48 そんなものを持ってるから
アレクと別れて、朝一でトゥンク村に続く山道を登った先。分かれ道に立札が二つある。
分かれ道の中央にある立札には、右向きの矢印と共に、この先、新トゥンク村と書かれている。
左に続く道の立札には、土砂崩れにより通行止めの文字。用事があるのはこの先だけど、とりあえず、リリーと合流してからだな。
『エル、後ろから誰か来る』
振り返ると、大剣を背負った男が山道を歩いてくるのが見える。
冒険者か?
俺に気付いた相手が、軽く手を上げる。
「よぉ」
「こんにちは」
「まだ朝だぜ」
「おはよう」
「つまんねー奴だな。あんたも竜殺しに来たのか?」
「竜殺し?」
「知らないのか?ドラゴンが出るって噂」
本当に竜殺し目的の冒険者が来るのか。
「麓で聞いたけど。ドラゴンって、王都を襲った奴だろ?本当に居るのか?」
「居るって噂だぜ。黄昏の魔法使いをぶっ殺したドラゴンだ。殺せば一躍有名人だろ?」
「こんな山に居ると思えないけど」
「じゃあ、あんたは何しに来たんだ?」
「連れがトゥンク村に居るんだ」
「怪しいなぁ。あんたも竜殺しに行くんじゃないのか?」
「ドラゴンが現れれば戦うよ」
「よし。じゃあ、俺と組もうぜ」
「嫌だよ。連れが居るって言ってるだろ」
「あんた魔法使いか?」
「違うよ」
「なんだ、杖かと思ってたのは鞘か」
「そうだよ」
「でも、剣士にしちゃあ、軽装過ぎるな」
「鎧なんて重いものを着たくないだけだ」
「本当に剣士なのか?」
「試すか」
「良いねぇ。俺も少しは名の知れた剣士だ。怪我しないようにしろよ」
「二つ名は何だ」
「勝ったら教えてやっても良いぜ」
「道端でやるなんて危な……、」
話しを最後まで聞かずに、相手が大剣を振り上げる。
「開始の合図ぐらいしろ」
サンゲタルを抜いて応戦する。
サーベルより重いな、これ。確かに、俺が普段使ってるのよりも長い。
「おぉ。良い剣じゃねーか」
「借りものだ」
でも、扱いやすい。アレクが使い慣れてる剣だから、アレクの剣術に合ってるんだろう。
大剣の攻撃を受け流して、鎧を着た相手のわき腹目がけて剣を振る。
簡単に攻撃が入るな。
鎧の手前で寸止めして、左手へ避ける。
「勝利条件を言え。一撃与えて終わりなのか」
「そんなつまらねーこと言うなよ。相手が立てなくなるまでだろ?」
『好戦的ねぇ』
『嫌な感じー』
「審判の居ない決闘で相手が立てなくなるまでやるなんて、盗賊のやることだ」
相手の攻撃を避けながら後退する。
「騎士様が言いそうなセリフだな」
「俺は騎士じゃない」
『エル、立札にぶつかる』
立札か。
そのまま後退して、立札の手前まで来たところで、風の魔法で加速して左手から背後に回る。
「おおっ?」
背後から、首筋に剣を当てる。
「降参しろ」
相手が動きを止める。
けれど、降参の台詞はない。
「斬って欲しいなら、今すぐ斬り落としてやるぞ」
「わかったよ、降参する」
相手が剣を鞘に納める。それを確認してから、サンゲタルを鞘に納める。
「っつうか、やっちまったな」
通行止めの立札が見事に斬り倒されている。
「ん?」
変だな、この立札。根元から倒れてる。
大剣で斬られたなら、地面から折れて終わりのはずなのに。衝撃で根本から抜けたみたいだ。
立て方が緩かったのか?
