34 陰日向
ヴィエルジュの十五日。
昨日仕事をさぼった分、何か言われるかと思ったけれど、アレクは何も言わなかった。
簡単な仕事を片付けて、その後は休み。
結構速く終わったな。
フードを深くかぶって、目薬を使って、イーストの裏通りを歩く。
時間があるからキャロルの好きな食べ物を作ろう。
そうだ。ついでにパティスリー・エリーゼに寄ってマカロンでも買うか。
『エル、魔法使いが戦ってる』
イーストの裏道で?
「魔法部隊か?」
『違う』
ちょっと様子を見に行くか。
「どっちだ?」
『この通りを進んだ先だ』
体に真空の防壁を張る。
炎の魔法を込めた闇の玉を浮かべながら、曲がり角まで行って様子をうかがう。
「ムラサメ?」
『魔法使いは二人だな』
なんで魔法使いが一般人を襲うんだよ。
魔法使いが放った炎の魔法が見えて、ムラサメの近くに氷の盾を張る。
「!」
走りながら、魔法使いの一人に向かって氷の刃を放つ。
「新手か!」
風のロープを放って、一人を捕まえる。
「お前は、まさか、黄昏の……」
なんで瞳の色が違うのに、気付くんだよ。俺の顔知ってるのか。
「それ以上言ったら殺す」
闇の魔法をかけて眠らせて、もう一人に向かってロープを放つ。が、かわされた。飛んできた敵の炎の魔法に反応して闇の玉が割れ、俺の炎の魔法が魔法使いに向かって飛んでいく。
続けて闇の魔法で相手の影を縛って間合いを詰め、近距離で眠りの魔法を使う。
どさり、と魔法使いがその場に倒れた。
振り返って、ムラサメを見る。
「お前から手を出したんじゃないだろうな」
「お前は、いつぞやの……」
言いながら、ムラサメが片膝をつく。
外傷はないから、魔法のダメージを食らったんだな。
「良く俺が前と同じ人間だって気づいたな」
確か、前に会った時は変装して声を変えていたから、俺のことを女だと思ってたよな?
「顔が同じだ」
今日は化粧してないけど。こんなに簡単にばれるなら、変装した意味がないな。
「こんなところで魔法使いに絡まれるなんて、何やってるんだよ」
「魔法使いと戦ったのは初めてだ」
「俺も魔法使いだけど」
「そのようだな」
「回復してやるよ」
大地の魔法をムラサメに向かって使う。
「何故、私を助けたんだ」
「魔法使いが一般人に攻撃魔法を使ってるからだ。王都で堂々と歩いてる人間がお尋ね者とは思えないし。魔法使いが悪者ってことだろ」
俺の顔を見て怖がったってことは、以前、魔術師ギルドの依頼で捕まえた相手に違いない。つまり、前科者だ。
「私は王都の冒険者ギルドに所属している。お尋ね者になったことは一度もない」
冒険者ギルドに所属してるなら犯罪歴は一切ない人間だ。
回復はこんなもんかな。
「助かった。礼を言う」
ムラサメが立ち上がったところで足音が近づいてくるのが聞こえ、マントのフードをかぶり直す。
走って来たのは、見慣れた三番隊の隊員。
「なんだ、パーシバルか」
「え?エルロックさんとムラサメさん?」
「知り合いか?」
ムラサメと顔を合わせる。
「被害はなさそうっすねー」
三番隊のメンバーが倒れている魔法使い二人を担いでいく。
パーシバルだけが残って、俺たちの方に来た。
「パーシバル。あの魔法使いはなんだ」
「リリーシアさんを狙ってる連中っすよ」
「リリーを?なんでリリーが狙われるんだよ」
「殿下の花嫁候補っすから。邪魔だと思ってる馬鹿な連中もいるんっすよ」
そういえば、シャルロがそんなことを言ってたな。
「リリーがアレクの嫁になることは絶対にないぞ」
「デマでも、そう思ってる人が居るんだから仕方ないじゃないっすか。殿下に黒髪の女性が嫁ぐことに反対する人も多いっすからね。だから、こっそり護衛するように頼まれてるんっす」
パーシバルが頼まれてるってことは、依頼人の大元はアレク?
