40 予定は未定にして決定にあらず
ディフとセイムを連れてロニーたちの方に行くと、木陰や屋敷の裏手から、短い白いマントを身に着けた部隊が現れる。
あのマント、白花色なんだろうな。
「事後処理は宜しくね」
「了解しました」
屋敷の裏手からは馬車も現れる。
「お前の部隊か」
「正式には、情報部の所属だけどね」
近衛騎士は部下を持てないからな。
「護送用の荷馬車を隠すのにちょっと手間取って、クロエのところに行くのが少し遅れたんだ。説明は大体グリフから聞いてるよね?」
「お前はいつも唐突なんだよ」
「クロエに言われたくないな。やるべきことはちゃんと伝えてあるよ」
「大人しく何もするなって?」
「そういうこと」
「それはやるべきことを伝えたとは言わないだろ」
「お前!まさか、クロエじゃないのか」
縛られて地面に転がっているドーラ子爵を、ロニーが蹴る。
「私が嘘を吐いたって言うの?心外だな」
「その言い分は説得力無いと思うぜ、ロニー」
「間違ったことは言ってないけど?……ラファール、この二人を連行して」
「了解です」
ラファールと呼ばれた部下が、二人を引きずって行く。
「くそっ、ヴェロニク!勝ったと思うなよ!」
「他にもまだ何かあるの?」
「剣術大会でお前たちは勝てない!絶対にだ!」
「後でたっぷり聞いてあげるよ」
他にも何か汚い言葉を喚きながら、子爵が連れて行かれる。
「まだ、いろいろ情報を持っていそうだね」
あの調子なら、重要な情報をいくらでも喋ってくれそうだ。
「神官の方は大人しいな」
「すぐに帰れると思ってるからじゃない?」
「なんで?」
「神聖王国の神官は、ラングリオンでは貴族扱いだからね。身柄の引き渡しを要求されれば引き渡さなければならない」
「引き渡すのか」
「アレクの返事次第かな。どうせ密入国してるだろうから、そんな人間がラングリオンに入国した記録はないって突っぱねるのもありだけど」
まぁ、自業自得だよな。
「アレクの婚約者が吸血鬼になる可能性があるから監視していたんだろうけど、その相手が謎の病の救世主になってしまったからね。吸血鬼種が救世主なんて。神聖王国としては看過できない事態になってしまった。だから、クロエを確保しようと考えたんだろうけど。組んだ相手が悪かったよね」
「組んだ相手よりも、敵がロニーだったことが敗因じゃないのか?」
「褒めてくれるなら嬉しいね。さ、もう移動を開始しなきゃ。アレクとの約束に間に合わなくなってしまう。ディフ、セイム。君たちもおいで」
「……グリフ、こいつは本当に信用できる奴なのか」
「ロニー、ディフに何したんだ?」
「何もしてないよ。私の仲間になって欲しいなって誘ったけれど」
誘った結果、こんなに不信感を買ってるのかよ。
「ディフ、セイム。こいつはものすごくわかりにくい奴だけど、味方を裏切るようなことは絶対にしない。だから心配しないでついて来い」
「わかってくれた?」
ディフとセイムがロニーを見る。
「ロニーのことは信用しなくて良いよ。ディフとセイムの勘は当たってる」
「酷い言い方だね。こんなに守ってあげてるのに」
「守ってくれって頼んだ覚えはないぞ」
「クロエに何かあったら、アレクが黙ってないからね」
「アレクになんて言って来たんだ」
「何も言ってないよ。エルの予定を伝えただけ。王都を出て、薬を配り終わったら、ニバスから乗合馬車に乗ってウィリデ調査の為にヌサカン子爵邸を目指すって」
「ってことは……」
予定通りに進んでいたら、二十日にはニバスに到着していて、二十三日にはセズディセット山に到着。山の麓にある騎士団の砦で一泊してからヌサカン子爵邸を目指す予定だから。
「アレクは、セズディセット山の砦でエルを待ってると思うよ」
「じゃあ、俺が二十三日に砦に居ないと、」
「私の首が飛ぶってこと」
「それ、今すぐ出発しないとまずいんじゃないのかよ」
「だから言ってるじゃない。移動を開始しないとアレクとの約束に間に合わなくなるって」
「それを先に言え」
グリフ、ロニーに続いて、門の側に用意されている馬車に向かおうとしたところで。
「どうした?セイム」
ディフの声に振り替える。
「兄貴。クロエって何者なんだ?なんで、近衛騎士とこんなに……」
「こいつは黄昏の魔法使いだ」
「え?黄昏の魔法使いって女だったのか?」
「……おい」
グリフとロニーが後ろで笑ってる。
まだ口の中に余っていたドロップを噛み砕いて飲み込みながら、セイムの頭を掴む。
「俺は黄昏の魔法使いでもないし、女でもない」
「えっ、男?」
「そいつはエルロック・クラニスだ」
ディフはかなり早い段階から気づいてたみたいだな。
「え?黄昏の……、いてっ」
セイムの額を指ではじく。
「俺の名前は?」
「エルロック」
「そうだ。お前の本当の名前は?」
「……ファルクラム」
「ディフ。お前は?」
