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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
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04 招かれざる客ほど空気を読まない

 リリーが焼いたミラベルのタルトを持って、アリス礼拝堂前の広場に行く。

「すごい人」

「祭りだからな」

 広場はカウントダウンを祝う人で溢れている。

 守備隊の姿も多いな。

「あれ?」

「どうした?」

 リリーが空を見上げながら、繋いでいた手を放して目をこする。

「なんでもない」

 何か変わった精霊でも見えたのか?

「あ!エルロックさん、リリーシアさん」

「パーシバル」

 十人ほどの部隊と一緒に居たパーシバルが、持ち場を離れて走って来る。

「こんばんは」

「こんばんは、パーシバルさん」

「こんばんは。随分、警備に当たる人間が多いな」

「カウントダウンは酔っぱらいが多いっすからねー。地方から来る観光客も多くて、トラブルだらけっすよ。だから、冒険者ギルドに頼んで増員してるんっす。俺と一緒に居るのも冒険者っすよー」

「そうなんだ」

 守備隊の制服を着てるから見分けはつかないな。

 いや。正規の隊員は胸に隊員章をつけてるか。

 パーシバルは胸に隊員章と、副長を示す階級章をつけている。

「今年はカウントダウンに居るんっすね」

 それ言われるの、何回目だ。

「魔法部隊に参加しなくて良いんすか?」

「嫌味か」

 俺が魔法部隊の活動にまともに参加したことがないことぐらい、皆、知ってるだろう。

「流石に、この時期は人手不足っす。招集かからないんすか?」

 招集?

 そういえば、隊長のレティシアに不在の連絡を入れるのを忘れてた。長期間、王都を離れる時は連絡してるんだけど、今回は数日の旅行だったからな。たぶん、招集命令が出た時に王都に居なかったから、居ないものと思われてるんだろう。

 去年も居なかったし。

 一昨年も薬屋を開く準備で忙しかったから、招集命令は無視してたっけ。

 その前は……。所属は予備部隊だったし、警備名目でアレクと一緒に居た気がする。

「どうせ、リュヌドミエルの休暇中だ」

 結婚後、一か月間は休暇をとれる。

 申請してないけど、俺がサボるってわかってるだろう。

「良いなぁ。年末年始に休暇って。俺も結婚するならリヨンにしようっと」

「予定があるのか?」

「ないっすねー」

 ないのかよ。

「お前の兄貴はどうなんだ?」

「近衛騎士になりたてっすよ。そんな暇ないに決まってるじゃないっすか」

「従騎士から近衛騎士になったのか」

「はい。ジェモに騎士の叙勲をいただいて、正式に近衛騎士にしていただきました」

「良かったな」

 

 パーシバルの兄、ローグバル。

 従騎士としてアレクに仕えていたはずだが、正式に騎士の叙勲を受けたらしい。

 騎士になる為には、従騎士として一人の騎士に三年から五年間付添い、四六時中騎士の世話をしながら騎士の修行を積まなければならない。

 修行を積んだ従騎士は、育ててもらった騎士から騎士の叙勲を受けられる。与えられる階級は、その騎士が持つ階級から二つ下。

 騎士の国ラングリオンにおいて、最高位である一等騎士は国王陛下と皇太子のみを指す。

 皇太子、アレクシスから騎士の叙勲を受けたローグバルは三等騎士だ。

 

「それ、広場で配るやつですか?」

 パーシバルが、俺が持ってる布の包みを指す。

「あぁ。リリーが作ったミラベルのタルトだ」

「美味そうだなー」

「食べるか?」

「勤務中っす」

「相変わらず真面目だな」

「っていうか、リリーシアさんほっといて良いんすか?」

「え?」

 居ない。

 横に居たはずのリリーが。

「どこ行ったんだ?」

 手を繋いでないと、すぐに居なくなる。

「本当に気づいてないんっすね。あっちに居ますよ」

 パーシバルが指した方で、リリーがルイスたちと一緒に居るのが見える。

「タルト、ルイスに渡しておくから休憩時間にでも食えよ」

「ありがとうございます。では、良いカウントダウンを」

「あぁ。お前もな」

 パーシバルと別れてリリーの居る場所に行く。

 

