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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
4/149

01 女の子は甘いものに弱い

 年末はどこも込み合っている。

 中央広場に面したレストラン、シエルのテラス席でリリーが不機嫌そうに、ランチのキッシュを食べている。

 今日のキッシュは、カボチャとベーコン。

「怒ってないのか」

「怒ってないよ」

 怒ってるな。

「じゃあ、こっち見て」

 不機嫌そうに、リリーがこちらを向く。

「怒ってないよ」

 どうすれば良いんだ、これ。

『リリー、いい加減、機嫌直したら?』

 イリス。

「怒ってないよ」

 怒ってるだろ。

『ふふふ。さっきから同じセリフしか言ってないよねぇ』

 ユール。

 おしゃべりな精霊が出てきたな。

『エルが悪い。あれでは、リリーがすっきり負けた気になれない』

 バニラ。

 確かに、そうかもしれないけど。

『勝負は勝負だ。リリーが負けを認めた時点でエルの勝ちに違いはないだろう』

 メラニー。

『負けって、自分の剣を落としたら負けなの?』

 ナターシャ。

『決闘の一般的なルールだ。自分の得物を失えば敗北になる』

『じゃあ、リリーの負け?』

 アンジュ。

『エルの勝ちだよー』

 ジオ。

『でも、リリーは騙されたのよね』

 一般的なルールに則るなら、剣を突き付けて得物を捨てるよう脅すべきだったんだけど。リリーの首に刃を突き付けるなんて出来るわけがない。

 でも、あれだけ綺麗な初撃を毎回見せられていれば、対策だって練りやすいだろう。大きくて重い大剣じゃ、片手剣よりも攻撃のバリエーションが少なくなるのは仕方ないとしても。リリーは得意な型に頼り過ぎだ。

 逆に言えば、リリーの初撃がいつもと違ったら使えない方法ではあったんだけど。

 騙す形になったのは間違いない。

『だから、エルはごめんって言ったの?』

「そうだよ」

 俺と契約している精霊たちの話し声。

 魔法使いが魔法を使う為には、精霊と契約しなければならない。契約した精霊の力を借りて、自分の魔力に乗せて魔法を放つのだ。

 普段は姿を見せることも無ければ簡単に声を聞くことも出来ない精霊も、契約を交わせば常に声を聞くことが出来るようになる。ただ、これは契約者に限った話で、本来なら契約中の精霊の声は、契約者である俺にしか聞こえない。……特殊な例を除いて。

「みんな、ごめんね」

 その、特殊な例の筆頭がリリー。

 リリーの輝く黒い瞳は特殊な瞳。

 まず、顕現しないと見えないはずの精霊の姿が見える。そして、一度でも会ったことのある精霊の声ならば、契約の有無に関係なく声が聞こえてしまうのだ。

「わかってるんだ。私が負けたって」

 今だって、俺の体から出てお喋りしている精霊の姿が見えるから、宙に向かって話しかけているんだろう。

 顕現していないと、契約者である俺にだって精霊の姿は見えないのに。

 しかも、リリーはその特殊な瞳で相手が魔法使いかどうかわかるのだ。最近では、契約している精霊の種類も、ある程度わかるらしい。

 魔法使いにとっては、出会いたくない相手だろう。

「隊長さんから助言までもらっていたのに、エルの戦略に気付かなかった時点で、私の負けだったんだ」

「ガラハドから、助言?」

 あの短い間に、リリーに何を言ったんだ。

「気をつけるように言われてたんだ」

 余計なことを言いやがって。

 それなら、初撃を変えられていた可能性もある。

「だから、剣術大会が終わるまでリュヌリアンをよろしくね」

「あぁ」

「だから……。剣術大会は、諦めようと思う」

 

 剣術大会。

 剣術大会とは、ラングリオンの王都で毎年バロンスの十三日から十七日にかけて行われる真剣勝負の大会だ。

 その名の通り、剣、もしくは剣に類するものを使った一対一の試合を行い、勝者を決める。

 試合における敗北条件は、敗北を認める、自分の得物を落とす、場外へ出る、魔法を使って相手に攻撃をする、審判が瀕死の判定を出す、相手を殺す、だ。

 剣術大会は、真剣勝負とは言え、絶対に相手を殺してはならない。殺した場合は、犯罪者として罪に問われることになる。

 

