57 明暗を分けるしかく
ヴィエルジュの二十八日。
予定通りに、昼前には王都に到着。
王都に入る前に目薬を使って、マントのフードを深くかぶって門を通り抜けようとしたところで、門番に呼び止められた。
「申し訳ありませんが、身分証の提示を……」
フードをずらして、門番に顔を見せる。
「失礼いたしました。お疲れ様です。殿下がお呼びですので、至急王城に向かってください」
アレクが?
「あぁ」
リリーとイレーヌと一緒に西大門を抜ける。
剣術大会が近いせいか、かなり人が多いな。
「どうして身分証の提示を求められたの?」
「剣術大会の時期だから、顔を隠して歩いてるような奴はチェックするんだよ」
あの門番、俺の顔を正確に知ってた。
瞳の色を変えて歩いてることも周知済みらしい。
「顔を隠して歩かなくちゃいけないの?」
イレーヌは何も知らないんだっけ。
「王都では俺は死んだことになってるんだ」
「どうして?」
「仕事だ」
「そうなの」
っていうか。いつまで死んだふりしてれば良いんだ。
結局、フォルテの居場所はわからないまま音沙汰なし。ウィリデとフィカスが行くまではエレインとイレーヌの里に居たって話しだけど。その里が地図上でどこにあるのかは謎だ。オービュミル大陸のどこかなんだろうけど……。聞いたことないな。
「エル、アレクさんのところに行くの?」
「いや。先にエレインの所に案内するよ。シャルロの家に居るんだ」
「シャルロさんの所なら、私が案内するよ」
案内?
……流石に迷わないか。リリーも王都で暮らしてるんだし。
『ボクも一緒に行くよ』
「頼む」
イリスにはなるべくリリーと一緒に居てもらいたい。
「あの。今日は家に帰る?」
「……難しいな」
帰りたいけど、帰還次第すぐに来いって言われたから。
アレクが自分の名前で呼び出すなんて、嫌な予感がするんだけど。
「ルイスの誕生日には必ず帰るから」
「うん」
中央広場は、かなり混雑している。
そういえば、大会の一般参加枠の予選が始まるのはバロンスの朔日からだっけ。
それまでに王都に入ってる奴も多いんだろう。今年の一般参加枠の募集が何人か知らないけど。
※
城に入って、アレクの書斎に向かっている途中。
『ローグだ』
一緒に居る黄色いマントは、マリユスか?
「エルロックさん」
「無事に帰ってたのか」
「はい」
「はじめまして。この度、アレクシス様の近衛騎士に任命された琥珀のマリユスと申します」
「はじめまして。エルロックだ。……二人とも、ルーベルと戦ったんだって?」
「え?」
「誰から聞いたんですか?」
「ルーベルから聞いたんだよ」
「え?」
「え?」
二人が首を傾げる。
「ツァレンには内緒にしておいて下さい」
ツァレンからは戦うなって釘を刺されていたはずだからな。
「お前たちが戦闘を仕掛けたわけじゃないんだから、言ったって構わないよ」
「見事に敗走することになりましたが……」
「ルーベルが二人とも良い騎士だって誉めてたぜ。成長が楽しみだって」
「本当ですか?」
「あぁ。でも、あんまり無茶はするなよ。……アレクは書斎か?」
「はい。ですが、主君は今、ご機嫌がよろしくないようなので……」
「何かあったのか?」
「エルロックさんが、ロニーの元に連れて来るように言った犯罪者が居たじゃないですか」
ブルースたち?
「あいつら、もう城に連れて来られたのか?」
「はい。騎士団が昼夜通して馬車を走らせたって聞きましたよ」
大げさに書きすぎたな。
秘書官の名前で大至急って言われたら、騎士団は最速の方法で護送してくるか。気をつけないと。
「それ以降、アレクの機嫌が悪いって?」
「そう感じます」
なんとなく、アレクの機嫌が悪い理由がわかった気がする。
「悪かったな。巻き込んで」
「心当たりがあるんですか?」
「あぁ」
誰がアレクに言ったんだ。
「……あの」
「なんだ?マリユス」
「御手合わせ願えませんか?」
「は?」
「マリユス、」
「近衛騎士の私闘は厳禁だろ」
戦って良い条件は、かなり限られる。
主君が侮辱された場合とか、騎士の誇りを汚された時とか、そんな感じだったと思うけど。
「私闘ではありません。演習です」
「文官の俺と戦ってどうする」
「ドラゴンとの戦闘を見ました」
見えるところでは戦ってない。
「だったら俺じゃなくて紫竜を狙えよ。あいつの方が強いだろ」
「いけませんか」
カミーユと違って好戦的なのか?
