37 正直者は?
東の街に到着したのは、ヴィエルジュの十八日の昼過ぎ。
定番となった検問を受けたところで、門の兵士から手紙を受け取る。
「フェリックス王子殿下宛ての文書でございます」
リックが封筒を見て、俺に渡す。
白いビオラの絵。それに柑橘系の香りがする。……ロニーからか。
楓亭で待ち合わせ。
これだけの為に手紙を渡す必要あるのか?
……あ、身分証が同封されてる。
Chloe Clansir。
出身はラングリオンの王都。
「用がないなら俺は帰るぞ。……剣はどうするんだ?」
忘れてた。
「交換して下さい」
アレクのサーベルと、リックのレイピアを交換する。
「一つ、忠告しておいてやる」
「忠告?」
「ずっと尾行されてるぞ」
「え?」
「最初に薬を配った街からずっと。たぶん、狙ってるのは俺じゃなくてお前だ」
『気づかなかったな』
『そうねぇ』
「俺の精霊は常に尾行を警戒してるからな。お前の精霊が気づけないってことは、相手は尾行のプロなんだろ」
なんで俺を尾行?
「何か仕掛けてくるわけじゃないからほっといたけど。この先、尾行されたくない場所に行くんだったら気を付けろよ」
尾行の対象が俺自身なのか、黒髪の吸血鬼種なのかで意味は変わってくるだろうけど。
「それじゃあな」
「ん。……気をつけて」
※
楓亭……。
ここか。
「クロエと申します。連れが来てると思うのですが」
「あぁ、聞いてるよ。二〇三号室だ」
「ありがとうございます」
もう来てるのか。
手紙には、誰が来てるかも書いてなかったな。
宿の階段を上がって、二〇三と書かれた部屋の前に立つ。
『エル。複数の人間が中に居る』
え?
『知っている気配は……。難しいな』
メラニーがすぐにわからないってことは、最近会ってない相手?
ツァレン、シール、ロニーじゃないってことだよな。
この中の誰かがリュヌリアンと盾を届けに来てくれるんじゃなかったのか?
なんで複数人居る?
『ロニーの考えることなんてろくなことじゃないわよねぇ』
そうだった。
……俺に何かやらせようとしてる?
ノックを二回。
「クロエです」
鍵の開く音がして、扉が開く。
『あ』
同時に部屋の中に引きずり込まれ、後ろから拘束されて口元に布を当てられた。
……この匂い。
目を閉じて、体の力を抜く。
「上手く行ったか?」
「ご覧の通りだ」
俺を拘束してた男が、俺の体を抱える。
「間違いないんだろうな」
「黒髪だから間違いないだろ」
「丁重に扱えよ」
「わかってるって」
抱えられたまま移動して、何か柔らかい布の上に置かれる。
ベッドの上かな。
『五人』
五人も居たのか。
「お、身分証を持ってるぜ。ほら」
ロニーの手紙と一緒にポケットに入れたままだったな。
「クロエ・クランサー。……間違いない。日暮れを待って移動を開始する」
「了解」
「あっさり捕まるもんだな」
「内通者が居ればこんなもんだろう」
……内通者。
「本当に護衛はついてないんだよな?」
「尾行がないか周りを確認して来い」
「了解」
誰かが部屋の外に出て行く。
「今まで尾行してた感じだと、他の人間の気配はなかったけど」
俺とリックを尾行してたのはこいつらか。
「念には念を、だ」
「ずっと眠らせておくのか?」
「馬車に乗せれば、寝てても起きてても一緒だ」
「縛っておかないのか」
「乱暴に扱うなって命令が出てる。傷一つつけるな」
「暴れたらどうするんだよ」
「眠らせておく。一番困るのは、目的に気付かれて自害されることだからな」
大人しく寝てれば良いのか?これ。
「どこの女だ?」
「仕事の内容に口を挟むなって言っただろ」
「どれだけやばい仕事かって聞いてるんだよ。破格な報酬だから難しい仕事なのかと思ったら、こんな簡単にターゲットが手に入るなんておかしいだろ」
盗賊ギルドに所属してる、誘拐を専門にしてる連中かな。
リーダーの男は首謀者の子飼いの部下かもしれないけど。
「輸送に失敗したら皆殺しだ」
「どっかの貴族の御令嬢には見えないが」
「とんでもなく偉い相手の寵愛を受けてる女って言えば良いか?」
寵愛、ねぇ。
「あれか?最近噂になってる、皇太子の……」
「まじかよ。ばれたら殺されるだけじゃ済まないぞ」
殺される以上に何されるって言うんだ。