 大会参加者の募集方法は二つで、一般参加枠と貴族枠がある。

 一般参加枠はバロンスに入ると随時予選が行われ、予選を勝ち抜いた上位十名程度が参加者として大会に出場する権利を得る。

 貴族枠は貴族の名代として出場する剣士の枠だ。こちらの人数が多ければ、一般参加枠の人数が減る。つまり、貴族枠の方が優先されるのだ。

 もともと剣術大会は貴族の娯楽で、一般参加枠が出来たのは最近のことなんだからしょうがないけど。

 

 リリーが出場するなら、一般参加枠で出場することになるだろう。

 一般参加枠には、優勝者に与えられる報酬を求めて、例年、オービュミル大陸中から強豪が集まる。

 リリーがどんなに強くて優秀な剣士であったとしても、怪我をする可能性は高いのだ。

 何故なら、この大会の目玉である報酬は、他国でも類を見ない破格の報酬だから。

 それは。

 

 ラングリオンの国王が優勝者の願いを一つ叶える。

 

 とにかく大雑把で大きな報酬のせいか、優勝者の願いも変わったものが多い。

 ここ最近出た面白い願いといえばカカオの関税撤廃だけど、最も有名な話として歴史に残っているのは、近衛騎士にして下さい、だろう。

 

 だから。

 そんな危険な大会に参加なんてして欲しくない。

 でも、俺がリリーの出場を止めたところで、リリーの意志を曲げられるわけないだろう。リリーは俺が何を言ったって聞かないから。

 だから、リリーの得物を取り上げることしか思いつかなかったんだけど。

 いつも肌身離さず持っている愛剣を奪われるなんて、リリーを落ち込ませるには十分なことか。

 

「リリー。ちょっと、買い物に行こう」

「うん……」

「ショコラの専門店に案内してやるよ」

「ショコラ?」

 甘いもので、機嫌直してくれると良いけど。

 

 ※

 

 ラングリオンの王都を歩くなら、中央広場から東西南に延びる大通りを目印にして歩けば良い。

 それぞれイーストストリート、ウエストストリート、サウスストリートと呼ばれ、中央広場から北はセントラルと呼ばれる富裕区、中央広場から南、イーストストリート以南はイースト、同様にウエストストリート以南はウエストと呼ばれる区画だ。

 迷ったら、北にある王城を目印にすること。

 ちょうど中央広場の噴水、王都のど真ん中から真っ直ぐ先に、王都で一番高い尖塔が見える。

 代々王家に伝わる聖剣・エイルリオンを安置する尖塔の、東側に居ればイーストに、西側に居ればウエストに居ると思って良い。

 ……んだけど。

 

「ここ、どの辺?」

「ウエストだよ」

 相変わらず、迷子は健在だな。

 リリーの方向音痴は筋金入りだ。おそらく距離の感覚もない。

 俺が目指しているショコラトリーは、ウエストの少し変わった場所にある。

 リリーのことだから、ここが家からどれぐらい離れている場所かわからないだろう。

「アレクが気に入ってる店なんだ」

 ラングリオンの皇太子、アレクシスはショコラ好きで有名だ。

「アレクさん、そんなにショコラが好きなの?」

「あいつの異名の一つに、ショコラ王子ってのがあるぐらいだぜ」

「そうなんだ」

「ほら、ここだよ」

 リリーが驚いた顔で、その店を見る。

 ショコラトリー・ウォルカ。

 とにかく悪趣味な外装で有名な店だからな。

 この通りの雰囲気に全く馴染んでいない。

「行くぞ」

 リリーの手を引いて、店に入る。

 

「わぁ」

 リリーが嬉しそうに声を上げる。

 外はともかく、中に置いてある商品は一級品だからな。

 後、問題なのは……。

「おやいらっしゃいエルロック。君がこんなところに来るなんて珍しいね。あぁさては愛しの恋人に贈りものかな。恋人じゃなくて奥さんか。やぁやぁいらっしゃい私の名前はウォルカと申します。以後お見知りおきを」

