55 あなたを守る役目
リリーを連れて、転移の魔法陣の上に乗る。
「これ、転移の魔法陣?」
「そうだよ。オリジナルの転移の魔法陣だ。この輪の中に入ってなきゃいけない」
リリーの体を抱き寄せる。
さてと。
「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」
光の玉が周囲を浮遊する。
「こんなに明るいのに?」
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
「えっ?」
魔法陣が起動して……。
転移する。
到着。
「ここは?」
「オートクレール地方にある遺跡。前にカミーユと一緒に来たのはここなんだ」
遺跡は暗いからな。
「あの、さっきの……」
『エル。誰か居る』
周囲を見回す。
隠れてるのか?
『右だ』
右を見る。
「おい、誰だ。出て来い」
ここはアレクの許可がないと入れないはずだ。
ってことは、もしかして……?
「エレインの知り合いか?」
「エレインを知っているの?」
岩陰から、緑の髪の女性が顔を出す。
また緑の髪か。
「知ってるよ。俺はエルロック」
「……リリーシアです」
リリーが横で頭を下げる。
「イレーヌよ。エレインは今、どこに居るの?」
「ラングリオンの王都だ」
「王都?」
「ガラハドが王都に居るから、会いに行ってる」
「ガラハド様、王都に居るの?」
エレインの知り合いで間違いなさそうだな。
「ガラハドはラングリオンの王都守備隊三番隊隊長だ。……いい加減、こっちに来たらどうだ?」
まだ警戒されてるな。
「あなたたち、どこから来たの?」
「竜の山からだよ」
「嘘。竜の山、飛べなかったわ」
飛べなかった?
「スタンピタ・ディスペーリ・ナイリ・メタスタード」
転移の魔法陣が起動する。
……起動して、隣の魔法陣に出た。
これ、カミーユが描いた方だろ?
「本当だ」
なんで?
「ねぇ、エル、今のって?」
「……後で説明する」
竜の山に飛べなくなったってことは、竜の山にあったはずの封印の棺に何かあった?
でも、竜の山の魔法陣は、ちゃんと起動して、俺をここに運んだよな。
どうなってるんだ?
「俺たちが竜の山の魔法陣を使ってここに来たのは確かだ。魔法陣について詳しく知りたいなら、王都に来い。エレインは今、俺の知り合いのところに居るから、会いたいなら案内するぜ」
「連れて行ってくれるの?」
「いいよ。ここからそう遠くないし」
「ありがとう。……あの、ちょっと仲間に報告してくるから待っててくれる?」
「あぁ」
魔法陣から離れると、イレーヌが、遺跡の魔法陣の上に立つ。
「スタンピタ・ディスペーリ・ハラーロ・メタスタード」
魔法陣が輝いて、イレーヌが転移する。
「ハラーロか」
危機感ないのか?自分の故郷の転移先を簡単に喋るなんて。
「髪って意味だよね?……どういうこと?」
「これは、グラシアルで使われていた転移の魔法陣の原型なんだよ」
「原型?」
「この魔法陣はグラシアルのどこかにもある。おそらく、その魔法陣の原理について研究した結果生まれたのが、女王の力と氷の精霊の力で管理されたグラシアルの魔法陣だ」
「えっと……。この魔法陣は、グラシアルの魔法陣よりも歴史が古いの?」
「そういうことだ。今みたいに、呪文を唱えることで誰でも使える」
「スタン……」
「こら」
慌ててその口を塞ぐ。
「私が言っちゃだめなの?」
「だめに決まってるだろ」
これは封印解除って意味なんだから。
どっちが優先されるかわからないけど、リリー自身に封印されている力が解ける可能性の方が高い。
「あの、もしかして砂漠にもこの魔法陣、あるの?」
「良くわかったな。この魔法陣で色々実験してる時に飛んだ先の一つが砂漠なんだ」
「前に私に聞いた古い言葉って、全部転移の魔法陣で使う言葉だったの?」
「そうだよ」
リリーの予想通り、髪を意味するハラーロが存在したわけだけど。
これで全部なのか?
