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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
62/149

67 堅苦しい行事

「こんな感じだったっけ?」

 アレクが剣術大会に出た時の衣装って。

「アレクシス様の御衣裳は、白地に藍の装飾が入ったものでした」

「赤になってる」

「多少の違いはございます」

 どこが多少だ。

「エルは紅色が似合うよ」

「帽子をどうぞ」

 アニエスからもらった帽子をかぶると、ライーザが位置を調整する。

 アレクが被ってたの、こんな羽帽子じゃなかったと思うけど。

「流石、ロザリー様。エルロック様によくお似合いです」

「まだ一度も会ってない」

「すぐに会えるよ」

 ロザリーはヌサカン子爵と共に城に来てるらしい。グリフとシールも一緒に帰還してるはずなんだけど、まだ誰とも会ってない。

 ロザリーが作った衣装だけが先に届いて、試着してるのだ。

 短剣とアレクのサーベルを身に着ける。

「どうぞ」

 仮面。

 これは見覚えがあるな。アレクが剣術大会でつけてた奴だ。

 仮面をつけて鏡を見る。

 これで完成。

 ……思ってたより派手な衣装だな。

 白地に紅ってだけでも目立つと思うんだけど、細かく金の糸で刺繍まで施されてる。

「良く似合ってるよ」

 着心地は良いし、注文通り胴回りにはガラス繊維の布を縫いつけてくれているから、装備として全く問題はないんだけど。

「剣術大会向けの衣装じゃないよな」

「鎧の方が良かったかい」

「冗談じゃない」

 鎧なんて重たいものは無理。

 攻撃なんて当たらなきゃ良いんだ。

「瞳の色は変えた方が良いのか?」

「そのままで大丈夫だよ」

 余程近くで見ないと、仮面をつけてればわからないか。

 仮面と帽子を外してテーブルの上に置く。

「ライーザ、マントを」

「はい」

「マント?」

 ライーザが俺の肩にマントを付ける。

 深紅のマントなんて。これ以上目立ってどうするんだ。

「要らないけど」

「メルリシア姫が城にいらっしゃってるんだ」

 グラシアルの一行が謁見に来てるから、アレクも正装だったのか。

「一緒に陛下に会いに行こう」

「……陛下に?」


 ※


 アレクとツァレンと一緒に、謁見の間の控えの間へ向かう。

「アリシア」

 控えの間には、すでにグラシアルの一行が来ている。

「エルロック。……アレクシス皇太子殿下。お待ちしておりました」

 アリシアたちが頭を下げる。

「ラングリオンの皇太子、アレクシスと申します。あなたがメルリシア姫ですね」

「はい。グラシアル女王国より参りました外交大使、メルリシアと申します」

 黒髪に濃い青の瞳の女性がドレスの裾を持ち上げて礼をする。

 相変わらず、女王の娘って似てないよな。

 血が繋がっていないんだから当たり前だけど。

「メルリシア様のお世話をしております、フィオと申します」

「アリシアと申します」

 フィオの衣装はソニアに似てる。魔法使いなんだろう。

「アリシアと正式に会うのはこれが初めてだね」

「はい」

 アリシアはプリーギの件の時に研究所に居たし、パッセの居酒屋にも居たから、アレクと顔は合わせてるはずだけど。どっちも非公式な訪問で、挨拶もろくにかわせない状況だったからな。