「は、い?」

 店主のウォルカ。

 早口な上に、話が長くて聞き取りにくいんだよな、この男は。

「適当に包んでくれ」

「まぁまぁのんびりしていっておくれ。御嬢さんの好みも聞いてないことだしね。あなたは甘い物が好きそうだ。こいつなんてどうだい」

 リリーがショコラを食べる。

 可愛い。

 すぐ顔に出るから分かりやすいな。

「それは当店自慢のカレミルクでこっちがプラリネでねトリュフも自慢だよ」

 ウォルカが喋りながら、次々とリリーの口にショコラを放り込んでいく。

 この店はかなりの種類を置いてるから、リリーが気に入るのがあると思うけど……。

「さぁさぁショコラといったらオランジュピールを食べないなんてもったいない」

「んん」

 リリーが口を閉じて、手を振っている。

 その口の中に何個入ってるんだ。

「おや試食ならいくらでもできるのに。まぁ好みもわかったことだし適当に包んであげるとしようか。ついでにショコラティーヌにお勧めのショコラもおまけしてあげよう。是非殿下にも作ってあげておくれ」

 殿下?

「おい、何の話だ?」

「何って?彼女のショコラティーヌは絶品だったからね。私のショコラを使って是非とも殿下に……」

「リリー、こいつと知り合いか?」

 まだ口の中をもごもごとさせながら、リリーは首を横に振る。

「朝市でキャロル嬢が彼女特製のパンをいくつか売り歩いていたものでね。思わず三つも買ってしまったな。黒胡椒のパンとは面白い」

 黒胡椒のパン?

 あれ?

 そういえば、俺がラ・セルメア共和国に行って留守にしている間に、リリーが色んな物作ってたって、キャロルが言ってたな……。

 売りに行くほど大量に作ってたのかよ。

「代金は銅貨十枚だよ」

 銀貨を一枚払って、銅貨を十枚と包みを受け取る。

「あ、あの」

「何かな」

「マカロン……」

 マカロン?

「おおこれは失礼サービスしておきましょう」

 ウォルカが俺の包みを取って、中に菓子を追加する。

 丸いビスキュイにクリームをサンドしたショコラの菓子?

「ありがとうございます」

 その包みを、笑顔でリリーが受け取る。

 好きな食べ物らしい。

「ではまたいらっしゃい」

 きっと、リリーは一人では来れないだろうから、また連れて来よう。

 

 ウォルカの店を出て、サウスストリートに向かって歩く。

「マカロンって何だ?」

「えっと……。メレンゲを焼いた菓子に、クリームをサンドしたもの。今、王都で流行ってるお菓子なんだって」

 最近の流行り?

