60 自由時間
「終わった」
片付いた書類の束をエミリーに渡す。
「ライーザ、次は?」
「本日までに仕上げるご予定のものは終了いたしました」
「終了?」
「思ったよりも早かったね。エル、休みにして良いよ」
「え?」
休み?
「本当に?」
「剣の稽古をしたいと言うのなら付き合うし、仕事がしたいなら執務室に行くと良い」
剣の稽古はともかく。
「誰が好き好んで働くかよ。本当にやることないのか?ただでさえ城を空けてたって言うのに」
「私が居なくても日々の雑務に支障はないよ」
「簡単なお仕事でしたら私たちもお手伝いできます」
優秀なメイドだな。
「ロニーがメルティとタリスの予定を少し変えたようだけど」
ロニーが秘書官の仕事を手伝ってるのはそういうわけか。
アレクじゃないと難しい仕事は二人に回したから、その分の仕事を手伝ってるんだろう。
「後は、予定に組み込んでいたことが全くなくなったからだろうね」
「何が無くなったんだ?」
「貴族たちの謁見」
アレクに娘を会わせに来ては、中身のない会話をして帰って行く貴族連中の謁見か。
無駄に時間を取られてたからな。
「剣術大会が近付けば増えるかと思っていたのだけどね」
エミリーが用意したコーヒーをアレクがのんびり飲む。
「ロザリーを婚約者にするってばれたんじゃないか?」
「知られてしまったところで状況に変わりはないよ」
今までだって相手が吸血鬼種かもしれないって噂はあったんだから、名前と容姿が特定できたところで何も変わらないか。
「誰かが他家をけん制している可能性はあるけどね」
そこまで影響力のある有力者って言ったら……。
けど。どうして今更?
今までそんなことしなかったのに。
「理由に心当たりは?」
「そうだね……。これが実現したら、私の負けかな」
「負け?」
アレクがそんなこと言うなんて。
「どういう意味だ?」
「こればかりは、私が打てる手もないからね。困ったな」
困っているようには見えないけど。
「フランカが来たようだね」
「フランカ?」
アレクが視線を送った先。
バルコニーからフランカが現れる。
「なんでそんなところから?……っていうか、ずぶ濡れじゃないか」
「雨なんだから仕方ないだろ」
ライーザがフランカのレインコートを受け取って、コート掛けにかける。
そういえば、今日は朝から雨だったな。
「報告書だ」
フランカがアレクに渡した書類は……。
「シュヴァイン家の紋章じゃないか」
「フランカは今、シャルロの所で働いているんだよ」
「良いのか?フランカ」
「そういう約束だ」
約束?……自分で選んだことなら良いけど。
「何を調べてたんだ?」
「お前が関わって潰した人身売買組織の元締め」
あれか。
昔、エイダと一緒に摘発に関わったことがある。
ルイスとキャロルはその時に俺が引き取った子供だ。
全員生け捕って情報を吐かせたはずなのに、シュヴァイン家でも、関わった可能性のある貴族を追い込むことはおろか、元締めとなるような有力者の存在を突き止めることが出来なかったもの。
「今更?」
アレクの手元にある報告書を見る。
「ラングフォルド家、モール家、カンタール家。彼らが首謀者だよ」
「そういうことか」
当時だって、ラングフォルド家の名前は上がらなかったはず。
完全に出し抜かれてたんだ。
ラングリオンの法律では奴隷制度を認めないし、人身売買はもちろん子供の搾取も禁止されてる。
でも、他国から連れて来られ、ラングリオンで市民権を得ていない彼らを探し出して保護するのは難しく、被害者の救済は困難だった。
俺が関わった件でラングリオンに連れて来られた子供たちだって、保護者の元に返すという名目で全員自国に戻された。あの中には、貧困の為、親から商人に売られた子供も居たはずだ。彼らが自国に帰ることが良い事だったのか……。
ルイスとキャロルは身寄りがないことが分かっているにも関わらず国に返されそうになっていた。だから、俺が無理を言って王都に連れて来たのだ。
「子供の一部は、暗殺者や密偵としての教育を受けていたらしいよ。戦争中はそちらが主流だったようだね」
幼い子供ばかりをさらっていたのは、教育を施して売る為?
