49 答えられるものと答えられないもの
タルトタタンを食べ終わって、リリーと一緒に部屋に行く。
「あ、エイルリオンがなくなってる」
リリーが机の方を見る。
あの辺に置いてあったのか。
「アレクが回収したんだろ。レイリスも居ないのか?」
「居ないみたいだけど……」
リリーが周囲を見回す。
「じゃあ、アレクのところに行ったんだな」
「え?エルに会わずに行っちゃったの?」
「どうせ会ったばかりだ」
今、アレクを一人にするのはまずい。リリーとアレクを狙った奴の目的は、アレクのはずだ。
レイリスがアレクと行動しているなら、王都に帰ればいつでも会えるだろう。
「会ったばかりって?」
「砂漠に行ったから」
「そうなんだ」
なんで納得するんだ。
「いつ?」
あぁ、流石に気づいたか。
「どうして笑うの?」
リリーが頬を膨らませる。
可愛い。
「会いたかった」
「……うん。会いたかった」
リリーを抱きしめて、髪を撫でる。
腕に収まるこの感じも、ぬくもりも。
いつも通り。
……あれ?
全然、切った感じがしないんだけど。
「髪、切ったんじゃなかったのか?」
「え?切ってないよ」
精霊たちの笑い声が聞こえる。
「なんで?」
「どうして?」
リリーの声と俺の声が重なる。
『皆から聞いたよ。パーシバルからリリーが髪切ったって言われたって』
「え?パーシバルさん?」
騙された。
「あ、あれかも。隊長さんに稽古を頼んだ時に、少し切られちゃったんだ」
「なんだって?……ガラハドの奴」
リリーの髪を斬るなんて。
「あの、本当に少しだけだよ?」
そういう問題じゃないだろ。
リリーの髪の一筋をすくって、手に巻き取る。
「大切にして」
「え?」
「好きだから」
リリーが顔を赤くして頷く。
あぁ、本当に可愛い。
すごく好き。
「追いかけてくれてありがとう」
髪、短く切ったんじゃなくて良かった。
「あの……。手紙、ありがとう。嬉しかった」
「読んだのか」
「アレクさんが見せてくれたの」
結局、一言しか書けなかったけど。
地図の裏に書いた言葉。
『あれ、魔法で隠す意味あった?』
「アレクと合流してないと読めないようにしておいただけだよ」
ロニーやグリフに見られたら、また何か言われそうだから、闇の魔法で隠しておいたのだ。
闇の魔法で隠したものは、光の魔法で出せる。
アレクが光の精霊を連れて歩いていなかったとしても、その辺の光の精霊がアレクに力を貸せば見えるようになっただろう。
リリーが俺の体を抱きしめる。
「エルとこうしてると落ち着く」
「俺も、リリーが腕の中に居ると落ち着くよ」
愛しい人が、こんなに傍に居てくれるから。
「すごく幸せ」
「うん。とっても幸せ」
愛してる。リリー。
※
リリーと一緒に階下に降りると、さっきの冒険者たちがまだレストランに居た。
「お客様」
厨房から、瓶を持ったメイドが来る。
「こちらがポム・プリゾニエールです」
そういえば、後で届けてくれるって言ってたな。
「お出かけですか?」
「散歩だよ」
「では、そちらはお預かりしていましょうか」
「いや。持って行くよ」
そのまま、リリーと一緒に宿を出て、瓶を荷物の中に仕舞う。
「ねぇ、エル。囚われの林檎の作り方を教えて」
「プリゾニエールの作り方?」
「林檎にも瓶にも傷をつけずに入れる方法。大人でも子供でもできて、入れることは出来ても、取り出す時には瓶を割らなくちゃいけないの」
なぞなぞみたいだな。
「昨日、アレクさんが出かけた後、ずっとレストランで考えてたんだけど、全然わからなくて」
「ずっと、レストランに居たのか?」
「エルが来るかもしれないからって」
もう少し情報集めが捗っていたらそうしても良いだろうけど、地図を渡してる以上、どちらにしろ麓の街で過ごしただろうな。
「エル、あの……」
『尾行されてる』
「うん」
尾行か……。
まぁ、するんだろうな。
しょうがない。
「リリー、のんびりしよう」
