70 情報伝達精度
物音が聞こえて目を開くと、リリーが見える。
服を選んでるみたいだけど……。
振り返ったリリーと目が合う。
「おはよう。リリー」
「お……、はよう」
挙動が面白い。
「今日は何にするんだ?」
「えっ。あの……、その……」
可愛い。
リリーが持っていた服を俺に見せる。
「これで良い?」
「もちろん」
赤じゃないけど、その服も可愛い。
進んで着てくれるようになったのは前進かな。
※
久しぶりに朝食をみんなで食べた後、研究室で注文を受けたものを作ってると、ルイスが顔を出す。
「エル、お客さん」
「客?」
「シリルさん」
「ん。わかった」
区切りの良いところまでやったら行こう。
「早く来てね」
ルイスが部屋を出る。
向こうから来てくれるなんて。
―いってらっしゃい。良い夜を。
―星が見たい気分なんだ。
これがアレクのヒント。
―悪いな。ちょっと昨日の夜に飲み過ぎたんだ。
これがルイスと祭りを見てる時にぶつかって来た奴の言葉。
―もうすぐ夜だ。暗くなっても綺麗なんじゃないか。
これがシャボン玉をやってる時に話しかけられた言葉。
―あ、一番星。
これが、その時のリリーの言葉。
リリーのは偶然だろうけど。合言葉の組み合わせはこれで合っているらしい。
ブローチを持ってる相手に合言葉を混ぜ込んで話しかけて、正しい合言葉を返せるかどうかで、仲間かどうかを判断する。
店に顔を出すと、シリルがカウンターに何か並べてる。
「よぉ。待ってたぜ」
試してみるか。
「夜」
シリルが笑う。
「残念だったな。今日は違うんだぜ」
いくつかパターンを用意してるのか。
「教えて」
「他人には教えられない決まりだ」
「他人なわけないだろ」
「当てられたら答えてやっても良いぜ」
当てるのは難しいな。
なんで夜と星だったのかも分からないのに。
「桜」
「はずれ」
「ショコラ」
「おー」
「菫」
「一生かかっても無理だな」
アレクに関係ある事じゃないのか。
「何の話し?」
ルイスが眉をしかめてる。
「ちょっとした言葉遊びだよ。何か思いつくか?」
「え?うーん……。林檎?」
「それは答えで、昨日の夜だ」
昼と夜でも分けてるのか。
合言葉を日にちや時間によって分けるのは常套手段だけど。
「どんな問題なの?」
「ポム・ダムールの贈り方を教えてやろうか」
「え?」
「贈り方?」
なんでルイスがポム・ダムールを持ってることを知ってるんだよ。
「赤薔薇に混ぜて贈ったら良い」
「赤薔薇に?」
「聞いたことないな」
「お堅い貴族の家に持って行くなら、薔薇の持って行き方に工夫が必要だろ?」
ルイスがジニーと恋人だってことまで知ってるのか。
「赤薔薇十一本にポムダムールを混ぜて十二本にして贈るんだ」
飴を食べれば十一本。
赤薔薇の時点で意味は決まってるけど、まぁ、良い案だろう。
「やってみようかな」
「良い花を狙うなら朝が狙い目だぜ」
「エル、出かけて来ても良い?」
「良いけど、」
「午後はガラハドの家に行けば良いんだよね」
「あぁ」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「おぅ、頑張れよ」
ルイスが家を出る。
ポム・ダムールは長持ちするものじゃないから早い方が良いだろうけど。今日はルイスの誕生日なのに。
「で?答えは?」
「飴みたいに甘いものは、お前は食べなさそうだな」
ポム・ダムールか。
「林檎は好きだけど」
「これは昨日の夜だって言っただろ?」
飴と林檎は、昨日の夜。
夜と星は、昨日の日中。
何を基準にして作ってるかは……。分からないな。
でも、お互いにブローチを持ってることが前提なら、それほど複雑にする必要はないだろう。
昨日と今日で違うってことは奇数日と偶数日で分けてるいるのかな。他にも特別な日にだけ使う合言葉……、雨の日だけ使う合言葉とか、特殊なパターンも用意してるのかもしれないけど。
「なんで俺の家族のことをそんなに知ってるんだ」
「有名人だからな。お前たち」
