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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅱ.冒険編
51/149

54 ぐらつく道Φ

『おはよう、エル』

「おはよう」

 体を大きく伸ばす。

 なんだか気分が良い。

 着替えて窓を開くと、昇ったばかりの朝陽が部屋に差し込む。

 良い天気だな。

 山の遠くの方が、紅と黄色に色づいている。山頂は紅葉が見頃かもしれない。

「魔力の集中、やっても良いか?」

『良いわよぉ』

 久しぶり。

 目を閉じて、集中する。

 大地と水。

 闇と光。

 氷と炎。

 真空と大気。

 あるいは、吸収し続けるものと広がり続けるもの。

 対となるものたち。

 自然と、世界とに同調する。呼吸を合わせる。

 呼吸するたびに、力が体に流れ込んできて。

 そして、溢れた力が精霊たちへ流れていく……。


 目を開く。

「さてと」

 朝食でも作るかな。

 振り返ると、リリーが起きてベッドに座っている。

「おはよう、リリー」

「おはよう、エル」

「朝食作るから待ってて」

「うん」


 ※


 キッチンのテーブルの上には、シナモンの瓶とジャムの瓶が仲良く並んでいる。

 リリー、林檎ジャムを作ってたのか。

 昨日の残りのスープが入った鍋にスパイスと生姜を入れて火にかけて、別の鍋にお湯を沸かす。

「ついでにこれも使うか」

 リリーが作った林檎ジャムもスープに加える。

『え?スープに林檎ジャム?』

「隠し味だよ」

 昨日の内に茹でて潰しておいたじゃがいもと小麦粉を捏ねて……。

『あのさ、エル』

「ん?」

『この辺りの精霊が、あまりここに居ない方が良いって言ってたんだ』

「え?なんで?」

『嫌な感じがするって』

「嫌な感じ?」

『何のことかわからないけど。……その精霊、竜の山から出て行くって言ってたんだ』

「は?」

 土地を守る精霊が、その土地を離れる?

