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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅱ.冒険編
58/149

62 大切なものは目には見えない

「行こうか」

 アレクが背を向けて歩いて行く。

 話しは終わったんだろうけど……。

 なんだ。この、妙な胸騒ぎ。

 このままじゃいけない。

 このままじゃ……。

「アレク」

 呼んでも応えてくれない。

「行かないで」

 アレクが立ち止まる。

 けど、こっちを向いてくれない。

 怒らせた?でも……。

「なんでこんな話しをしたんだ。俺は精霊が敵対するなんて思わない。そう答えるってわかってたはずなのに」

 アレクが怒る理由が思いつかない。

「俺だって、すべての精霊が味方だなんて言わない。人間に憎しみを抱いている精霊の存在だって知ってるよ。でもそれは、精霊も人間も同じだ」

「そうだね。敵か味方か。それだけだ」

「なら……」

「それなら、棺の中身は私たちにとって、敵か、味方か」

「敵だろ?」

「精霊にとっては敵だ。けれど、本当にあれは私たちの敵なのか」

「あの中身は王家の敵のはずだ」

「それすらも精霊による煽動だったとしたら?……この力が、人間の願いを叶える力だと言ったのはエルだよ。人間にとって、この力は本当に敵となる力なのかな。アルファド帝国の皇帝は確かに間違っていた。しかし、その力を正しく使うことが出来たならば結果は違ったはずだ」

「正しくって……。アレク、まさか……」

 ようやくアレクが振り返る。

「この棺を開く方法があるなら、私は開くよ。たとえ精霊が邪魔をしようと、その力を手に入れるつもりだ」

「だめだ、そんなの。アルファド帝国の二の舞になるぞ」

「帝国の失敗を繰り返すつもりはない。大きな力は平和的利用も可能だ」

「嘘だ」

 人の身に余る力を持っていたところで、何の役にも立たない。

 デメリットの方が遥かに高いに決まってる。

「力なんて不要だ」

「人間の力には限界がある。すべての人が同じように、自由に生きられる世界をつくるには人間を越える力が必要だ。それによって絶対的な正しさの指標を示すことができる」

「絶対的な正しさなんて存在しない」

「存在しないなら作れば良い。恒久に絶対な存在を」

「なんだそれ。神でも作る気か」

「そうだよ。人間の行動に、法以上の拘束力を持つものは倫理だ。神への信仰は倫理を植え付ける上で有効な手段だろう。そして、この場合の神とは自らを信仰する者の願いを叶える存在だ」

「信じるだけで願いが叶う?……望みが何の苦労もしないで手に入るなんてあり得ない」

「すべての願いを叶える必要はない。いくつかの大きな願いに応えれば良いんだ。そうすれば、人は願いが叶えば神に感謝し、願いが叶わなかった場合は、より強い信仰を寄せることになるだろう」

「すべてが神の所業になるって?自分の力で手に入れた願いが、神によって手に入ったなんて思うわけがないだろ」

「今だって人知を超えた力に頼る場合には月の女神に祈りを捧げ、叶えば神に感謝するだろう。それが他者の努力によってもたらされたものだとしても」

「月の女神は信仰を強制したりしない。俺たちが何もしなくても、地上を見守ってくれてる。アレクがやろうとしてるのは信仰の強制だ。信じない者はどうなる?」

「救われないだけだ」

「馬鹿馬鹿しい。法によって正義と悪を区別すれば十分じゃないか。信じない者を切り捨てるような存在なんて。法以上の拘束力を持つものなんて必要ない」

「あるよ。私欲の為だけに生きる人間が減らなければ、それによって搾取される人間が居なくなることはない。法には抜け穴が存在する。悪意を持った人間が居る限り、規制には限界があるんだ」

