58 血の繋がり
「いらっしゃいませ」
「百合の花束を」
「あら、エルロック。久しぶりね」
「なんでわかったんだ」
顔も隠してるし、瞳の色を変えてるのに。
「わかるわよ、常連さんだもの。瞳の色を変えたい気分なの?」
「ブラッドアイは目立つだろ」
「ふふふ。大変そうね」
「花束、二つ作って欲しいんだけど」
「他にも行くの?」
「代わりに行ってくれって頼まれたから」
「そう。わかったわ。百合の花束を二つね。……でも、知ってる?秋に百合なんて咲かないのよ」
「それは?」
「百合の花よ」
「咲くんじゃないか」
「このお店で百合の花を切らしたことは一度もないわ。フラーダリーが死んでから」
「なんで?」
「妖精が咲かせてくれるのよ」
「百合の妖精が?」
「えぇ。きっと、白百合を贈る人がまだ居るからね」
フラーダリーの為に?
「妖精はとても優しいのよ」
「そうだな」
妖精とは種の守護者。精霊とは違う存在。
妖精の数だけ世界に植物の種類が存在すると言われている。
どんな木にも、花にも、草にも。その源となる、命を共有する妖精が存在するのだ。
白百合の花が存在するのは、白百合の妖精が存在するから。
もし世界から白百合が消えて、その種すらもなくなって絶滅してしまえば、白百合の妖精は消える。逆に白百合の妖精の身に何かあって、白百合の妖精が死んでしまえば、世界から白百合が枯れて消える。
「はい、出来上がり」
フローラから出来上がった花束を受け取る。
百合の香り。
「ありがとう」
咲かせてくれて。
※
墓地に行くと、フラーダリーの墓の前に、長いマントを羽織り、フードを深くかぶった人が居る。
近づくと、相手が顔を上げた。
「よぉ」
「レイリス?なんで?」
「ジオとバニラに案内してもらったんだよ」
いつの間に。
『レイリスが城門の上に居たからさー』
『フラーダリーの墓に行きたいと言うから、私も同行したんだ』
気づかなかった。
「何でそんな恰好してるんだ?」
「エルが死人のふりしてるんだから、同じ顔の俺が街中を堂々歩くわけにはいかないだろ」
『レイリスはエルにそっくりだものねぇ』
「逆だろ。エルが俺に似てるんだよ」
「そんなに似てるか?」
『似てるわ』
『似てるな』
似てるのか。
「今のところ、人間にも精霊にもばれてないと思うけど」
『ばれたらなんて言うのぉ?』
「アレクに聞けって言えば良いだろ」
菫の瞳と碧い瞳。
俺と同じ顔をした大精霊。
……気づいた奴は、どう思うんだ。
「お前が刻んだ墓の文字、リリーが消したんだってな」
「良いんだよ。消して」
百合の花束を墓の前に置く。
一つはアレクから。
もう一つは俺から。
……風がそよぐ。
ここだけ時間が止まってるみたいだ。
いつ来ても同じ感覚になる。
「人間はあっさり死ぬな」
「あっさりじゃないよ」
忘れないから。一生。
俺と一緒に居てくれたこと。
俺のせいで死なせたこと。
でも。
「あっさり死ぬんだよ」
長い時を生きる精霊にとって、人間はそうなのかもしれない。
「レイリス」
「ん?」
「俺の、母親。俺が……」
殺した。
「俺が生まれて来なければ、」
「エレは、ずっとエルが生まれてくるのを楽しみにしてた。……自分が死ぬって分かってても。お腹の中で生きているお前を愛してた」
「死ぬって分かってたのに?」
「そうだよ。俺はずっと傍に居たから知ってる。エレがどれだけお前を愛していたか。お前はエレの望みだ。エレが命と引き換えにしてでも叶えたかった願い。お前は望まれて生まれて来たんだ」
望まれて?