「風の精霊?」

『違うよ。炎の精霊』

 炎の精霊なら、土地につく精霊のはずだけど……。

「嫌な感じって。皆も感じるのか?」

『何も感じないけど?』

『人間と契約中では感じないだろうな』

 そういうものなのか。

『精霊の言葉には従った方が良い。なるべく早くここを去るべきだ』

「心配しなくても、すぐに出るよ」

 ルーベルは知ってるのかな、それ。

 捏ねた生地をまとめて伸ばして、一口ぐらいの大きさに切って、フォークの背で跡をつける。

『エル、お湯が沸いたよ』

 これを茹でれば完成。


『リリーだ』

「すごいスパイスの匂い。何を作ってるの?」

「ニョッキとカレースープ」

 丁度ニョッキが茹であがったところで、リュヌリアンを抱えたリリーが階段から降りて来た。

「カレースープ?」

「スパイシーなスープだよ。林檎ジャムを入れたから少しまろやかになってると思うけど」

 茹であがったニョッキを皿に盛って、煮崩れた豆でとろみの出たカレースープをかける。

「どうぞ」

「ありがとう」

 出来上がったものをリリーに渡して、空になったスープの鍋をニョッキを茹でたお湯で浸しておく。

 それから、コーヒー用のお湯を沸かす。

「コーヒー豆ってどこにあるんだ?」

「そっちの棚だよ」

 これ、棚だったのか。引き戸がついてるなんて知らなかった。

「食後に淹れよう」

「うん」

 リリーと一緒に席に着く。

「いただきます」

「いただきます」

 カレースープ。バターがあれば良かったんだけど、こんなもんかな。

「すごく香ばしい」

「昨日の余りだよ」

 スパイスで煮込み直しただけだ。

「美味しいよ」

「辛くないか?」

「大丈夫。体が温まりそう」

 良かった。山間部は冷えるから、そう言ってくれると嬉しんだけど。

 リリーは何でも美味しそうに食べてくれるな。

「部屋の掃除はしてきたよ。置いてあった本は本棚に戻しておいて良かった?」

「あぁ」

 リリーなら、綺麗に片づけてくれたんだろう。

「朝食を食べたら、山頂を目指そう」

「山頂?」

「ルーベルが居るんだ」

 目的はそれだけじゃないけど。

「ドラゴンに会いに行くの?」

「そっちはついで。山は涼しくて紅葉が早いから、きっと綺麗だよ」

「本当?楽しみだね」

 たぶん、昼ぐらいまでには着くと思うけど。

 山頂に登るのは初めてだから、どうなるかわからないな。


 ※


 後片付けと掃除を済ませて、リリーと一緒に山頂を目指す。

 山頂付近は、予想通り木々が色づいていて、紅と黄と緑のコントラストが美しい。

「紅葉って綺麗だね。本当に葉っぱが真っ赤になってる」

 手を繋いで歩くリリーが、ずっと周囲の木々を見上げてる。

 良い時期に来れたな。前に来た時は全然色づいてなかったから。

「あっ、」

 転びそうになるリリーを支える。

「前を見て歩かないと転ぶぞ」

「そうなんだけど……」

「そんなに気に入ったのか?」

「だってすごく綺麗だよ。こんなに鮮やかな色に囲まれてるなんて不思議」

 こんなに喜んでくれるなんて。

 一緒に来て良かった。

「でも、精霊が全然居ないね」

「居ない?」

 立ち止まって、目を閉じて精霊の気配を探す。

 こんなに自然に溢れてて良い環境なのに。

 精霊の気配を感じない。

「少し怖い」

 イリスが言っていた炎の精霊のように、ほかの精霊たちも竜の山を離れてる?

「そうだな。ルーベルに会ったら、まっすぐ帰ろう」

 精霊が感じる嫌な感じって、どんなものなんだ?


「エル、橋があるよ」

 深い谷底の上にかかっているのは、丈夫そうな吊り橋。

「この橋を越えれば、山頂まではすぐのはずだ」

 谷底には渓流。山側には滝が見える。

「すごく揺れる……。落ちないかな」

「落ちないよ。かなり丈夫に作られてるから」

 リリーは揺れるものが苦手なのかな。

「抱えるか?」

「大丈夫。手を繋いでて」

 そんなに長い橋じゃないし、リリーを抱えて、走って渡っても良いけど。

「あ!見て、エル。虹のリングだよ」

 リリーが滝の方を指さすと、滝の傍で、丸く円を描いた虹が見える。

「本当だ。珍しい。……綺麗だな」

「うん。綺麗だね」

 リリーが微笑む。

 怖いのはもう、吹き飛んだのかな。

「どうしてアーチじゃないの?」

「これが本来の虹の姿だよ。地上からだと、下半分は見えないってだけで」

「普段は埋まってるってこと?」

「そんなところ」

 虹の中心は、太陽と観測者を結んだライン上にある。

「あの虹も、エルと私が見てるものでは違うの?」

「厳密に言うとそうなるな。虹は一人一人の前にしか現れないから」

 リリーと俺はすぐ傍に居るから、リリーが見てる虹と俺が見てる虹の位置はそんなに変わらないだろうけど。

 虹は、必ず自分が中心。

 ……いや。

 リリーの瞳を見つめる。

「一緒に見ることが出来ないってわけじゃないかもな」

「?」

 輝く瞳。

 その中に、リリーが見ている七色が映る。

「この前、エルがお城で騒ぎを起こした時に虹が出たの知ってる?」

 満月の日の虹か。

「月明かりが強かったからな。俺も見たよ」

「その時に、見たことのない精霊が飛んでいたの」

「見たことのない精霊?何色だったんだ?」

「虹と重なってたから、色がわからなくって」

「え?その精霊、リリーの目からも透けてたのか?」

「透けてた、のかなぁ」

 夜だったから見えにくかったのか?