「戦時中ならば需要はある。最前線で彼らが働いていたのは確かだろうね」
「フランカとファルも?」
「俺とファルは戦争が終わってラングフォルド家に帰って来たんだ。そのまま買い取られた子供も居る」
「どうして、買う奴がいるんだ」
「愚問だね」
優秀な暗殺者。密偵。しかも子供の……。
「でも。ここは騎士の国だろ」
「騎士の階級を持つにも関わらず、馬にも乗れない貴族たちにそれを言うのかい」
爵位に付属する騎士の階級。
昔は全員騎士だったのに。今では名ばかりで、武官を輩出する家を騎士の家系、文官を輩出する家を貴族の家系と呼ぶのが慣例だ。
彼らに騎士の精神があるのか問うのが間違ってるって?
でも、人身売買を斡旋していたのは、その貴族たちだ。
「当時、子供たちはアスカロン湾を使って運ばれていたんだよ」
「船を使って?……アスカロン湾はイルド家が管理してるはずだ」
アレクが地方巡りしている時に、イルド家を港湾管理官に立てて蜜輸入品の調査を積極的に行える権限を与えたはずだ。
それによって、アスカロン湾の一部を実行支配していたモール子爵の力を削いだはずだけど……。
そういえばこれ、モール子爵の話しだったな。
「イルド家の管理は最近だ。俺がここに来たのは十年前だぞ。連中は昔から組んでる」
「でも、子爵が行っていたのは密輸入や港湾利用者に対する不正な搾取だ。子供を運んでたなんて知らない」
「それは巧妙に隠したようだね。私もそこまでは気づかなかった。気づいていれば、彼から子爵の地位を剥奪できたのにね」
そこまでしないと爵位って剥奪できないのか。
「モール子爵がアスカロン湾を使って子供奴隷を西から密入国させていたのは事実だ。その後はカンタール家が奴隷売買を行いながらラングフォルド家へ子供を運んでいたんだ」
子供に教育を施していたのがラングフォルド家か。
「けれど、イルド家の管理下に置かれてからアスカロン湾は使えなくなってしまった。エルが人身売買商人の摘発を行えたのは、まだルートが未発達だった陸路が使われたからだよ。彼らはその後、人身売買から完全に手を引いた。戦争も終結して需要は落ち込んでいたし、摘発の強化は予測できただろうからね。上手く逃げられてしまったというわけだ」
だからシュヴァイン家でも探せなかったのか。
「で?その件がようやく片付きそうなのか」
「当時の状況について詳しい協力者が現れてくれたからね」
当事者だからな。
「なんで協力するんだ?」
「俺は連中のやり方を認めない。それだけだ」
「暗殺者や密偵として育てられた奴って、簡単に雇い主を裏切れないんじゃないのか?」
「奴らが俺たちに刷り込むのは、俺たちがこの世界以外では生きられないということだけだ」
フランカが腕をまくる。
その腕にあるものは。
「剣花の紋章の焼印」
古くは王家への服従の証として押された印。今では信頼によって結ばれている関係には必要ないものとして廃れた。
現在では、国家の反逆罪に問われながらも殺すわけにはいかないような犯罪者や、死刑を待つ極悪犯なんかに押される罪人の証。
「なんで、そんなものが」
「偽物だよ。焼印は城にしか存在しない」
「ファルにも押されてるのか、それ」
「当然だ。逃亡しても焼印のついた犯罪者は常に国から追われる立場。捕らえられれば死罪に問われるか、連中の元に戻される。俺たちはそう刷り込まれて来たから、知らない人間と関わることを恐れ、雇い主に逆らうことはない」
閉鎖的環境で行われる教育の結果か。自由の選択を奪う。
「焼印の形も少し違うし、大きさも実物より小さい。幼い子供に押すものでもないし、記録と照らし合わせれば罪人ではないことは明白だ。……けれど、彼らがその事実を知ることはできないだろう。実際、逃亡しても連れ戻されていたのかな。あの近辺を警備する騎士団も彼らの手の内だろうからね」
領土を警備する騎士団の上司は、そこが国の直轄地じゃない限り、その土地の領主だからな。
「連中を追い込めるだけの情報はまとめた。満足か?」
「そうだね。これだけあれば、裏付け調査もはかどるだろう。……ありがとう、フランカ。約束通り、君とファルにラングリオンの市民証を発行しよう。保護者はグリフレッドだ」
「自由にしてくれるんじゃなかったのか」