「今さら降りるって言うんじゃないだろうな」
「まさか。関わった以上、もう引けないってことぐらいわかる」
「なら良いが。交代で見張りをする。フレッド、先に休んで来い」
「俺はいいよ。後で適当なものを見繕って食う」
「なら、セイム。フレッドと一緒に監視してろ」
「了解」
「ウォール、お前は俺と来い」
「了解」
部屋の扉が動く音。
部屋に居るのはセイムとフレッド。
さっき尾行の存在を確認しに出て行ったのが一人。今出て行ったのがリーダーの男とウォール。
セイムは、リーダーの男から信頼がある人間。
フレッドとウォールは今回の件の為に雇われたってところか。
「セイム。休んでて良いぜ」
「兄貴に怒られる」
「心配するなって。俺がクロエを逃がすと思うのか?」
「あんたが信頼できるってことは、五日も一緒に居るんだから分かるよ。ウォールよりも信頼できると思ったから、あんたの監視は俺に任せてるんだ」
「ウォールは、いざという時には頼りにならなそうだからなぁ」
「さっきの話しで、かなりびびってたから」
「ハンドはいつ戻るんだ?」
リーダーに言われて最初に出て行ったのは、ハンドという名前らしい。
「しばらく戻らないんじゃないか?あいつは俺よりも用心深いから、入念に調べてくるはずだ」
「尾行もそんな感じだったな。……そういえば、知り合いだって?」
「あぁ……」
セイムが欠伸をする。
「ハンドに聞いたのか?……古い馴染みだから、兄貴が声をかけたんだ」
「眠そうだな。尾行続きで疲れてるんだろ?」
「あぁ……」
もう一度、大きな欠伸が聞こえる。
「なんか……、事が上手く行ってるから、眠くなって……」
「気が抜けたんだろ。尾行が出来るのは二人しか居ないからな」
セイムとハンドの二人。
この二人が俺とリックをずっと尾けてたらしい。
「あぁ……」
「ゆっくり休んでおけよ」
「兄貴が……、来る前には……、起こしてく……れ……」
「おい、寝るならベッドで寝れば良いだろ」
「……」
「しょうがない奴だな」
『床に転がっちゃったわねぇ』
『眠りの粉を撒いてたようだな』
「流石、良く効く薬だな。ぐっすりじゃないか」
使ったの、俺が作ったやつか。
「エル、起きて良いぜ」
『え?』
『味方なの?』
目を開いて、体を起こす。
いかにも冒険者という感じの恰好をしたフレッド。
『アンジュとナターシャは初めて会うだろうな』
「久しぶり、グリフ」
『常盤のグリフレッド』
「相変わらず礼儀正しい坊やだな」
「坊やって言うなって言ってるだろ」
グリフが笑う。
「ロニーから何も聞いてないんだけど」
「聞いてないのか?それなのに、良く眠ったふりなんてできたな」
「ロニーが気に入ってる香水の匂いだ。何か企んでるってわかるよ」
あの状況で、寝たふり以外の行動をとるなんて考えられないし。
「説明してくれ」
「年始から、王都の周辺で黒髪の女性が捕まるって事件が頻発してるの知ってるか?」
「知らない」
ずっと城で仕事してたけど、そんな報告書は見かけなかった。
「アレクが黒髪の女がお気に入りって噂が流れてるせいで、黒髪の女を手当たり次第に捕まえてる奴がいるんだよ」
「アレクの相手がその辺うろついてるわけないだろ」
『え?今って単独行動じゃないの?』
ロザリーだって、何の護衛もつけずに外に出したとは考えられないけど。
「舞踏会の件もあるから、そう考えてくれる奴ばかりじゃないってことさ」
そういえば、出自不明の黒髪で仮面の女が現れたって言ってたっけ。
「捕まえてどうするんだ」
「アレクと何の関わりもないってことがわかれば、口止め料を握らせて解放してるらしいぜ」
「無傷で?」
「攫われてもその日の内に返してもらえるって話しだし、それ以上の被害報告は聞かないが、黒髪の女性だからな。実際はどうなのか不明だ」
酷い目に合うのは慣れてるだろうからな……。
「ほっとくわけにもいかないから、アレクの相手はリリーシアって噂をばらまくことにしたんだ」
「なんでリリーを巻き込むんだよ」
「計画を立てたのはロニーだぜ。王都であれだけ目立ってれば、どこの誰かわかりやすいし、守りやすい。アレクと舞踏会で踊った相手はリリーシアだって話しだから仕方ないだろ」
「は?」
アレクが舞踏会で踊った黒髪に仮面の女性って、リリーなのか?