「先日は楽しんでいただけたかな」

「素晴らしい御手前でした。お噂以上に才能溢れる方とお見受けします」

 ショコラのケーキの話しか。

 せっかくアレクが作ったのに、リリーは食べ損ねたな。

「喜んでいただけたなら嬉しいよ。……エル、ツァレン。陛下に会いに行こう」

「ん」

「御意」

 ツァレンと一緒に並んで、アレクの後ろを歩く。

 あ。ツァレンの襟に、ビオラのブローチがついてる。

 近衛騎士に配ってるのか?これ。


 謁見の間。

「皇太子殿下御一行がいらっしゃいました」

 中央の玉座に座って居られるのが陛下。向かって左側に居るのが書記官のオルロワール伯爵とアルベール。右側の玉座は空席。

 ……ここに来るのは二度目。

 近衛騎士が整然と並ぶ広間の中央をアレクが進み、その後ろからツァレンと一緒に進む。

 途中で、左右に並んでいた近衛騎士が槍を前に出す。

 従者は一旦ここで止まる。

 そのままアレクだけが国王陛下の前まで進み、跪いて首を垂れる。

 長い菫のマントが地面に着く。

「国王陛下。皇太子、アレクシス、参上いたしました」

「良く来た。傍に控えよ」

「御意」

 アレクが陛下の隣にある玉座に座る。

 それに合わせて近衛騎士が槍を引く。

 一呼吸置いてからツァレンと一緒に進み、国王陛下の前で膝をついて頭を下げる。

「皇太子近衛騎士、ツァレン。参上いたしました」

「皇太子秘書官、エルロック。参上いたしました」

「良く来た。……顔を上げてくれるか」

 顔を上げると、国王陛下と目が合う。

 アレクと、フラーダリーとよく似た切れ長の碧眼。

 会うのは二回目。

「元気そうで何よりだ」

 ……陛下。

「勿体ないお言葉です」

「共に、アレクシスを支えてくれ」

「御意」

「御意」

 もう一度頭を下げてから、向かって右手の玉座に座るアレクの後ろに並ぶ。

『エルが敬語だったわ』

『国王陛下だものぉ』

 なんで、わざわざあんなこと……。

「グラシアル女王国より、メルリシア姫様御一行がいらっしゃいました」

 扉の前に一行が姿を見せる。

「アレクシス。御案内を」

「はい」

 アレクがメルリシアの傍まで行って、手を差し伸べる。

「陛下の御許まで、御案内いたしましょう」

「ありがとうございます」

 二人が先に進み、その後に、アリシアとフィオが続く。

 そして、陛下の前に着いた姫の一行が跪く。

「国王陛下。グラシアル女王国より参りました、外交大使のメルリシアと申します」

「ラングリオンへようこそ。我が国はグラシアル女王国の一行を歓迎致す」

「ありがとうございます」

「どうぞ、楽に」

 アレクに手を引かれて、メルリシアが立ち上がり、アレクが玉座に戻る。

「長き旅の疲れはもう癒えたかな」

「はい。陛下のお心遣いに感謝いたします」

「グラシアル女王国は先の政変で大きく変わったと聞く。良ければ詳しくお聞かせいただけないだろうか」

「はい」

 外部から侵入不可とされたプレザーブ城が崩れた上に、女王が崩御。その結果、新しい体制に移行した。特筆すべき目立った動きがあったわけでもなく、突然起きた事件だ。どう説明つけるかな。

「グラシアル女王国は、その名の通り女王による支配が長く続いた国でございます。しかし、女王の支配に疑問を抱いた共和制を目指す勇士と、女王の支配に反対する龍氷の魔女部隊が手を組み、今回の革命を起こすことになりました」

「ふむ」

 革命か。

『そうなの?』

 現在は共和制を目指してるんだから、事実とかけ離れてはいないだろう。

「目的は独裁を続けてきた女王を打ち倒すことのみです。その際に、ラングリオンでも高名な魔法使い様のお力添えがあったことは、陛下の御耳にも入っていらっしゃることでしょう」

『エルのこと?』

『静かに』

「グラシアル女王国が新しく生まれ変わる為に、我が国の者が貢献したというのは喜ばしいことだ。女王はその後、どうなったのかな」

「残念ながら、女王はその魔力の高さ故、肉体ごと消滅いたしました。魔力もすべて自然に還ったものと思われます」

「なかなか興味深いことだ」

「はい。亡骸によって女王崩御の周知を行うことが叶わなかった私たちは、女王の象徴であるプレザーブ城の崩壊によって勝利の宣言をいたしました」

 これ、話してるのはメルリシアだけど、アリシアの描いたシナリオなのかな。

「現在、我が国は共和制を目指す為、新たな一歩を踏み出そうとしているところでございます。まだまだ経験の浅い国として、世界でもいち早く奴隷制度を廃止し、市民の平等を目指したラングリオン王国は手本とするべき国と考えております」