「リリー」

「エル」

 ユリアとセリーヌと話していたリリーが、こちらを見る。

「遅かったねぇ、エル」

「本当。リリーが居なくなっても気づかないなんて薄情ね」

「何言ってるんだ。どうせ、二人で結託してリリーを連れ出したんだろ」

『良くわかったね』

 イリス。リリーに着いて行ってたのか。

「だってぇ、リリーがタルト焼くって聞いたからぁ」

 ミラベルのタルトをホールで頬張ってるユリアが言う。

 ユリアは魔法研究所、セリーヌは錬金術研究所に所属している俺の同期だ。

 っていうか、タルトなんて、ホールで食うものじゃないだろ。

「お前ら、カウントダウンに何かやるんじゃなかったのか」

「私たちは準備班だもの。後は実行班の仕事よ」

「カミーユとマリーはぁ、実行班側だねぇ」

 マリーも?

「エル。持って来たタルトは、こっちに置いてくれる?」

「あぁ」

 ルイスの前に置いてあったタルトの箱に、持っていた箱を重ねる。

「パーシバルの分も取っておいてくれ」

「わかった」

「キャロルは?」

「合唱団の打ち合わせで、礼拝堂の中に居るよ」

「そうか」

「エル。ジニーを紹介するよ」

 ルイスが隣の少女を見る。

「初めまして、エルロックさん。ヴィルジニー・ド・ノイシュヴァインです。今年の春から錬金術研究所に配属されました。王都の天才錬金術師にお会いできて光栄です」

 ジニーが優雅に頭を下げる。

「あぁ。よろしく。誰のチームだ?」

「ナルセスさんです」

 あー。あの、偏屈な男か。

 錬金術研究所の副所長。水に関する研究の専門家だ。

 現在王都で使われている給水塔の設計に携わっている。

「大変だな」

「あの、」

「ルイスの恋人なんだろ?」

 半年ぐらい前から付き合ってるらしい。それを聞いたのは最近だけど。

「仲良くしてやってくれ」

「はい」

「ジニー、配ってこようか」

「うん」

「行ってくるね。……リリーシア、ユリア、ちょっと良い?」

「あ、うん」

 リリーとユリアが座っている脇を抜けて、ルイスたちが広場に向かう。

「お似合いね」

「ノイシュヴァイン家の令嬢か……」

 ノイシュヴァイン宮中伯。

 オルロワール家と並ぶラングリオンの二大名家の一つで、裁判官を務める法律屋の家系だ。分家としてシュヴァイン子爵家がある。シャルロは、そこの次男だ。

 養成所を卒業した奴って、どうも高貴な身分って感じがしないんだよな。

 マリーはもちろん、セリーヌもユリアも貴族のはずなんだけど。

「ねぇ、エル。アレクシス様の婚約者探し、知ってる?」

「婚約者探し?」

「陛下が、本気で殿下に勧めてるって話しよ」

「誰を?」

「誰でも良いから選べって」

「なんだそれ」

「殿下は、ほら、何でも自分にお決めになる方じゃない」

 随分、言葉を選んだな。

「アレクは人の言うことなんて聞かないからな」

「エルには言われたくないでしょうね」

「どういう意味だよ」

「今までも何度か、お見合い話を潰したって噂が流れてるの、知らない?」

「ん……」

 潰したっていうか……。

「年頃で候補に挙がっていない令嬢なんて居ないわよ。私も会いに行けって言われたもの」

「セリーヌが?」

「ユリアもよ。陛下の呼びかけだもの。今年の剣術大会で決まるんじゃないかって言われてるわ」

 陛下は、本気でアレクの婚約者を決めるつもりなんだな。

 いくらアレクでも、剣術大会の願いとして出されたら断れないだろう。

 

 アレクは二十三歳だ。

 その年齢で婚約者が居ない皇太子もまずいと言えばまずいのだけど。婚約者を決める時期に王都に居ないのだから仕方がない。

 王族は養成所を中等部で卒業し、城で帝王学を学ぶことになっている。それと並行して婚約者を探すのが通例だ。でも、アレクは何度も城を抜け出しては国中を巡り、数々の武勲を立てて歩いた。ガラハドを王都に連れて来たのも、この頃だ。