「知らなかったのか?」
「知らなかった」
でも、可能性はあるな。
どうせマリーがリリーを連れ出したんだろう。
「その代わり、護衛は完璧にしてるって聞いてるぜ」
だからリリーにあんなに護衛がついてたのか。
「守備隊にリリーの護衛を頼んだのはロニーか」
「そうだ」
パーシバルが、リリーが狙われている事実を俺が知ってると思ってたのは、ロニーの計画のことを俺が知ってると思ってたからか。
「今は、アレクの相手はクロエで、吸血鬼種で、病の救世主の医者だって情報を流してる」
俺が王都の周囲の街で聞いた噂の出所もロニーか。
「いつ流したんだ」
「花火が合図だよ。……これでも、仲間は多いんだぜ」
十五日の夜。王都で花火が上がれば、周辺の街からも見えるはずだ。ロニーの部下が、合図を待って一気に広めたんだろう。
吸血鬼種が救世主って歓迎ムードだったのは、アレクの寵愛を受けてる相手だってみんな知ってたからなのか。
「それで、クロエが捕まるように網を張ってたのか」
「この街でフェリックス王子と別行動になるって情報も流してもらったからな。……あぁ、お前が配ってる薬のことなら心配要らないぜ。王都の南東から南にかけては、ロニーが手配して配らせるって言ってたからな」
「ん」
それなら良いんだけど。
俺がロニーにアレクを外に出す計画を話したのは、十四日。その時に、全部決めたわけじゃなさそうだよな。
「この計画っていつから立ててたんだ?」
「アレクの敵対者を一掃する計画は前からあったんだ」
「敵対者?」
「地方巡りしてた頃からアレクを嫌いな奴は嫌いなんだよ。アレクが不正を暴いて、今まで悪い事をやっていた連中の扱いは変わったからな」
「相手がわかってるなら一掃するのは簡単だろ」
「見た目には誰が本当の敵かわからないんだよ。表面上は上手くやってて、尻尾も出さないから」
「で?ようやく尻尾を出したのか」
「そういうことだ。弱みになる女が現れたから、捕まえて取引の材料にしようとしてるんだよ」
「安直だな」
アレクは取引なんてしない。
相応の報いを与えるだけだ。
「馬鹿な奴ほど、どうしようもないことを考えるもんだ」
そして騙されやすいから、簡単な罠に引っかかるんだろう。
「俺はヴィエルジュに入ってからずっと、盗賊ギルドに出入りしてたんだ。フレッドの名前で登録してあったからな。後はロニーの情報を待って、連中に接触したってわけだ」
「紫竜はどうしたんだよ」
「立秋の間は探してるふりしてたぜ?でも、あんなでかいドラゴンがラングリオンに居るなら地方の騎士団が必ず報告する。探すのなんて冒険者の仕事だろう。どこからも報告がないってことはラングリオンには居ないってことだ。俺が探す必要なんてないさ。東へ逃げたなら大陸の外に出てるだろうし」
レイリスが追い払ったって言ってたから、東には居なさそうだけど。
「アレクが俺とローグを外に出したのは、近場に降りて国内で被害が出ることを警戒していただけだ。国外へ逃げたなら問題ない。南はどうせ公爵の管轄だしな」
「ドラゴンの根城を見つけて来いって命令じゃなかったのか」
「探索範囲は国内だぜ。国内に居ないのは明白だ。紫竜が来るまで外でのんびりやって来いってことだよ。近衛騎士が主君の元を離れるには理由が必要だからな」
グリフとローグは、主命で紫竜を探してると思われてるだろうからな。
本来の目的と違うことを行うには都合が良いのか。
「ローグは紫竜を探してたぞ」
「ローグは新参だからな」
新参って。ずっとアレクの従騎士をやってたはずだけど。
「初めての主命だから張り切ってるんだろう。西は国境だから形だけでも調査させたかったし、竜の山に行くって案は良いと思ったから探索を続行させてたんだ。アレクの指示が変わるかもしれないから、一度城に帰るように言っておいたけどな」
従騎士を何年やっても、そう簡単にアレクについて行けないってことだよな。