「ブローチはアレクから貰ったんだろ」
「主から貰ったんだ」
「あるじ?……だからそれは、」
「さて、ここからは商談だ」
「まだ聞きたいことがある」
「他人には語れないな」
合言葉を知らなきゃ、ブローチを持っていても身内じゃないって言いたいのか。
「ほら、俺が拾って来たものを引き取ってくれ」
「拾って来た?」
そういえば、シリルは珍しい素材を持って来る奴だってルイスが言ってたっけ。
カウンターに並んでるものは……。
おぉ。
「竜血樹の樹脂に黒檀、ペルネティアの実、ハナイカダの葉……。これはハオルチアの窓か?」
確かに珍しい植物ばかりだ。黒檀はともかく、他のものは普通の店じゃ買い取らないな。
「どこで集めて来たんだ?」
これが全部、同じ地域で取れるものとは考えにくい。
「あちこち行ってるからな。忘れた」
「次持って来るなら、ハナイカダは実がついてる奴。ハオルチアは株ごとにしてくれ」
「それは依頼か?」
「持って来るならって話しだよ」
査定は……。
状態はどれも良さそうだな。この黒檀は凄く良い。
「あ」
シリルに言おうと思ってたこと。
「なんだ?」
「リリーを助けてくれてありがとう」
シリルが笑う。
「祭りのど真ん中で薔薇持って走ってたら相当目立つぜ」
別れた時、シリルは北に向かってたから、俺が南から広場に走ってるのを見てるはずないのに。
「一体いくつ目を持ってるんだよ」
「ブローチの数だけだ」
かなり情報共有能力の高い集団だな。
でも、挨拶が必要ってことは、お互いの素性は知らないんだろう。アレクが地方巡りしてた時にブローチを直接渡した対象の集まりで、アレクが持ってる情報源の一つと考えられるけど……。
―今年は派手な揉め事もなくて平和です。今のところ定期巡回で事足りてますね。
―妙な感じです。
こいつらが守備隊の先回りをして揉め事を片付けてる可能性が高いな。かなりの人数が王都に集められてる。
そういえば、リリーが変なこと聞いてたっけ。
「遅刻組って?」
「俺は最初の集合場所に行かなかったんだ」
「王都が集合場所じゃなかったのか?」
「合言葉は?」
ここから先は仲間だけの秘密?
「アヤメ」
シリルが笑う。
「良いか。俺たちはある目的のために集められた団体。主は団員を選定するだけで、団長じゃないぜ」
「え?」
アレクじゃない?
「指令を与えるのは団長だ。せめて団長の名前でも言えれば、もう少し相手してやるよ」
考えてわかることなのかよ。それ。
「団体の名前は?」
「さぁ?」
『とことん秘密主義なのねぇ』
この分じゃアレクも教えてくれなさそうだな。
買い取りの明細を書いてシリルに見せる。
「これで良いか?」
「おぉ。良いねぇ」
シリルにサインをしてもらって、代金を払う。
「また持って来るぜ」
「毎回買い取るとは言ってないからな」
自分で取りに行かなくて済むのは楽だけど。
「はいはい。わかってるよ。……じゃあな」
店から出て行こうとしたところで、シリルが振り返る。
「そういえば、あれはいつになったら届くんだって言ってたぜ」
「あれ?」
何か頼まれてたっけ?
―刀が欲しいな。
あ。リリーに頼んだまま、忘れてた。
※
リリーとキャロルに出かけてくることを伝えて、店に閉店の看板をかけて出かける。
アヤスギの店は……。
あれ?看板、掲げたのか。独特の黒いインクで文字が書いてある。
綾杉。
あれって、刀の国の言葉だよな。何て書いてあるか読めないんだけど。今度、リリーに聞いてみよう。
店内は、何故か冒険者でもない女性客が大勢居る。
ここは鍛冶屋で武器屋だろ?
なんで?
ムラサメまで接客してる。
「アヤスギ」
「エルロック。……お前、どういう宣伝して回ってるんだ」
「宣伝?」
「キャロルの包丁が欲しいって客が大勢来てるんだよ」
あの可愛い包丁のことか。
「在庫がないってのに、剣術大会が終わるまでに納品しろって客ばかりだ。俺の店は包丁屋じゃないぞ」
そんなに急がせるってことは、客は大会の観戦に来てる貴族連中か?