「限界なんてないよ。法は歴史の中で人間が善悪を学んできた結果だ。強者による弱者の搾取も、差別も、歴史の中で悪とされた結果、法に反映されてることじゃないか。法は、その経験や歴史を伝えてきたんだ。善悪も倫理も時代によって変わる。今、俺たちが信じてる正義だって未来では変わるかもしれないのに、不変の存在なんて作ってどうするんだ」

「時代によって変わらない不変なものも存在する。社会が目指すべき世界は平等だ。それによって平和が築かれる」

「今だって、充分な平和は築かれてるじゃないか」

「本気でそう思っているのかい。他国をけん制する為の軍備を怠れない現状が?……いつ戦争が始まってもおかしくない状態は続いているんだ。特に、ラングリオンとクエスタニアの間はそうだよ。吸血鬼種を巡った対立は避けられない」

「それは……」

「吸血鬼種の迫害が悪であるとクエスタニアに認めさせることは難しいだろう。それとも、エルは戦争を避ける為、ラングリオンとして吸血鬼種の迫害を黙認すべきだと言うのかい」

「違う」

「主義や主張は常にぶつかるものだ。それならば、人が平等であると説く神の存在を知らしめる方が余程効果的だろう。一人の人間の主張よりも、より大きな求心力となって世界に広がる。そして、この神は神聖王国クエスタニアの神を滅ぼし、人々にとって絶対的なものとなるんだ」

「……平和を目指すと言っておきながら、戦争を始めるつもりか」

「避けられないからね。けれど、アルファド帝国のような暴力的な支配はしない。目指すべきは精神的な支配。信仰によって平等を説き、調和のとれた世界を目指す」

「自分の気に入らない主張を淘汰した世界が平和だって?そんなの洗脳じゃないか」

「そうだね。それに近い。けれど、最も適した言葉で言うのならば教育だ。正しさとは何か。すべての人が同じように平和を目指すことが必要なんだ」

「正しさなんて人によって違う。自分の正しさを押し付けるって言うのか。人の思想の自由を奪ってる時点で暴力的な支配だ」

「そうかな。すべての人が平和を望むべきだという姿勢が間違っていると?世界に一人でも争いを望む人間が居る限り、争いは必ず起こるんだよ。その思想を駆逐することは正義だ」

「違う」

「では、戦いを挑んで来た者に対して、無条件で降伏できるかい」

「出来るわけないだろ。一方的な暴力なんて認められるわけがない」

「その通り。それは誰もが認める正義であり、その正義を守るために法がある。けれど、暴力の定義によっては抜け穴がいくらでも存在してしまう。個人から悪意を消さない限り、根本的な解決にはならないんだ。これが法の限界だよ」

「限界?試行錯誤すべき項目が多いだけだ。何もせずに諦めてどうするんだよ」

 アレクが溜息を吐く。

「どんな言葉でも、エルは説得できないようだね」

「当然だ」

「私は間違っているかい」

「間違ってるとは言わないよ。俺はアレクの目指すものを知ってるし、俺はアレクを応援してる。ただ、方法が気に食わない。神の力に頼るなんてだめだ。人間が、自らの力を越えるものに頼らなければ平和を築けないなんて思いたくない」

「仕方ないな。……そこまで言うなら、私を止めてみせるんだね」

「止める?」

 アレクが剣を抜く。

「嘘だろ?」

「嘘じゃないよ。……ただし、リリーシアを傷つけることはしないと誓おう」

 リリー。

 抱えているリリーを封印の棺の傍に座らせて、リリーの腰から短剣を抜く。

「借りるよ」

 エイダの精霊玉がついたリリーの短剣を右に持って、左手に逆虹を持つ。

「それで戦うのかい」

「あぁ」

「短剣の攻撃は私には当たらないよ」

「そんな玩具の剣で何言ってるんだよ」

 アレクが持っているのはドレスソードだ。

「心配しなくても、短剣に折られるような剣じゃないからね」

 ドレスソードは装飾が多くて、普段のより重いはず。

 けど、それで俺とアレクの実力差が埋まるわけがないのは明白だ。

 俺の精霊が傍に居たら、アレクと戦うなんて絶対止めるだろう。

「アレク。俺が勝ったら、棺の力を自分のものにしようなんて考えをやめてくれ。俺は、アレクはそんな力に頼らなくても、ちゃんと自分の目指すべき世界を創れると思ってるよ」