転移の魔法陣の遺跡にローグと一緒に行くように言ったも、紫竜探しを近衛騎士に求めてなかったからだろう。
「大体の事情は分かったよ。で?リュヌリアンと盾はどこだ?」
「なんだそれ?」
「ドラゴンとやりあった大剣と、アレクの盾だ。どっちも紫竜と因縁があるんだよ。ロニーはここに持って来てくれるって言ってたんだ」
「俺は王都に戻ってないんだから、持ってるわけないだろう。こいつらの仲間になれるように根回ししなきゃいけなかったからな」
『本当、あいつって嘘つきよねぇ』
「だいたい、ロニーは、グリフもウィリデの調査に行くって言ってたのに」
「んー?もしかしたら、剣と盾はリリーシアとシールに持たせてるんじゃないのか?」
「……なんで?」
なんで、またリリーの名前が出て来るんだよ。
「二人はヌサカン子爵邸に向かってるらしい。アレクはロザリーを連れてヌサカン子爵邸を目指す予定だから、合流させるんだろう」
そういえば、ロザリーは子爵の嫡子にする予定だって言ってたからな。ロザリーを回収したら、そのままヌサカン子爵に預けるってことか。
だとすると、シールはロザリーの護衛の為にヌサカン子爵のところに残るんだろう。
剣と盾をこっちに持って来ることが出来ないから、俺じゃなくてアレクに渡すことにしたとして。
「リュヌリアンの使い手が居ないから、リリーに持たせたのか?」
「情報の切り替えが急だったからな。間違えてリリーシアが捕まることのないように、シールに護衛をさせながら、リリーシアを王都から離れさせようとしてるんだと思ったが」
微妙なところだな。
運搬中に、シールが紫竜との戦闘になるのを警戒して、リュヌリアンを使えるリリーを連れ出したって理由の方がしっくり来るけど。
……ロニーの奴。リリーを巻き込みやがって。
「っていうか。最初からリュヌリアンと盾を俺に届ける気なんてなかったってことじゃないか。ロニーからはウィリデの調査を頼まれただけだったのに」
「ウィリデの調査なんて、どうせアレクが行くんだから他の誰かが行く必要なんてないだろ」
良く考えたら、ロニーが俺にウィリデの調査を頼んだこと自体がおかしかったんだ。
アレクがロザリーを拾って向かう先を考えておけば、俺がウィリデの調査に行く必要のないことぐらい、あの時点でわかってたのに。
「やられた」
「ロニーはエルをからかうのが好きだからな。俺もこの仕事が終わったらヌサカン子爵邸を目指すんだよ。エルもヌサカン子爵邸に行けってことだろうな」
子爵の所に行けばリリーに会えるってことなんだけど。
「普通に頼めないのかよ」
グリフが笑う。
「普通に頼んでるつもりなんだぜ、きっと。……誰か戻って来たな」
ドロップを舐めておこう。
口に入れた直後、ノックもなしに扉が開く。
二人組の男。
「目を覚ましたのか」
「こんばんは」
二人組が顔を見合わせて、部屋の中に入ってくる。
「あなたがリーダーですか?お名前は?」
「ディフ」
どうせ、みんな偽名なんだろうけど。
「クロエと申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
向こうは俺を傷つける気はないんだし。大人しく友好的な態度をとっておけば、この先楽ができるだろう。
「フレッド、何を説明したんだ」
「殿下の保養地にご案内頂けると伺いましたが」
「……あぁ、そうだ。大人しくついて来てくれるか?」
「もちろんです。そろそろ食事に行ってもよろしいでしょうか」
「護衛を任されてるから一人にはできないぞ」
「構いません」
『エル、食事中は喋れないけど大丈夫?』
喋らなければ良いだけの話しだろう。
「フレッド、一緒に来てくれますか」
「んー?ディフ、どうするんだ?」
「一緒に行ってやれ。ぞろぞろと行っても仕方ないから、俺たちは距離を置いて護衛する。……セイムの奴は寝ちまったのか」
「寝かせてやったらどうだ?」
「……良いだろう。フレッド、頼んだぞ」
「では、参りましょうか」