「平等を目指す為の革命であったか。遠き異国の地とは言え、同じ精神を目指せる国の誕生を喜ばしく思う」

「ありがとうございます。学ぶべき国として、また、恩人の居らっしゃる国として、グラシアルはラングリオン王国との関係を重視しております」

「それはありがたい。我が国も、貴殿の国が誇る魔法学や錬金術からは学ぶべきことが多いと感じている」

「お褒め頂き光栄です。ですが、オルロワール伯爵家のマリアンヌ様から聞かせていただいた魔法学や錬金術のお話しは、大変興味深いものばかりでした。ラングリオン王国の学問は、グラシアルとは違う角度からのアプローチがなされており、我が国が学ぶことも多いと感じます」

「御謙遜を。世界最高峰と謳われるグラシアル女王国の魔術には敵うまい」

「いいえ。先日流行した難病を解決された御手腕からも、その技術の高さを感じます」

「先の病か。それについては、アリシア嬢のお力添えも大きかったと聞いている。ラングリオンの代表として礼を言おう。ありがとう、アリシア嬢」

 アリシアがグラシアルの一行が到着前に研究所に来てること、正式には通知されてないはずだけど。……知ってるよな。

「勿体ないお言葉です、陛下。私どもが目指すべきものは同じ、平等で平和な世界でございましょう。それよりも、私のような異国の若輩者を研究所に迎え入れて下さった御器量に感謝いたします」

 実際、血液の専門科でもあったアリシアが居てくれたのは大きい。

「貴殿のような優秀な研究者を我が国に招けたことは大きい。……難事に対し、協力し合える関係をこの先も続けていきたいものだ。我が国もまた、グラシアル女王国との友好関係を重視しよう」

 おぉ。

「ありがとうございます、陛下」

 なかなかの外交手腕じゃないか。

 陛下から、両国の友好関係の重視を取り付けるなんて。

「ささやかですが、贈り物を御用意いたしました。どうぞお納めください」

 メルリシアの後ろに控えていたフィオが宝石箱を掲げると、陛下の傍に控えていたメイドが宝石箱を受け取って、陛下の前で箱を開く。

 そして、陛下が箱の中身を取り出す。

「水の虹石をあしらった首飾りでございます」

 綺麗だな。

「虹石とは珍しい。良い職人の加工したものだ。ありがたく頂戴しよう」

「お褒め頂き光栄です」

「こちらも歓迎の宴を用意している。楽しまれていかれよ」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 グラシアルの一行が頭を下げて退出し、扉が閉じる。

 無事に終わったな。

「アレクシス」

 陛下がこちらを見る。

「はい」

「剣術大会の名代は決まったのか」

「当日まで秘密です」

 言ってないのか。

 ……知ってるに決まってるけど。

「アルベールもまだ聞いていないと教えてくれないものだからな。余程の隠し玉なのだろう」

「はい。今回の大会は負けられないですから。私の代わりとなる、優秀な剣士を育てているところです」

「それは楽しみだな。……フィリップが珍しいメイドを連れて来たのは聞いたか?」

 フィリップ。

 ラングリオンの王弟で、現在のヌサカン子爵。

「いいえ。まだ子爵とは会っておりませんから」

「織物が得意らしい。マリアが献上されたテーブルクロスを早速使うと言っていた」

 そういえば、王妃様の名前はマリーと同じ、マリアンヌだったな。

「それは楽しみです」

「最近、お前も黒髪のメイドを使っているようだな。クロエと言ったか」

「陛下の御耳に入っておりましたか」

「今度の晩餐に連れて来ると良い」

 は?

「今は違う仕事を任せておりますから、難しいかと」

「それは残念だ。……さぁ、マリアも待っている。庭に移動するとしよう」

 アレクが立ち上がって、陛下に礼をする。

 それに合わせて、ツァレンと一緒に頭を下げる。

「では、お先に失礼いたします」


 ※


 ようやく控えの間に戻って、息を吐く。

「緊張したかい」

『最後のあれは、何なのよぅ』

「絶対行かないからな」

「ちゃんと断ったじゃないか」

 アレクが笑う。

『遊ばれたな』

「アレクシス様」

 アリシア?