「エルは本当に甘いね。……私が勝ったら、エルはリリーシアと共にオービュミル大陸を出てもらうよ」

「国外追放どころか、大陸から追放するって言うのか」

「そうだよ」

 アレクが、自分の体の周囲に月の魔法で作った金の剣を浮かべる。

「負けるかよ。考えを改めさせてやる」

 炎の矢を浮かべる。

 あの魔法に対抗できる魔法って思いつかないけど。

 月の魔法が陰なら、闇の魔法でアレクの力を相殺できると思えない。きっと、陽に属する炎の魔法が正解。

 ……呼吸を整えて。

 逆手に構えた短剣を持って、走る。

 降り注ぐ金の剣に炎の矢をぶつける。……一本じゃ足りない。二本当てて、ようやく消せる程の力。

 残りは風の魔法で回避しながら、アレクの傍へ。

 右手の短剣を振ると、アレクが短剣に剣を当てる。弾き飛ばされそうになって、左の短剣も使って軌道をずらして耐える。

 視界の端で何かが煌めく。

 ……金の剣。

 氷の盾で防いで一歩引く。

 いつもだったら、魔法が飛んで来る場所は誰かが教えてくれるのに。

 ここには誰も居ないから。

 氷の盾を砕いた金の剣が俺とアレクの間に落ちる。その残光の合間を縫って、アレクが剣を振る。

 一歩引いてかわし、懐に向かって剣を振ったけれど、横から蹴られて吹き飛ぶ。宙返りして着地し、炎の矢を作りながら体制を整えて、もう一度。

 魔法を使いながら剣で戦うなんて初めてだ。

 ……面倒。魔力切れになるかが勝負。

 体の周囲を炎と風を混ぜた魔法で覆って、集めた力で球体の炎を三つ作る。

 そのまま走って、向かって来る金の剣に炎を当てる。

 防御に使う球体の炎に魔力を込めながら、アレクの剣を短剣で受ける。

 くそっ。防戦し続けるしかないのか。

 アレクの剣を交差した短剣で受け止めて、勢いよく弾く。

 このまま……!

