56 彼女の買い物
思った通り、リリーは十分に馬を乗りこなしていた。イレーヌも乗り慣れている。
草原を駆けて、陽がまだ高い時間に次の街に到着した。
けど、街で借りた馬は二人の技術に見合わない。馬の体力が持たないから、明日は別の馬を借りて行くことになりそうだな。
宿を取って、リリーと一緒に街に出る。
「ドラゴンの絵を描いた盾がたくさんあるね」
「ここはまだオートクレール地方だからな。ドラゴンをモチーフにしたものが多いんだよ」
オートクレール地方は、昔からドラゴンの存在が身近だ。
竜の山の周辺ではクレアドラゴンを信仰してる場所もある。今回のニゲルの行動を見る限り、ドラゴンが守り神のような存在に見えてもおかしくない話しだけど。
「見て、エル。この剣、かっこいいよ」
リリーが持ったのは大剣。
ドラゴンの細かい意匠が目を引く大ぶりの剣だ。
大剣を軽く持ち上げたリリーに、店主が驚いている。
「欲しいのか?」
「え?うーん」
悩んだリリーが、大剣を降ろす。
「今は、雪姫があるから」
「雪姫?」
『リリーが持ってる刀だよ』
あれ、雪姫って言うのか。
アヤスギがつけた名前か?
そんな可愛い名前の武器には見えないけど。
……あ。
腰に差してある短刀を抜いて、リリーに見せる。
「リリー、これ、読めるか?」
結局、何て読むかわからなかったから。
「逆さ……、虹?逆虹かな?」
「逆さまの虹?環天頂アークか」
「アーク?」
「太陽の上に現れる、逆さまの虹だよ」
「円じゃなくて?」
「円に見えることはないよ。頭上を中心とした弧の一部が見えるんだ」
あの反りをイメージして作ったものなのかな。
「ありがとう。リリーは博識だな」
「…………に言……たくない」
「何か言ったか?」
「なんでもないよ。それより、ルイスの誕生日プレゼントを探そう」
「プレゼントか……。何にするかな」
「片手剣は?」
「そうだな。そろそろルイスも剣を持っても良いだろうし。何か良い片手剣でもあれば……」
リリーが先を歩いて行く。
「リリー」
慌てて追いかけて、リリーの手を繋ぐ。
「迷子になるぞ」
「ならないよ」
なるだろ。
「街の入口の方に、片手剣をたくさん置いてあるお店があったんだ。初めて持つなら、そんなに重くないものの方が良いよね。長さはどれぐらいが良いかな」
楽しそうだな。
「あ」
「どうしたの?」
「あの店に寄っても良いか?」
「うん」
可愛い雑貨店だ。キャロルとルイスに何か買って行こう。
※
雑貨店で二人のお土産と、リリーに似合うペンダントとカチューシャを買った後は、武器屋巡り。
「で?どれにするんだ?」
この辺の店は一通り見て回ったけど。
「いまいち、気に入ったのが見つからないの」
相変わらず、武器屋巡りは好きみたいだな。
使うのはルイスなんだけど。こだわりがあるらしい。
「この街で探さなくても良いんじゃないか?」
「もう少しで見つかりそうな気がする……」
その核心はどこから来るんだ。
「リリー、待て」
また、勝手に歩き出す。
そっちは治安が悪そうな場所だけど。
「エル、武器屋があるよ」
リリーについて歩いた先に、変わった武器の並ぶ武器屋がある。
やっぱり、一番最初に持つのは大剣なのか。
「不思議な形」
「おー、お客さん、お目が高いね。そいつは今一番のおすすめだ。なんて言ったって、ドラゴンを殺すための大剣だからね」
「どこがドラゴンを倒すための大剣だ」
「ほら、鮮やかに湾曲したフォルム、そして、ここの部分が段になってるだろ?一度ドラゴンの皮膚を貫けば、引き抜く時に皮膚を抉って大ダメージ間違いなしだね」
鎌みたいな役割を持ってるってことか。
「引き抜く時に折れたりしない?」
「それは試してみればわかりますよ」
怪しい文句だな。
「んん……」
「騙されるなよ、リリー」
「え?うん」
こんな適当過ぎる説明、鵜呑みに出来ない。
「あの、向こうに飾ってあるのは?」
「あれは非売品。彼の名工アルディアの作品なんだ」
アルディアだって?