「え?良いの?」
「良いんだよ」
リリーの手を引いて、村の外れを目指す。
「林檎の木がいっぱいだね」
自生の林檎の木も結構多いみたいだな。
赤くなったものから収穫されてるんだろう。まだ完全に色づいていない林檎が生っている。
新しい村をこの場所にしたのは、もともとこの辺りに林檎の木が多かったからかもしれない。
「そうだ。エルにお土産があるんだよ」
「お土産?」
「セズディセット山で、無花果を取って来たの」
そう言って、リリーが無花果を俺に見せる。
「無花果か。この辺で食べよう」
「うん」
手近な林檎の木の木陰に、リリーと並んで座る。
熟れた無花果の実を半分に割って、その実を食べる。
「食べ方知ってるの?」
「あぁ。良く熟してるから食べやすいよ。旅はどうだった?」
「うーん。色々あったよ。……あ、馬に乗れるようになったんだ」
「馬?なんで?」
「エルを待ってる間、砦でシールから教えてもらったの」
シールと一緒に旅してたんだっけ。
「随分、シールと仲良くなったんだな」
「うん。……あの、王家の敵のことは聞いた?」
「聞いたよ」
イリスから聞いた情報は、だいたいアレクと話してまとめられたんだけど。
リリーに聞かないとわからないことがある。
「なんで呪文を唱えたんだ?」
「……ごめんなさい」
「理由を教えてくれ」
「声が聞こえたから。封印解除、って」
「封印解除?どこの言葉で?」
「現代の言葉だよ」
「それで、セルメアの古い言葉で唱えたのか?」
「うん。そんな気がして」
まぁ、封印解除って言われたらそれしかないだろうけど。
『ねぇ。それ、誰の声?』
「知らない精霊っぽかったけど……」
『ボクは聞いてないよ』
「え?そうなの?」
『あの場には、ボクとリリーが知らない精霊は居なかった。知らない精霊の声がしたらアレクだって警戒したはずだよ』
リリーにだけ聞こえた声?
「じゃあ、気のせいだったのかな」
「どんな声だった?」
「聞いたことのない声だったのは確かだよ。……あ、でも女の人っぽかったかも」
『精霊に性別なんてないからね』
「わかってるよ。でも、イリスよりも高い声だったと思う」
そこまではっきり覚えてるなら、気のせいじゃない。リリーはその声を確かに聞いてる。
誰の声だ?
リリーに封印されてる力に関係のある何か?
神の力?それともパスカルに関係があるのか?
どちらも違う気がするけど……。
「リリー。無暗に唱えないで」
「ごめんなさい」
「リリーに何かあってからじゃ遅い。俺は、この力が良い力だとは思ってない」
「エルは何か知ってるの?」
精霊が封印しなければならなかった力。
アルファド帝国の皇帝に力を与えて暴力的な支配をさせ、今、アレクの敵として突然襲いかかってきた力。
「今はまだ話せない」
結局、どういう力なのか、どの神の力なのかわからないままだ。
「私は何も変わってないよ。呪文を唱えた後に起きたことって、リュヌリアンの属性が変わっただけだから。それで敵に攻撃できるようになったんだよ」
剣の属性を変える魔法?
出来ないことはないだろうけど。属性を変えるなんて、精霊を宿した方が早いからな。
ただ、この場合は……。
「リュヌリアンは、エイルリオンと同じになったのかな」
「違う。たぶん、リュヌリアンに宿るリンの力を封印しただけだ。同じものにはなっていない」
「そっか」
リリーが持っている力と、その敵が持っている力は同じはずだ。エイルリオンが別の神によって作られた剣である以上、リリーの力では同じものになれないだろう。
リリーの力をレイリスが封印したような感じで、リュヌリアンに宿るリンの力を封印したんだろうけど……。なんで、そんなに都合良く、リュヌリアンの属性を変えられたんだ?
リリーは自分の力がなんなのかも、王家の敵がリンの宿るものでは斬れない相手だってことも知らなかったはずだ。
まさか、無自覚で状況に合わせた力を使ってる?
