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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅱ.冒険編
43/149

46 あちらのお客様からです

 ヴィエルジュの二十四日。

 トゥンク村の手前の街まで来た。

 でも。ここに来るまでに集められた情報を精査してまとめた結果は、村人は一丸となって、村の復興に向けた健全な努力をしているということだけ。植樹作業も順調だという話しまで聞いた。

 ……考え過ぎなのか?

 どうして、ここまで何の情報も得られないんだ。

 何の問題もないってことか?

『まだ情報集めを続けるのか?』

 宿で夕食を摂った後、外に出る。

「バーにでも寄ってみるよ」

 目薬、もう一滴使っておくか。


 賑わっているバーに入って、カウンター席に座る。

「いらっしゃいませ」

「ジャック・ローズを。シロップ抜きで」

「かしこまりました」

 出されたナッツをつまむ。

 あ。ドロップを舐めたままだった。

 噛み砕いて飲み込む。

 聞こえてくる話題は……。


 今年は剣術大会で誰が優勝するのか。

 願いにどんなものが出されるか。

 有名な騎士の子供が出場するらしい。

 大会出場予定者が、辻斬りをやって捕まった。

 大会に出場するかを賭けて決闘を行った誰だかが負けた。

 海の向こうから来た剣豪が出場するらしい。

 とても強い剣士が、ある貴族の名代で出るらしい。


『剣術大会の話題ばっかりみたいねぇ』

『誰も村について話してはいないようだな』

 この時期の話題と言えば、剣術大会のことになるか。

 他に耳に入るのは、皇太子が気に入ってるという黒髪の女性について。

 吸血鬼種の救世主の情報も、この辺りまで来てるんだな。病の情報よりもそっちの方が話題に上ってるみたいだ。

 せっかく来たけど、聞こえてくる話題に欲しい情報はなさそうだな。

「どうぞ」

 バーテンダーが目の前にジャック・ローズを置く。

 綺麗な色。香りも良い。流石、林檎の産地だな。

 味も美味い。

 ……少し、のんびりしても良いかな。


 トゥンク村の苗木の運搬について。

 苗木がトゥンク村に運ばれた様子を見たという情報はあっても、そこから運び出されるところを見た人物は皆無。横流しをしているような商人の話しも聞かない。

 そもそも、土砂崩れの被害もあって、新しい村と麓を繋ぐ道は一本しか作られていないのだ。その為、一度山に運び込まれた苗木を、誰にも見つからずに降ろすことは不可能だと言う。

 植樹作業が順調ではなく、国から補助金の出る苗木の買い付けは高い頻度で行われていたのは確かだし、入荷の量の割に、村で育っている林檎の苗木が少ないのは事実のようだけど。


「お一人ですか」

 バーテンダーの問いかけに頷く。

「いくつかご注文を伺っていますが」

『ふふふ。目立つわねぇ、エル』

 黒髪の鬘にするべきだったか。

 情報収集するのに、あっちの方が目立つからやめただけなのに。

『注文って?』

『口説かれてるのよぉ』

『女装してるから?』

 何もないなら女装なんて必要ないけれど。もし裏があるなら、情報を嗅ぎまわっている人間について調べるだろう。調べられても足がつかないように女装してるだけなのに。

 面倒だな。

 ドロップを舐める。

「一人で飲みたいんだ」

「お好みのものがございましたら、お作りいたしますよ」

 飲みたいもの、か。

「マティーニを頼まれたら飲んでも良いよ。辛口が良い」

「かしこまりました」


 ほかに手に入った情報と言えば、ローグが言っていたドラゴンの咆哮を聞いたって噂と、謎の亜精霊が出るって話し。

 ドラゴンに関しては、噂の時期が地震の時期と前後している為、それが本当にドラゴンの咆哮だったのか、地震で起きた土砂崩れの音だったのか、正直怪しいところだ。そもそもトゥンク村のあるカトルサンク山は、ドラゴンが降りるような高い山じゃない。

 だから、ドラゴンがこんなところに居る可能性は低いと思うんだけど。噂を信じた冒険者が、竜殺しの異名欲しさにカトルサンク山に向かうらしい。

 そして、旧トゥンク村、つまり土砂崩れの辺りで亜精霊に会って帰る。

 謎の亜精霊は美しい女性の姿で相手を誘い、近づいた相手に粘着質の液で攻撃を仕掛け、動けなくなったところで襲い掛かってくる。殺しはしないらしいけど、身ぐるみをはがされるって噂もある。

 計画的に冒険者を襲えるなら、高い知能を持った亜精霊のようだけど。身ぐるみをはがされるなんて話しは、逃げる途中で物を落としてるのに気付いてないだけということも多いから、鵜呑みにできる情報ではない。

 現在、この亜精霊はトゥンク村から冒険者ギルドへの討伐依頼がない為、放置されたまま。どうせ村への被害がないのなら、高額な依頼料を出さずに放置し、訪れた冒険者の誰かが討伐するのを待つのも手だろう。