なら。
「宣伝して回ってるのは俺じゃない。オルロワール家のマリアンヌだ」
「なんで名家の御令嬢が出て来るんだ」
「知り合いなんだよ」
「知り合いだって?」
「マリーがキャロルから包丁のことを聞いて宣伝してるんだろ」
マリーの社交界での発言力は絶大だ。
噂の発端はたいていマリーで、そこから派生して行く。貴族の間で流行ってるものは、すぐに王都で流行るからな。
逆に、マリーに余計なことを喋ると、次の日には王都中の話題になってるんだけど。
『本当にそれだけかしらねぇ』
『どういうこと?』
『女の子のお目当てはムラサメなんじゃないのぉ?』
『大会の予選通過者だからな』
『人気者なのね』
大会の予選は完全に実力勝負。名前が知られていない者が勝ち上がれば、より注目を集めることになるだろう。
「で?今日は何の用だ?」
「リリーが頼んでる刀のことなんだけど」
「あぁ。見て行ってくれ」
「忙しいなら待ってるよ」
「どうせ包丁の注文だけだ。ムラサメ、ちょっと頼むぞ」
「了解した」
アヤスギと一緒に店の奥にある工房へ行く。
ポラリスの店って、こんな構造になってたのか。いつも薄暗かったから印象が変わったな。ちゃんと鍛冶をする工房も出来てる。……なんだかちょっと変わってるけど。
「これだ」
黒塗りで桜の花びらの描かれた鞘。
シンプルだけど綺麗だな。そういえば、リリーが持ってた雪姫もこんな形だったっけ。
っていうか。
「抜きにくいな」
「こっちの武具とは違うからな。滑り止めがついてるんだ」
「鞘から抜け落ちないように?」
「刃が鞘の内部でこすらない設計だ」
「細かいな」
良い剣ほど鞘に工夫をしてるイメージはあるけど。刀は一本一本、相当丁寧に作られてるみたいだな。
「貸してみろ」
アヤスギに刀を渡すと、アヤスギが刀の抜き方の手本を見せてくれる。
「抜く時にも気をつけろよ。刃を鞘に当てないように抜くんだ」
かなり気をつけて抜かなきゃいけないらしい。
「ムラサメは一瞬で抜いてたぞ」
「それは居合と呼ばれる刀の技術だ」
「教えてくれ」
「俺が教えられるわけないだろ」
難しいのか。
「貸して」
アヤスギから鞘に収まった刀を貰って、アヤスギがやっていたように抜く。
いちいちこんな抜き方しなきゃいけないのか?
『ムラサメだ』
「アヤスギ、刀身に彫る意匠について要望が来ている」
「あぁ、わかった」
アヤスギが出て行く。
「エルロック。刀を引くのではなく、鞘の方を引くと良い」
「鞘を?」
確かに、こっちの方が抜きやすいな。
左手に持ち変えて、刀を何度か振る。
「居合を教えてくれ」
「あれは簡単に学べる技術ではない。刀を持つのが初めてのお前には無理だろう」
「コツは?」
「簡単に戦いを挑むような、精神が未熟な者には扱えないものだ」
精神が未熟、か。
『エルは簡単に戦いを挑んだりしないわよぉ』
『この前の決闘で先に剣を抜いたのはエルだからな』
攻撃されない限り戦わないってスタンスなんだろう。
「誰かに師事したいのならば、ガラハド殿に頼むと良いだろう」
「ガラハドも使えるのか?」
「彼は皆伝の証を持っている居合の達人だ。間違いなく長い修行を我が祖国にて行われた方。弟子を持っていないのが不思議なほどの御手前だ」
ガラハドなら、オービュミル大陸を出てた時期もあるだろうからな。
「今度聞いてみる」
っていうか、この刀。
「反りが全然ないな」
「この国の皇太子は直剣が好きなのだろう」
「そんなの誰から聞いたんだ?」
「リリーシア嬢から伺ったらしい」
リリーはアレクから聞いたのか?
いや。イリデッセンスだって、細かい注文を付けてないにも関わらず、あれだけ俺に合うものに仕上げてくれたんだ。自分で観察した結果をアヤスギに伝えたんだろう。
相変わらず良く見てるな。この刀身だってサンゲタルの刀身に近い長さだし。
「これは何て読むんだ?」
刀身に銘が掘ってある。
「彩雲」
「綺麗な名だな」
イリデッセンスといい、逆虹といい。
なんだか虹と縁のある刀剣が多いな。
刀を鞘に戻そうとすると、ムラサメが制止する。
「待て。刀は必ず右手で持つものだ。鞘は左手に持て」
「なんで、そんな決まりがあるんだよ」
「作法だ。鞘当てが起こることを防ぐ意味もある」
「鞘当て?」
「道を行きかう時、人は必ず左側を歩くだろう」
「そうか?」
「少なくとも我が国の慣習ではそうだ。刀を右側に帯刀してしまえば、すれ違いざまに鞘が当たる。鞘当ては決闘の合図だ」
「お前の国ってめんどうだな」
「この国も変わった作法が多いだろう」
異国なんてそんなものか。
「お前ら、まだここに居たのか」
接客を終えたアヤスギが戻ってくる。
「アヤスギ。アレクにこれを届けに行こうぜ」
「アレク?」
「この国の皇太子だよ。気に入るかどうかは本人に聞いた方が手っ取り早いだろ」
「お前、皇太子とも知り合いなのか?」
「そうだよ。早く行くぞ」
「待て待て。一国の皇太子に会うのに、正装もしないのは……」
「公式な訪問じゃないんだから気にしなくて良いだろ」
「馬鹿か?行くなら一人で行って来い」
「感想を聞きたいんじゃなかったのかよ」
「仕事はした」
「わかったよ。……そうだ。これ、いくらで引き取れば良い?」
「献上品だ」
なんていうか。
初めて会った時もこんな感じだったよな。
「お前、商売の才能ないだろ」
「ほっとけ」
「職人とはそういうものだ。この国で良質な鋼を手に入れることがどれだけ大変なことかわかっていない」
「難しいのか?」
「この国の製鉄技術は低いからな。刀に向いた純度の高い鉄は作れない」
「製鉄技術か……」
ラングリオンの技術じゃ無理なのか?