「フランカ」
「フランカにファルクラムね」
「ファルでいいよ」
「じゃあ、俺もエルでいい。行くぞ、フランカ、ファル」
※
馬車に乗って、今度は森ではなく街道を走る。
「どこを目指すんだ?」
「ニバスを目指す予定だよ。到着は明日になると思うけどね」
明日、ニバスに到着すれば予定通りなんだけど。
「いくつか確認したいことがある」
「何?」
「リリーはアレクと合流してるのか?」
「シールは真っ直ぐヌサカン子爵邸を目指すはずだから、まだ合流してないと思うよ。アレクが砦に到着するのは、シールたちが砦につくよりも後になるだろうからね」
そうだよな。
シールとリリーは、ニバスから最短で砦を目指すから早くに到着するだろうけど。アレクはロザリーの回収があるから、二人より先に到着は出来ないはずだ。
「アレクはシールとリリーのことを知ってるのか?」
「シールがロザリーの護衛の為に南を目指すことは知ってると思うけど、リリーシアが一緒に行動してるのは知らないんじゃないかな。……予測できる範囲ではあるけどね」
微妙なところだな。
「アレクが砦に到着してすぐに、ウィリデの調査に行く可能性は?」
「ロザリーを連れて歩くとは考えられないよ。いくらヌサカン子爵領がアレクの庭だったとしても、アレクがロザリーを任せる相手は近衛騎士以外に考えられない」
アレクはヌサカン子爵の領地の人間とは親しいだろうけど。護衛を任せるほど信頼してるのは近衛騎士だけってことか。
「ってことは、アレクは必ずリリーと合流してから、ウィリデの調査に行くんだよな?」
「たぶんね」
「じゃあ、俺はこれから別行動しても良いか?」
「どういうこと?」
「アレクがリリーを見てくれてる間に、行きたいところがあるんだよ」
「行きたいところ?」
「トゥンク村。秘書官の名前で少し調査をしてくる。気になることがあるんだよ。俺が調査をしたがってるのはアレクも知ってることだし、問題ないだろ?」
「それ、どうやってアレクに説明するつもり?」
「リリーに手紙を書く」
「手紙?」
ノートを出して、王都周辺の地図を描く。それから、日付と矢印を書き込んでいく。
「良くこんな詳細な地図が書けるな」
ファルが俺の手元を覗き込む。
「そこまで詳細じゃない」
「あれ?今日は東の街に到着後、森を抜けて……」
「馬鹿正直に書くわけないだろ。俺が今回の件に関わったって、アレクに堂々と伝えるわけにはいかないんだから。俺の予定は、薬の運搬だ。予定通りなら、まっすぐこの街とこの街を回って……」
「なんで前日に三つ回って、今日は二つ?」
「ファルは俺の尾行をしてたんだろ?ここまでは馬で移動してたけど、リックと別れて徒歩での移動になったから、回れる数に限りがあるんだよ」
「リック?」
「……フェリックス王子のことか」
「えっ。エルって何者なんだ?王族を全員呼び捨てにできるのか?」
「エルは特別なんだ。頼むから、エルの真似だけはするなよ」
「誰に対しても敬語なんて使わないからね」
「クロエの時は敬語を使うのに?」
「仕事なんだからしょうがないだろ」
「エルは本当に何でもやるからな」
「あ。さっきの、エミリーに言うからね」
「さっきのって?」
「メイドも戦うものだって」
「……言うなよ。ほら、できた。グリフ、これをリリーに渡してくれ。アレクに見せても構わない」
ついでに、リリー宛に裏に忠告を書いておくか。
「そういうことか。どんなに早くこの地図を見ても、リリーシアがエルを追いかける気にはならないだろうね」
二十三日にアレクがグリフと合流して、俺が別行動になるのを伝える。
二十四日に、すでにヌサカン子爵邸に居るリリーとシールにこの地図が渡ったとしても、そこから俺を追いかけようという気は起きないだろう。
地図に書いた予定では、二十四日にはトゥンク村周辺の調査を開始し、二十五日に調査を行うのだ。
いくらリリーでも、ヌサカン子爵邸からトゥンク村まで一日でたどり着けるなんてことは……。考えないよな?
「どうした?エル」
「……ここからここまで、一日で移動できるって考える人間が居るかな、と思って」
「ニバスから子爵邸までは馬車と馬を使って四日かかるのに?」
そうだよな。すでに馬車を使って移動してるし、セズディセット山の温泉地には前にも行ったことがあるし。
大丈夫だよな?
……嫌な予感がするのはなんでだ。
「エル、愛しい恋人に、この一文しか送らないのはつまらないんじゃないの?」
「何を書けって言うんだよ」
「リリーシアはエルに会えると思ってるんだよ?それなのに、こんな地図一つ渡されて、大人しくアレクと一緒に帰れって言うの?」
『追いかけて良いって言ったのはエルよねぇ』
『そうよ。リリーが可哀想だわ』
何を書けって言うんだ。
「……考えるから、待ってて」
言いたいこと。
言いたいこと……。
あぁ。苦手だ。




