51 本当の目的
少し歩いた先で通路の壁に手を付け、灯りを消して闇の魔法で自分の姿を隠す。
『気をつけてねぇ』
壁伝いに真っ直ぐ進むと、大きく開けた空間に出た。
真っ暗闇ではないな。
上から僅かに光が差し込んでいるし、どの家にも明かりが灯っている。
『ここは?』
「旧トゥンク村。村が丸ごと、ここに残ってるんだよ」
全くの無傷で残っている家の、合間合間に林檎の苗木が植えられている。
少し予想と違ったな。思った以上に林檎の苗木がある。
『ここ、人が住んでるの?』
『人間の気配はない』
『じゃあ、どうして明かりが灯ってるの?』
「ここに用事があるからだよ。ほら、見上げれば、この村が土砂崩れで無事だった理由がわかる」
天井を見上げる。
『蜘蛛の巣がたくさんだねー』
『あら?あれって……?』
『……怖い』
アンジュは大きな生き物が苦手なのかな。
『心配しなくても、何もしてこない』
「あぁ。その前に、アラクネをどうにかしなくちゃいけないからな」
『たくさん居るみたいよぉ』
『十体も居るな』
「蜘蛛の巣に引っかかってるのって卵か?」
『アラクネの卵?』
『精霊の力がなければ孵化は出来ないだろう』
ドラゴンと同じなのか。
「大精霊を連れて来いって?」
『ふふふ。アラクネの卵を孵すぐらい、あたしとメラニーぐらい強ければぁ、余裕でできるわよぉ?』
「普通の精霊じゃ難しいのか?」
『そうねぇ。この辺に居る精霊じゃ、少し力が弱いんじゃないかしらねぇ』
この空間、精霊が居るのか。
「頼めるか?」
『構わない』
『エルのお願いならぁ、聞いてあげるわよぉ』
「じゃあ、交渉してみるか」
闇の魔法を解いて旧トゥンク村の中に入ると、俺に気づいたアラクネが周囲を囲む。
やっぱり、剣を抜いてなければ攻撃してこないみたいだな。
「俺の話し、わかるか?」
アラクネの一人が前に出てきて頷く。こいつがリーダーか?
怪我をしてるんだろう。少し動きが鈍い。
「言葉は喋れないみたいだな」
もう一度頷く。
「戦う意思はない。少し話をしたいんだけど」
アラクネが、俺の剣を指さす。
あぁ……。戦った相手の武器を覚えてるのか。
右手と足を三本怪我してる。アレクが戦ったのはこのアラクネで間違いないんだろう。
「悪かった。怪我をしてるなら治すよ」
近づいて、大地の魔法を使う。
「仲間も返す」
小瓶に封印していたアラクネを外に出す。
『良いのぉ?』
「良いんだよ」
捕獲は、出来ればって言ってたし。
小瓶から出て来たアラクネは、まだ眠ったままだ。
仲間の一人が揺り動かして起こす。起きたアラクネが周囲を見回して、仲間の方を見て頷くと、俺の方を見た。
アラクネ同士なら、意思疎通の方法があるみたいだな。
怪我をしているアラクネに近づいて、大地の魔法で治療する。
「敵じゃないってわかってくれたか?」
リーダーのアラクネが頷いて、他のアラクネに指示して俺の包囲を解く。
良かった。これで戦闘にはならなそうだな。
「メラニー、ユール、顕現してくれ」
『了解』
『はぁい』
「俺はこれから、天井に張り付いてるあいつを外に出さなきゃいけない。そうすれば、ここは崩れるだろう。だから、ここから出て行って欲しいんだ」
アラクネが天井の蜘蛛の巣を指す。
「卵があるのも知ってるよ。ここから出て行ってもらう代わりに、精霊の力を貸す。そうすれば卵を孵せるんだろ?孵化しきれないものは運び出して欲しいんだけど、頼めるか?」
アラクネが少し考えた後、頷いて手招きをする。
「俺は天井になんて行けないよ。精霊に頼んでくれ」