「何かな」

「エルロックを少しお借りしても?」

「構わないよ。聞きたいことがあるのかな」

「はい」

「聞きたいこと?」

「いつもの金色の光はどうした?」

「あぁ」

 見えないのか。

「隠してるんだよ」

 アリシアに見えないってことはリリーにも見えないよな。

 この衣装で出場できそうだ。

「どうやって?」

「アリシアは眼鏡をかけると精霊が見えないんだろ?」

「良く知っているな」

「リリーから聞いたんだよ。これは、その応用。ガラス繊維を使ってるんだ」

「ガラスの特徴なのか。……しかし、何故そんなことをする必要がある?」

「それは……」

「リリーシアの目をくらませる必要があるからだよ。エルは剣術大会に出場するんだ」

「何で教えるんだよ」

「その衣装で出場するのだから、隠しても仕方ないだろう」

 そうだけど。

「リリーには内緒にしておいてくれ」

「構わないが……」

『でも、リリーにばれたところで、リリーは大会に参加できないのよね?』

 一般参加者の登録は、バロンスの朔日で、受け付けはもう終わってるからな。

「え?リリー、大会に出場しないの?」

「メル。敬語を使え」

「どうして?アリシアも敬語じゃないのに」

「公式の場だ。気を抜くな」

「構わないよ。陛下の御前じゃないからね。……リリーシアは大会当日、私の傍で大会を観覧する予定だよ」

「リリーが戦っているところ、見たかったのに」

「冗談じゃない。剣術大会は真剣勝負で危険なんだ」

「あら。あなたはリリーがどれだけ強いか知らないの?」

「知ってるよ。でも、怪我をするかもしれないだろ」

「怪我なんてしないよ。リリーはグラシアル一強いんだから」

「強いことと怪我をしないことはイコールじゃない。大切な人が目の前で傷つくのを見てられるわけないだろ」

「大切な人っ?……リリーをあげた覚えなんてないんだからっ」

「は?」

「メル」

「私は認めな……、ぃったぁ」

 メルリシアが話してる途中で、アリシアがメルリシアの頭を叩く。

『容赦ないわねぇ』

『痛そう……』

 リリーに懐いてるのか?