「どうしてこんな言葉なの?」
「それについては研究中。カミーユが転移の魔法陣について研究してる」
俺の報告書が回ってるはずだから。
「あ。アリシアも、その研究を手伝う為に来たんだよ」
「そういえば、そんな約束もしてたな。プリーギの件で手伝ってくれたのも、すごく助かったよ」
っていうか、プリーギの件が片付くまで、転移の魔法陣の研究は完全にストップしてるはずだ。今、どれぐらい進んでるかは分からない。
「っていうか、来ないな」
すぐに戻って来るかと思ったけど。
「あのね、時間があるなら、魔法の練習したいんだけど……」
「帰ってからで良いだろ?こんなところで大きな力を使うのは危険だ」
遺跡なんて、ただでさえ古くて補強が必要な場所なのに。リリーの魔法が暴発したら大変なことなる。
砂の魔法は、最悪ここをすべて砂に変えかねない。
飛ぶ魔法ならともかく……。
「練習か」
砂の魔法で少し体を浮かせる。それから……。
「エルっ?」
やばい。
浮き上がった体が、そのまま加速して天井に向かう。
体を回転させて、天井に足をつく。
『大丈夫ー?』
「あぁ」
リリーが下に見える。
制御が難しいな。魔力の込め方とか、バランスのとり方とか。
浮かぶための魔力を安定的に供給しつつ、一定の方向に向かって移動させる……。
「あ」
『気を抜くな!』
落ちる。
「エルっ!」
もう一度体を回転させて、風の魔法で地面に着地する。
頭で考えるよりも、体で覚えられるんなら早いんだけど。
「難しいな」
「エルの方が危ないことしてるよ!」
簡単に上手く行く方法、ないかな。
精霊はどうやって飛んでるんだ?
「飛ぶって、どういうイメージだと思う?」
「え?……えっと、ドラゴンみたいに?」
「ドラゴンか……」
背中に翼をもつイメージ?
「あ、魔法陣が光ってる」
振り返ると、弓と矢筒を背負ったイレーヌが転移の魔法陣の上に現れる。
手には、明らかにワインの瓶とわかる包み。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「じゃあ、行きましょうか」
魔法陣のある部屋から歩いて、遺跡にできた湖まで行く。
「湖?」
「そうだ。この湖を渡らなきゃいけないんだった」
「向こうに渡る方法ならあるわ」
イレーヌがリズム良く手拍子をすると、湖から見覚えのある巨大な魚が現れた。
『これ、前に襲って来た亜精霊じゃない』
「え?」
「お前のペットなのか?これ」
「ペットじゃないわ。この子がずっと小さい頃からの友達よ。この子に乗って移動しましょう」
なんだか、威嚇されてる気がするんだけど。
「出口はわかるんだよな?」
「もちろん」
「なら、後で合流しよう」
「三人ぐらい乗れるわ」
「そいつは俺を乗せたくないみたいだぜ」
「……そうね。ちょっと今日は機嫌が悪いみたいだわ」
一度、氷漬けにしてるからな。
「リリー、魚は平気か?」
「え?あの……」
リリーが俺の腕を掴む。
……連れて行くか。
「わっ」
リリーを抱きかかえる。
「じゃあ、後で」
リリーを抱えて、空中に浮く。
上手く行くか自信はないけど。
「あなた、精霊なの?」
「精霊じゃないって言ってるだろ」
湖の上を飛んで移動する。
翼をもつイメージ。
って言っても、難しいな。
降りられそうなところは一切ないし。
「エル、大丈夫?」
「集中が乱れると落ちるかも」
「えっ?」
……やばい。落ちる。
氷の魔法を使って、湖の上に氷を浮かべて着地する。
滑るかと思ったけど、砂の魔法だから滑り止めになったみたいだな。
でも、氷はしっかりしたものを作らないと、砂の魔法で削れて湖に落ちかねないな。
「落ちたらリリーが助けて。俺は泳げないから」
「泳げないの?」
「泳げないよ。馬にも乗れないし」
「なんだか意外かも。何でも出来そうな気がするのに」
「それはリリーの方じゃないか」
「私、そんなに出来ることないよ」
こんなに出来ることがあるのに、何言ってるんだよ。
……向かう方向は、あっち。
目的地まで飛ぶイメージで行けば落ちずに行けるかな。
砂の魔法で飛行する。
「王都まで、一緒に馬に乗ってくれないか」
「私、誰かを乗せたことないよ?」
「乗れるんだろ?」
「そこまで上手くできないよ」