アラクネが頷いて、壁から天井に向かって登って行く。
『行ってくるわねぇ』
『エル。周囲の警戒を怠らないようにな』
「ん。わかった。頼むよ」
メラニーとユールがアラクネの後を追う。
さてと。
あれに話しかけたいけど、ここからじゃ遠すぎるな。
顔があの辺りにあるから……。
適当な場所にある林檎の苗木に向かって、大地の魔法を使って木を伸ばす。
『バニラに一緒に来て欲しかったのは、この為?』
「そうだよ」
苗木を成木にする必要があると思ったから。
『その力を使う時は魔法陣を使え』
「少しぐらいなら大丈夫だろ」
『魔力切れで倒れてからでは遅い』
そうだけど。
風の魔法で木の枝に飛び移りながら、高いところまで上る。
これぐらい近づけば、声が届くかな。
―「起きてるか?」
―「何者だ?」
―「俺はエルロック。ルーベルに頼まれて探してたんだ。こんなところに居るとは思わなかったぜ、ニゲル」
黒竜ニゲルが、その瞳を開く。
―「ようやく私の言葉がわかる人間が来たかと思えば。アレクシスと共に居た子供か」
―「子供ってなんだよ。いつの話ししてるんだ。……怪我は?」
胴体の三倍はあるだろう翼が、村を覆うように広がっている。
土砂崩れを外側から見た時に、丸みを帯びた形をしていたのも、家が押し流された跡がなかったのも。土砂崩れが起きた際、ニゲルが翼を広げて村を守ったからだ。
たぶん、村人は俺が通ってきたトンネルを掘って外に出たんだろう。
―「翼の傷は、アラクネが癒しの糸で治療済みだ」
アラクネが出す糸には、癒しの効果を持ったものもあるのか。
―「アラクネは元々、この辺に居たのか?」
―「そのようだな。ここが気に入って住処にするついでに、私の翼を治してくれたようだ」
優しいんだな。
―「自力でここから脱出できるのか?」
―「不可能ではないが。いくつか問題がある」
―「全部解決するから言ってくれ」
―「解決?」
―「早く脱出した方が良い。ここは危険だ。竜殺しを目論んでる人間に命を奪われるぞ」
―「アラクネが怪我をして帰って来るのは、人間と戦っているからか」
―「そうだよ。ニゲルが助けた村の人間も、他の人間からニゲルを匿ってくれてる」
―「世話をかけているようだな」
―「命を救った恩人だからな。そういうわけだから、脱出できない問題を教えてくれ」
―「まず、天井にアラクネが巣を作って卵を産んだ。私が飛べば卵は潰れてしまう」
―「それなら大丈夫だ。俺の精霊が卵を孵しに行ってる。ここから出て行ってもらうように言ったし、孵化できない卵も運んでもらうように頼んだ」
―「アラクネの卵を孵化できる精霊を連れているのか」
―「あぁ。大精霊じゃないけどな。他には?」
―「私は下の状況を把握できない。今、下に人間は居ないか?」
―「今は俺しか居ない。ニゲルが飛び立つ際には、もう一度確認するよ。後は?」
―「これが一番の問題だ。腹が減っては、力が出ない」
―「え?食べるものならあるじゃないか」
村人が植えて行った林檎の苗木が。
―「勘違いしてもらっては困る。私たちは若木を食べたりはしない。村人が植えていくが、あれが育ちきるには、まだ時間がかかる」
だから、苗木は食われることなく、植えられたままなのか。
―「俺が今立ってる木ぐらい育てば、食べるに値するのか?」
―「そうだな。しかし、それ一本では足りない。苗木が育ちきるのを待って、力を蓄えてから出るつもりだったのだが」
それ、どれだけ時間がかかると思ってるんだ。
地震があったのはジェモの二日。四か月近く、ここに居るんだろ?