右の矢印が書いてある立札は、地面にしっかり食いこまれてるみたいだけど……。
「どうしたんだ?」
「いや。……見事に壊れたな。元に戻らないぞ、これ。ちゃんと村長に謝って新しいのを立ててもらえ」
「立ててもらえって、お前も同罪に決まってるだろ」
「壊したのは俺じゃないぞ」
「理由を聞かれたら、お前と決闘したからって言うしかないだろ。方向は同じなんだ。一緒に行ってもらうぜ」
『本当、エルって何にでも巻き込まれるわねぇ』
俺のせいじゃないのに。
「名前は?」
「エルロック」
「ん?どっかで聞いたような気がするな」
そういえば、黄昏の魔法使いのこと知ってたな。
一応目薬は使ってるけど。
「初対面だ」
「そうだったな。俺はブルース。よろしくな。ええと、エル……?」
「エルでいいよ」
差し出された手を取って握手をする。
※
トゥンク村。
あまり賑わっているとは言えない村だな。
「村長の家って、あのでかい家か?」
「あれは、たぶん宿だ」
他に二階建ての建物も見当たらないから、あれが宿で、広い通りの先に見える大きめの家が村長の家だろう。
「連れが居るんだ。先に宿に行く」
「連れって、強いのか?」
「強いよ。剣の腕は俺より上だ」
「おぉ。そりゃあ心強いな」
「俺はドラゴン退治になんて付き合わないって言ってるだろ」
「そう言うなって。居たら倒すんだろ?付き合えよ」
「どこに居るんだよ。ドラゴンの咆哮も聞こえないし、飛んでる姿も見かけない」
「俺は昨日見たぜ。夜中にこの山から飛び立つドラゴンを」
それって、ウィリデじゃないのか。
「何色だった?」
「夜中に色まで見えるわけないだろ」
闇にまぎれて飛び立ったんだろうけど。目が良い奴だ。
「ここを根城にしてるに違いない。山の西側だ。ドラゴンの巣を見つけに行こうぜ」
西側か……。
アレクは西側に降りて土砂崩れ跡を見て、村に向かったんだろう。
※
宿の扉を開く。……と、甘い匂いが充満してる。
なんで?
受付けに誰も居ない。
「なんだ、誰も居ないのか?ここ」
ブルースと一緒に周囲を見回していると、カウンターの奥の厨房から、メイドが顔を出す。
「いらっしゃいませ」
あ。
「リリー」
「エル!」
元気そうだな。
リリーが、メイドと一緒に厨房から出てくる。
「なんだよ、連れって女だったのか」
「そうだよ。リリー、遅くなってごめん」
「大丈夫。今、タルトタタンを教えてもらってたんだ」
「これ、もらうぞ」
リリーが降ろしたリュヌリアンを背負う。
「あのね、シュヴァリエが帰らないの」
「先に帰ったよ」
「帰った?」
リリーが俺の腰にある剣を見る。
「会ったの?」
「あぁ。昨日の夜に」
「そうなんだ」
なんで怒ってるんだ?
『アレクは急いで戻らなくちゃいけない用事があったんだから仕方ないだろ』
何も聞いてなかったのか。
「リリーちゃんって言うのか?俺の名前はブルース。よろしくな」
ブルースがリリーに差しのべた手を弾く。
「触るな」
「なんだよ、挨拶ぐらい礼儀だろ?っていうか、シュヴァリエって誰だ?」
「お前に関係ないだろ」
「あの、お客様。シュヴァリエ様から、ポム・プリゾニエールを用意するように承っております。代金は既に頂いているのですが……」
「それは俺がもらう約束なんだ」
囚われの林檎。
「そうでしたか。では、後でお部屋にお届けいたしますね。そちらのお客様もご宿泊でしょうか」
「俺はもう少し周辺を見て決める。何もなければ、まっすぐ帰るからな」
「かしこまりました。宿もレストランも、村ではこちらのみとなっております。大したおもてなしもできませんが、御休憩の際にはこちらをご利用ください」
「本当に何もない村だなー」
ドラゴンを探すって言っていた割りには、一晩も滞在しないのか。
「エル、タルトタタン食べる?」
「あぁ。食べたい」
「用意するから待ってて」
「リリー様、私が、」
メイドがリリーと一緒に厨房に入る。
「なぁ、あんたの本当の得物は、その大剣なのか?」
「こっちも預かりものなんだよ」
「預かりもの?本当の得物はどこにあるって言うんだ」
「因縁のある相手が持って行った」
「なんだか曰くありげな話しだな。相当すごい武器ってことか」
「あぁ。あれ以上に完璧な剣なんてないよ」
「ふぅん。完璧な剣、ねぇ」
だから絶対に取り返す。
「お待たせ」
リリーが、タルトタタンの皿をカウンター席に並べる。
「コーヒーは今、メイドさんが持って来てくれます」
「美味い!」
もう食べたのかよ。
「流石、林檎の村だな」
厨房から回ってきたリリーと一緒に、椅子に座る。
「いただきます」
タルトタタンを口に運ぶ。
「美味いな」
「本当?」
甘い匂いが充満していたからもっと甘いのかと思ったけれど。全然そんな感じはしない。
「あぁ。美味しいよ」
「香りもすごく良くて、そんなに甘くなくて。林檎の食感も絶妙で、きっとエルも好きだと思ったんだ」
これ、俺の為に?
