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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
68/149

73 ヴェールの下に

 バロンスの十日。

「……ってわけで、フランカの仲間を探したいんだけど。戦争後、貴族に買い取られた子供について何か聞いてないか?」

 書類に目を落としながら俺の話しを聞いていたアレクが、ようやく顔を上げる。

「その情報は当てにしないように」

 アレクも知らないのか。

「フランカの仲間の名前はファゴット。これがシャルロの報告書だよ」

 アレクが今まで見ていた報告書を俺に渡す。

 シャルロ、一晩で調べて来たのか?


 ベーリング家に滞在している貴族と従者の一覧。

 滞在貴族はいずれもベーリング家と親交の深い家。ラングフォルド伯爵と表だって親交のある貴族は居ない。

 子供は貴族の実子と養子の他に、従者の実子も数名滞在。

 それぞれの養子の出自は調査中。


「結構、子供を連れて来てるんだな」

 誰の子か不明の子供は居ないみたいだし、ファゴットは貴族の養子として引き取られていると考えて良いだろう。

「貴族が一堂に会するイベントだからね。お見合いも兼ねているんだよ」

「お見合い、ねぇ」

 マリーが婚約者を決められたのは養成所に入る前だって話しだし、幼少期に婚約者を決めることは珍しくないんだろう。

 今、マリーは婚約破棄したから婚約者は居ないけど。

 シャルロの書類に目を通す。

「昨日、ベーリング家に来た商人や使用人の所属と出入りした時間……」

 細かく調べたな。まぁ、斡旋所の書類を見ればわかることか。

 王都の外から来る貴族は、王都に屋敷を持っている貴族がもてなすのが慣例だ。普段より使用人を増やさなければ対応出来ない為、臨時の使用人を斡旋所の紹介で雇うことになる。

 ベーリング家で臨時で雇われているのは斡旋所で紹介されている使用人ばかりで、出入りの商人も商人ギルド所属の商人だ。不審な点はない。

「……以上の中に、フランカが証言したファゴットという名前の女の子供は居ない?偽名を使わせてるってことか?」

「そうみたいだね。引き取る際に偽名を使うよう伯爵が指示しているのか、引き取った貴族が偽名を名乗らせているか、判別がつかないけれど。……フランカの様子はどうなんだい」

「大人しくしてれば数日中に動けるようになるよ」

「じゃあ、調査はここまでだね」

「なんで?」

「ファゴットの顔を知っているのはフランカだけ。ファゴットが誰かわからなければ保護は出来ない。フランカが彼女の偽名を知っているというのなら、もう少しこちらで動くことも出来るけれど」

 フランカがシャルロに偽名の話しをしてないってことは、知らないってことだろう。

「フランカは晩餐会までには元気になりそうかい」

「晩餐会って、開会式の後の?」

「そうだよ」

 剣術大会の開会式後は、王城で陛下主催の晩餐会が催される。毎年恒例の晩餐会には、貴族と大会参加者が招待されるのだ。

「順調に回復すれば元気になってると思うけど」

「なら、晩餐会で保護すると良い」

「晩餐会に暗殺者を連れて来るっていうのかよ」

「シャルロの調査結果では不審な子供は一人も出てこなかった。つまり、ファゴットは貴族に正式に引き取られている子供の中に居る。貴族の子供なら晩餐会の招待客だ。さっきも話した通り、晩餐会は貴族にとってお見合いの場所。子供を連れて来ないなんて考えられないからね」

 どっちにしろ、連れて来なかったらその子供がファゴットだって決め打てるか。

「晩餐会は、多くの顔を一度に確認できる場所だ。フランカと一緒に探してみたら良いんじゃないかな」

「わかったよ」

 晩餐会の会場で確認出来れば良いけど。

「陛下もクロエに会いたいと仰っていたし、良い機会だろう」

「は?」

 なんで、クロエ?