「甘いよ」

 素早い切り返しで、左腕を刺される。

「……っ」

 届かない。

 もう少し剣の長さがあれば……。

 リリーの短剣に炎の力を込めて、思い切り振る。

 魔法を込めた刀身が炎の光となって伸びて、アレクの体を斬る。

 上手く行ったけど、大きなダメージになるような攻撃じゃない。そして一度見られた攻撃がもう一度入る可能性は低い。

 大きく後退し、怪我を大地の魔法で癒しながら、追って来たアレクの剣を左の短剣で防ぐ。

 怪我のせいで、力が上手く入らない。

 風の魔法で受け流しながら、闇の魔法で残像を作って高く跳躍する。

 俺を見上げたアレクと目が合う。

 アレクの周囲に浮かんだ金の矢が、俺に向かって放たれる。

 氷の盾を張って。……続けて、大地の盾を張って、その魔法をアレクに向かって落とす。ついでに、作っておいた炎の塊も左右からアレクに向かって放つ。

 リリーの短剣に炎の魔法を込めて着地し、アレクの方を見ると、目の前に金の剣が……。

 魔法を込めた短剣で切裂き、アレクが振った剣を逆虹で受ける。一歩引いたところで、アレクの剣がまっすぐ向かって来る。

 胴体を狙った攻撃を風の魔法で避けたけれど、強引に避けたせいで大きくバランスを崩し、つまずく。

 続けて放たれた金の剣をかわして後ろに手をついたところで、アレクの剣先が目の前で光った。

「降参するかい」

「しない」

 アレクを見上げる。

「困ったね」

「俺は自分の主張を曲げる気もないし、自分の生き方を変えるつもりもない」

「殺すよ」

 俺を殺せば、アレクはこの先、同じことを繰り返すだろう。

「良いよ」

 主義主張の違う相手を、自らが作り上げた神によって裁くことが正しいと言うのなら。

 俺が最初に……。

「でも……」


「光れ!」


 周囲に光が溢れて、思わず目を閉じる。

 そして、何かが後ろから俺の体を包む。

 これ……。


 目を開くと、目の前にあった刃は消えていて。

 さっきと同じ場所に居たアレクが微笑む。

「私の負けだね」

「負け……?」

 急に肩を引かれたかと思うと、頬をぶたれた。

「エルの馬鹿!」

 大粒の涙が、輝く黒い瞳から零れ落ちる。

「リリー?」

 リリーが大声で泣きながら俺に抱き着いて、胸に顔をうずめる。

「もう、見たくない」

 見たくない?

「もう、終わりにして」

 終わりにして?

「何を?」

「エルが死ぬところなんて、もう、見たくないよ……」

 あぁ……。

 何やってるんだ。俺。

「すまなかったね、リリーシア。……エルを助けてくれて、ありがとう」

 リリーが自分の涙を拭って、アレクの方を見る。

「エルを殺す気なんてない癖に。どうしてこんなことするんですか」

「君が何とかしてくれると思っていたから」

 え?

「私、さっき起きたばっかりです。ここがどこかだって……」

 周りを見渡して、リリーが首を傾げる。

「どうして誰も居ないの?」

「ここは精霊が苦手な空間だからね。みんな外で待ってるんだよ」

 俺の精霊もアレクの精霊も、置いて来たからな。

「リリーが何とかしてくれるってどういう意味だよ」

「そのままだよ。私はエルよりもリリーシアのことを信頼してるんだ。困った時は助けてくれるってね」

 なんだそれ。

「最初から負ける気だったのか?」

「まさか。自分では決められない選択を運命に委ねただけだよ。その結果、リリーシアは私の剣を砂に変え、私は戦闘不可能になった」

 アレクが柄だけになった剣を見せる。

 目の前から剣の刃が消えたのは、リリーが砂に変えたからか。

 でも。

「全然元気じゃないか」

 戦闘不可能なわけがない。

 アレクは短剣を持ってるはずだし、魔法だって使えるんだから。

「エルは勘違いしてるよ」

「勘違い?」

「エルにはレイリスの魔法は効かない。エルは私の魔法を防御する必要はなかったんだ」

「あ」

 忘れてた。

「それに、短剣の技術でエルに勝とうとは思ってないよ」

 短剣でも勝てる気しないけど。

 っていうか、それなら五分五分の戦い方は出来たってことじゃないのか。

 誰か精霊が傍に居たら教えてくれたかもしれないのに。

「良い勉強になっただろう。これが王家の敵との戦い方。彼は魔法を使いながら剣を振る」

「あんなこと出来る奴が、アレク以外に居るって?」

「そうだよ」

「うん」

 リリーは、アレクと一緒に戦ったんだっけ。

「リリーシア。エルを借りても良いかい」

「もう、危ないことはしませんか?」

「しないよ」

「わかりました」

 立ち上がったリリーが、俺に手を差し伸べる。

 逆虹を自分の腰の鞘に戻し、リリーの手を取って立ち上がる。

「リリー、返すよ」

 短剣をリリーに渡す。

「カーネリアンを使ってたの?」

「カーネリアンって言うのか。これ」

 自分で作った剣には名前を付けるのかな。

 でも、なんでカーネリアン?