 城を抜け出すのを手伝ってるのは俺だけど。

 アレクとの約束だから仕方ない。

 成人して皇太子に選ばれたら大人しくなるかと思いきや、諸国への挨拶巡りの最後に行方不明となり、ブラッドドラゴンに堕ちた紫竜ケウスとやりあって竜殺しの異名を持ち帰った。

 挙句の果てに、剣術大会に一般の部から身分を隠して出場し、優勝。

 そんな経歴を持っているせいか、アレクの国民からの人気は高いのだけど。

 皇太子がこんなに自由では陛下の心労も絶えないだろう。

 いいかげん、無理やり婚約者を作れと言われても仕方ない。

 

「アレクシス様って、好きなお方いないのかしら」

「聞いたことないな」

「陛下も、アレクシス様には御自分で選んだ方と結ばれて欲しいと願っているでしょうね」

 陛下が皇太子時代に愛していたという女性とは結ばれることが出来なかったから。

 その子供であるフラーダリーだけが、陛下の元に残っていたのだ。

 

 広場に、礼拝堂の鐘の音が鳴り響く。

 

「カウントダウンだ」

 アリス礼拝堂の鐘だけじゃなく、王都中の鐘が鳴り響く。

 もうすぐ、月が本来、南に差し掛かる時間だ。

 今日は新月だから、月が全く出ない日。

「ふふふ。結婚式を思い出すねぇ」

 立ち上がったリリーとユリアが、周囲を見渡している。

 結婚式でも王都中の鐘が鳴ったっけ。

 鐘が止む頃を見計らって、今度は花火が上がった。

 大きな光り輝く花が、夜空に咲く。

「わぁ……。綺麗」

 続いて多くの花火が上がった後、夜空に光の魔法でベリエが描かれ、それが形を変えてピンク色に染まる。

 花火と魔法の輝きで表現された桜が夜空に次々と開花し、空を埋め尽くす。

「綺麗な色……」

 あの優しい色を、良く花火で表現できたな。

 空一面が桜色。

 満開になると、本当にこんな感じになる。

「リリー」

 リリーを引き寄せて、後ろから抱きしめる。

「エル」

 リリーが、俺を見上げる。

 輝く黒い瞳。

「カウントダウンを一緒に過ごせて良かった」

「特別な意味があるの?」

「カウントダウンを一緒に過ごせば、新しい年も一緒に過ごせるんだよ」

「そうなんだ」

 リリーが微笑む。

 ずっと一緒に居られますように。

「花火、綺麗だね」

 リリーの輝く黒い瞳に、花火が映り込む。

 空の花火なんかよりも、ずっと綺麗。

 見つめていると、吸いこまれそうになるほど美しいから。

「エル?」

 リリーをきつく抱きしめて、空を見上げる。

 夜空が光輝いた後、花火が止んだ空に煙が残る。

「あれ……?」

「どうした?」

「何か居る」

 煙で曇った夜空に見えるのは……。

 ドラゴンの影?

 周囲から歓声が上がる。

「おー」

「凝ってるな」

 違う。

 あれは、演出なんかじゃなく、本物のドラゴンの影だ。

 ドラゴンがあんなに低い位置を飛ぶなんて?

「何よ、あれ」

「予定にないねぇ」

 風の魔法が空から煙を消し去って、王都の上空を旋回するドラゴンが、はっきりとその姿を現す。

 色は……。紫、だって?

 嘘だ。

 オービュミル大陸で、その色のドラゴンは確認されてない。

 アレクが殺したのが最後のはず。

 

 突然、一つの咆哮が響き渡る。

 

 この声……!

「セリーヌ、ユリア。リリーを頼む」

「え?」

 リリーを離し、礼拝堂の入口を目指す。

「エル、礼拝堂はカウントダウンの間は立ち入り禁止だよぉ」

 立ち入り禁止?

 だから、扉の前に守備隊が居るのか。

「エルロックさん?」

「広場の人間を避難させろ!」

「えっ?」

「急げ!」

 守備隊の脇を抜けて礼拝堂の中へ入り、鐘楼へ続く階段を上る。

 

 あのドラゴンの咆哮。

 攻撃的な時にしか出さない声だ。

 あいつ、王都を攻撃する気だ。

 


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