか」

「エルはいつも泰然自若だからな」

 グリフ。

「そんなことないけど」

「あぁ。あのお嬢ちゃんには、いつも振り回されてるんだったか」

 振り返ると、ライーザに案内されて席に座ったリリーがこちらに手を振る。

 ここから会話するのは少し遠いな。

 リリーの傍に行くと、両脇にロニーとシールが並び、ライーザがリリーの後ろに控える。

「お姫様だな」

 リリーが俯く。

「あの……。ここってすごく目立つ?」

「当たり前だろ。一般席からも見える位置だ」

 こういうイベントでは、王族も見世物みたいなところがあるからな。

「お疲れでしたら裏でお茶を御用意いたしますので、いつでも仰って下さい」

 緊張してるのか?

 ベールを被ってるから、表情が見えない。

「はい。……頑張ります」

「無理するなよ」

「ありがとう」

 皇太子席の後ろには、四阿のようにお茶をできるスペースがある。日除けもあるし、一般席からは見えない位置だから休むには良いだろう。

「アレクさんはどこに居るのかな」

 リリーが座る椅子から、少し間を置いた隣には誰も座っていない。

「開会式の準備に行ってるよ」

「準備?」

 リリーが首を傾げる。


 ※


 ファンファーレが鳴って、開会式が始まる。

 行進曲の開始と共に、司会者の紹介を受けながら入場した参加者が、陛下を仰ぐ位置に並ぶ。

 アレクが居ないことにはみんな気づいているだろう。皇太子の名代の名前はレクスだし、あれがアレクかもしれないって思ってる奴も居るんだろうな。

 次は公爵家の名代。公爵家は例年、従騎士として、すでに名を上げている剣士を名代として選ぶから強豪ぞろいだ。大会一日目の目玉は、午後に参加するオルロワール伯爵の名代とルマーニュ公爵の名代。この二人が勝ち上がる可能性は高く、一番白熱した戦いが見られるだろう。

 次は子爵家の名代。あれがシュヴァリエか。兜をかぶってるから顔はわからないけど、装備は良いものを揃えてるみたいだ。武器は片手剣一本。

 で、あれがセザールか。ターバンみたいな布で顔のほとんどを覆ってるから、こっちも顔は見えない。武器は短めの片手剣に短剣。軽装だし、俺と似たような戦闘スタイルかもしれない。

 続いて予選で勝ち上がった参加者。あの女剣士の名前は、バーレイグ?剣の名前を自分の名前として登録してるのか。予選の時と衣装が少し変わってて、鎧装備なのに後ろで大きくリボンを結んでる。本選は派手にしてきたな。

 ムラサメは相変わらずか。あれもちょっと変わった衣装だよな。今年の一般参加枠は、どこまで勝ち上がるかな。

 参加者全員が並ぶと行進曲が止む。

 静まり返った会場で陛下が立ち上がり、参加者を激励する言葉を贈る。

 そして、陛下が剣術大会の開会宣言をすると、もう一度ファンファーレが鳴り、観客の歓声と共に、音だけの合図花火が上がる。

 花火か……。

 そういえば、フォルテが最初に来た時って花火が上がってたよな。

 晴れ渡った空には、ドラゴンの影どころか雲一つないけど。

 音楽隊が華やかな曲の演奏を始める。

 参加者は会場に用意された席に移動。闘技場に二人の仮面の剣士が入場して試合場に立ち、周囲に礼をする。

 向かって右手が紅を基調とした衣装の剣士で、左手が紺。どっちも煌びやかで派手な衣装だ。装備しているのは、二人とも同じ片手剣。

 剣術大会の開会式では、例年、剣舞が披露される。いつもは十人ぐらいで派手に行われるけれど、今年は二人だけ。

 これで準備は完了。

 一曲演奏し終えた音楽隊が、続いて剣舞の音楽を奏でる。

 それに合わせて二人の剣士が舞う。

「さてと」

 会場の視線が二人の剣士に釘付けになった頃を見計らって、杖で闇の魔法陣を描き、闇の魔法を集める。この晴天で闇の魔法を集めるのって、かなり無理があるんだけど。

 まぁ、どうにかなるだろう。

 ……っていうか。あれ、剣舞じゃないな。

 音楽に合わせてステップは踏んでいるようだけど、明らかに本気で斬りに行ってるとしか思えないような動きだ。良く、あのひらひらした衣装を斬らずに戦ってるよな。下手をすればどちらかに攻撃が入りそうなほどの白熱した斬り合い。

 っていうか、練習する暇だって全然なかったはずなのに。本当は仲が良いんじゃないのか?あの二人。

 音楽が最高潮に達する。

 そろそろかな。

 紅の剣士が紺の剣士の剣を弾き飛ばす。

 これが合図。

 両手を空に掲げて闇の魔法を放つと、会場のあちこちから悲鳴が上がる。

 ……予想してたことだけど。

 広がった闇の魔法が闘技場を覆い、辺り一面を暗くする。けど、先に設置されていた光の魔法の効果で、観客席は暗闇の中でもほのかな明かりを放って、浮かび上がっている。

 闇の魔法で覆われた世界。

 その中央に、光が現れる。

「エイルリオンだ!」

 誰かの声が響き渡り、歓声が上がる。

 紺の剣士が手にしているのは、暗闇の中で淡く光るエイルリオン。

 紺の剣士がエイルリオンで紅の剣士の剣を受け、反撃する。

 紅の剣士が数歩下がり、何度か紺の剣士と剣を合わせる。

 そして、紺の剣士がエイルリオンを放り投げると、紅の剣士も自分の剣を投げて、お互いの剣の交換をする。

 まぁ、ここまでくれば剣士二人の正体はわかるだろう。

 シンクロした動きで二人が舞うのに合わせて、闘技場のあちこちに居る魔法使いたちが光の魔法を空に向かって放つ。夜空に向かって、星を放つように。

 幻想的な光景の中、二人がもう一度剣を投げて剣を交換し、お互いの剣を合わせて天に向かって魔法を放つと、闇の魔法が霧散する。

 これで終わり。

 一気に明るくなった会場でアレクとリックが仮面を外し、拍手喝さいの観客に向かって手を振る。

「大丈夫か?エル」

「平気」

「ケイルドリンクでも飲んでくるか?」

「別に喉なんて乾いてないよ」

 グリフとツァレンが笑う。

「後ろでエミリーが用意してるぜ」

 本当だ。

 トレイの上に乗ってるのは、緑色の液体。

「頼んでないのに」

『エルの魔力って底なしね』

 別に、何もない空間の一部を夜に変えることぐらい、どうってことない。

 攻撃魔法を使ってるわけじゃないし、ドラゴンと戦ってるわけでもないんだし。

 エミリーから受け取ったドリンクを飲んでいると、グリフとツァレンがまた笑う。

「エルは素直だな」

「公務での私語は厳禁だろ」

 リリーを護衛中のロニーとシールは、無表情で正面を見据えている。

 あれが正しい姿。

 ……あぁ、まずい。

 空になったコップをエミリーに返す。

「エル、大丈夫?」

 リリー。

 ベール越しで顔は見えないけど、心配してくれてるのかな。

「平気だよ。怖くなかったか?」

「全然。昼間から夜空を出せるのなんてエルだけだね」

 そう言ってくれると、すごく嬉しいんだけど。

「ありがとう」

 


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