 いや。暗い方が光は見えやすいはずだよな。

「もしかしたら、虹の精霊だったのかな」

「虹の精霊か」

 確かに、虹が出来る場所に居てもおかしくなさそうだけど。

「虹の精霊は砂の精霊と対になる精霊だって知ってたか?」

「え?そうなの?」

「月の大精霊は地上において砂の大精霊と呼ばれるように、太陽の大精霊は地上において虹の大精霊と呼ばれるらしいんだ。でも、誰も見たことのない精霊らしい」

 つまり、存在するかどうかわからない精霊なんだけど。

「あれ?でも、前にエイダが虹の女神って言ってた気がする」

「虹の女神?」

「虹の女神は、世界を繋ぐ架け橋。真実を繋ぐ女神って」

 真実を繋ぐ女神……?

「エイダが?」

「うん」

『精霊は神にはなれない。その所業が神に近いものだったから、そう呼ばれているだけだろう』

『そうねぇ。地上の精霊にとって、レイリスや虹の大精霊はぁ、あたしたちよりも神様に近い存在だものねぇ』

「それって、御使いじゃないのか?」

『精霊を御使いとは呼ばないわぁ』

 ポラリスを見る限り、全然違うものなのは確かだろう。

「エイダは、虹の大精霊と直接会ったことがあるのかな」

『炎の大精霊なら、その可能性はあるだろうな』

『アンジュはエイダから記憶を貰ってるー?』

『うーん。ちょっとわからないかも』

『会ってみたいわ。どこに居るのかしら』

『エルとリリーと一緒に居れば、会えそうな気がするよ』

 氷の大精霊と炎の大精霊に会ってるからな。

 月の大精霊を知っているなら、対となる虹の大精霊にも会えるかもしれない。

「虹の精霊。もう一度会ってみたいな」

「今はいないのか?」

 目の前に虹があるけど。

「見えないけど……」

『……』

 あれ?

 リリーと一緒に振り返る。

 そして、リリーと顔を見合わせる。

「今、何か言ったか?」

「今、何か言った?」

 気のせい?


 ※


―「久しぶり、ルーベル」

―「エルロックか。ニゲルを見つけたようだな」

―「あぁ。精霊が、ここに長居しない方が良いって言ってたんだけど、何か心当たりあるか?」

―「語る必要はない。精霊が助言をしたならば、お前も早々に去った方が良いだろう」

 知ってるんだな。

―「ルーベルはここに居て平気なのか?ウィリデと子供は?」

―「卵は無事に孵ったのか」

 これは知らないことなのか。

―「レイリスが孵化したらしい」

―「月の大精霊?ウィリデはセズディセット山に向かったはずだが」

―「レイリスは今、アレクと一緒に居るんだ」

―「そうか。子供の名は?」

―「フィカス」

―「良い名だ」

―「竜の山に居ないのか?」

―「ここには居ない。子供のドラゴンが育つ場所は決まっている。心配は無用だ」

 そうなのか。

―「ローグバルとマリユスは来たか?」

―「騎士の二人組ならば、そこから谷底に落ちて行ったぞ」

「は?」

 落ちたって……。

―「良い目をした騎士だったからな。少しもてなしてやった」

 ローグとマリユス……、ルーベルと戦ったのか。

―「あれはアレクの騎士だぞ。あんまり苛めるな」

―「アレクシスも良い卵を見つけたな」

 二人とも、まだまだ若いからな。

―「エルロック。ニゲルを見つけだし、ウィリデを助けて卵を孵したことに礼を言う」

―「卵を孵したのはレイリスだぞ」

―「あれも人間に味方する大精霊だろう。私は静観を構えるつもりでいたが、もし人間にとっての危機が訪れるならば、一度だけ人間に味方することを誓おう」

―「どういう意味だ?」

―「時が来ればわかる。……おそらく、そう遠くないだろう」

 その言葉。嫌な予感しかしないんだけど。

―「色々ありがとう。ルーベル」

 


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