「だから、自分の命を軽く見るな。母親が浮かばれないぞ」
そんなこと、考えたこともなかった。
「レイリスは、今でも俺の母親を愛してる?」
「精霊が何かに執着することは罪だ」
『それを、あなたが言うのぉ?』
「うるさいな。精霊が何かに執着し、自然の摂理を顧みずにその力を行使した結果、何が起こるか。エルなら解るだろ」
わかる。
知ってる。
全部、俺のせい。
俺が何も知らなかったから。
みんなが優しいから。
「人間と過ごし、感情を手に入れた結果。精霊はもう精霊ではいられなくなった。それこそが、精霊が滅びの道を歩むしかなくなった最大の理由だ」
「そんなこと……」
「それで良いんだよ。この世界にはもう精霊なんて必要ない。精霊の力が必要な種族は、いずれ精霊と共に滅ぶ」
滅びゆく種族。
「けれど、ブラッドは生き続ける。魂を循環させながら長い時をずっと。そのシステムさえ機能していれば、精霊なんて必要ないんだ」
古い種族はすべて滅びゆく種族なのか?本当に、それで良いのか?
レイリスが笑う。
「だから、今は精霊も自由なんだよ」
「え?」
「どうせ滅びゆく種族なら、どう生きようと文句言われる必要はないだろ?お前の精霊たちがお前に味方するのも、俺がお前を一番大切に思うのも。俺の自由だ」
あ……。
「子供が生まれたら会いに行くって言っただろ?それは砂漠を守る役目なんかよりも、よっぽど俺にとって大事なことなんだよ」
「……馬鹿」
『なんだか、レイリスってエルみたいね』
どこが?
「今でもエレを、お前の母親を愛してるよ。その魂が、もうここにはない事を知ってるのに。会えるのなら、もう一度会いたいと思う」
「レイリス……」
「でも、それが叶わないのは、俺がエレと共に選んだことだ」
「なんで……」
それを選んだんだ。俺が生まれて来なければ、たとえ人間がどんなに短い一生だったとしても、その間は一緒に居られたはずなのに。
「俺は、あの時の選択を後悔していない」
「本当に?」
「エルを産んでくれたエレに感謝してるし、エルが生まれてきてくれたことに感謝してる」
大切な人が死ぬことになっても?
もし、リリーが子供を産む為に自分の命を犠牲にしなくちゃいけないって言われたら。
俺は……。
どうすれば。
「レイリスは、選んだ結果が正解だったと思うか?」
「選んだ答えに正解も不正解もない」
レイリスが俺の頭を撫でる。
「大事なことは、どう選んだかだ。俺はエレと一緒に選んだよ。エルだって一人じゃないだろ?」
―どうしてそう、何でも自分一人で解決しようとするの?
リリー。俺は……。
「そう青い顔するなよ。起こり得ない未来を想像して悩むなんて馬鹿げてるだろ」
本当に起こり得ないなんて、言い切れるのか?
「もっと目の前にも問題があるはずだぜ」
「問題?」
「リリーが封印解除の呪文を唱えた時に、封印し直す方法を教えてやろうか」
知りたい。
「教えて」
リリーが、今度いつ呪文を唱えるかわからない。
「ただし、封印魔法は危険で、注意の必要な魔法だ。あれは、同じ魔法では絶対に解けない」
「え?」
「当然だろ?」
同じ属性の魔法を同じ属性の魔法で消すことは出来ないから?