「晩餐会なんて、皇太子の名代として出席すれば良いだろ」

「大会参加者は目立つよ。晩餐会は参加者のお披露目も兼ねているんだからね。フランカと一緒に給仕をすると良い」

「じゃあ、誰が俺の代わりに晩餐会に出席するんだよ。食事会の代役なんてレイリスには無理だぞ」

「欠席する」

「陛下主催の晩餐会を蹴るつもりか?」

「今回の大会の目的は私の婚約者を父上が勝手に決めることだよ。私が和やかに参加する義理などないだろう。同じ理由で名代も参加させない。それだけだ」

 そういえば、婚約者騒動の発端は陛下だったっけ。

 元はと言えばアレクが婚約者を決めないのが悪いんだけど。

「紅葉が見頃だからね。ロザリーもリリーシアに会いたがっていたから、皆でのんびり夕食会をしようと思ってたんだ」

 ロザリーはヌサカン子爵がメイドとして連れて来ているだけだから出席の義務はない。あの容姿で晩餐会に出席するのは目立ち過ぎるし、空いた時間で夕食会をするのは良い案だろう。

 何より、アレクの傍に居れば安全だ。

「紅葉狩りならリリーも喜びそうだな」

「エルも夕食会に間に合えば良いね」

「間に合うだろ。フランカと一緒にファゴットの確認をして連れ出せば保護は完了だ」

「保護の対象となる子供が一人とは限らないよ」

「は?」

 一人じゃない?

「ラングフォルド家から買われた子供はファゴットだけじゃない」

 フランカの話しぶりからしても、書類が作成されている経緯からしても、複数居るのは確実だけど。

「会場でフランカがほかの子供を見つければ、その子も保護したいと思うんじゃないのかい」

「そうだろうけど……。まさか、全員保護しろって?」

「上手くやってくれるだろう」

 なんだそれは。

 ファゴット一人なら上手く連れ出せる可能性はあるけど、複数の保護は難しいんだけど。

「保護を急ぐ理由でもあるのか?」

「フランカの協力を仰げる分、こちらの方がシュヴァイン家よりも情報を揃えるのは早いだろうからね」

 シュヴァイン家って、本家の方?

 シュヴァイン家からアレクに情報は渡っていない?

「シュヴァイン家と敵対してるのか?」

「敵対はしていないよ。でも、彼らは彼らのやり方でやりたがるからね。私は私のやり方でやりたいだけだよ」

「陛下の管轄の事件に勝手に首突っ込んで良いのかよ」

「陛下は被害者の保護を優先しておられるんだ。目的に適っているなら私が何をしても構わないだろう。……それに。エルは、すべての子供をシュヴァイン家に預けるのは気がかりだと思わないかい」

「なんで?」

「ラングフォルド辺境伯の元に残されていた子供はシュヴァイン家で保護したらしい。子供たちが社会復帰を目指せる用意がシュヴァイン家にあるのか、それが気になるだけだよ。こちらで子供を保護すれば、他の子供にも接触できる可能性があると思ってね」

「わかったよ。やってみる」

 出来る限り全員の保護を目指す。

 ……どうするかな。上手くやる方法を考えないと。

「続きを読んでごらん。もっと面白い報告もあるよ」

「面白い報告?」


 ベーリング家への招待客は無し。

 昨日の午後は蘭の園でお茶会が開かれており、ベーリング子爵とその妻、ベーリング家に滞在の貴族夫妻が出席していた。ただし、子供の多くは参加していない。参加していたのは年長の実子が数人。近衛騎士も出席していない。

 この間、従者及び子供は自由行動。


 不審者発見の経緯について。

 巡回中の衛兵三名が不審者が塀の上に居るのを発見。内二名が逃亡した不審者を追跡、一名が衛兵長に報告。すぐに一番隊に通報され一番隊が駆け付けたが、不審者の足跡を追うことは出来なかった。

 不審者が屋敷内に入った形跡は無し。侵入前に発見できたと考えられている。

 フランカに怪我をさせた者は存在しない。


「え?」

 状況的に、衛兵がフランカを見つけたのってフランカの脱出時だよな。

「フランカを襲った奴はフランカを襲ったことを隠してるのか?」

「そのようだね」

 なんで?

 フランカを襲ったのは、ベーリング家の衛兵でもなく、フランカの仲間でもない。

 一体誰がフランカを襲ったんだ?

 フランカが相手の顔を知らないのに、相手だけがフランカの顔を知ってるなんてこともないだろう。襲ったのはフランカと無関係の第三者だと思うんだけど。

「考えを巡らせるには情報が少な過ぎるね。報告書にはまだ続きがあるんじゃないのかい」

 後は……。

「剣術大会に出る名代か」

 ベーリング子爵家に滞在している剣術大会参加者は二名。

 一人は、ダミアン子爵の名代、セザール。覆面の剣士で素性は調査中。

 情報が開示されてないってことは二つ名持ちの有名人かな。セザールなんて聞いたことがないから偽名かもしれない。それとも、自分のところで育成した秘蔵の剣士なのか。大会参加者の素性を当日まで隠しておくのは良くあることだけど……。これ、子供じゃないよな?