「ありがとう、リリー。すごく好きだよ」
「良かった」
リリーが微笑む。
「リリーも食べたらどうだ?」
「うん。いただきます」
リリーがようやくフォークを持ってタルトタタンを食べ始める。
……コーヒーの香りがしてきたな。
「お待たせいたしました」
メイドが運んできたコーヒーを並べる。
カウンターから覗ける厨房には、他には誰も居ない。
「この宿で働いてるのって、一人だけなのか?」
「いいえ。女将もおりますが、果樹園の手伝いに行っています。夕刻までには戻りますよ」
村人総出で果樹園の仕事をしてるって?
「村長も?」
「はい。何か御用でしたか?」
「ブルースが立札をぶっ壊したんだよ」
「こら、言うなよ」
「立札?」
リリーが首を傾げる。
「分かれ道にあった立札だよ」
見てないのか?
「こいつと戦ってる最中に、ぶっ壊しちまってさ」
「立札のことでしたら、わざわざ村長に謝りに行かなくても大丈夫ですよ。しょっちゅう壊されていますから」
「しょっちゅう?」
「はい。土砂崩れの辺りに恐ろしい亜精霊が出るという話しはご存知ですか?」
「亜精霊?」
リリーのフォークが止まる。
「危険を知らせるために通行止めにしているのですが、何故かあちらに向かう冒険者の方が多くて。亜精霊から逃げる冒険者が、逃げる途中で立札を壊していくそうなのです」
道のど真ん中にあるからな。
立札が根元から抜けやすかったのは、何度も立て直しているせいで、杭を打ち込む場所が緩んでたからか?
隣を見ると、リリーがコーヒーカップを両手で持ったまま俯いている。
「大丈夫か?リリー」
顔色が悪い。
「うん」
「なんだ。お嬢ちゃんは亜精霊が怖いのか?」
リリーが頷く。
本当に蜘蛛が苦手なんだな。
連れて歩いても大丈夫か?
『誰か来た』
振り返ると、宿の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「空いてるか?」
四人居る。身なりからして冒険者のようだけど。
「はい。四名様ですか?」
「そうだ。……こんにちは。何食べてるんですか?」
「タルトタタンだよ」
「美味いぜ。お前たちも食ってみたらどうだ?」
「それは是非」
「良い匂いの正体はこれか」
「この辺の名物だっけ?」
この辺りは林檎の料理でも有名だからな。
「エル。まだ食ってるのかよ。早く行こうぜ」
「俺はお前の仲間になった覚えはないぞ」
俺の目的とこいつの目的は違う。
ブルースが肩をすくめる。
「メイドさん、タルトタタンは、いくらだい?」
「いえ、これはお客様と一緒に作ったものですので、お代は結構です」
「それじゃあ、コーヒー代ぐらいは置いて行くぜ。じゃあな、お二人さん。また会おうぜ」
「じゃあな」
俺はもう会いたくない。