―「餓死しないのかよ」
―「村人が毎日、果実を持って来る」
毎日来てるのか。今まで、良く見つからなかったな。
……まぁ、果実を運ぶぐらい、誰かに見つかっても不審に思われるわけないか。時間帯を選べば、見つかる可能性はもっと下がるだろう。
ってことは、リリーとアレクが新トゥンク村に向かって移動していた時、村人はここに来ていたんだな。リリーが立札を見かけなかったのは、村人がニゲルに渡す果実を入れた荷車を運ぶ為に、立札を外していたからだろう。そして、帰りに立札を戻しておいたから、俺が今朝来た時に通行止めの立札があったんだろうけど……。
じゃあ、今朝壊れた立札を直したのは誰だ?
あのメイドがここに来る途中に直して行った?
……あれ?何か、変だ。どうしてメイドが、ここに居るんだ。
―宿もレストランも、村ではこちらのみとなっております。
―大したおもてなしもできませんが、御休憩の際にはこちらをご利用ください。
宿で働いていたのはメイド一人。あのメイドが宿を離れるわけがない。
なんで……?
『エル?どうしたの?』
いや。今は、こっちの問題を先に片づけるか。
―「ニゲル。ちょっと待っててくれ。今、その問題も解決できるから」
地面に降りる。
枝を拾って、魔法陣を……。
あ。その前に。
集中……。
あぁ、確かに精霊の気配がする。
「この洞窟を守る精霊たちよ。少し頼みがあるんだ」
『魔法使い』
『何をするつもりだ?』
「ニゲルの為に、この辺りの苗木を成長させたいんだ」
『人間にそんなことが出来るのか』
『樹木の一本や二本程度では、空腹のドラゴンを満足なんてさせられないぞ』
「ん……。出来るだけ、やってみるよ」
『少し力を貸してやっても良いが』
「大丈夫だよ。それよりも、アラクネの脱出を手伝ってやってくれ。皆もここを出た方が良い。ニゲルが飛び立てばここは崩れて、精霊にとっても危険なはずだ」
『変わった人間だな』
『心配せずとも、アラクネはこの地に詳しい』
『ニゲルを救うと言うのならば、遠慮することはない。存分に力を使うと良い』
「ありがとう」
『私たちも地上に戻るとしよう』
『頼んだぞ、魔法使い』
「あぁ。まかせてくれ」
よし。それじゃあ、大地の魔法陣を描くか。
『エル。ここは竜の山と違って安全な場所とは言えない。力を使い果たさないように』
「わかってるよ」
『無理しないでねー』
描いた大地の魔法陣に手をつく。癒しの力を……。
『苗木って、こんなにたくさんあったの?』
周囲を見回す。
成木って、どれぐらいだ?もう少し……?
『エル、もういい』
力を込めるのをやめる。
『大丈夫?』
「あぁ」
少し、ふらふらするけど。
たくさんの木が生い茂っている。村人が植えた苗木。果樹園に植えない分は全部ここに植えてたんだろう。
これだけあれば、腹の虫も収まるかな。
『エル、瞳の色が戻ってる』
そろそろ日暮れか。
今日はいつもより少し早い時間に使ったから、効果が切れる時間も少し早いかもしれないけど。
一日三滴使えるから、もう一滴使えるけど……。
『エル、向こうに誰か居るわ』
ナターシャの言う方向に向かって目を向ける。
「誰だ」
「……ばれちまったか」
「ブルース。なんでこんなところに?」
木陰から、ブルースが顔を出す。
「ほら、なんかすごい光が見えたから行こうぜって話しになって。光の方に行ってみたら、洞窟があったからさ。探索してたら、あんたの女とメイドが居るだろ?エルがアラクネの巣に向かったって聞いて来たんだよ」
光って、リリーの魔法だろうけど……。
なんか今の言葉、変だな。どこが変だったのか……。
だめだ。上手く頭が回らない。
「やっぱり魔法使いだったんだな」
「いつから見てたんだよ」
「その魔法陣を描いてたところからだよ」
じゃあ、天井のニゲルには気づいてないのか。
良かった。
ブルースの目的は竜殺しだ。
こんなところに閉じ込められているニゲルが見つかれば、クレアドラゴンだと言っても攻撃しかねない。
「調子悪そうだな。お嬢ちゃんが心配してたぜ。連れてってやろうか」
「まだやることがあるからいいよ」
「そう言うなって」
ブルースが近づいて来る。
あ、
「……っ!」
『エルっ!』
『エル!』
『エル!』
『エル!』
ブルースの手が俺の首を掴む。
その手を取り除こうとするけれど。
……だめだ、力が入らない。
『エル、顕現の許可を』
声が、出せない。
『ユールとメラニーに知らせてくる!』
『待って、ジオ、私も!』
魔法を……。
「まさかと思ってたけど。本当に黄昏の魔法使いだったとはな」
『エル!僕の力を使って!』
『アンジュ、静かに』
集中、しなくちゃ……。
だめだ、こんな状態で魔法を使えば……。
「魔法、使えないのか?そうだよな、これだけ魔力を使えば、使えないんだろ」
『あぁ、どうしよう……』
『……』
「魔法使いってのは、魔力が切れたら何もできないって言うからな。……そうだ。聞き忘れてたことがあったんだ」
首を絞める手が緩む。
「お前の本当の得物はどこにあるんだ?」
何の話しだ?