 あ。体格から子供とは考えにくいって書いてある。流石だな。

 次。

 もう一人は、オベール子爵の名代、シュヴァリエ。

 これも偽名か。素性は、子爵領にある騎士団の団長の実子。

 ってことは、従騎士かな。大会に従騎士が出場することは良くある。

 ベーリング家に関する報告は以上。


 メルリシアについて。

 姫を招待したイベントが各邸宅で開かれている為、王都に居る貴族はすべて面会済み。

 彼女がグラシアル女王の親衛隊、龍氷の魔女部隊の縁の者であること、氷の精霊と契約している魔法使いであることは周知されている。


「メルリシアが暗殺対象になる可能性は?」

「低いんじゃないかな。オルロワール家が厳重に警戒している。もし狙われたとしても、未然に防げるだろう」

「ロザリーは?」

「彼女に関しては私が責任を持つ。心配しなくても良いよ」

 なら、大丈夫かな。

「エルもなるべく一人で行動しないようにね」

「俺は平気だ」

「エルに何かあれば、リリーシアが心配するよ」

―エルの馬鹿!

「……わかってるよ」

 リリーはすぐ泣くから。

「報告書は全部読んだ。潜入はフランカの怪我次第だけど、順調に行けば良くなってるはずだ」

「無理はしないようにね。皆と上手くやるんだよ」

「ん。わかった」

「じゃあ、開会式当日の流れについて確認しておこうか。アニエス」

「はい」

 アニエスが持って来た資料を受け取る。

 開会式のイベントの概要。

「アルベールに頼んで、開会式の企画を任せてもらったんだ」

 アレクが立てた企画か。

 ……え?

―いってらっしゃい。良い夜を。

―星が見たい気分なんだ。大会では派手にやってくれると期待してるよ。

 この内容……。

「エルも手伝ってくれるね?」

「これを、俺にやれって言ってるのか」

「出来るだろう」

『引き受けるのぉ?エル』

『どんな内容なの?』

『あまり言いたくないわねぇ』

 黄昏の魔法使いの復活の演出としては効果的だろう。

「こんなこと、やって良いのか」

「大丈夫だよ」

 嫌でも、あの光景を連想するに違いない。

 実際に目にした人は少ないだろうけど、皆が知ってる事実。

『嫌なら断れ。義理立てする必要もない』

「バニラ……」

『エルが嫌がることなの?』

『予想は付く』

「決めるのはエルだよ。断っても構わない。……ただし、イベントの目的は楽しむことだ。あまり深く考える必要はないよ」

『楽しいことなのに、エルは悩むの?』

「受け取り方次第だよ。たとえば、炎は人間が直接触れれば火傷をするし、火事を引き起こす危険な力だね」

『人間は炎は嫌い?』

「嫌いじゃないよ。料理や鍛冶はもちろん、暖を取るのにも使える人間にとって大事な力だ。危険だからと言って避けるのではなく、その本質について学ぶことでメリットを最大限に生かそうとするのが人間のやり方だよ。美味しいものを作るのに、炎の力は欠かせないからね」

『うん』

 もう一度、企画書を見る。

 ……大丈夫。

「引き受けるよ」

 アレクが微笑む。

「ありがとう。きっと素敵なイベントになるよ」

 だと良いけど。

 っていうか。

「アレク、俺に何か言うことないか」

「何かな」

 襟のブローチを指す。

 今日はバロンスの十日。前と同じ偶数日。

「夜」

 アレクが笑う。

「違うよ」

「奇数日と偶数日で分けてるんじゃないのか?」

「惜しかったね」

 あの日は、特殊なパターン?