「見せてみろ」
店主が飾ってある剣を持って来る。
アルディアは、変わった形の剣を作ることで有名だけど……。
「リリー、どう思う?」
「うーん」
リリーが剣を眺める。
「名工の作品とは思えないけど」
「偽物か?」
「でも、この形って素敵だよね」
胴体の部分からくびれが出来て、剣先の部分でまたふくらみの出来る剣。
「なんて名前の剣ですか?」
「バーレイグ」
「バーレイグだって?」
有名な剣じゃないか。
でも、これはリリーの目から見ても偽物の可能性が高い。
「この剣の鑑定をしてみてくれないか」
サンゲタルを抜いて、店主に見せる。
「また、オーソドックスな……。んん?こいつは、少し面白い。リグニスっぽいな」
正解。
「本物だったら、彼の皇太子が持ってるあれなんだけど」
アレクがサンゲタルを持ってるのって、この世界じゃ有名な話しなのか。
「それは、その皇太子からの借りものだ」
「は?」
店主からサンゲタルを返してもらって、鞘に納める。
「で?これは本物のバーレイグなのか?」
「悪かったよ。そいつは俺が作ったレプリカだ。もう少しサンゲタルを見せてくれるって言うなら、本物を出してきても良いぜ」
本物を持ってるのか。
「リリー。本物を見てみたいか?」
「うん」
「じゃあ、頼む」
「今日は店じまいだ。ちょっと待ってな」
店主が店を閉めて、奥の部屋に行く。
「この剣ってリグニスのだったんだ」
「あぁ。知らなかったのか?」
「うん。アレクさんの剣って、どれもすごいから気にしてなかった。でも、この剣、宝物塔にはなかった気がする」
リリーは宝物塔に侵入してるからな。
「気に入ってるものは、自分の部屋に置いてるんだろ。宝物塔に置いてあるのは、趣味で集めたものか貢物だ。アレクがほとんど使わないような奴」
「そうなの?」
「良いものに違いないだろうけど」
戦う時に使う剣なんて数本だろう。
残りは飾り程度にしか思っていないはずだ。
「待たせたな」
鞘に収まった剣。
複雑な形の剣がぴったり収まる鞘に入ってるってことは、本物の可能性が高いな。
「どういう構造の鞘なの?」
「ここに隙間があるんだよ」
「本当だ」
他の剣には使えない鞘だな。
「鞘から出しても良いですか?」
「あぁ。好きなだけ見て構わないぜ」
リリーがバーレイグを鞘から抜いて、真剣に眺めてる。
「ほら、約束だぜ」
サンゲタルを抜いて、店主に渡す。
「いやぁ、良い剣って言うのは格が違うね」
「名工の剣を集めてるのか?」
「まさか。俺はアルディアの弟子だ」
「弟子だって?」
「バーレイグはアルディアが俺を弟子と認めてくれる代わりに置いて行ったんだ」
「寿星の英雄が使ってた剣だろ?」
「アルディアの元に返却されたらしいぜ」
ラングリオンの建国に携わった英雄は七人居る。
その筆頭が、ラングリオンの初代国王、首星のアークトゥルス。首星は、主星とか守星と呼ばれることもあるけど。
その王妃となったのが、同じく英雄の一人に数えられる慈悲の剣、真珠のリフィア。常にアークトゥルスの傍らに居た女性剣士だ。彼女が持つ剣は特別な力を持っていたらしいが、その剣は現代に伝わっていない。
そして、暁星のオルロワール、夕星のノイシュヴァイン、紅星のイエイツ、蒼星のシリウス、寿星の英雄。
寿星の二つ名を持つ英雄だけが、その名を後世に伝えていない。ラングリオンの建国初期に携わった後、国を離れたらしい。英雄と呼ばれることを嫌った為とも、初代国王と仲違いした為とも言われているが、真偽は定かではない。
その存在は、歴史を伝える書物とオルロワール家にある英雄を描いた絵画にだけ残っている。
バーレイグが英雄と共に歴史から消えた以上、アルディアに返却されたとしてもおかしくはないけど……。
「なんでアルディアはお前を弟子にしたんだ」
「俺のセンスを高く評価するって言ってくれたぜ。ほら、こいつなんて面白い剣なんだぞ」
店主から渡された剣を鞘から出す。
普通の剣に見えるけど。
「ここの留め金を外してみな」
なんで剣に留め金があるんだ。
言われた通りに外す。
「おぉ」
剣が分解されて、片手剣と短剣に分かれた。
「普段は片手剣として使えるが、いざという時、短剣にもなる優れものだぜ」
確かに面白いけど。
「需要、あるのか?」
短剣なんて、留め金を外す作業をするぐらいなら腰から抜いた方が明らかに速い。
いきなり片手剣から短剣が現れたら、びっくりするかもしれないけど。
「いやいや、どんなことでも面白く……、違った。常に新風を巻き起こすような独創こそが、新しい世界が開く鍵なんだぜ」
アルディアって相当な変人なんだな。
リリーの方を見ると、まだバーレイグを眺めてる。
「気に入ったのか?」
「え?……うん」
リリーが、ここまで手放さないなんて珍しい。
「いくらで売ってくれる?」
「は?……俺の話し、聞いてたか?これは師匠からもらった大事なものだ。金貨百枚詰まれたってお断りだ」
「百枚以上か……」