「二つ名を教えてなかったな。俺は、大剣狩りのブルース。集めてるのは大剣ばかりじゃないが」
聞いたことないな。
「これでもクエスタニアじゃちょっとは有名人なんだぜ。……犯罪者の方でだけどな」
目的は、竜殺しじゃなくて。竜殺しを目論む冒険者の得物か。
アレクのサンゲタルはリグニスの作品。リリーのリュヌリアンはルミエールの作品だからな。最初からずっと、これが目当てか。
でも、犯罪者が国境を越えられるはずはない。
「ど、う、やっ……、て」
声が、上手く出せない。
「不思議か?ちょっとした護衛任務だよ。お偉いさんと一緒に秘密のルートを使って密入国したんだよ」
それって、ロニーが捕まえた神官のことか?
あいつ、護衛ついでに犯罪者を密入国させたのか。
「ほら。早く因縁があるって言ってた相手の名前を吐きな。お前の空いた鞘に収まるはずの剣に興味があるんだよ」
サンゲタルよりも、リュヌリアンよりもすばらしい剣。
「お前の命を助けてやるなんて安い嘘は吐かないぜ。その代り、嬢ちゃんの命は助けてやる」
―ほら、なんかすごい光が見えたから行こうぜって話しになって、
そうか。これが変だったんだ。
ブルースには仲間がいる。
「宿の……」
「そうだよ。あいつらは最初から俺の仲間だ。お前の大事な恋人はあいつらが捕まえた。心配しなくても手は出すなって言ってあるぜ。どうなってるかは知らないけどな」
馬鹿だな。リリーが負けるわけないだろ。
「気に食わない瞳だな」
『どうして?どうして、同じ人間がそんなこと言うの?』
「情報を出さなきゃ、生きたままその眼を抉り取って……」
目の前のブルースが、突然、血を吐く。
視線を落とすと、鎧を貫通した剣先がブルースの腹部から覗いてる。
「その手を離せ」
「誰、だ……?」
「聞こえなかったか」
「な、んだ、これ……!」
首を掴む力から解放されたと思った瞬間、ブルースの手が崩れ落ちる。
これ……。
この、魔法!