リリーは出来ることを、あまり出来ないって言うからな。はっきり出来ないって言わない限りは、出来るってことだろう。
「心配しなくても、バニラが居るから大丈夫だよ」
よし、到着。
振り返ると、そう時間をおかずに魚に乗ったイレーヌがやって来た。
湖には、杭で繋がれたボートが二艘浮いてる。探索、まだやってるのかな。
「なんだか冷や冷やしたわ。大丈夫なの?」
「まだ練習中だ」
「危ないわね。彼女を運ぶぐらい、私がしてあげたのに。女の子を乗せるならきっと嫌がらないわよ」
そういう問題じゃないだろうけど。
「こいつ、湖のボートを勝手に移動させたりするか?」
「このボートを?この子はそんなことしないわ。でも……」
何か、心当たりはありそうだな。
イレーヌの故郷の人間がやったとしても不思議じゃないけど。
「あの、降ろして」
「勝手に居なくならないって言うなら良いけど」
「居なくならないよ」
「迷子にならない?」
「ならないよ!」
リリーが頬を膨らませる。
『私たちも一緒に居るから大丈夫よ』
『居なくなればすぐに気づく』
気づいてても、いつも言わないだろ。
「降ろして」
仕方ないな。
「あなたたちって、どういう関係?」
「夫婦だよ」
「夫婦?」
イレーヌが首を傾げる。
「何に見えたんだ」
「どこかのお嬢様と過保護な従者?……にしては、口が悪いかしら。駆け落ちカップル?」
それ、どこかで聞いたような気がするな。
「私、お嬢様なんかじゃないよ」
「俺は従者でも良いけど」
「だめだよ」
だめなのか。
『エルが従者なんて、絶対無理よ』
『誰かに傅くわけがない』
『似合わないねー』
だって。
そうすれば、リリーを守ることだけが俺の役目になるじゃないか。
リリーの手を引いて、三人で外に出る。
「秘書官様?」
「久しぶり」
あ。瞳の色、変えてなかったな。
「お疲れ様です」
思ったより驚いてないな。
遺跡に入っていない人間が現れたのに。
「皇太子もここを通ったのか?」
「はい。アレクシス様も、こちらからいらっしゃいました」
アレクはロザリーを連れて、ここを使ってるからな。
あの湖を渡った方法はわからないけど。
「驚かせて悪かったな。色々実験してるだけだから、気にしないでくれ」
「はい」
アレクも適当に説明して通り抜けたんだろう。
夜だったら、闇の魔法で姿を隠して通るって手もあったんだけど。
「あなたって、すごく偉い人なのね?」
「ただの薬屋だ」
「嘘」
さっきの兵士の話しを聞かれたからな。
「皇太子秘書官もやってる」
「すごい人じゃない」
なんだか反応がエレインと似てるな。
地図を取り出す。
「この先の予定を説明しておく」
「ラングリオンの、中央の地図ね」
「ここを少し歩いたところに街があるから、そこでランチを食べてから馬を借りる。それから……」
馬を使って、三日で王都に向かう道程をイレーヌに説明する。
次の街までは夕方ぐらいに到着できる距離の街。その先は、緩い旅程で次の街へ向かって、二十八日の昼過ぎには王都に到着できるだろう。
「わかったわ」
リリーとイレーヌの馬術次第では、予定より早い行動が出来るかもしれないけど。
「馬術はガラハドから習ったのか?」
「えぇ、そうよ」
「エレインは故郷の恩人って言ってたけど、ガラハドは何をしたんだ?」
「感謝してもしきれないほど、あらゆることよ」
まさに英雄、か。
「ガラハド様は、ずっとラングリオンに居るつもりなのかしら」
「さぁな」
ガラハドがクレアである以上、一つの場所に長く留まり続ければ不審に思われるだろうから、そういうわけにもいかないんだろうけど。
アレクとガラハドが、どういう約束をしているか俺は知らない。
ガラハドは国王陛下から名誉騎士としての叙勲を受けたから、アレクの近衛騎士にもなれたはずなのに、そうしなかった。王家とも貴族とも何の縁もない、アレクが自分で探してきた人物。誰もが、アレクは自分の近衛騎士にする為にガラハドを連れて来て、剣術大会に自分の名代として出したのだと思っていた。
アレクがガラハドを信頼しているのは確かなのに、自分の傍に置こうとしなかったのは少し不思議な感じがするんだけど。アレクのことだから、何か理由があるのかもしれない。