用意するのに、どれぐらいかかるかな。
「あの、買って欲しいわけじゃないよ?」
「気に入ったんじゃなかったのか?」
「今は雪姫もあるから、新しい剣なんて要らないって言ったよ」
リリーがバーレイグを鞘に納めて、店主に返す。
「買う気だったのかよ。サンゲタルと言い、お前、何者なんだ?」
「薬屋だよ」
「は?どこの世界に、大剣とサンゲタルを持ってる薬屋が居るんだよ」
店主から返してもらったサンゲタルを鞘に納める。
そういえば、リュヌリアンはルミエールの作品だったな。
「えっと……」
『余計なこと言わないでよ、リリー』
『ルイスの剣を選んで、早く戻った方が良いんじゃなぁい?』
そうだった。
「初心者向けの片手剣を探してたんだ」
「おいおい。俺の店にそんなものを探しに来る奴なんて居ないぞ」
変な形の剣を使ってたら、変な癖がつきそうだからな。
「と、言いたいところだが。バーレイグを持って行かれるよりはましだからな。こいつなんかどうだ?」
店主が片手剣を出す。
幅広で片刃の剣。少し重心がずれてる気がするけど、また留め金がついてるな。
「リリー、これは?」
リリーに渡すと、リリーが片手剣を軽く振る。
「長さも重さも良いんじゃないかな。シルバーを基本材料にしてる割りには丈夫そう。でも、ここまで幅広なら両刃にした方が良いんじゃないかな」
「そこの留め金を外してみな」
「留め金?」
リリーが留め金を外すと、剣が二つに分かれる。
「わぁ」
刃の背の方が外れて、片刃の片手剣が一本現れ、残った方が両刃の剣になった。
こっちも面白いな。
リリーが両手に剣を持つ。
そして、二つの剣をくるくると指で回した後、二つの剣を交差させる。
まるで曲芸だな。
「二刀流も目指せるね。一本一本、十分に良い剣だと思うよ。気分に合わせて片刃と両刃を切り替えられるのは面白いかも」
ってことは、合格点かな。
「じゃあ、それに決めて良いか?」
「うん」
ようやく、今日の買い物が終わったな。
※
「あなたたち、どこまで行ってたの?先に夕食食べちゃったわ」
宿に戻ると、イレーヌが食後のコーヒーを飲んでいる。
「プレゼントを探してたの」
「プレゼント?その剣が?」
「うん。面白い剣なんだよ」
「剣が好きなの?変わった子ね。私は先に休むわ。また明日ね」
「あぁ」
「おやすみなさい」
イレーヌがトレイを持って席を立つ。
「イレーヌさんって、何食べたのかな」
「菜食主義者なんだよ」
「そうなんだ」
肉や魚を抜いたメニューぐらい、頼めばどこでも出てくるからな。
※
食事を終えて、シャワーを浴びに行ったリリーを見送って。
レストランでワインを飲む。
『珍しいわねぇ』
「飲みたいと思った時には飲むよ」
一本飲み終わるまでに来なかったら、そのまま寝よう。
『イレーヌだ』
イレーヌが向かいの席に座る。
用意していたグラスをイレーヌの前に置き、ワインを注ぐ。
「質問に答えて」
「いいよ」
俺も。聞きたいことがある。
「どうして転移の魔法陣が使えるの」
「エレインに使い方を聞いたから」
「どこから来たの?」
「竜の山から」
「飛べなかったわ」
「そうみたいだな」
「失敗することはあっても、飛べないなんて今までなかったわ」
「……グラシアルで転移の魔法陣が使われていたのは知っているか?」
「知ってるわ」
「エレインは詳しく知らなかったみたいだけど」
「この前、グラシアルに行って行方不明だった人が帰って来たの」
それって。
「ルミエールか?」
「知ってるの?」
「直接は知らないけど、知ってる」
「どこまで知ってるの?」
「今は転移の魔法陣の話しだ」
「……そうね」
「グラシアルの魔法陣は、契約してる精霊の力を借りて魔法陣が使える」
「聞いたわ。でも、女王が居なければ使えないんでしょう?」
「そんなことはない。この魔法陣はイレーヌたちが使っている魔法陣よりも優先度の高い出口になってしまう。イレーヌたちが目的地に着けずに失敗するのはそのせいだ」
「そうだったの。でも、それなら飛べないってどういうこと?」
「俺は竜の山で、ルーベルの目の前にある魔法陣から飛んで来た」
「それ、もともとあった魔法陣よね?本当に竜の山の魔法陣から来たの?」
「そうだよ。向こうから遺跡に飛べても、遺跡から竜の山には飛べなくなってるみたいだな」
「原因はわかる?」
「魔法陣を起動している力が何か知ってるか?」
「知らないわ。精霊の力じゃないの?」
知らないのか。
「俺はその力が、精霊の力じゃなく、ある古い力を使っていると思ってる」
「古い力……?」
「あぁ。それに何かあったんじゃないかと思うんだけど……。詳しいことはここでは話せない。何か心当たりがあるのか?」
「……今、ここでは話せないわ」
何かありそうだな。
「でも、あの魔法陣は動かなくなるまでたくさん使った方が良いって言われてるわ」
「動かなくなるまで?」
「そうよ。使うことが奨励されてるの」
神の力を使い切れってことか?
