76 自由への選択
バロンスの十二日。
「アレク、フランカの様子を見て来て良いか?」
そろそろ怪我の具合も良くなっている頃だろうし。明日の確認もしておきたい。
「ガラハドの家に行くなら近道があるよ。ライーザ、案内してくれるかい」
「近道?」
「かしこまりました」
「闇の精霊が一緒なら迷うことはないだろうけど。最初の分岐を直進すれば、後は右手法で辿り着けるからね」
近道なのに、迷路?
ライーザが案内したのは、城の東側。歴代の国王の銅像が並ぶ庭園。
「こんなところに隠し階段があるのか」
「はい。こちらはガラハド様のお屋敷、西側地下の倉庫に繋がっております」
西側って、あまり使われてない場所だ。普段から使わないようにしてるのは王族が使うかもしれないからか。
「この前、リリーとリックが使ったのも、ここ?」
「はい」
それでリリーがガラハドの家を知ってたのか。
「通路の先は出口専用です。この通路を使ってお戻りになるのでしたら、扉は閉じないよう、お気を付け下さい」
「ん。わかった」
階段を降りる。
真っ暗だな。
『明かりをつけないの?』
「アンジュ。顕現してくれ」
アンジュの灯りが周囲を照らす。
大人が二、三人並んで歩けるぐらい、充分な幅がある通路。丸みを帯びた天井は、カミーユでも頭をぶつけないぐらい、ゆとりのある高さだ。地下空間なのに空気が薄い感じもないから、換気も十分にされてるみたいだな。
『魔法を使う?』
「アンジュが居てくれれば十分だよ。メラニー、案内を頼む」
『了解。こっちだ』
『メラニーに付いて行くね』
「あぁ。頼む」
アンジュが分かれ道を右に曲がる。
ここって……。
「バニラ、塞がれてる通路があるか?」
『通路が埋められた形跡がある』
「やっぱり」
『どうして?』
「ここは古くからある通路で……。少し説明が長くなるけど、聞きたいか?」
『聞きたい』
『私も聞きたいわ』
「今から六百年ぐらい前。ラングリオンの建国初期の話しだよ」
『初代国王の時代ねぇ』
「帝国の圧政からの解放、そして奴隷解放で知られる解放王、アークトゥルスの時代。新しい国を作るに当たって、初代国王はまず、アルファド帝国の帝都を破棄し、王都と王城を新しく作ることにしたんだ」
『王都と王城を?』
「そう。ここはその時に、一から作られた場所なんだよ」
『グラム湖周辺は一切開拓されていない平地だったからな』
『何もなかったってこと?』
『そうだねー』
『何もない場所をここまで変えちゃうなんて、相変わらず人間って凄いわ』
本当に。聖地の傍に王都を作ろうとしたのはわかるけど、良くそこまで何もない場所を選んだよな。
まぁ、何もないからこそ、高い需要を生み出せたのかもしれないけど。
「最初にここで働いていたのは、初代国王によって奴隷という身分から解放された人々だったんだ。初代国王は彼らと積極的に労働契約を結ぶことで、彼らが自由であることを示したと言われてる」
『契約を結ぶことが自由なの?』
契約とはお互いの合意によって成り立つもの。
初代国王は契約によって、仕事を選択する自由と、住む場所を選択する自由を教え、報酬の支払いによって財産の所有を認めたのだ。
一国の王が元奴隷と対等な契約を交わすということにも大きな意味はあったんだけど……。
精霊に説明するのは少し難しいかな。
「アンジュやナターシャだって、自分の気に入らない相手と契約はしたくないだろ?」
『うん』
『当然よ』
「奴隷は、いわば契約の強要。相手に選択権を与えずに自分の所有物にしていたんだ。初代国王は契約を強要したりはしなかった。好きなことを自由にやるように勧め、新しいことを始めたい人には、その内容によって奨励金も出していたんだよ」
奴隷だった人々の多くは、農業に従事していた人々。農業を行うことを選んだ人も多く、現在も王都の西や南に広がっている農地はその頃に開拓が始まった場所だ。
「当時、王都で働く人々には破格の報酬が支払われていたから、噂を聞きつけた人も仕事や商売を求めて、続々と王都に集まって来たんだ。初代国王は王都に集まった人々に対し、ここに居るすべての人々は新しい市民・ノーヴァであると宣言。彼らは出自や身分に関係なく平等であると説き、その精神の元、彼らに自由な商売を許可したんだ」
『皆にノーヴァって名前を付けたの?』
「自分たちが同じ意識を持った共同体であることを印象付けたかったんだろうな。ノーヴァって名乗るのと、市民って名乗るのとでは、意識は違ったと思うぜ」
『そういうもの?』
「スローガンだよ。自由、平等、博愛の精神の元、我らは同じノーヴァであるって」
実際に、元奴隷であったかどうかで商売のやり方を変えていた商人も居たと言うから、差別がすぐになくなったわけじゃない。ノーヴァという言葉を使うことで、それ以外の言葉を禁じたとも言える。