「最初から君たちは自由だ。ここに来たのも、市民証の発行と引き換えに協力することを約束したのも、君の意志だろう」
それでシャルロを手伝ってたのか。
「フランカの年齢はガラハドから聞いているよ。私は法の上に立つ者として、未成年に対して保護者が存在しない市民証は発行できない」
「ガラハドの奴……」
「市民証はシャルロから貰うと良い。どこへ行くのも、何をするのも自由だ。けれど、君たちが悪い事をすれば、すべて保護者の責任になるからね」
フランカが舌打ちする。
「帰る」
ライーザが渡したレインコートをフランカが着る。
「エルロック」
「ん?」
「シャルロから伝言だ。今日の夜にパッセの店を貸し切って食事会がある。お前の家族も参加予定だ」
「家族って……」
「全員来るらしい。伝えたからな」
フランカがバルコニーから出ていく。
パッセの店か。
そういえば、ミラベルのワイン。そろそろ出来てそうだな。
「フランカは焼印なんて怖くないと言っていたよ」
「連中の刷り込みが通用しなかったのか」
「それよりも強い目的があったからだ。フランカは双子だったらしい」
「双子?」
「ラングリオンに来る途中で、片割れを目の前で殺されている。ラングリオンでは双子は禁忌とされる風習が根強いからね。彼は、幼い頃からずっと復讐する機会を伺っていたんだ。とても賢い子だよ。殺すだけではなく、完全に落とし入れる方法を模索していたというのだからね」
殺す以上の苦しみを、か。
……死ねばそこで終わりだからな。
「エルのことも良く知っていたよ。人身売買を止めさせるきっかけになった黄昏の魔法使いと灰の魔法使い。暗殺のターゲットになったこともあるらしいね」
「俺が?」
「計画段階で終わったらしいけれど」
『アレクに喧嘩売ろうなんて考えはしないでしょうねぇ』
『そうだねー』
『エイダはポラリスの傭兵だったからな』
『ポラリスが怖かったの?』
『自分たちのやっていることが明るみになることを恐れたんだろう』
向こうから来てくれた方が解決は早かったのかもしれないけど、暗殺者を生け捕れるかどうか自信はない。
……双子か。
ラングリオンの風習さえなければ、殺されることはなかっただろう。
風習は根深い。それに何の意味がなくても盲目的に信じられてしまう。
吸血鬼種への偏見もそうだ。
「アレク。本当にロザリーを婚約者にするのか?」
アレクが言う通り、本当に、これまで続いてきた吸血鬼種への迫害が止まるんだろうか。
神聖王国との関係だって悪化しかねないのに。
「そのつもりだよ」
「ロザリーを愛してるから?」
「ずっと、彼女が目覚める日を待っていたからね」
ガラスの棺の中で眠っていた黒髪の女性。
アレクは、ロザリーを目覚めさせる方法を探してたんだっけ。
……全然知らなかったけど。
「いつ会えるんだよ」
「剣術大会に合わせて叔父上が連れて来る予定だよ。叔父上は城内に宿泊する予定だから、会えるんじゃないかな」
『ふふふ。ルキアに会うのも楽しみねぇ』
ロザリーが連れてる真空の精霊、ユールの知り合いだって言ってたっけ。
「出かけないなら、剣の稽古でもするかい」
いや。
「アレク、ミラベルのワインは飲みたくないか?」
「ミラベルのワイン?」
「年末にパッセのところにミラベルを持って行って、ワインを作ってくれるように頼んだんだ。そろそろ出来てる頃合いだぜ」
「美味しそうだね。……ライーザ」
「かしこまりました」
ライーザがレインコートを用意する。
『良いのぉ?』
「どうせ休みなんだ」
貸し切りにするなら今の時間は仕込みで店を開けてないはず。
雨で人通りも少ないだろうし。
こっそり抜け出してワインを飲むには絶好の機会だろう。
※
レインコートを着て、闇の魔法で姿を隠して。
簡単に城の外に出られたな。
「今は監視されてないのか?」
「されてないよ。エイルリオンを持ち出した事情も話したし、これ以上軽率な行動はとらないと判断されたのだろうね」
『これは軽率な行動じゃないの?』
『軽率な行動だ』
「バニラは厳しいね」
本当に。
城を見上げると、いつもの場所にエイルリオンが安置されている。
「アレクに何かあったら、あの剣の持ち主は誰になるんだ?」
「それはエイルリオンが決めることだよ。今までの例だと、エイルリオンは必ず持ち主の子供に継承される」