リリーが狙われてるってことは……。
「俺の家に侵入しようとした奴のことも知ってるか?」
「あぁ、はい。二階のベランダから侵入しようとしてた人物なら、エルロックさんの魔法で撃退されて伸びてるところを回収しましたよ」
『眠りと混乱の魔法をかけてあったからな』
「パーシバル。私は仕事に戻っても良いか」
「あー、せっかくなんで、紹介しておきますよ。ムラサメさん。この方がリリーシアさんの夫のエルロックさんです」
「夫は亡くなっていると伺っていたが」
「ちょっと事情があるんです」
「今は死人になってる。っていうか、アヤスギから聞いてないのかよ」
「アヤスギとは仕事の話しはしない。女装が趣味なのか?」
パーシバルが横で笑う。
「趣味なわけないだろ。変装して歩かなきゃいけないんだよ。……言っておくけど、今は化粧も何もしてないからな」
どこに女の要素があるって言うんだ。
「もともと童顔で女の子っぽい顔してますからねー」
「殴るぞ」
「で、エルロックさん。こちらがリリーシアさんの護衛を引き受けてくれてるムラサメさんです」
「リリーの護衛?」
「パーシバル。このことは護衛先にも、周りにも気づかれてはならないはずだが」
「良いんっすよ。三番隊がリリーシアさんの周りをずっとうろつくのも怪しいんで、冒険者ギルドにも依頼してるんっす」
あの日、リリーの尾行をしてたのは護衛の為か。
「ムラサメ、悪かったな。いろいろ勘違いしてて」
「いや。私も味方とは知らず、手を出してしまってすまなかった」
「俺もエルロックさんが何も知らなかったとは思わなかったっすからねー」
「では、仕事に戻る」
「あぁ。じゃあな」
ムラサメが通りの向こうに走って行く。
「っていうか、一度見失って、リリーを見つけられるのか?」
「護衛は一人じゃないんで大丈夫だと思います」
「一人じゃない?そんなに厳重にしてるのか」
「何かあったら、エルロックさんが黙ってないですからねー。そうすると、死人だってこともばれちゃうじゃないっすか。死人だってことも忘れて、ムラサメさんとやり合っちゃうぐらいっすからね」
「悪かったな」
「でも、リリーシアさんの護衛って、大変らしくて。あんまり仕事を引き受けてくれる人って居ないんっす」
「なんで?王都で護衛するだけなんて楽なもんだろ」
「リリーシアさんにばれないように護衛するのって本当に大変なんっすよ。気づかれないように距離を置いて尾行すると、すぐにふらふら居なくなっちゃうんで」
『わざと尾行を撒いてるわけではなさそうだな』
『リリーって、すぐどこか行っちゃうもんねー』
本当に。
ちょっと目を離しただけで消えるからな。
「逆に近づきすぎると、すぐ気づかれちゃうみたいで。この前も夜間に護衛を行ってた冒険者が、尾行に気付かれて殺されかけたらしいっすよ」
そういえば、俺がこの前家に帰った時も、闇の魔法で姿を隠してたのに気づいてたよな。
『流石、リリーね』
『夜間の方が警戒して歩くだろうからな』
『リリーは護衛なんてなくても十分強いわよねぇ』
「夜中に尾行に気付かれるなんて、攻撃されても文句言えないだろ」
「俺もそう思いますよ。女の子の夜道の一人歩きっすからねー。尾行されたら怖いでしょうね」
そもそも、夜間に一人で出歩くことに問題があるだろ。
どうしてそう、危ないことを平気でやるんだ。
「ムラサメさんはリリーシアさんに近づきすぎても、顔見知りなんで安全じゃないっすか。だから、護衛を引き受けてくれてありがたいっす」
「その日は護衛してなかったのか」
「護衛の割り振りは冒険者ギルドに任せてるっす。でも、日中と夜間の護衛は別の人に頼むんじゃないっすかね?」
そうだよな。
「で?どこに行く予定だったんすか?」
「ん?買い物して帰るよ。今日はキャロルの誕生日だ」
「あぁ、ルイスが言ってましたね」
早く買い物して帰らないと。
「そうだ。パーシバル。今日の夜にちょっとした騒ぎがあるけど、気にしなくて良いからな」
「……何かやるんっすか?」
「あぁ。面白い事だよ。夜中に北を眺めてな」
「楽しみっすねぇ」
カミーユとシャルロに協力は頼んだし、リックの了解も取ったし。
何か見落としがあるなら、二人が上手くやってくれるだろう。
※
パティスリーエリーゼに寄って、夕飯の材料を買ってサウスストリートを歩いていると、見慣れた黒髪のツインテールが見えた。
黒髪に黒い衣装。背中に刀。
……本当に目立つな、リリー。