 深読みするなら、村と何らかの繋がりがあるとも読めるけど、それを裏づけできるような情報がない。


「こんばんは」

 後ろから肩を抱かれて、右隣に男が座る。

 左肩を掴んでいる手を振り払う。

「連れないな」

「礼儀知らず」

 いきなり絡んでくるなんてあり得ない。

「何を頼んでもバーテンが取り次いでくれないから来たんだよ」

「取り次いで良いものは伝えてある」

「カルヴァドスのカクテルじゃないのか?奢るから答えを教えてくれ」

 手元のナッツを弾いて、相手の顔にぶつける。

「いってぇ。何するんだよ」

「青い月なら飲んでも良いよ」

「可愛くない女だな」

 だったら向こうに行けよ。

「でも、亜精霊みたいに美人だ」

「亜精霊?山で出る亜精霊のことか?」

「あぁ。興味があるか?」

「少し」

「なら、ちょっと付き合いな」

 どこに連れ出そうって言うんだ。

「今、ここで話せないことなら興味ない」

「知りたいんだろ?」

 もう一度ナッツを持つ。

「次はどこが良い?」

「直接見たことのある奴なんて全然居ないぜ」

「見たのか?」

「一緒に来たら色々教えてやるよ」

 ナッツを弾く。

「いってぇな」

「近づくな」

 別にそこまで欲しい情報じゃない。

「どうぞ」

 目の前にマティーニが置かれた。

「あちらのお客様からです」

 誰だよ。マティーニを口説くのに使う奴なんて……。

 バーテンダーの示す方角。

『あれ?』

 マティーニのグラスを持って軽く掲げる。

「答えはマティーニだったのか」

「そういうことだ」

「仕方ないな」

 そう言って、隣に座っていた男が去る。

『あっさり帰ったね』

「最低限の礼儀だ」

 去ったその席に、マティーニを注文した相手が来る。

「邪魔したかな」

「まさか」

「ナッツを弾くなんて、あまり行儀の良い方法じゃないよ」

 見てたのか。

「もっと早く来てくれれば良かったのに」

「ジャック・ローズを飲み終わってから注文してあげようと思ったんだよ」

 ドロップの味と混ざるから、進まなかっただけだ。

 ドロップを噛み砕いて飲み込む。

 手元のジャック・ローズを飲み干してから、マティーニのグラスを持って、グラスを合わせる。

「乾杯」

「乾杯」

 菫の瞳と碧い瞳に顔を近づけて、声を潜める。

「ばれないのか」

「人の顔なんてそんなに見ないよ」

 最後に見た時は、右目にモノクルをつけていたと思うけど。

 まぁ、薄暗い店内では目立たないし、こんなところに王族が顔を出してるなんて思う人間が居るわけないか。

「いつここに来たんだ?」

「さっき。彼女は先に置いて来たよ」

「先?」

 トゥンク村に?

「一人?」

「まさか。そんなことはしないよ」

 レイリスが一緒か。

「面白い話しは仕入れられたかい」

「全然」

「だと思った」

 だから、俺がまだ情報を集めてると思ってバーに来たのか。

「植樹作業は順調なようだよ」

 集めた情報の通りか。

「問題は土砂崩れの方」

「見て来たのか」

 村に行って、土砂崩れも見て、俺と合流するって。どれだけ先回りしてるんだ。

「本当に村を一飲みしたみたいだね。村が存在した形跡すらなかった」

「なんだそれ」

 その表現は少し変じゃないか?

 土砂崩れなら、村を押し流すように起きたはずだ。

 その場合、押し流された家や木々の残骸がどこかに認められるんじゃないかと思うんだけど……。

「後は、二人で解決しておいで」

 何かあることは間違いないんだな。

「ん?二人?」

「私は明日帰るよ」

「一人で?」

「急いで戻らなければならない用件があるからね」

 だったら、こんなところで道草食ってて良いのかよ。

 いや。

「あれを持ち出した報告?」

「そうだよ」

 エイルリオンを持ち出した理由はすぐに報告しないとまずいだろうな。

「問題は土砂崩れの方って、亜精霊?」

「アラクネのことかな」

「それも確認済みか」

 上半身が女性で下半身が蜘蛛の姿をした亜精霊。

 ……美しい女性の姿で相手を誘うって。どうやったら六本足を見落とすんだ。

「リリーシアは蜘蛛が苦手みたいだね」

 知らなかった。

「大丈夫だったのか?」

「明日聞いてごらん」

 早めに寝て、朝一で出発しよう。

「宿に行こう」

「まだ飲み終わってないよ」

 もう、ここに用はないんだけど。

「向こうで囚われの林檎を用意してくれるように頼んでおいたから、解決したら二人で飲むと良い」

「おぉ。楽しみだな」

 林檎が丸ごと瓶の中に入ったカルヴァドスだ。

「エル、人間は特別な存在だと思うかい」

「ん?……思わないけど。なんで?」

「もし、特別な存在だとしたら、それは何を意味するんだろうね」

「特別の定義による。誰にとって特別なんだ?」

「少なくとも、精霊にとって人間は特別なようだよ」

「人間にとっても精霊は特別な存在だけど」

「そうだね」

 精霊にとっての人間。

―精霊が契約に当たって欲しいものは、魔力じゃないのよ。

―私たちは、人間の感情、特に、愛情というものの虜になった。

―私たちは、人間に寄り添うことで、その感情を手に入れようとしたの。

 精霊が欲しかったもの。

 人間が持っていて、精霊が昔は持っていなかったもの。

 どうして、精霊は持っていなかったんだ?

「すべてに意味と答えが用意されていると思うのは、人間の知的欲求を満たすためだけの身勝手な考えではあるけれど。納得のいかないことについて考え、自分なりの答えを見つけようとするのは、人間だけじゃないかな」

「……そうだな」

―いずれ空でも飛びそうな発言ね。

 


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