 エイダの精霊玉ってルビーに変わったんじゃなかったっけ。

「これはね、イリデッセンスとお揃いなの。同じ素材で作ってるんだ」

 お揃い?

 イリデッセンスは、リリーの……。

 じゃあ、リリーが持ち歩いてくれてるカーネリアンの意味って。

「絶対、イリデッセンスは取り返すから」

「えっ?……あの、無理しないで。欲しいならまた作るよ」

「この短剣と対になるのはあれだけだ。イリデッセンス以外欲しくない」

 リリーが俯く。耳が赤い。

「剣はエルを守る為のものだよ。エルが無事ならそれで良いの」

 思わず、その体を抱きしめる。

―私の大切なエルをちゃんと守って。

―エルがもう少し、自分のことを大切にできるようになるまでかな。

―俺がお前を一番大切に思うのも。俺の自由だ。

 ……あぁ。そっか。

「ありがとう。リリー」

「うん」

 良かった。

 リリーと一緒に居られて。

 大切な人と一緒に居られて。

「待ってて。すぐ、戻るから」

「はい」

 振り返って、アレクの前に行く。

「アレク。何をするんだ?」

「簡単な儀式だよ」

「儀式?」

「エイルリオンよ。その主の元へ」

 アレクが右手を宙に掲げると、アレクの手に光が集まって、エイルリオンが現れる。

 本当に、主が呼べば召喚できるんだな。

 アレクがエイルリオンの刃を下に向け、柄を俺に差出す。

「触ってごらん」

「え?」

 これに触れられるのって、アレクと血の繋がりが近い人間だけじゃなかったのか?