じゃあ、あれも?
大晦日にドラゴンに向かって放たれたという氷の盾と、堀を氷漬けにした力。
あの場に他の魔法使いが居た可能性もあるけど、リリーにも出来ることは確かだ。
「リンの力を消した剣って、人間を斬れないのかな」
「どういうことだ?」
「体に蜘蛛の糸が絡んでた時に、アレクさんが私をエイルリオンで斬ったの」
「は?」
「そうしたら、糸だけが綺麗に斬れたんだよ」
「……なんで、そんなこと」
「だって、あの糸……。すごくねばねばしてて……」
「思い出させてごめん」
苦手だって聞いてたのに。
「エイルリオンは特別な剣だ。だから、リュヌリアンで試そうなんて思うなよ」
「……はい」
試すつもりだったのか?
「俺の居ないところでは絶対に呪文を唱えないで」
リリーが答えてくれない。
「約束して」
「じゃあ、ずっと一緒に居てくれる?」
リリーの顔を上げて、輝く黒い瞳を見つめる。
「どこかに行く時は必ず連れて行く」
「ありがとう、エル」
一緒に居ないことでこんなに心配することになるなら、どんなに危険な場所でも一緒に行った方が良い。
たとえその目的が竜殺しだったとしても。
「そういえば、ウィリデに乗って来たんだろ?」
「うん。フィカスも一緒だよ」
「フィカス?」
無花果だっけ?
「紫竜ケウスの子供なの」
「ケウスの?」
「ウィリデは、ケウスの卵を孵す為に炎の大精霊に会いに来てたんだって」
ドラゴンの卵を孵すためには、精霊の力が必要だって言うからな。でも今は、セズディセット山に炎の大精霊は居ないはずだ。
ってことは……。
「レイリスが卵を孵したのか」
「うん。すごく可愛かったよ」
『可愛い?』
『ドラゴンの子供がー?』
『可愛いというサイズじゃないと思うが』
だろうな。
確か、子供でも人間より大きくて、すぐに空も飛べるはずだ。
ドラゴンが卵を産んでから、その卵を孵すまでの期間はいろんな説がある。
ケウスがいつ卵を産んだかは分からないけれど、ウィリデが預かっていたなら……。ケウス討伐が六〇三年の終わりの話しだから、四年以上はかかるってことか。
『エルとリリーの子供ならぁ、きっと可愛いわねぇ』
「エルは、子供が欲しい?」
「今、話すことじゃないよ」
リリーが俺の顔をじっと見る。
「ちゃんとエルの気持ちを教えて欲しい。……髪のことも、嬉しかったから」
「嬉しかった?」
「大切にしてって言ってくれて」
「強制する言葉じゃないよ。好きにして良い」
「言ってくれて嬉しかった。もっとエルのことを知りたい。もっと色々言って欲しい。エルがどうしたいかとか、どう思ってるのかとか。エルは、自分のことは全然言ってくれないから」
「俺だって、リリーの考えてることをもっと解りたいと思うよ。リリーは子供が欲しいのか?」
「だめ。先に教えて」
「なんで?」
「どうして避けるの?」
自分の生まれ方も知っているし、女性に簡単に子供が欲しいと言ってはいけないことも知っているから。
レイリスは、俺は人間として生まれて来たから心配ないって言っていたけど。どうなるかなんてわからない。
だから。本当に、リリーにそれを望んで良いのかわからない。
「教えてくれないの?」
リリーが頬を膨らませる。
なんて言えば良いんだ。
リリーの頭を、腕の中に包んで、リリーの頭の上に顎を乗せる。
「子供が出来たら嬉しいよ。でも……」
それを、積極的に望むことは……。
「そのこと以上にリリーのことが大切だから。それだけは忘れないで」
リリーが俺の胸に顔を押し付ける。
「エル。私は、エルの子供を産みたい」
「リリー……」
腕の中のリリーをきつく抱きしめる。
「ありがとう」
その言葉がどれだけ嬉しいか。
なんて表現して伝えれば良いかわからない。
だって、それは……。