「俺と戦いたいなら、アレクの許可を取って来い」
「わかっただろう、マリユス。エルロックさんは戦わない」
「……わかりました」
ローグとマリユスが頭を下げて去って行く。
なんで、そんなに俺と戦いたいんだ?
強い奴なんて、いくらでもいるのに。
書斎に行く途中で、今度はロニーに会う。
「おかえり、エル。会いたかったよ」
「他に言うことあるんじゃないのか?」
「ブルースの件は感謝してるよ。あの神官の密入国ルートが判明したからね」
「口を割ったのか?」
「口を割らせる方法なんていくらでもあるよ?」
ロニーが微笑む。
「エルのせいでアレクの機嫌は最悪だけどね」
「悪かったよ」
「ローグとマリユスが帰還した直後は、あんなにご機嫌だったのに」
「何か良いことでもあったのか?」
「あったよ」
「タイミングが悪かったな。報告の順番が逆なら良かったのに」
「どちらにしろ、エルに何かあったらアレクは黙ってないよ。……簡単に首を絞められるなんて、何やってるの?私に言ったこと、嘘だったの?」
「死ぬつもりなんてないよ」
「だったら、もう少し生きることに執着するんだね」
……執着?
「なんで、ばれたんだ」
あの場に居たのはリリーとブルースだけのはずなのに。
「ずっと様子をうかがっていた子がいたみたいだね」
双子の片割れか。
どっちがどっちだったかな。
リリーのことを、リリーシア様って呼んでいた方だと思うけど。
「ロニー」
「何?」
「その、ずっと様子をうかがっていたって女。双子だって書いてあったか?」
「書いてあったよ。あの村で起きたこともすべて、洗いざらいアレクに当てた直訴に書いてあった。アレクはその手紙を燃やしてしまったけれどね」
燃やしたのか。
「エルってさ。本当に、何にでも巻き込まれるよね」
ロニーがくすくす笑って、歩いて行く。
「ありがとう、エル」
『ありがとう?』
別に。俺が感謝されることなんて一つもないけど。
※
「エル。遅かったな。どこで寄り道して来たんだ?」
ツァレン。
「寄り道なんてしてない。帰還して真っ直ぐ来たよ」
来る途中で何人かに捕まったけど。
っていうか、近衛騎士ばっかりじゃないか。
「ツァレン以外の連中は何やってるんだ」
「グリフとシールはロザリーの護衛、ロニーは秘書官の仕事の手伝い、ローグとマリユスは夜勤の為に休んでるはずだぜ」
「さっき会ったけど」
「ゆっくり休んでおけって言っておいたんだけどなぁ」
まだ昼だから、これから休むのかもしれないけど。
「主君、エルが来ましたよ」
ツァレンが開いた扉の中に入る。
「おかえり、エル」
……これは。
滅茶苦茶不機嫌だな。
「ただいま」
「報告は」
「トゥンク村に関する報告は上がってるだろ?」
机に向かって仕事をしていたアレクが顔を上げる。
「その後は」
「ニゲルと一緒に竜の山に行って、転移の魔法陣で遺跡から帰って来た」
アニエスに促されてソファーに座ると、ライーザが俺の前にコーヒーと菓子を並べる。
「竜の山の転移の魔法陣は使えたのかい」
「遺跡までは使えたけど、遺跡から竜の山には……。え?」
「竜の山へは行けなかったんだね」
「なんで知ってるんだ?」
「理由を知ってるから」
「理由って?」
「チェスでもやろうか」
「は?」
アニエスがチェス盤を持って来て、駒を並べる。
アレクが俺の向かいに座って、ライーザがアレクの前にコーヒーを置く。
「私が勝ったら、今後エルが王都から出る際には、必ず私の近衛騎士を同伴させること」
「え?なん……」
「エルが勝った時はどうしようか」
「賭けなんて、」
「私のお気に入りのショコラを一箱あげよう」
完全に無視された。
勝っても負けても、ろくな内容じゃないな。
「好きな方を選んで良いよ」
「白」
白のポーンを動かす。
「アニエス、ライーザ、昼食の準備を」
「はい」
「はい」
アニエスとライーザが退出する。
ここまで不機嫌なアレクと、良く一緒に居られたな。
「面白い土産話はあるかい」
「ん……。バーレイグを見て来た」
「本物かな」
「たぶん。アルディアの弟子だっていう奴に会ったんだ。アルマス地方とオートクレール地方の境目にある街で」
「偽物の噂なら良く聞くけどね。本物なら私も見てみたいな」
「変わった形をしてるのに、それに見合う鞘がちゃんとあったんだ。リリーも良い剣だって言ってたし、本物の可能性は高いと思う」
「どんな形だったのかな」
「中央部分がくびれてて、赤い宝石がついてて。それから、二本のラインが入ってたな」
「見た目はバーレイグと同じもののようだね」
「知ってるのか?」
「資料で見たことはあるよ」
ん……。
どうするかな。
「手が止まったね」
ビショップが動けるラインを確保しつつ、けん制しておくか。
「ローグとマリユスが面白いものを持ち帰ったんだ」
「面白いもの?」
「白塗りで金縁の箱」
「え?」
それって。
「竜の山から持って来たのか?」
「そのようだね」
だから、竜の山に飛べなかった?
