33 目をつけられたら最後
ヴィエルジュの十四日。
ベランダで朝食を食べながら、明日の計画について一通り話す。
「ってわけだから。頼むぜ」
「言っておくが、俺は主君の命令がなきゃ動かないぜ」
「右に同じ」
「いいよ、それで」
「今の計画って、まだカミーユにもシャルロにも、フェリックス王子にだって話してないんだよね?」
「カミーユは今日か明日には帰って来る」
たぶん、今日。
「カミーユに会ったら伝えて欲しい事があるんだけど」
「なんだ?」
「あの病気は、おそらく免疫ができない。予防薬を作った方が良いよ、って」
「免疫ができない?」
「私の予想だけどね。研究所の皆が気付いてなかったら困るから、一応助言」
確かに、免疫は出来ないか。あの病原に対抗できるのは、吸血鬼種の血だけ。
完治したとしても、何度も感染する恐れがある。でも、プリーギは人間の血液の中でしか長生き出来ない。効果的な予防薬があれば撲滅も可能だ。
「っていうかさ。エルって相変わらず、計画の立て方が横暴だよね。そんなに花火が余ってると思うの?」
「ドラゴン騒ぎで打ち上げられなかった花火があるはずだ。足りないなら、暇を見て作るよ」
「花火の製作ぐらい手伝ってあげても良いけど……」
シールがあくびをする。
夜の護衛をしてたから、眠そうだな。
「もう休んだら?」
「夜勤明けでエルの長話しに付き合うのはきついよな」
「主君に報告をしたら休む。昨日の夜に堂々と目の前を通り過ぎた人間が居たから」
「悪かったよ」
「止めれば良かったのに。私なら通さなかったよ」
「目の前で騒ぎが起これば、陛下の近衛騎士が飛んでくる」
「エルに撃退させれば良いんだ。アレクだって、陛下の近衛騎士にはうんざりしてるだろうから喜ぶよ」
「これ以上、陛下を怒らせるのはどうかと思うけどなぁ」
あの温厚そうな陛下が怒ってるところなんて想像がつかないけれど。
一度しか会ったことがないからわからない。
朝食が終わって、ロニーに呼ばれてロニーの部屋に行く。
「何の用だ?」
「はい、地図」
「地図?」
もらった地図を広げると、あちこちに日付とチェックマークがついている。
「ちょっと頼みがあるんだ」
「頼み?」
「これは緑竜ウィリデの目撃報告」
この印、全部?
「紫竜の目撃情報は皆無だけど、やたらとウィリデの目撃情報があるんだよね」
「ニゲルを探してるんじゃないのか」
「ニゲル?」
「あぁ。竜の山に行った時に、ルーベルから頼まれたんだよ。最近ニゲルの姿を見かけないから、見かけたら竜の山に顔を出すように言えって」
「竜の山なんて、いつ行ったの?」
「遺跡の調査報告書を読めばわかるよ」
「ローグとマリユスは出かけ損だね」
「マリユス?」
「あぁ、エルは知らなかったね。新しくアレクが連れて来た近衛騎士」
「マリユス・エグドラ?」
「そう。カミーユの弟だよ。琥珀のマリユス」
二つ名は琥珀。黄色のマントなんだろうな。
アレクが新しく入れたのって、エグドラ家の三男か。
カミーユ自慢の弟。剣の腕が素晴らしいって褒めてたな。
「っていうか、何を調べてくるんだ?目撃情報って、飛んでるのを見たってだけだろ?」
「セズディセット山に降りてるみたいなんだ」
「はぁ?あそこは温泉地だぞ。ドラゴンが降りたらパニックだ」
セズディセット山は、王都の真南。アルマス地方とジュワユーズ地方の境目にある、温泉地で有名なヌサカン子爵領の山だ。
「温泉地とは逆側だよ。温泉地があるのは山の東側。ウィリデが降りてるのは西側だ。今、グリフが向かってるみたいなんだけどね」
「西側なんて、どうやって登るんだよ」
「登山道があるらしいよ。ヌサカン子爵の管轄だから、子爵家を頼ると良い」
ヌサカン子爵。国王陛下の弟で、アレクの叔父。
子爵家は、アレクの幼少期の静養先で、グリフと出会った場所でもある。
「どこかでグリフと合流出来たら良いんだけど」
そうじゃないと、移動が不便だ。
「エルは、フェリックス王子と一緒に治療薬を配って歩くんだよね?」
「あぁ。行くのは、この街と……」
地図上の街を指す。
アレクが無事に抜け出せたら、追手は、アレクの変装をしたリックと俺で引きつける予定だ。