「マリーに聞いたのか?」

「違うよ。この前、シャルロさんの所で御馳走になったの」

「そうか」

 流行ってるなら色んな菓子屋で売ってるのかな。

 見かけたら買おう。

「市場で買い物をして帰ろう」

「市場、まだやってるの?」

 生鮮を扱う市場の多くは、午後になるとやっていない店が多いけど。

「年末年始の長休みは、市場はどこも閉めるんだ。だから、この時期は日暮れまで開けてる市場が多いよ」

 しかも、今日は今年最後の営業。どこの店も込み合っている。

 リヨンの三十日、つまり大晦日は明日。

 それから新年の始まり、立秋の五日間とヴィエルジュの朔日までが休みだ。

「キャロルから、買い忘れたもののリストを渡されてるんだ。あー、ついでに、コーヒー豆の店にも寄りたいんだけど」

 少し、買い物の量が多いな。

「先に帰ってるか?」

「手伝うよ」

「疲れたら言えよ」

 リリーがくすくす笑う。

「なんだかポルトペスタを思い出すね」

「そうだな」

 ポルトペスタは、グラシアル女王国にある一大商業都市だ。

 オービュミル大陸の西の果てにあるこの国は、リリーの出身国でもある。

「楽しい」

 リリーが笑顔で言う。

 機嫌、直ったんだな。

「リリー、ガレットデリュヌは知ってるか?」

「えっと……。シンプルなパイだよね?」

 流石、菓子作りが得意なだけはある。

 グラシアル出身のリリーには馴染みのない菓子だと思ってたけど。

「ヴィエルジュの朔日に家族と食べるパイなんだ」

 年末年始は、ほとんど月が出ない。

 ヴィエルジュの朔日の月は、三日月ほどの薄い月だ。

 ラングリオンの古い言葉で月の菓子を意味するこの菓子は、王様が月の女神に早く姿を現してくれるように贈った菓子と言われている。

 また、月が出ない夜だから、月に模した丸いガレッドデリュヌを食べるとも。

「それって、陶器の動物を入れて焼くもの?」

 本当に詳しいな。

「動物とは限らないけどな。フェーヴと言われる陶器だ。来年は羊」

「毎年決まっているの?」

「あぁ。今年は陶器の魚だったよ」

 リリーが首をかしげる。

 わかるかな。

「わかった。月の名前の順番だね」

「正解」

 ラングリオンの暦。

 季節の変わり目の節句と、十二月で一年だ。

 立秋、聖母のヴィエルジュ、天秤のバロンス、蠍のスコルピョン、立冬、弓のサジテイル、山羊のカプリコルヌ、水瓶のヴェルソ、立春、魚のポアソン、羊のベリエ、牛のトーロ、立夏、双子のジェモ、蟹のコンセル、獅子のリヨン。

 そして、ガレットデリュヌに入れる陶器は、その年のテーマ。十二か月の月の名前の順番に、毎年巡ってくる。

 今年はポアソンで魚。来年はベリエで羊だ。

「確か、陶器の入った部分が当たると、良い事があるんだよね?」

「あぁ。一年間、お守りにすると良いんだ」

 お守りにすると、災厄から守ってくれる。

 そして、お守りが災厄を肩代わりすると消えてなくなると言われる。要するに、失くすだけなんだろうけど。

 一年間持っていれば、それは守護効果の強いお守りとされ、今度は家を守ってもらう為に家の玄関先に埋めたり、花壇に飾ったりする。

 また、その年に生まれた赤ん坊に贈る風習もある。

 それも一年後には、同様に家の守護に使われる。一年以上個人が持つのは良くないこととされるからだ。

「あ、カミーユさん」

 リリーの視線の先で、カミーユが誰かと歩いている。

 気づいたカミーユがこちらに来た。

「エル、リリーシアちゃん。年末の買い出しか?」

「そうだよ。研究所ってもう閉めたのか?」

「二十八から休みだよ」

 カミーユは王都の錬金術研究所で働いている。

 そういえば、リリーが会いに行ったんだから、魔法研究所で働いてるマリーも今日は休みのはずだよな。

「今年はカウントダウンに居るんだな」

 去年は居なかったからな。

「何のこと?」

「リリーシアちゃんは初めてか。カウントダウンってのは、大晦日に月が南中する時間を祝うイベントだよ」

「え?大晦日って、月は出ないよね?」

 出たとしても、ほとんど見えないだろう。

「だから、盛大にイベントをやって盛り上げるんだ。新しい年が良い年になるように、月の女神に祈るのさ。新年のテーマは、アレクシス様のお気に入り、桜の季節のベリエだぜ」

 桜が好きな皇太子は、自分の書斎を桜の庭の上にしていることで知られる。

 ってことは、桜に模した花火でも打ち上げるのかな。

 研究所の連中は毎年、カウントダウンのイベントを盛り上げるために画策してるらしいから。

「ベリエって、ガレットデリュヌと同じ?」

「そうだよ」

 あ。そうだ。

「カミーユ、来年はリリーがガレットデリュヌを焼く。朔日に家に来い」

「お。楽しみだな。またな、エル、リリーシアちゃん」

 カミーユに手を振って別れる。

「一緒に居た女の人、誰かな?」

「彼女じゃないか?」

「えっ」

 なんで驚くんだ?

「そうかなぁ……」

「気になるなら聞けば良かったじゃないか」

 メイドじゃないだろうし。

 それ以外、考えつかないけど。

「あれ?どうして朔日にカミーユさんを誘ったの?」

 ガレットデリュヌは、本来、家族と食べるものだけど。

「毎年一緒に食べてるんだよ。カミーユは親から勘当されてるから」

「勘当?」

「あいつの家は騎士の名門なんだ。それが、騎士にならずに錬金術研究所に入ったから」

「だめなの?だって、カミーユさん、研究所のエースなのに」

 カミーユのチームが開発した新薬のレシピは優秀なものが多い。ラングリオンで薬学の分野が急成長を遂げたのはあいつが居るからだろう。

 でも、あの家はそれを許さない。

 魔法剣士にしたくて王立魔術師養成所に入れたのに、その結果、錬金術師になったんだから。

「別に、あいつは好きなことやってるんだから、良いだろ」


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