使い切れるなら、使い切った方が良いに違いないだろうけど。
「さっきの話しの続き。俺はクレアについて知ってる」
「そうなの」
イレーヌがため息を吐く。
「知ってるのはごくわずかな人間だけだ。誰も公表する気はない」
「良いのよ。あなた以外にも知ってる人って居ると思うわ。私たちが地上に出ている以上、いずれは公になることだもの」
「口が軽すぎるのも問題だと思うけど」
「失礼ね」
「故郷に帰る呪文。エレインだって俺に教えなかったぞ」
「それは、あなたたちが危険にさらされるからよ」
「どういう意味だ?」
「あなたたちブラッドは、私たちの里に来れば死んでしまうわ」
「どうして?」
「空気が合わないみたいよ」
空気が合わない?
「詳しくはわからないけど。だから、私たちの里は私たちにとって安全な場所なのよ。あなたたちが私たちを殺そうとしたところで、私たちは里に居れば安全なの」
血の色が違うことや食べられるものが違うこと以外にも、まだクレアとブラッドの違いがあるのか?
「でも、ドラゴンはブラッドでも平気よ」
「え?ブラッドドラゴンがお前の里に居るのか?」
「新年の頃かしら。傷ついたブラッドドラゴンが里に入り込んだのよ」
「それ、フォルテか?」
「そんな名前だったかもしれないわ。ウィリデが子供を連れて来てからは、どこかに行っちゃったけど」
「フィカスか?」
「そうよ。……何でも知ってるのね、あなた」
「聞いた話しだ。ケウスの卵を孵すのに、リリーが立ち会ってる」
「え?あの女の子が?……ってことは、大精霊にも会ってるの?あの子」
「あぁ」
「すごいわね。王族の血でも引いてるの?」
リリーは確実に、グラシアルの王家の血を引いているんだろうけど。
「王族の血を引いてると、大精霊に会いやすいのか?」
「知らないの?古い王族は神様や大精霊の祝福を受けているのよ。ラングリオンなんて特にそうじゃない。神様から聖剣を授かってる国なんて他にないわ」
「グラシアルは?」
「西の方なら太陽の神様が祝福を与えるんでしょうけど、もともと大陸の端にあるような弱小国家だもの。女王が氷の大精霊の祝福を受ける前なんて知らないわ」
グラシアルは、もともと力のない小さな国だったはずだからな。
そんな国でもリリーのような力を持った人間が生まれると言うことは、王族が何らかの祝福を受けてるんだろう。
「あなたと話してると面白いわ」
「イレーヌの知識は勉強になるよ。でも、そんなに俺に話して大丈夫か?語ってはいけない話しとかはないのか?」
「ないわ。どうせ、私たちは消えゆく種族だもの」
「消えゆく種族?」
「ブラッドと交われば、私たちはクレアでは居られないのよ」
「どういう……」
『エル、リリーだ』
髪を降ろしたリリーがこちらに来る。
「話しはここまでだ」
「そうね。……可愛い子だわ。どうしてあの子が好きなの?」
どうして?
「考えたことないな」
「え?」
「好きなところはたくさんあるよ。でも、どうして好きになったかは分からない」
「わからないの?」
「?」
目の前に来たリリーが首を傾げる。
その、輝く黒い瞳を見つめる。
気づいた時には、もう好きだった。
好きであることを抑えられないぐらい愛しくて。
愛してることが幸せで。
リリーのことを知れば知るほど惹かれていくから。
「私はもう寝るわ。おやすみなさい」
イレーヌが席を立つ。
「おやすみ、イレーヌ」
「おやすみなさい」
リリーの手を引いて隣に座らせて、ワインをグラスに注ぐ。
ちょうど最後の一杯だな。
「何を話してたの?」
「フィカスが元気でやってるって」
「え?フィカスの居場所知ってるの?」
「イレーヌの故郷に居るらしい」
「イレーヌさんは、生まれたばかりのドラゴンのお世話をする人なの?」
「そうなんじゃないか?」
たぶん、間違ってはいないだろう。
「本当に、話してたのってそれだけ?」
「なんで?」
「だって、女の人と二人で……」
「妬いてる?」
「ばか」
可愛い。