ノーヴァなんて今ではほとんど使われていない言葉だけど。中央広場から王城に続く通りが、ノーヴァストリートと呼ばれて残っているぐらいだ。
「王都はそんな方法で奴隷解放を進めて行ったけど、地方にはまだ奴隷解放に反対する勢力が存在したんだ。彼らは初代国王に対して蜂起すると、王都周辺を守る騎士団を破り、たびたび王都を襲撃した。けど、迎撃の際には初代国王自らが指揮を執り、負けたことは一度もなかったと言われている」
『強かったんだね』
『今のアレクを見てたらなんとなくわかるわ』
『確かにねー』
捕虜は殺害されることなく、捕虜交換に出された。特に位の高い者は高額で取引され、それが国の一番の収入源だったとも言われている。もちろん有能な傭兵を引き抜いたり、王都で暮らすことを望んだ者は解放して王都での生活を許したらしい。
「で。そんなに戦争が起こっていた割りに、王都には外壁もなく、襲撃に対して市街地は無防備だったんだ」
当時は大量に人が流入し、乱雑に家屋や商業施設が作られていた。王都には外壁どころか外枠を決めるラインすらなかったと言われている。
「外壁があるのは王城のみ。ノーヴァは自分たちで作り上げた王都を守る為、全員武器を持って戦ったとする説もあるけど、多くの市民は城へ避難していたとする説の方が有力だ。現在も残っているイースト、ウエスト、サウスストリートは、襲撃の際に避難を速やかに行う為に作られていた大通りだって説もあるんだぜ」
『そんなに昔からあったの?』
「まぁ、実際どうだったかなんてわからないけどな」
『どういうこと?』
この説が本当かどうかは正直怪しい。王城へ続く大通りなんて、敵の軍隊に通って下さいと言ってるようなものだし、当時は乱雑に建物が作られていたという説とも矛盾する。
そもそも現在の王都の原型となる都市計画が始まったのは、もっと後のことだ。
「人間は精霊と違って短命だから、昔のことを正確に知ることは出来ない。だから、今知ることのできる事実から、あれこれ想像するんだよ」
『ふふふ。精霊に聞けば良いのにねぇ?』
「お前たちは年代に疎いだろ」
『人間って細かいのよ』
その辺は、お互いに理解しようと思っても難しいだろう。
「避難を行う方法は他にもあったと言われていて、それが城門を使わずに城内へ逃げ込める地下通路の存在なんだ」
『それが、ここ?』
「そうだよ。ここはその一部みたいだけどな」
市民の避難完了後、地下通路には堀の水を流して通路を塞いでいたと考えられていて、それを裏づけする資料として、流入した水を汲み上げるポンプ跡が発見されている。けど、実際の通路に関しては埋め立て跡が見つかっているだけ。王都の城壁が完成すれば、王城の中と外を繋ぐ通路なんて残しておけないから埋め立ててしまうのは当たり前のことなんだけど。
この通路が、すでに埋められている通路と繋がっているとしたら、当時の地下通路の一部をそのまま残して利用していることになる。
事実なら六百年ほどの歴史を持つ地下通路だ。思った以上に頑丈に出来てるよな。
※
『この上が出口だ』
梯子を上って、天井を押し上げる。
薄暗い倉庫。誰も居ないし、日常で使うものは置いてないみたいだ。
天井板になっていた石のタイルを脇に置いて、倉庫に出る。
……本当に、ただの石のタイルだな。出口専用ってこういうことか。一度蓋を閉じたら、どこが出口だったか探せなくなりそうだ。このままにしておこう。
「アンジュ、戻ってくれ」
『うん』
アンジュの顕現を解き、灯りの漏れる階段を上って屋敷の中に入る。
ロビーに行くと、ブリジットが驚いた顔でこちらを見る。
「エルロック様。……地下をお使いに?」
「あぁ。蓋は開けっ放しだから気をつけてくれよ」
倉庫は暗いし、あの高さから落ちたら怪我をするだろう。
「誰も近づかないかと思いますが……、他の誰かがお使いになられた場合は保証致しかねます」
「そんなに使う奴が居るのか?」
「たまに薔薇が落ちていることがあるぐらいですね」
リックが使った時に置いて行ってるのかな。
「フランカの様子は?」
「大分よろしいようです。ルイス様の許可も出ましたので、御庭で皆様と一緒に遊ばれておりますよ」
窓から外を見ると、ルイス、キャロル、フランカとファルが、ロドリーグとシメーヌと一緒に遊んでるのが見える。仲良くなったみたいだな。
リリーはオルロワール家にでも行ってるんだろう。
窓を開くと、俺に気付いたフランカが走って来る。
「エルロック」
「傷の具合はどうだ?」
「もう十分回復した」
顔色も良いし、包帯も外れてる。
ルイスも外出の許可を出したぐらいだから、順調に回復したと見て良いかな。
「晩餐会の話しは聞いたか?」
「シャルロから聞いた。晩餐会の会場に潜入し、仲間を確認。可能な限り保護を行う。潜入の方法は給仕」