遺跡の転移の魔法陣は封印の棺から力を得ている。その封印の棺が移動した結果、出口だけが変わった。
俺が考えてる転移の魔法陣の仮説は、封印解除の呪文によって転移の魔法陣と呼応する封印の棺の力が一時的に開放され、その力を使って転移先と現在地を繋ぎ、転移先に転移するというもの。
ただし、出口は常に新しい魔法陣によって上書きされる。それが失敗の原因。
けど、これって必ず元の転移の魔法陣の近くだ。たとえば、遺跡の魔法陣に飛ぼうとすれば遺跡の外に描いた魔法陣に飛んで失敗するけど、竜の山や砂漠といった遠くの魔法陣に飛ぶのに支障はなかった。
つまり、新しい魔法陣に引っ張られる範囲はある程度限られる。その範囲を決める中心にあるのは封印の棺だろう。だから、ナイリという言葉に呼応する封印の棺が王都に移動した結果、その棺がカバーする範囲の中で最も新しい転移の魔法陣である、カミーユが描いた魔法陣に出た。
あれはセントオのコピーなんだけど。
遺跡の魔法陣が完全にセントオの封印の棺と呼応するように作られてる以上、あの魔法陣は使えなかったんだろう。
ってことは、カミーユが描いた魔法陣は、入口と出口を兼ね備えた封印の棺と呼応していない転移の魔法陣。しかも優先度はグラシアルの魔法陣よりも低いものってことだろう。
まぁ、描いただけで大した魔力も込めてないんだから当然か。
「ってことは、ナイリの出口になる魔法陣をどこかに描いておけば、遠出してもいつでも王都に帰還できるってことか?」
「そう考えて良いだろうね」
それなら便利なんだけど。
イレーヌに教えておいた方が良いだろうな。
「中はまだ開けてないのか?」
「いくら試しても人の手では開けなかった」
「やっぱり開くには大精霊の力が必要なのか?レイリスは?」
「開けない」
試してるか。
「どこで見つけたんだ」
「竜の山の、ルーベルの棲家近くの洞窟。偶然見つけたらしいね」
ルーベルと戦って、落ちた場所で見つけたってことか?封印の棺は魔法陣の近くにあるはずだからな。
「どれだけ開こうとしても開けないし、どれだけ剣で攻撃しても一切傷つけることは出来ない珍しい箱だったから。お土産に持ち帰ってくれたんだ」
そこまでやったのか。
珍しいものが好きだからな。アレクは。
「どうやって運んだんだ。そんなに小さいものじゃないだろ?」
「エイダの棺と同じぐらいかな。引きずっても全く壊れなかったようだよ」
「は?ここまで引きずって来たのか?」
「まさか。竜の山を下りた後は馬車を使ったようだよ。でも、この箱は絶対に傷つかない以外にも、面白い特性を持っているんだ」
「どんな?」
「当ててごらん」
剣では傷つかないもの。
「エイルリオンで斬れた?」
「斬れなかったよ」
試し済みか。
なんだろう……。
「ものすごく軽い?」
「そんなに重くないようだね」
「魔法が効かない?」
「効かないよ。けれど、それは大した特性ではないかな」
魔法が効かないって、大した特性だと思うけど。
「何故、ロザリーの棺はガラスだったんだと思う?」
「え?」
今さら?