外に出たついでに、そのまま感染者報告のある街を回る。西大門を出て北上し、時計回りに王都周辺の街を巡って、南大門から王都に帰る予定なんだけど。
「それなら合流は難しいんじゃないかな。グリフにもエルのルートは伝えておくけど、会えるかどうかはわからないよ」
「じゃあ、王都には戻らずに、そのまま南下して温泉地を目指す馬車に乗るよ」
温泉地に向けた定期馬車は毎日出てるはずだから。それがセズディセット山に向かう最短ルートだろう。
「フェリックス王子に馬で送ってもらえば良いんじゃないの?」
「リックには別の仕事を頼んでるから、王都の東の街で別れる。そこから先は徒歩だよ」
「エルも騎士になれば良いのに。馬の乗り方ぐらい、すぐに覚えられるよ。私の従騎士になったらどう?」
「騎士にはならないって言ってるだろ?」
「可愛がってあげるのに」
「冗談じゃない」
ロニーから従騎士になれと言われたのは何度目かわからない。
「セズディセット山のウィリデ調査は引き受ける。話しは、これで終わりか?」
「終わりじゃないよ。エルは、黒髪の鬘をかぶって出かけるんだよね?」
「そのつもりだけど」
「剣と盾はどうするの」
「あ」
忘れてた。
だめだ。黒髪の鬘をかぶって、あの服を着て変装するなら、持ち歩けない。
「なんでもかんでも自分一人でやろうとするから失敗するんだよ」
「リックに持ってもらうよ」
「フェリックス王子とは、東の街で別れるんだよね。その後は、一人で持ち歩くの?」
「ん……」
どうするかな……。
「持って行ってあげても良いよ」
「ロニーが?」
「近衛騎士の誰かが。東の街で合流してあげても良いよ。主君が不在なのに、近衛騎士が城に居る意味なんてないからね」
「あの剣って結構重たいぞ?振り回せるのなんてグリフかツァレンぐらいだろ」
「使うのは私じゃないんだから問題ないよ。……で?運搬を任せてくれるの?」
「あぁ、頼む」
「うん。引き受けたよ」
ロニーが微笑む。
「話しはそれだけ。じゃあ、いってらっしゃい」
「あぁ」
ロニーの部屋を出る。
急いで支度しないと。
アレクは、もう書斎で仕事してるはずだ。
『なぁんか、嫌な予感するんだけどぉ?』
『ロニーの考えてることは読めないからな』
『良い人じゃない』
『近衛騎士なんてろくなのが居ないわよぉ』
「エルロック様」
廊下でエミリーに声をかけられる。
「なんだ?」
「フェリックス様に、こちらのマントを届けて頂けますか」
菫のマント。
「それ、アレクの指示か?」
「いいえ」
「なんで?」
「ロザリー様がお目覚めになってからずっと、私はロザリー様のお世話をしておりました。アレクシス様とロザリー様のご様子を最も間近で見て来たのは私です」
そういえば、そうだったな。
「成功を祈っております」
「あぁ。アレクなら大丈夫だろ」
「もし、ロザリー様にお会いになったら伝えて欲しい事があります」
「なんだ?」
「エルロック様の服がまだ完成していません。早く作ってください、と」
そういや、頼んだきり忘れてたな。
「本当に伝えるの、それだけか?」
「はい。エルロック様は忘れっぽいようなので、ご自分に関係のない事ならすぐに忘れられてしまいそうですから」
なんで、アレクの周りって変なやつばっかりなんだ。
「っていうか、俺、一度も会ったことないけど」
「おそらく、ルキアという真空の精霊を連れておいでです」
『ルキア?』
「知ってるのか?」
『知ってるわよぉ。懐かしい名前ねぇ』
「いいえ。私は魔法使いの素質はありませんから」
たぶん、エミリーの前でルキアって名前を呼んだんだろう。
メディシノが連れているのが真空の精霊だってこともエミリーは知ってるだろうし。
「それなら、たぶん会えばわかるよ」
さて。
……今日はもう、仕事をさぼろう。
リックのところに行くか。
※
「ってわけで、協力してくれ。これがアレクの菫のマント」
「お前はさ、俺を何だと思ってるわけ?」
「いいから手伝え」
「アレクの奴、本当に城を抜け出すつもりか?あいつがやる気出さなかったら意味ないだろ、こんなこと」
「抜け出すよ。絶対」
「一人の女のために一生懸命になるやつには見えないけどな」
それをお前が言うのか?