※
城に入ってアレクの書斎に行くと、扉の前にマリユスが居る。
珍しいな。ツァレンじゃないなんて。
「エルロックさん。お疲れ様です」
「停職は解けたのか」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
マリユスが頭を下げる。
反省はしてるみたいだな。
でも。
頭を上げたマリユスの額を指ではじく。
「……っ。何するんですか」
「人の女に手を出すんじゃねーよ」
「何の話しですか」
「リリーに薔薇を贈っただろ」
「感謝の気持ちです。花に添えたメッセージにもそう書きました」
見てない。
「感謝なら薔薇じゃなくても良いだろ」
「季節ですから」
「なんで七本なんだよ」
「十本以下なら奇数が礼儀です」
「十二本で良いだろ」
「良い花がなかったんです」
どこまでも恍ける気か。
『アレクが来た』
扉が開く。
「アレク」
「主君」
「エル、届け物があったんじゃないのかい」
「あるよ。アヤスギからの献上品。名前は彩雲」
アレクに彩雲を渡す。
「ありがとう。もう少しそこでお喋りを続けるかい」
「冗談じゃない」
「とんでもないです」
『被ったね』
「仲が良いね」
どこが?
くすくす笑っているアレクと一緒に、書斎に入る。
コーヒーの良い匂い。
「鞘に描かれてるのは桜だね。綺麗な色だ」
アレクが刀を抜く。
「抜き方、知ってるのか」
「ガラハドから聞いたことがあるよ」
でも、居合は知らないみたいだな。余程鍛錬が必要な技なのかもしれない。
「美しいね。切れ味も良さそうだ」
アレクが軽く刀を振る。
「私好みに仕上げてくれたんだね」
「リリーが上手く注文してくれたみたいだぜ」
ソファーに座って、アニエスの出したコーヒーを飲む。
「ありがとう。お礼は何が良いかな」
「それは賭けの約束だ。アヤスギも献上品だって言うし、礼なんて要らない」
アレクが刀を鞘に納める。
「気に入ったよ。素晴らしい職人に、お礼を伝えておいてくれるかい」
「あぁ。わかった」
注文以上の仕上がりだったのか。流石だな。
「その刀には、かなり良質な鋼が使われてるらしい。ラングリオンの製鉄技術じゃ作れないって言われたんだけど。どう思う?」
「難しいだろうね。刀の国の製鉄技術は、かなり高いようだから。その技術は国によって保護されているんだ。錆びない鉄を作り出せるって噂もあるぐらいだよ」
「錆びない鉄だって?信じられないな。どういう理屈だ?」
「この刀も錆びにくそうだね」
「確かに」
優秀な鋼じゃないと、刀は作れないのか。
「せっかくだから、これで剣術大会に出てみないかい」
「この刀で?」
「試し斬りをしてもらいたいんだ」
「相手を斬るような真似なんてしないぞ。剣術大会の勝ち方は、」
「じゃあ、使ってくれるね」
「……良いよ」
上手く勝てば、相手を傷つけることなんてせずに済むはずだ。
「この刀はエルに向いているよ。少し長いけれど、すぐに慣れるだろう」
「あぁ」
「そろそろランチの時間だね。何か食べていくかい」
今から帰っても、リリーとキャロルとはすれ違いそうだな。
俺の帰りが遅かったら、先に買い物してるように言ってあるから。
「そうする」
ランチが終わったら、買い物をしてガラハドの家に行こう。