「自分でかけても自分では解けないなんて」
「その言い方は少し語弊があるけど。……自分の力でかけて自分で解けるような魔法っていうのは、呪いと言われるものだけだ」
「呪い……」
「呪いの力が使えるのは穢れた魂を持つ悪魔だけ。精霊が使う魔法は自然の摂理には逆らわない。だから、俺がかけた封印魔法は、俺の力では解けない」
「封印解除の呪文でだけ解ける?」
「あれは、リリーが自分の力で封印魔法に抵抗した結果だ。言葉とは意思を表す。抗おうという意思を明確に提示することで、自分にかけられている魔法に打ち勝つんだ」
「無意識でもできることなのか?」
「リリーは無意識に魔法を使ってるだろ。だいたい、魔法に対する抵抗なんて誰でもやってる。眠りの魔法や誘惑の魔法なんかがそうだろ?あれは必ずかかる魔法じゃない」
確かに。
強くかければ、相手への効果が期待できるけど……。
「同じように、抵抗できないぐらい封印魔法をきつくかけると、本人では解けなくなる」
「リリーが呪文を唱えても解けなくなるのか」
「そうだ。それ以前に意識を混濁させる場合もある。俺がリリーにかけた封印魔法はリリーが呪文を唱えれば解除できるぐらいの力だけど、エルには力の加減なんて無理だろ?」
「封印魔法なんて使ったことがない」
「だから、俺の力で封印するのは勧めない。解除の方法が、本人の抵抗以外にほぼないからだ」
「別の力なら、解除の方法があるのか?」
「そういうことだ。エルが連れてる精霊の場合、封印魔法を使えるのは……」
『あたしが使えるわぁ』
真空の精霊、ユール。
『私も使える』
闇の精霊、メラニー。
『同じく』
大地の精霊、バニラ。
『私も使えるわよ。イリスもそうね』
雪の精霊、ナターシャと氷の精霊、イリス。
「そして、封印解除の魔法を使えるのが……」
『オイラが使えるよー』
風の精霊、ジオ。
『僕も』
炎の精霊、アンジュ。
「ただし、組み合わせがある」
『あたしの封印魔法はぁ』
『オイラが解除できるよー』
『私とイリスの力の場合は、アンジュよね』
『うん』
ってことは。
「メラニーの場合は光の精霊で、バニラは水の精霊?」
「正解だ」
それぞれ、対になる精霊。
「精霊や神の力は、必ず対となるものが存在し、陰と陽に別れる。内に向かう力が陰で、外に向かう力が陽だ。世界を創り続けている創世の神は陽、吸収し続ける消滅の神は陰。そして、陰の力を持つ者が封印魔法を使うことが出来て、陽の力を持つ者がその封印を解除できる」
対となる者たち。
もともとお互いの魔法の効果を打ち消しあう関係で、求めあう関係。
「だから、エルが連れてる精霊の力で封印と封印解除をできる組み合わせが理想なんだけど」
「マリーに頼めば、ナインシェとメリブが居るよ」
ナインシェは光の精霊、メリブは水の精霊だ。
「そういえばそうだったな。ってことは、どの精霊の力でも問題はないのか。……間違っても俺の力は使うなよ。失敗しても封印解除を頼める太陽の精霊なんて、俺は知らないからな」
俺だって知らない。
だから、レイリスの力で封印されたものの解除は、ほぼ不可能なのか。
「わかったよ」
「って言っても、俺が教えられるのは月の魔法だけだ。感覚は他の魔法で自分で試せよ」
レイリスが墓の手前に咲いてる花を摘んで、魔法を使う。
「最も単純な封印魔法だ」
差し出された花に触れようとしたところで……。
「触れない」
何かに邪魔されて。
良く見ると、透き通った球体に包まれているのがわかる。
……球体。
グラシアルで似たようなのを見たな。
氷の球体。あれも魂を封じ込める封印魔法だったのか。
「封印魔法の目的は、隔離と保存だ。この花は封印が解かれるまでずっと、美しい花の状態を保つ。けど」
レイリスが持っていた球体の花を地面に落とす。
落とした瞬間、球体が割れて、中の花が砂に変わった。
「なんで?」
「言っただろ。魔法は自然の摂理に逆らわない。緩い封印の場合は、より強い力によって破壊することが可能だ。けど、正しく封印解除されなかった中身は、その特性を失う」
「下手な封印魔法をかけて無理やり解除しようとしたら、まずいってことか」
「そうだ。封印魔法は危険な魔法なんだよ。リスクの方が高い。使うなら気をつけろよ」
「使うことなんてほとんどないよ」
リリーが封印解除の呪文を使った時ぐらいだろう。
「これが砂に変わったってことは、他の魔法だと他のことが起こるのか?」
「俺はそこまで他の精霊の力に詳しくはない。けど、中身を壊すのは間違いないだろう」
「封印の棺も同じような感じでできてる?」
「そうだよ。封印した力と、対になる力じゃないと開くことは出来ない」
アレクが言ってたのは、こういうことだったのか。
そして、レイリスが封印魔法をかける側の精霊である以上、レイリスの力で開く封印の棺はない。
「壊せないのか?」
「神が創ったものを、精霊や生き物が壊せるなんて思わないことだ」
絶対に壊れないのか、あれ。
「レイリスはあの箱が見えるのか?」
「右目で見えるぜ」
アレクの碧眼。
「神が創ったものなのに、どうして精霊は見ることが出来ないんだ?」
「あれを、精霊がどうやって封印したかわかるか?」
どうやって?