完璧だな。
「何か確認しておきたいことはあるか?」
「給仕の方法」
「特定のテーブルを担当するわけじゃない。ドリンクのサービスと食器の片付けがメインの雑用だ。不安なら、ブリジットに頼めば給仕の仕方ぐらい教えてくれるだろ。何かあれば俺がサポートする」
「了解。潜入の際は偽名を使うように言われてる。決めてくれ」
偽名か。
「フランカはディフ。俺はクロエで良いよ」
フランカが眉をひそめる。
「吸血鬼種のメイド姿で潜入するのか?」
「そんな目立つ恰好で出られるわけないだろ。金髪の鬘に目薬を使うよ」
「了解」
任務を請け負う時は、いつもこんな感じなのかな。
「他の子供は確認出来たか?」
「王都に来てる子供で、俺が知ってる名前は五人」
「え?偽名を知ってるのか?」
「知らない。ファゴット以外の五人は、俺が元々知っている名前だ」
「意外だな。ってことは、ファゴット以外の情報はシュヴァイン家に筒抜けじゃないか」
「シャルロの話しでは、本家はまだ動いてないらしい。それに、王都に来ているのは養子として引き取られた子供ばかりじゃない」
養子でもない子供を連れて来るなんて、暗殺目的としか思えないんだけど。
現在王都に来ているとはっきりしている被害者は、ファゴットを含めて最低でも六人。
なんで、こんなに?……まるで示し合わせたかのようだ。誰が誰を買い取ったかなんて、貴族同士では知らないはずだろ?ラングフォルド伯爵の指示なのか?それとも他の目的……?
だめだ。情報が足りない。どれだけ準備しても、情報が足りなければ何をしても後手に回る可能性が高い。暗殺対象を絞り込むことも出来なければ、暗殺が行われるかどうかさえ分からないのが現状だ。伯爵が何かを仕掛けていたとしても、全然手の内が見えないまま。
今出来ることは、子供の保護ぐらいだ。
「全員、保護できると思うか?」
「晩餐会に来るなら、不可能じゃない」
来るかどうかも確定してないんだよな……。
「方法は?」
「命令の上書きをすれば良いだけだ。今の上官は買われた先の貴族だが、それを変更すると言えば従うだろう」
「お前、そんなことが出来るのか?」
「俺は教官として部下を指導できる立場だ」
絶対的な上下関係か。命令で保護するって言うのは気が引けるけれど、有効な手段だろう。
「わかった。頼りにしてるよ」
後は、子供と上手く接触する方法を考えないとな。子供だけを単独行動させるとは考えにくい。被害者だけを誘い出せる方法を考えておかないと。
「ファゴットだけが偽名を使ってる理由は?」
「わからない。伯爵は子供の名前を変える指示は出さないはずだ。偽名を使った場合、間違えて呼んだ時のリスクが高いんだ。偽名を使う任務中は、ファルにだって俺のことを名前で呼ばせたりはしない」
そういえば、初めて会った時からずっとファルはフランカのことを兄貴としか呼んでいないっけ。幼い子供の場合、偽名を使うことのデメリットが大きいのか。
「ファゴット以外に偽名を使っている子供が居る可能性は?」
「わからない。……可能性について語ったらきりがないとシャルロも言っていた」
そうだよな。ファゴットが偽名を使っている理由がわからない以上、王都に来ている出自不明の子供は全員怪しいことになってしまう。
「フランカを襲った奴に心当たりは?」
「ない。相手の顔は見たが、見覚えがない奴だ」
「暗殺者だと思うか?」
「ラングフォルド家で育成した暗殺者じゃないのは確かだ。俺たちの得物はナイフだが、あいつが持っていたのは片手剣だ」
「片手剣?……そういえば、最初に足を斬られたって言ってたよな。三回斬られたのか?」
フランカが口元に手を当てて俯く。
「斬られたのは一度のはずだ。……三筋の傷をつけられる武器を所持していたかはわからない。細かく観察する余裕はなかった。もしかしたら、パリーイングナイフを持っていたのかもしれない」
「仕掛けナイフか」
仕掛けを発動させれば、中央の刃から左右に二本の刃が出て三叉になるナイフだ。これなら相手に三筋の怪我を負わせることも出来るかもしれない。けど、あれは攻撃用のナイフじゃなく、相手の剣を受け止める盾として用いるナイフだ。不意打ちで使う武器とは思えないけど……。
「俺が聞きたいのはこんなところだ。他に何か確認しておくことはあるか?」
「ない」
「じゃあ、また明日」
「……家族に会って行かないのか」
「元気にしてるから良いよ」
一番隊がうろついてるかもしれないから、一緒に外で遊ぶわけにもいかないし。
どうせ剣術大会が終われば帰れるんだ。
「エルロック」
「ん?」
「聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
明日の潜入に関する以外のことか?