「ほら」

 その柄に手を伸ばす。

 ……触れる。

「なんで?」

 アレクがエイルリオンを降ろす。

「エル。選択して欲しい。このままリリーシアと共に大陸を去るか。私と共に戦うか」

 それ、さっきの選択じゃないか。

「俺が勝ったのに、どうしてここを去らなきゃいけないんだ」

 意味が解らない。

「エルが戦うと言えばリリーシアはついて来るだろう。彼女を危険な目に合わせても良いのかい」

 振り返ってリリーを見る。聞かなくてもわかるけど。

「リリー」

 リリーが俯く。

 ……そんな顔、しないで。

 リリーに向かって手を差し伸べる。

「一緒に来て」

 顔を上げたリリーが笑顔になって、俺の手を取る。

「はい」

 リリーなら、一緒に居られる。

「意外だね」

「リリーは俺より強いんだ。一緒に居れば心配なんて要らないよ」

 だから、大丈夫。

「俺は、大切なものは全部守りたい。これまで俺を大切にしてくれた人の為に何もしないで逃げ出すなんて考えられないだろ?」

 もう、自分の知らないところで誰かを失うなんて嫌だ。

 ずっと、守られてきたって知ってるから。

 今度は守る側になりたい。

「アレクは俺の、たった一人の兄だ。一緒に戦わせてくれ」

 アレクが俯いて。そして、顔を上げる。

「そうだね。私も、迷いを捨てよう」

「迷い?アレクが迷うことなんてあるのか?」

「あるよ。新しい神を据えた人間の為だけの社会を目指すべきか、初代国王の意思を継いで王家の敵と戦うべきか。どちらも国の為になることだからね」

「え?」

 また、国の為か。

「何言ってるんだよ」

「心配しなくても、結論は出たんだ。エルが一緒に来てくれるなら私も戦うよ。彼は必ず王都に来るからね」

「王都に?なんでそんなことがわかるんだ」

「彼が私に接触したことは二度あるんだ。一度目はリリーシアと共に戦った時。二度目は、アルファド帝国の皇帝のように啓示を受けた時。神として崇めよ、とね」

 さっきの話しは、そのせいか。

「彼は、その答えを聞きに来る。そう遠くない日に。……だから、戦うための準備をしなければならない」

「準備?」

「すでに進めている準備もあるけれど」

「用意周到だな。迎合するつもりでいたくせに、迎え撃つ準備もしてるのか」

「どんな選択を取っても、良い結果を導けるようにする為の準備は必要だよ」

「流石だな」

 アレクらしい。

「エル。エイルリオンには、一般の剣には必ずついている、あるものがないんだ。わかるかい」

「必ずついてるもの?」

 見た目には普通の剣だけど。

「リリーシアはどうかな」

「鞘です」

「正解」

 王城に飾られているエイルリオン。

 そういえば、あれはいつも鞘なしのまま飾られていたな。

「その理由はね。エイルリオン自身が鞘だからだよ」

「鞘?」

「え?これって、剣じゃないんですか?」

「剣としても使えるけれど。本当の剣は鞘の中にあって、持ち主が抜くことは出来ないんだ」

 聖剣の中に、所有者が抜けない剣が存在するなんて。

「なんで?」

「理由はわからないな。リリーシアはわかるかい」

「えっと……」

 アレクは、リリーのこと気に入ってるよな。

「一人で戦うなってことじゃないですか?」

 アレクが苦笑する。

「そうだね。きっと、それが正解だ」

 そういえば、前に戦った時だって、リリーが加勢してレイリスが助けに入ったはずだよな。

 アレクの運命が多くの人を引き寄せるってことからも、一人で戦うなって意味はしっくりくる。

 ……そうじゃなくても、アレクは何でも一人で決めて一人でやるんだから。

「エル。この鞘に収まった剣を受け取ってくれるかい」

「もちろん」

 アレクが掲げたエイルリオンの柄を握る。

「エルが、精霊が私たちにとって敵ではないと言ってくれたから。私も精霊を信じ、精霊と共に戦うことを誓おう」

「信じてくれてありがとう。アレク」

「お礼を言うのは私だよ。ずっと、答えを出せずに居たから。一緒に選んでくれて、ありがとう」

―大事なことは、どう選んだかだ。

 これは、アレクが俺と一緒に出した結論。

 俺は後悔しない。アレクにも後悔させない。

「もう、一人になんてさせない」

 アレクの持っているエイルリオンの柄を、ゆっくり手前に引くと、エイルリオンの全体が輝く。

 しっかり握っているはずなのに、まるでそこには存在しないかのような感覚。

 見ていても何が起こってるかわからない。

 目を閉じた方が、剣を引いている感覚がまだある。

 ゆっくり、引いて……。

「あ、」

 急に、持っているものに重力が加わって目を開く。

 持ってる感じがなかったのは、重さを感じなかったせいか。

 剣を抜いてもエイルリオンは前と同じ形のまま残っている。……鞘には見えないな。

 手に持っているのは、レイピアのように細身の刀身の、鍔のない剣。反りは一切ない直剣だけど、ムラサメが持ってる刀を思い出すな。

 っていうかこれ、剣先が丸い。

「慈悲の剣。初代国王の王妃、リフィアの剣として知られるね」

「あれか」

 現代には伝わっていない不思議な力を持っていたとされる剣。

 あれは、初代国王アークトゥルスがリフィア王妃に渡したエイルリオンの中身だったのか。

「この剣は誰でも触れるのか?」

 アレクが剣に触れるけど、触れない。

 エイルリオンの持ち主でも触れないなんて。

「リリーは?」

「えっ?私?」

 リリーが剣に触れる。

「触れない……」

「エルを選んだからね」

 持ち主を選ぶなんて、エイルリオンみたいだな。

 慈悲の剣をイリデッセンスの鞘に納めると、ぴったり嵌る。

 俺の為の剣だから、この形なのか?