「教えて」

「だめ」

 ……教えてくれない。

「情報を意図的に隠されることは気分が悪いものだろう」

「悪い」

 だから、アレクもシュヴァイン家に対抗しようとしてるんだろうけど。

「エルがいつもリリーシアにやっていることだけどね」

「……」

『反論しないのぉ?エル』

 出来るわけがない。


 ※


「エルロック様」

「エミリー」

「シャルロ様からお手紙です」

 エミリーから封筒を受け取る。

 俺宛ってことは、アレクの外部団体について少しは調べられたのかな。

「ミエルはリリーシア様に渡していただけましたか?」

「ちゃんと渡したよ。すごく喜んでた」

―そっか。あれって、香りの良いミエルを使ってたんだ。

「あれを隠し味に使ってるものでもあったのか?」

 エミリーが微笑む。

「はい。流石、リリーシア様です」

 リリー、エミリーに気に入られてるんだな。


 食堂に行って手で食べられるメニューを選び、空いている席に座って封筒から書類を出す。

『食べながら読むの?』

「あぁ」

 アレクの前では読めない内容だから、休憩中に目を通しておかないと。


 アレクの外部団体について。

 団体の名前はエトワール。……ラングリオンの古い言葉で星。

 団長は不明。その規模も不明。

 冒険者ギルドを通じた特殊な依頼を受ける団体の為、団員は冒険者で構成されていると考えられる。

 冒険者ギルドへの依頼内容は誰でも見ることが出来るが、その意図は不明。

 ギルドへの依頼主は団長。依頼はラングリオン王都の冒険者ギルドから発信される。現在出されている依頼は以下。


 ヴェールの下に


 ……は?これのどこが依頼だよ。

 シリルたちが王都に居るってことは、王都に集まって何かするようにって意味だと思うんだけど。

 王都から発信されてるってことは、依頼を出してるのはアレクじゃないのか?それとも団長は王都に居る誰か?

 一日でここまで調べられるってことは、別に隠してるわけじゃなさそうだよな。

 ヴェール。花嫁のベールなのか、喪服の時に着けるベールなのかで意味は違うけど。王都を表してる感じはしない。

 下にって書いてあるだけで、アレクの下に集えって意味だとか?

『エル』

 読んでる途中の報告書を封筒にしまう。

「何をこそこそやってるんだ?」

「……なんだ。グリフか」

 後ろに立っているグリフを見上げると、襟にビオラのブローチがついているのが見える。

「そのブローチのこと、教えてくれ」

「悪いな。教えられないんだ」

 グリフもだめなら、他の誰も教えてくれないだろう。

「そう、ふてくされるなよ。調べるのは自由だぜ。……っていうか、相変わらず食が細いな。そんなんで足りるのか?」

「充分だよ」

 グリフが隣に座る。

『わぁ、エルの倍以上あるよ』

『エルはあまり食べないからな』

 グリフと同じ量なんて食べられるわけないだろ。

「フランカが世話になったらしいな。ありがとう」

「俺だって、子供が世話になってるんだからお互い様だ」

 グリフが笑う。

「エルと子供の話しする羽目になるとはなぁ」

「なんだよ。文句あるのか」

 封筒から報告書を出す。

「シャルロに調べてもらってるのか」

「ヴェールの下にって?」

「言葉なんて適当なもんだぜ。それっぽいのを言って、後は推測するだけだ。別に正解の行動を求めてるわけじゃないし、依頼は義務じゃないんだ」

 義務じゃない?

「でも、現にこれだけで王都に集合してるじゃないか」

「俺もこれを聞いたら王都に来るぜ」

「なんで?」

「さぁ。なんでだろうな」

 言葉自体に大した意味はない?

 そもそもこれは冒険者への依頼。冒険者ギルドで扱っている、流行の情報と照らし合わせるとか?

 報告書の続きに、これまで出された依頼が載っている。

「ミラベルのタルト?」

 ふざけてるのか。これ。

「こんな一言で、何がわかるんだよ」

「これはちょっと悩むなぁ」

―俺は最初の集合場所に行かなかったんだ。

「依頼の内容って、全部場所を表してるのか?」

「俺の故郷はミラベルで有名なんだぜ」

 グリフの出身地はジュワユーズ地方、ヌサカン子爵領。

「温泉地?」

「さぁ、どうだろうな」

 違うらしい。

 ヌサカン子爵領のどこか。ミラベルの果樹園がある場所って温泉地のイメージだけど、他にもあるのかもしれない。っていうか、それじゃ絞れないだろ。やっぱり、こんな一言だけじゃ情報が足りない。

 次は……。

「マーメイドの鱗、ビロードの羽ペン……?」

 え?これって……。

 


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