「父親に逆らうことは出来るか?」
「え?……父親?」
……そう言われて思い出すのは、あの人。
思い出せるのはいつも後ろ姿。
会うのはいつも書斎で。
一緒に食事をした記憶すらない。
俺を見てくれることは、ほとんどなかったから。
俺とは何の関係もなかったって最近知ったけど。
それでも……。
「なんで、そんなこと聞くんだ?」
「ここに連れて来られたことで、俺たちの生活は改善されたんだ。十分な食事と清潔な衣服、それに安心して眠れる場所を与えてくれたのは誰か。俺たちは恐怖だけで支配されていたわけじゃない。自分の技術を磨き、任務を速やかに遂行することを父が求めたなら、それを実行するのは当然だったんだ」
「……父って、」
「ラングフォルド辺境伯は、子供たちに自分のことを父と呼ばせていた。ファルが俺を兄と呼ぶのは、教官を兄と呼ぶからだ」
そういうことか。
でも、ファルが文字を読めるのも敬語を使えるのも、ラングリオンでちゃんとした教育を受けた証拠だ。被害者が貧困区から攫われたことを考えると、暗殺者として育成したことを除けば、充分な待遇改善と言える。
「俺たちは家族なんだ。家族を裏切るなんてあり得ない。……それには父も含む。父親の命令は第一で、それは他の家に買われたとしても変わらない事実なんだ」
裏切者は存在しないって。そういうことか。
「質問に答えてくれ」
―父親に逆らうことは出来るか?
あの人……。
あの人が俺に何か言葉をかけてくれると言うなら。
何か命じられることがあったなら、俺はきっと……。
「父親に逆らうことなんてできない」
「……そうか」
ごめん。フラーダリー。
結局、俺は昔のことを忘れることは出来なかった。
今でも、あの人が俺の父だったことに変わりはない。
「でも。父と信じてる人が居たとしても、別の誰かと新しい関係を築くことは出来る」
フラーダリーがここに連れて来てくれたから。
ここに来て、学んだこともたくさんある。
「自分を見てくれる人は、自分を認めてくれる人は他にも居るんだ。逆らう必要も、過去を捨てる必要もないんだよ。少なくとも俺はそうだった」
フランカが俺を見て、頷く。
「エルロック。俺はシュヴァインも皇太子も信用していない。でも、お前のことは信用してる」
「なんで?」
「俺はずっと、黄昏の魔法使いのことを調べていたから。それに、ルイスとキャロルはお前を慕っている」
そういえば、フランカは俺のことを良く知ってるって、アレクが言ってたっけ。
「俺はシュヴァインに仲間を預けるのは反対だ。自分の力を生かせる場所があるなら、皆、そこに残りたがるだろう。今まで磨いてきた自分の技術が生かせる場だけが、自分たちの生きがいを見出せる場なんだ。それは父から褒められる唯一のことで、任務達成のみが喜びと言っても良い」
つまり、シュヴァイン家に引き取られた時点で、子供たちが選ぶ道は決まってるのか。
「俺はそれを変えたい。普通の子供として生活出来るようにしたいんだ。……それは可能か?」
なんだか昔のこと、思い出すな。
「大丈夫だよ。いくらでもやり直せる。でも、一人じゃ無理だろ?」
「……だから、相談したんだ」
これ、相談だったのか。
「力を貸してくれ。エルロック」
「良いよ」
元からそのつもりだ。
「……ありがとう」