まずい。魔法を使ってる自覚がないんだ。
「リリー」
呼吸が……っ。
リリーがブルースから剣を抜き、ブルースを遠くへ蹴り飛ばす。
そのブルース目がけて、複数の方向から蜘蛛の糸が放たれた。
ブルースが絶叫を上げる。
良かった。叫べるぐらいは元気みたいだな。
「エル」
リリーが刀を落として、その場に膝をつくと、俺の顔に触れる。
「大丈夫?」
「俺は平気だ」
「良かった……」
……また、泣かせた。
「エルのばか。どうして、自分の為に魔法を使わないの」
「ごめん」
「苦しくない?本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
リリーの髪を撫でる。
『間に合って良かったねー』
『もう。リリーが来なかったらどうなってたのよ!』
流石に、魔法を発動させてただろうけど。
『無事なようだな』
『無理しないでよぉ』
「おかえり」
メラニーとユールが目の前で顕現を解く。
「心配かけてごめん」
『エル、良かった……』
皆にも心配をかけたな。
「あの……」
さっきのメイドが、アラクネと一緒に居る。
アラクネの後ろで糸に巻かれて引っ張られてるのは、冒険者四人組。リリーに襲いかかって返り討ちにされたんだろう。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。平気だよ。リリーが助けてくれたから。あんたは?」
「リリーシア様とアラクネが守ってくれました」
村人とアラクネが繋がっているのは、アラクネが守っていた道を、車輪の跡がまっすぐ進んでいたことからも明らかだ。村人はアラクネから妨害を受けることはないということ。
「ここで一体何があったのでしょうか」
メイドが周囲を見渡す。
村人は毎日ここに来てたって話しだから、苗木が一瞬で育てばびっくりするだろう。
「アラクネの卵は?」
アラクネが俺を指す。
『全部孵したわよぉ』
『すぐ側に居るだろう』
すぐ側?視線を落とす。
「え?アラクネの子供ってこんなに小さいのか?」
手の平サイズじゃないか。
リリーが悲鳴を上げて俺の胸に顔を押し付ける。
「子供でも蜘蛛は苦手か」
『子供の方が、実際の蜘蛛に近いんじゃないの?』
確かにそうだな。
『誰か来た。大勢居るな』
トンネルの入口の方が騒がしくなってきた。目を向けると、武器を持った大勢の人間が流れ込んでくる。
「村人か?」
「はい。村の住民です。冒険者を監視してる村人が呼びに行ったはずです」
「ヴァイラ!」
そう叫んで走って来たのは……。え?メイド?
「ヴィアリ」
「ヴィアリさん?」
リリーが振り返る。
全く同じ顔に同じ衣装。
「まさか、双子?」
「はい」
「はい」
片方がこっちに居て、もう片方が宿に居たってことか?
「リリーシア様には見破られてしまいましたが」
「え?リリー、区別がつくのか?」
「髪の結び方が違うよ」
それは、違いがあるって言うのか?片方は、一塊に緩く編んだ三つ編みを右に下げていて、もう片方は左に下げている。
「この辺りには、あの風習はないのか?」
二人が顔を見合わせる。
リリーを抱きしめたまま立ち上がると、双子の近くに初老の男が来た。
「あんたが村長か?」
「はい。……御名前と、官職をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「聞くってことは、俺の上司が誰か知ってるのか」
「御部屋を調べさせていただきましたから」
エイルリオンを見つけたのか。
「皇太子秘書官のエルロックだ」
「秘書官様でしたか。どうか、村でのご無礼の数々、お許しください」
「別に何もされてないよ」
「皇太子殿下は、どちらへ?」
「帰ったよ。ここには竜殺し目的で来たわけじゃない。心配しなくても、皇太子はクレアドラゴンを殺したりしない」
「左様でしたか……」
あちこちから安堵のため息が聞こえる。
アレクは竜殺しの異名を持ってるからな。ニゲルを殺されるとでも思ったんだろう。
「俺は地震後の調査の為にここに来たんだ。この村が無事だったのは、黒竜ニゲルが守ってくれたからだな?」
「はい。地震のあった日、突然大きな音が鳴って、ドラゴンが村の上空に現れたのです。私たちは当初、ドラゴンが村を襲ったのだと思いましたが、閉じ込められた場所から脱出した後に、ドラゴンが土砂崩れから村を守ってくれたのだと知りました」
突然、村にドラゴンが飛来すれば、襲われたと思っても仕方ないだろう。