「とんだ御目汚しを。失礼いたしました」

「構わないよ。仲が良いんだね」

「恐縮です」

「で?言いたいことはそれだけか?」

 メルリシアが頬を膨らませる。

 それ、リリーみたいだな。

「有名な魔法使いで、天才錬金術師で、皇太子秘書官で、リリーを差し置いて剣術大会に出るなんて、どれだけ完璧人間なの?信じられない」

『ふふふ。褒められてるわねぇ』

「褒めてなんかないもん!」

 これは……。

 思わず、頭を撫でる。

「な、何よ!」

「可愛い」

 メルリシアが顔を赤くする。

「なっ、あなた、なんなのっ?」

 陛下の御前とは大違いだな。

 中身はまだ子供じゃないか。

「重ね重ね、申し訳ありません。どうかご容赦を」

 アリシアも大変だな。

「構わないよ。面白い子だね」

 一国の代表が、皇太子の前で取って良い態度じゃないのは確かだろう。

 先が思いやられるんじゃないのか?これ。

 控えの間の扉が開く。

「皆様、御庭へ御案内いたします」

 メルリシアが俺の手を払って、姿勢を正す。

「おぉ」

 一瞬で顔つきがグラシアルの外交大使に戻った。

「では、参りましょうか。メルリシア姫、御手をどうぞ」

「はい」

 メルリシアがアレクの手を取る。

『見事な才能だ』

 本当に。


 ※


 薔薇の庭園で、音楽隊が音楽を奏でる。

 ピアノまで運んでたのか。

 陛下と王妃様、アレク、メルリシアが同じ席でお茶をしながら観覧してる。

 近衛騎士が遠巻きに居て、アレクの後ろにツァレンが。メルリシアの後ろにフィオが居る。

 俺とアルベール、アリシアが別の席に案内された。

「伯爵は?」

「父は仕事に戻ったよ。歓待は王妃様の仕事だ」

 そういえば、王妃様をこんなに近くで見るなんて初めてだ。

 あのテーブルクロスが、ロザリーが作ったものなのかな。

「エルロック。メルのことは怒らないでやってくれ」

「ん?……怒ってないよ。本当に仲が良い姉妹だな」

「そう言ってくれるとありがたい」

「何かあったのか?」

「メルはリリーの結婚を快く思っていないようなんだ」

「機嫌を損ねるようなことでもしたのか?エル」

「するわけないだろ」

「エルロックには何の問題もない。リリーはメルが何をしても怒らないから、メルはリリーに懐いているんだよ」

 アルベールが笑う。

「末っ子らしいじゃないか」

「あれにはしっかりしてもらわなければ困るのだが」

「自由に生きられるのは末っ子の特権だ。エグドラ家だってそうだろう」

 そういえば、今朝はローグもマリユスも見かけなかった。

「エグドラ家というと……。カミーユの家の者か?」

「そうだよ。カミーユの弟が、アレクの近衛騎士になったんだ」

「名誉な話しじゃないか」

「残念ながら、今は停職中だ」

「何したんだ」

「決闘」

「決闘で停職?……なかなか厳しい世界だな」

「規律違反なんだよ」

 近衛騎士の私闘は厳禁だっていうのに。

「全然懲りてないな。ローグも巻き込んだのか?」

「ローグは主命で砂漠に行ってるらしい」

「砂漠だって?何しに?」

「さぁ。マリユスの件があったから、少し難しい仕事を買って出たって話しだ」

 ローグは真面目だからな。

 マリユスが停職で済んだのは、ローグのおかげなんだろう。

「エル、ちょっと良いかい」

「アレク」

「陛下がツィガーヌを聞きたいと仰られているのだけど。弾けるかい」

「陛下が?」

「無理にとは言わないよ」

「弾く」

「ツィガーヌなんて、練習もなしにやれるのか?」

「弾けるけど」

 でも、陛下の御前でやるなら自分のバイオリンでやりたかったな。

 アレクが笑う。

「今、エルのバイオリンを取りに行かせてるところだよ」

「じゃあ、バイオリンが届くまでの間、それで何かやるか?」

 アレクが持っているバイオリンを指す。

「二つのバイオリンのための協奏曲を弾こう」

「良いよ」

 アレクが持っているバイオリンを借りて、いくつか音を鳴らす。

 良いバイオリンだ。

『調律の必要はなさそうだな』

 アレクと一緒に、陛下の前に並んでいる音楽隊の元へ行く。

 楽譜も用意されてるし編成も済んでる。

「エルロックのバイオリンが届くまでの間、二つのバイオリンのための協奏曲を演奏します」

 アレクと一緒に礼をする。

「好きなタイミングで良いよ」

「ん」

 この曲は、セカンドバイオリンから入るから。

 アレクと視線を合わせて、後ろの音楽隊に合図を送って、音を奏でる。

 リズム、これで良いかな。少し早いかもしれない。

 ……アレクのバイオリンの音が重なる。

 二人でやると本当に楽しい曲だ。

 バイオリンの掛け合い。

 音の調和。


 そういえば、この曲をアレクとやるのは初めてだ。

 心配なことなんて全然ないけど。

 アレクとなら上手くやれるって自信があるから。

 顔を上げると、アレクと目が合う。

 そう。こんな感じ。

 楽しい。



 拍手が聞こえて、アレクと一緒に頭を下げる。

 楽しかった。

 バイオリンを弾く度に思う。もっと演奏したいって。

 ……それから、フラーダリーのバイオリンを壊してしまったことを思い出す。

 弁償しようと思ってベルベットで働いてたのに。結局、買えなかった。

「素晴らしい演奏でしたわ。いつの間に練習していたのかしら」

 マリアンヌ王妃様。

「御所望とあらば、どのような曲も演奏いたしますよ」

「ふふふ。あなたの妖精の踊りも聞きたいところだけど、滅多に会えない奏者がいらっしゃるのだから、今日はエルロックに頼みましょうか」

 周囲に居た奏者が楽譜と椅子を持って退場する。

『ロニーだ』

「バイオリンをお持ちいたしました」

 ロニーがバイオリンを取りに行ってたのか。

 ロニーが開いたバイオリンケースの中から、バイオリンを出す。

 綺麗に保管されてたみたいだ。

「ロニー、任せたよ」

「御意」

 アレクが席に戻る。

「ピアノは私が弾くよ」

「ロニーが?」

「エルの演奏に合わせられる人がどれだけいるって言うの?」

「どういう意味だよ」

 あれ?ビオラのブローチ、今日は詰襟の表に着けてる。

―見せちゃいけないって言われなかった?