ガラス……。
ガラスって。
「精霊の光を遮断する?」
「そうだね」
ガラス繊維を通すと精霊の姿が見えなくなる。
リリーの瞳からも精霊の光や魔法使いが持っている光が見えないのは実証済みだ。だから、ガラス繊維で作った衣装を剣術大会の為に作ろうと思ったんだ。
ってことは。
「ロザリーがガラスの棺に入れられていたのは、リリーのように精霊の光が見える人間からロザリーを守る為?」
「おそらくね。あの棺は、簡単に見つからないように遺跡の中に巧妙に隠され、棺自体も簡単には開かないように加工されていた。……チェック」
「ん……」
少し強引な手だな。
さっきのビショップを……。
「けれど、見つかってしまう可能性もある。あれが棺という形を取っていたのは、中の人間が死んでいると見せかける為だね。仮に誰かが棺を開いたとしても、中に居るのは眠りと封印の魔法で仮死状態にされた人間。見た目には防腐処理を施された死者だ。死者を冒涜しようとする人間に出会わない限り、その身柄は安全だ」
「チェック」
「良い手だけど。甘いね」
え?クイーンを動かすのか?
そんな位置にあるならクイーンを貰うけど。
「けれど、リリーシアの瞳はごまかせない。もし彼女が棺の近くに来れば、すぐに棺の場所を探し当て、中の人間が生きていることに気付くだろう」
「そうだな」
メディシノは真空の精霊と契約していて、精霊の光を持ってるから。
「悪魔の魂を浄化していた光の魔法使いたちの中には、そういった特殊な瞳を持った人間が居たんじゃないかな」
「そいつらからメディシノを守る為に?」
「すべて仮説になってしまうけれどね」
……違うな。きっと。アレクなりの仮説が別にありそうだ。
でも。
吸血鬼を探してた魔法使いたちの目的は、悪魔の魂を浄化すること。
それなら遺跡を探索する可能性も低いから、保管場所としては良いだろう。
それに、中身のすぐにわかるガラスの棺なら強引に開かれる心配も低い。中身の分からない箱ならローグたちみたいに剣で傷つけようとしたり、無理にこじ開けようとしたかもしれないけど。
俺がガラスの棺を見つけたとしたら……。遺跡を管理してる責任者に報告して、魔法研究所か錬金術研究所まで丁重に運んでもらって、どのような加工のされたものか調べてもらうかな。この手の物は、とても貴重だから。大事に扱うだろう。
当時の遺跡の管理状況が解らないから、当時の冒険者たちが発見してどう思うかわからないけれど。
『ねぇ、アレク』
「何かな」
『もっと、言うことがあるんじゃないのぉ?』
「それは答えだから言えないな」
「?」
『メラニーはぁ、ガラスの棺を探せるぅ?』
『ガラスで完全に覆われたものの気配を探るのは難しいな』
「え?そうなのか?」
意外だな。
ガラスってそういう特性もあるのか。
闇の精霊が探知できないっていうのは大きいだろう。魔法使いが遺跡を探索する時には闇の精霊の力に頼るだろうから。
ただのガラスなのに、精霊の目をくらます力があるなんて不思議だ。
「ガラスって、反属性の物質ではなかったと思うけど」
『反属性の物質は、封印の棺と似た性質を持つ』
「え?同じなのか?」
「精霊狩りに使われていた反属性の小箱も、封印の棺を模したものだったのかな」
『実際に棺を見た人が作ったかは分からないけどぉ。似たようなものなのは確かよねぇ』
昔、精霊狩りに使われた、精霊を閉じ込めておくための箱。
封印の棺も、神の力を閉じ込めておく箱だからな。剣も魔法も通さない特殊な物質なんだろう。
えっと……。
ってことは。
「封印の棺も、ガラスのように、リリーからは見え方が変わる?」
「リリーシアに見せてみないと彼女の瞳にどう映るかは分からないけれど。あの棺はね、私の右目では見えないんだよ」
アレクの菫の右目を見る。
「精霊の瞳では、あれは見ることが出来ないんだ」
「は……?」
「人間は見て触れることが出来るものなのに、精霊は見ることも触れることも敵わないようだよ」
神が作ったものなのに。精霊にできない?