「私たちはドラゴンについて調べ、ドラゴンを助ける方法を模索しました。そこで、ドラゴンが食べるものが植物であると知り、村の復興を目的に林檎の苗木を仕入れる方法を思いついたのです」
それが、苗木が消える理由。
新しい果樹園を作るのに使われたものもあるだろうけど、それ以外はここに運んでいたのだ。
「苗木は食べて頂けませんでしたが、きっと成長すれば食べると思い、果実を運びながら、植樹を続けていました」
「ドラゴンは若木を食い荒らすようなことはしない。食べるのは成木だけらしいんだ」
村長が天井を見上げる。
「そのようですね。……こちらで一体何があったのでしょうか。林檎の苗木がこんなに一瞬で育つとは思えませんが」
「上手い具合に奇跡が起きたんだよ。アラクネとも仲が良いようだけど?」
「アラクネは、気付いたらここに巣を作っていました。ドラゴンを助けたいと思っている気持ちは一緒だったのでしょう。アラクネがドラゴンの翼を治しているのも知っています」
単純に自分の巣を守っていた行動ともとれるけれど。
ドラゴンの翼を治療したのは事実だからな。
「言葉は通じませんが、私たちはドラゴンの傷が癒えるまで、共にここを守ることにしたのです」
ドラゴンとも、アラクネとも対話できないのに。良く、ここまで上手くやってたよな。
「どうか、罰をお与えになるのでしたら、私一人に。村の者は私の指示に従っただけです」
「村長、だめです!」
「村長、だめです!」
双子のメイドが同時に喋る。
「ドラゴンを助けたかったのは、私たち全員の意思です」
「命の恩人を助けたかったのは、私たち全員の意思です」
おぉ。綺麗にハモったな。双子って面白い。
どうするかな……。
「じゃあ、一つだけ」
確か、持ってたよな。
カミーユから書類を作れって言われた時に持ち出したままの、ホログラム入りの用紙。
……あった。
その紙に命令書を書いて、署名をして村長に渡す。
「命令書だ。神聖王国クエスタニアからの密入国者五名を、大至急、王都のヴェロニク・イエイツの元へ連行すること」
「密入国者……?」
「そこでアラクネの糸に引きずられてる四人と、あっちに転がってるブルースで五人。こいつらは重要人物なんだ。……そいつは、大剣狩りのブルース。二つ名持ちの犯罪者だから、騎士団に連れて行ったら良い金になる」
これで、密入国のルートも判明するだろう。
「かしこまりました。ご命令とあらば従いましょう。しかし……」
「良いんだよ」
一応、苗木の購入には国の補助金が出てるから、村の復興以外の目的で利用した場合は罰があるんだけど。
どうせ、ここが崩れれば証拠は隠滅される。
「ニゲルの傷は癒えた。満腹になればここを飛び立つよ。ニゲルが飛び立てばここは崩れる。アラクネにも出て行くように頼んだし、全員ここから出てくれ」
「本当に、よろしいのでしょうか」
「俺は皇太子からこの村の件をすべて頼まれてるんだ。どうするかは俺が決める。文句があるなら、この国の皇太子に言え」
アレクは、今回の事件の全体像を把握していた。その上で、俺に解決させたんだ。
「そんな、恐れ多いことは……」
「だったら、後のことは上手くやれよ。俺は、全員が無事に撤収したら、ニゲルに伝えてリリーと一緒にここを出る。他に質問は?」
「いいえ。何もございません。……本当に、本当に、ありがとうございます」
村長と村人が頭を下げる。
「さぁ皆、村に帰ろう。ここへ来るのはもう最後だ」
村長の号令に従って、村人たちがブルースを連れ、アラクネたちと一緒に出口へ向かう。
けど、双子はついて行かずに、俺に頭を下げる。
「秘書官様。先ほどは失礼いたしました」
「いいえ、私こそ」
「気にする必要はない。それより、感謝したいことがある」
「感謝ですか?」
「双子として生まれて、二人一緒に生きててくれてありがとう」
「何故ですか?」
「何故ですか?」
「どういうこと?」
リリーは知らないか。
「ラングリオンの田舎では、双子の片方は間引かなければならないって風習があるんだ」
「間引くって……」
「ただの迷信。俺はこの風習が嫌いだ。だから、二人の存在が。……救いになるんだ」
「あなたは双子だったんですか?」
「違うよ。そういう話しを身近に知ってただけだ」
迷信の被害者。
「ラングリオンの法律で、双子の存在は禁じられてない。誰かに文句を言われる筋合いなんてないんだよ。堂々と生きれば良い」
「はい。ありがとうございます」
「はい。ありがとうございます」