……そうだ。見えないのに。
見ることが出来るのは、人間?
「人間と一緒に封印した?」
「そうだ。あれは、精霊と生き物が協力して封印したもの」
地上に生きるものが、協力して封印した神の力……?
「俺もその場にいたわけじゃないから知らないけど。魔法陣があるのは、精霊が棺自体に関われないからだ。魔法陣は封印の鍵。封印解除を魔法陣の上で行えば、封印の棺の鍵が外れ、人間の手で開くことが出来るだろう」
それがあの魔法陣の意味……。
「二度と出て来ないべきなんだよ、あれは」
「何の神の力?」
「秘密」
「知ってるのか?」
「古い知識を持っている精霊なら、全員知ってる」
「え?じゃあ、みんなも?」
『語ることはできない』
『秘密よぉ』
『言いたくないなー』
『黙秘する』
『私は知らないわ』
『僕も……』
目の前に答えを知ってる相手が居たなんて。
「じゃあ、俺が今まで立ててきた仮説って、全部正解なのか?」
『正解だから、困るわねぇ』
「困る?なんで?」
『今と昔では、全く違うということだ』
「何が?」
「質問は終わりだ。封印魔法の練習をするぞ」
何が、違うんだ?
※
神の力。
何の神の力だ?
俺が知っている神?それとも知らない神?
リリーとアレクの前に現れた敵は、リンの力で宿るものでは斬れない敵だった。
それが意味するところは一つなんだけど。
―姿は人間みたいだけど、人間じゃないみたいで。
―黒い槍の魔法を使って、アレクと対等に戦ってた。
それなら、どうして使う魔法が剣じゃなくて槍なんだ?
アルファド帝国に力を与えた力。
リリーの願いを叶える力。
昔、精霊と生き物が協力して封印した力。
アレクとリリーの目の前に現れ、二人と戦った相手の持つ力。
そして、転移の魔法陣を使用する際に使う力。
セントオは中心。転移先はラングリオン。
コールポは体。転移先はグラシアルだった。
プピーオは瞳。転移先はクエスタニア。
コッロは心臓。転移先は砂漠。
ナイリは爪。転移先は竜の山。今は王都に移されたけど。
ハラーロは髪。転移先はエレインの里。詳細な場所は不明。
封印の棺に入っているものって?
中心が何を意味するかは分からないけれど、最低でも五つの部位に分解されて封印された生き物であることに違いはない。
神の力を持った生き物。
封印するのに、なぜ部位が必要だったんだ?
神の力と、その生き物を分けることは叶わなかったのか?
―あれはもともと、神が罪深い魂を閉じ込めておくために作ったもの。
罪深い魂。
一体、何をしたんだ。
答えを出せるだけの情報を、俺はもう持っているのか?