それが皇太子だからな。
「エイルリオンを手にすることが出来るのは持ち主と血の繋がりが近い人間だけなんだ。父上と私の兄弟はエイルリオンに触れることはできるけれど、昔、触れることのできた叔父上は、今は触れることはできないはずだよ」
以前の持ち主である陛下に戻るってわけじゃなさそうだな。
子供を持っていないアレクに何かあった場合、次の持ち主がだれになるのか全く予測できないってことか。
「正当な持ち主だけが出来る事って、エイルリオンの召喚だけなのか?」
「まさか。それは、継承者だけが知ることのできる秘密だよ」
不思議なことだらけの剣だな。
閉店の看板がかかっているパッセの店に入る。
「今日は貸し切りの予定だ。店は開けないぜ」
「知ってるよ」
レインコートのフードを外す。
「エルロックか。死人がうろついてて良いのか?」
いつまで言われるんだ、それ。
「そろそろミラベルのワインが出来てると思って」
「あぁ、良い具合だ。待ってな。今出してやろう」
アレクと一緒にカウンター席に座る。
「お連れさんは……」
「こんにちは」
パッセが固まってる。
「エル、ちょっと来い」
「?」
カウンター奥の厨房に入る。
「おい、どういうことだ。どうして、あの方が」
「ミラベルのワインを飲もうって誘ったんだ」
「こんな店に連れて来てどうするんだ。もっと考えろ!」
「良いだろ?っていうか……」
なんだ?この厨房。
「ちっとも料理が進んでないみたいだけど」
「あぁ、菜食主義者のメニューって言われてな。肉も魚も卵もだめって言われてるから、メニューをどうするか悩んでるんだ」
エレインとイレーヌが来るってことか。歓迎会でもするのかな。
菜食主義者向けの料理。華やかな感じにするとなると……。
あ。
「パッセ、良い案がある」
シャルロに作ってやるって言ってたんだ。
「料理は俺に任せてくれ。菜食主義者向けのレパートリーなら、かなりある」
食材の並んだテーブルを見渡す。
「ここにない材料も使うだろうから……」
持ち歩いていた本を取り出す。
それからメモを出して、材料を書き出す。
「何の本だ?」
「ドラゴン王国時代のレシピ本」
「は?」
香辛料なら俺が用意できるけど。
代替できるような素材は……。
「エル、今は秋だぜ?」
「そろえられるものだけで良いよ。果物も色んな種類があった方が良いだろうな」
『アレク』
『厨房に入って来るなんて』
「レシピ本?」
「ドラゴン王国時代の菜食主義者向けメニューだよ」
「珍しい本だね」
「この材料で揚げ物を作る予定」
「揚げ物か。確かに華やかになりそうだな」
「こっちは手間がかかりそうだね」
「あぁ。その分美味いと思うぜ。パッセ、チーズはこのメモに書き出したものにしてくれ。これなら食べられるはずだ」
「ショコラも頼めるかい」
「デザートに何か作るのか?」
「用意して欲しいのは……。こんなところかな」
「了解。じゃあ、仕入れに……。うわぁっ、」
パッセが驚いた顔でアレクを見てる。
「私も手伝うよ」
今まで普通に話してたのに、なんで驚くんだ。
「滅相もございませんっ、アレクシス様のお手を煩わせるなんて……」
「アレクがやるって言ってるから良いんだよ。材料の買い出しは頼んだぜ」
「パッセと言ったね」
「はいっ」
「私の名前はシュヴァリエ。皇太子ではないよ。良いね?」
「シュヴァリエ様っ、」
「返事は?」
「はい。……仰せのままに」
「ありがとう」
パッセが厨房から出て行く。
「怖がらせてしまったかな」
アレクがそう言い終わる前に、もう一度扉が開く。
「遅れて申し訳ありません。こちらがミラベルのワインでございます」
「ありがとう」
ミラベルのワインをアレクが受け取る。
「では、失礼いたします」
パッセが出て行く。
「せっかくだから、飲みながら計画を立てようか」
「そうだな」
栓を抜いたミラベルのワインをグラスに注ぐ。
「甘くて良い香りだね」
「あぁ」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせて、ワインを飲む。
芳醇な果実の香りが口に広がる。
パッセに頼んで正解だ。
さて。どういう風に作っていくかな。