「前にエルが言っていただろう。封印の棺は、アルファド帝国に力を貸した者には探せないものだったんじゃないかって。その答えがこれなんだろうね」
アルファド帝国の皇帝に、神の台座からエイダの棺を運び出すように指示した奴にも見えないものだったのか。
「そして、ガラスの棺。あれの中身もね、精霊の瞳では見ることが叶わないんだ」
「なんだって?」
「ガラスで完全に覆われたものの中身を見ることはできない。眼鏡や窓越しならば見えるんだけどね」
アレクの顔を見る。
今は眼鏡をかけてるけど。
「ちゃんと両方の目でエルを見ることが出来るよ。おそらくガラスは、精霊が視覚に必要とする情報を遮断するんじゃないかな。私たちは光によって視覚の情報を得ているが、精霊はそれぞれ違うものから情報を得ているんだろう。それが、私たちが顕現していない精霊を見ることが出来ない理由であるとも思うけど。エルはどう思う?」
そういうわけか。
「確かに。メラニーは暗い方が視界が晴れるって言ってたから、違うのかも」
「そうだね。……封印の棺の話しに戻ろうか」
「あぁ」
「さっきも言ったように、精霊はあれに触れることはできない。あれは精霊にとって、とても危険なものなんだ。力の弱い精霊が触れると中に取り込まれてしまうらしい」
「見えないのに近づいただけで取り込まれるなんて、危なすぎるだろ」
「契約中の精霊が取り込まれることはないようだけど」
「そんな危険なことを試したのかよ」
「人間が上位契約をしている限りは大丈夫なようだよ」
人間が精霊を守る契約を交わしてるから?
「それに、契約中ではない精霊は、ものすごく嫌な感じがすると言っていたから、精霊が不用意に近づくことはないんじゃないかな」
あれ?
人間と契約中ではわからない嫌な感じ?
「それ、竜の山でも聞いたな」
「竜の山?」
「竜の山の精霊が竜の山を離れてるんだ。その理由が、嫌な感じがするからって。リリーも竜の山には全然精霊が居ないって言っていた」
「そういえば、私を襲った相手が現れた時も、私の精霊が嫌な感じがするって言っていたね」
アレクが連れてる精霊はアレクと契約してないからな。
「精霊が感じる嫌な感じの正体は、封印の棺に眠っている神の力で間違いないわけか」
「おそらくね」
これで、確信を持って言えるかな。
今までの仮説がすべて正しかったって。
「でも、エルが竜の山に居た時は、棺は運び出された後のはずだよ。……精霊が竜の山から離れるってことは、私とリリーシアの前に現れたあれが、竜の山に居たのかな」
可能性として一番高いから困る。
「竜の山で何してたんだよ」
「さぁ。なんだろうね」
あそこにはドラゴンが居るのに。
いくらリンの力が宿るものでは斬れない相手だからって、ドラゴンの牙なら体を引き裂かれるんじゃないだろうか。
「あいつ、なんでアレクを襲ったんだ」
「予告も無く突然現れたから、理由なんて知らないよ。……ほら、最後までやるかい」
詰んだ。
「やるよ。キングが追いつめられるまで」
最善手を。
……だめだ。どう考えても無理。
アレクがミスしてくれるわけがない。
「チェック」
ダブルチェックだ。
キングを逃がす以外に動けない。
「チェックメイト」
完全に負けた。
手加減なしだな。
「約束は覚えてるね」
「出かける時は、アレクの近衛騎士と一緒に行動すれば良いんだろ?」
「誰を選んでも良いよ」
「どうせ剣術大会が終わるまで王都の外に出る用事なんてないよ。っていうか、それ、いつまでやらせるんだ」
「エルがもう少し、自分のことを大切にできるようになるまでかな」
「そう簡単に死なないよ」
「その言葉がどれだけ信用の出来ない言葉か、リリーシアに聞いてみると良いよ」
『信用はないだろうな』
……なんで?
「ブルースの手首を砂に変えたのは、エルにしては良い判断だったのだろうけど」
「あれは俺がやったんじゃない」
「じゃあ、誰が?」
「リリーが無意識で魔法を使ったんだ。神の力は、願いを叶える力。リリーの願いは、封印に使った力を媒介にして、魔法という形で叶えられる。……王都にフォルテが来た時に現れた巨大な氷の盾も、堀を氷漬けにしたのもリリーで間違いない」
「原因不明の現象の正体か……」
この仮説もほぼ間違いないって確信して言える。
「エル、こっちにおいで」
「?」
アレクの隣に座ると、アレクが俺の頬に触れる。
「無事で良かった」
あ……。
「アレク、」
「姉上を失くした時のことを想い出した」
フラーダリー……。
「私の代わりに、百合の花を届けておいてくれるかい」
「わかったよ」
「ありがとう」
「……ごめんなさい」
アレクがくすくす笑って、頭を撫でる。
「エルは可愛いね」
だって。
そんな顔させるなんて思わなかったから。
……フラーダリーを失って悲しかったのは、俺だけじゃないのに。
「エルは私の大切な弟だからね」
昔から、そう。
アレクはいつもそう言う。
血の繋がった兄弟が居るのに。
「ランチにしようか。アニエス、ライーザ」
アレクが呼ぶと、アニエスとライーザが書斎に入ってくる。