 ※


「……ってわけで、その剣を俺が使うことになったんだ」

『エイルリオンって不思議ね』

『どの神が創ったものなのか、明らかになっていないからな』

『そうなの?』

「誰も知らないのか?」

『わからないんだよねー』

『ヴィエルジュは御使いだからな』

 聖母ヴィエルジュ。ラングリオンの暦の一番最初に来るその名前は、初代国王にエイルリオンを託したとされる女性の名前だ。

「御使いって神の意思を伝える者?」

『御使いとは、神が死に瀕した人間の願いを叶える代わりに、その体を神の憑代とするよう約束を交わしたものだ』

「なんだかそれ、精霊が願いを叶える代わりに人間の魂を要求するのに似てるな」

『魂は要求しないわよぉ。使うのは死体だものぉ』

「ってことは、聖母ヴィエルジュも魂の抜けた肉体を神が使ってたってことか?」

『そういうことぉ』

「御使いから貰ったものだから、エイルリオンを作った神は不明なままなのか」

『誰が作ったのか、わからないんだよねー』

『御使いは神の力を行使できると言われているが、人の身で出来ることには限界があるからな。魔法を使うこともほとんどない。見た目にはただの人間だ』

 人間に神の代わりなんて出来ないからな。

 リリーにも話したいことがあったんだけど……。

「リリー、聞いて欲しいことがあるんだ」

「うん?」

「リリー。俺はリリーとの間に子供が欲しい」

「うん。私も欲しいよ」

 この前、リリーが聞いて来たことの答え。ちゃんと、話しておきたい。

「でも。子供を産む時に、リリーが俺の母親みたいにならないか……」

「大丈夫だよ、エル」

 でも、可能性がないとは言えないことだから。

「じゃあ、もし私がエルのお母さんみたいに大変なことになったら、エルが助けて」

「俺が?レイリスだって俺の母親を救えなかったのに」

「どうして自信がないの?エルは天才錬金術師で、こんなにたくさんの精霊が力を貸してくれるんだよ」

 自信なんて……。

「私はエルを信じてる」

 ……出来るのか?俺に。

 違う。やらなきゃいけないんだ。

「リリーを絶対に救う。約束するよ」

 俺の手で救うことが出来るなら。

 絶対に、リリーを死なせたりなんてしない。


 ずっと、リリーか子供かの二者択一だと思ってた。

 選択肢は、失うものを選ぶ為にあるわけじゃない。

 大丈夫。

 リリーと一緒なら。


「卵だったら、こんな心配要らなかったのかな」

「卵?」

「うん。だって、エレインたちは卵を産むんでしょ?クレアはそうだって……」

 クレアのこと、知ってるのか。

「違うの?」

「詳しく教えて」

「エレインはイレーヌさんの子供で、卵から生まれたんだって」

「子供?」

 クレアは長命過ぎて、母子関係がどうなってるのかわかりにくいな。

「でも、クレアはブラッドの男の人と交わると、ブラッドになって赤ちゃんを産むんだって」

―ブラッドと交われば、私たちはクレアでは居られないのよ。

 イレーヌの言葉は、そういう意味だったのか。

 あれ?

 待てよ。

「どうやって卵を産んで孵すんだ?」

 リリーが首を傾げる。その仕草も可愛い。

「イレーヌさんは、ブラッドがすることなんて知らないって言ってたから、クレアドラゴンみたいに卵を産んで、大精霊が孵すんじゃないかな」

 ……そうだ。

 ドラゴンや亜精霊もそう。単独で卵を産み、精霊の力によって卵を孵化する。

 もしかして、精霊の本来の役割って卵の孵化だったんじゃないのか?

 命を誕生させる奇跡。それは、一度死んだ人間を蘇らせる行為にも似てる。

 ん?

 ちょっと、待て。

 精霊がブラッドに子供を産ませる行為って、同じことをするんじゃないのか?だとすると、ブラッド同士の場合では、危険なことが起こるわけないんじゃ……。

―起こり得ない未来を想像して悩むなんて馬鹿げてるだろ。

「エルのばか」

「……ごめん」

 反論できない。

 あぁ、でも。良かった……。

 


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