 結局、なんだったんだ?ツァレンもつけてたし。

 ピアノに向かうロニーを見送って、バイオリンの音を鳴らす。

「バニラ、顕現してくれ」

『了解』

「……」

 顕現したバニラに、バイオリンの調律を手伝ってもらう。

 調律器を使うよりも手っ取り早い。

 本来、精霊を軽々しく顕現なんてできないけど、王族ばかりのこの場所で精霊を隠す意味なんてないからな。

『良いだろう』

「ありがとう。……では、ツィガーヌを演奏いたします」

 バニラの顕現を解いて、一礼する。

 バイオリンを構えて、呼吸を整えて。


 音を鳴らす。


 序盤は完全にバイオリンの独奏。

 だから、奏者によってかなり表現の幅が広く、自由に弾ける。

―ここまで完璧に掴みどころのない音を奏でられる奏者も居ないね。

 ツィガーヌとは放浪者。

 この曲を弾いてると砂漠のことを思い出す。


 第一楽章の終盤になってようやくピアノが入って来ると、雰囲気が変わる。

 踊るようにピアノと一緒に音を奏でて……。

 第二楽章。

 ここから楽しくなってくる。

 上手く合わせないと……。


 あ。無理。


―エルの演奏に合わせられる人がどれだけいるって言うの?

 なら、合わせて。

 ロニーと演奏するのは初めてじゃないから、きっと大丈夫。

 最後まで、ちゃんとついて来いよ。


 ※


「疲れたかい」

「少し」

 書斎に戻って、ソファーに座る。

「寝ても良いよ」

 隣に座ったアレクの膝に頭を乗せると、アニエスが俺にブランケットをかける。

「下がってくれるかい」

「はい」

「はい」

 扉が開く音。

 書斎に居たアニエスとライーザが出て行ったんだろう。

「楽しかったかい」

「楽しかったよ。……ロニーには悪いけど」

 アレクが笑う。

「エルに合わせるのは大変だからね」

「リリーも弾けるんだ。ツィガーヌの伴奏」

 楽しかったな。

 結婚式の後に行った温泉地で、ピアノとバイオリンを借りて色んな曲を演奏したのだ。

 リリーは、アリシアとポリシアのバイオリンに合わせて良く伴奏をやっていたらしく、一緒に演奏できる曲がたくさんあった。

 リリーは本当に何でもできる。

「今度演奏してもらおうかな」

「良いよ」

 リリーに頼もう。

 きっと、今日より楽しく弾けるに違いない。

「アレク」

「なんだい」

「陛下は、どうして……」

―元気そうで何よりだ。

 俺に、あんなことを。

「エルが姉上の忘れ形見だからだよ」

「……何が忘れ形見だ。使い方間違ってるぞ」

 フラーダリーとは全然似てないのに。

「姉上が最も愛した相手がエルであることに変わりないよ」

 それなら尚更。

 陛下は俺がフラーダリーの人生を台無しにしたと思わないんだろうか。

 フラーダリーだって俺に関わらなければ……。

「エルは姉上に感謝してるかい」

「もちろん」

「同じように、姉上もエルに感謝しているんだよ」

「なんで?俺は何もしてないのに」

「エルと一緒に過ごすことで、姉上は幸福だったんだ。陛下はそれを御存知なんだよ」

 フラーダリー……。

 本当に幸せに思ってくれてたのかな。

 だったら嬉しいんだけど。

「同じ時間を共有すると言うことは、特別なことなんだよ」

 アレクが微笑む。

「ゆっくりお休み」

 アレクだって。

 忙しいのに。

 やらなくちゃいけないことも多いのに。

 俺の為に時間を割いてくれるから。


―少しでいいから、私の為に時間を使って。

 リリー……。


 体を起こす。

「もう良いのかい」

「俺の番」

 アレクの腕を引いて、膝の上にアレクの頭を乗せて、ブランケットをかける。

「困ったな。眠る気はないんだけど」

「たまには昼間から寝るのも悪くないぜ」

 アレクが苦笑する。

「そうだね」

 誰かに何かを与えられるようになるのって、いつからなんだろう。

 アレクがいつもしてくれるように。

 フラーダリーがいつもしてくれていたように。

 


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