あれだけ目立って居れば、探しやすいだろう。
足を速めて、リリーに近寄ると、リリーが振り返る。
「エル?」
振り返ったリリーと一緒に歩く。
「ただいま」
リリーが首を傾げる。
「変装してる?」
「してないよ。瞳の色を変えてるだけ」
目薬を使ってるだけだから、変装とは言わないよな。
さっきもばれたし。
「変装してるところ見てみたい」
「絶対嫌だ」
「?」
冗談じゃない。
『嫌なの?』
『この前もリック王子に遊ばれたものねぇ』
本当に。酷い目に合った。
「リリー、ランチは食べたか?」
「これから」
「良かった。エリーゼでキッシュも買ったんだ」
「エリーゼ?」
「パティスリーエリーゼ。目的はこれだったんだけど」
マカロンの入っている紙袋をリリーに渡す。
「開けて良い?」
「いいよ」
なんだか食べ物に見えない食べ物だけど。
紙袋を開いた瞬間、リリーの表情が変わる。
「わぁ」
その顔を見られるなら良いか。
「美味しそう。ありがとう、エル」
喜んでくれて良かった。
リリーが包みなおした紙袋を取って、リリーと手を繋ぐ。
「いいの?エルだってばれちゃうよ」
「手を繋いでないとすぐに居なくなるのは誰だよ」
「え?」
……自覚ないのか。あれ。
※
家に帰ると、案の定、甘い匂いが充満していた。
「ケーキ作ってたのか?」
「うん」
なんか、慣れてきたな。
家の中には誰も居ない。ルイスは図書館、キャロルは礼拝堂に出かけてるんだろう。
「そうだ。エル、少し味見してくれない?」
リリーが絞り袋から出したクリームを俺の指先につける。
「何だこれ」
「マロンペースト」
ペーストを舐める。
「美味い」
栗の香りが良い。甘みも栗の優しい甘みだ。
「良かった。甘過ぎないか心配だったの」
本当、甘さの加減が上手いよな。
荷物を置いて、テーブルの上のフードカバーを外す。
甘い匂いの正体。
「栗を練りこんだケーキ?」
「他にもレーズンと松の実を練りこんでるよ」
「美味そうだ」
このままでも美味しそうだけど、さっきの栗のペーストを飾る予定なんだろうな。
※
リリーがキッシュを美味しそうに頬張ってる。
「美味しい。エリーゼってどこにあるの?」
「イーストだよ」
場所の説明は少し難しいな。
礼拝堂の広場からそう離れてないんだけど。
そうだ。言っておかないと。
「リリー。今日の夜から出かける」
「出かけるって、王都の外に?」
「あぁ」
「ロザリーを探しに行くの?」
「いや、俺は探しに行かない」
ロザリーが居なくなったこと、知ってるのか。
「ねぇ、エル。アレクさんを外に出すことってできないかな」
「できるよ」
「本当?」
「今日、アレクを城の外に出すんだ。俺とリックが囮になる予定」
たぶん上手く行くだろう。
「良かった。このまま本当に追いかけなかったら、私、ロザリーを追いかけようと思ってたんだ」
「リリーが?」
「うん」
「本当に大人しくしてる気ないな」
「ちゃんとエルに相談するつもりだったよ」
本当に?
「だって。ロザリーはアレクさんのこと好きなのに、離れるなんて」
「俺はロザリーのことを知らないから何とも言えないけど」
アレクはきっと、ロザリーが好きなんだと思うけど。
ロザリーは結局、メディシノとしての使命を優先したんだから。
「ロザリーは、黒髪にブラッドアイの自分が皇太子の傍に居ることはできないって、自分はメディシノだから治療を行わなきゃいけないって出て行っちゃったの」
「馬鹿だな。アレクがロザリーを婚約者にするためにどれだけ根回ししたと思ってるんだよ」
こんなに近くに居たのに、アレクの気持ちを考えないなんて。
「私もその気持ちわかるよ。自分じゃ相手を幸せにできないって分かってるのに、傍に居るのって辛いから」
「傍に居て」
そんなこと考えないで。
一緒に居て。
「エル、お願いがあるの」
「お願い?」
「少しでいいから、私の為に時間を使って」
「いいよ」
「寂しくなったら追いかけても良い?」
「だめ。良い子で待ってて」
―良い子で待っていて。
あぁ、そうだ。
その言葉は俺が嫌いな言葉だったな。
自分が嫌いな言葉をリリーに押し付けるのか。
「ごめん。リリー」
待ってるだけが、どれだけしんどいことか知ってるのに。
「追いかけて良いよ」
「え?良いの?」
「でも、絶対に一人で行動はしないこと」
「うん」
「危ないことはしないで」
リリーが笑う。
「エル、愛してる」
「愛してる」