「自分の弟なのに」
「あれが弟だって思ったことなんてないぜ」
「仲悪いのか?」
「お前の方が仲良いだろ。俺はフォション伯爵のとこの兄弟の方が、付き合いが長いぞ」
そういえば、リックの後見はデュランダル公爵で、もともとフォション辺境伯との繋がりが強いんだっけ。
「だったら娘を嫁に取れば良いじゃないか」
「俺の嫁はマリーだけだ」
本当に諦める気ないよな。
「アレクだってそうだよ」
「誰も知らない吸血鬼種の娘だろ?お前、会ったことあるのかよ」
「ない」
「は?……ないのか?」
「リリーは会ったことあるみたいだけど」
「本当にアレクの恋人なのかよ、その女。実在するのか?」
「実在する。……で、無事に王都を抜け出したら、この地図で示した街に寄って王都に帰る」
「アレクの陽動か?」
「それもあるけど、仕事を頼まれてるんだ。王都の周辺の街に薬を配って来なきゃいけない。東の街までで良いから付き合ってくれ」
東の街は、王都の東大門の入り口から近い場所にある。
「ついでに仕事して帰って来るってわけか。お前も忙しい奴だな。……アレクとお前が居ない間にドラゴンが襲来しても知らないぞ」
「皇太子にドラゴン退治を任せるなんて、騎士の国として情けないぞ。アレクが居なくたって問題ないだろ」
「遺跡の次は、街巡りなんて。死人のくせに、よく出歩いてるよな」
「変装するよ。黒髪の鬘をかぶって」
持っていた鬘をかぶる。
「吸血鬼種の真似か」
「真似じゃないよ。俺はロザリーと同じ。この病の治療を出来る」
「っつーか、ちょっとこっちに来い」
「何だよ」
「美人だな」
「化粧してないぞ」
「お前、やっぱり俺の秘書官になれ」
「嫌だよ」
「まじで欲しいわ」
「冗談じゃない」
「散々俺に頼むだけ頼んでおいて、俺の頼みは聞かないのか」
「だって、リックにしか頼めないんだから仕方ないだろ?」
「取引にならないな。お前、本当に自分の意見が通ると思ってるのか?」
「もちろん」
「お前の周りの人間って、こういう話しを二つ返事で承諾するのか?」
「断られたことがない」
「信じられないな」
「リック、協力してくれ」
「だから、」
「お願い」
「……あー、もうわかったよ。アレクの剣、寄越せ。俺が借りておく」
「ん。わかった」
アレクのサーベルをリックに渡す。
「おい、俺のレイピアをエルに出してやってくれ」
「かしこまりました」
メイドが部屋から出ていく。
「なんで俺がレイピア使うって知ってるんだ?」
「お前みたいに派手に生きてる人間の情報はな、調べようと思わなくても集まるもんなんだよ」
「派手に生きてるつもりなんてないけど」
「自覚が無いって情報も大正解だな。……知ってるか?堀を氷漬けにしたのは黄昏の魔法使いらしいぜ」
「なんだそれ」
「ラングリオンの亡霊。王都の亡霊。もともと、毎晩堀に現れるとか、死んでもなお力を発揮してるとかって噂があったんだ。それで堀を凍らせたのは黄昏の魔法使いって噂が流れてるんだよ」
「気味が悪いな」
「明日起こることも黄昏の魔法使いの仕業だって噂が流れるんだろうな」
騒ぎになるなら好都合だけど。
「黄昏の魔法使い。ラングリオンの亡霊。次は、何になるんだ?お前」
「どれも俺とは無関係だ」
「お待たせいたしました」
メイドから、リックのレイピアを受け取る。
腰につけて鞘から引き抜き、二、三回振る。
「まぁまぁかな」
装飾は変わってて綺麗だけど。
「壊したら弁償しろよ」
レイピアを折るような相手なんて……。
一人しか思いつかない。
「壊れたら、きっと新しいのを作ってくれるよ」
「作る?」
「あぁ。リリーが作った俺のレイピア、今、ドラゴンに刺さったままなんだ」
「……は?」
まぁ、そういう反応になるよな。
「リリーはルミエールの弟子なんだよ」
「本当に女なのか?」
言ってることはアレクと一緒なのに、なんか腹立つな。
「なぁ、ちょっと」
リックがメイドの耳元で何か囁く。
「はい。……えぇ、ご用意できますが」
「今すぐ準備しろ。……エル、頼みを聞いてやる代わりにちょっと付き合え」
「何を?」
「この後、王都に行くんだろ?」
「あぁ。シャルロのところに行く予定だけど」
「変装を手伝ってやる」
「いいよ。近いし、目薬を使えば十分だ」
「言っただろ。ちょっと付き合えって」
嫌な予感しかしないんだけど。
※
「あぁ、もう、完璧だ」
「……気が済んだか?」
「あれ、持ってるんだろ?声変えるドロップ」
「使わないぞ」
「使えよ。勿体ない」
「外に出たら使うよ」
「なんつーか、お前の嫁に見せてやりたいわ」
「冗談じゃない。もう行くからな」
※
マントのフードをかぶって、シャルロの家に行く。
「いらっしゃいませ」
カーリーが俺の顔を見て首を傾げる。
「もしや、」
「何も言わないでくれ」
俺だって好きでやってるんじゃない。
「カミーユ様とエレイン様がお越しですよ」
「帰って来てるのか」
「はい。どうぞ」
中に通されて、書斎に向かう。
「カミーユ、シャルロ。手伝ってほしい事があるんだけど」
俺が入るなり、カミーユが飲んでいた途中のコーヒーをテーブルに置いて咳き込む。
「誰?あなた」
「もう俺の顔忘れたのか?」
「……エルなの?」
「リックの馬鹿が俺に化粧をさせたんだ」
「フェリックス王子か。随分気に入られたみたいじゃないか」
「これのどこが気に入られてるって言うんだよ」
「カミーユ、大丈夫?」
「……あぁ。大丈夫。……遊ばれてんなぁ、エル」
「本当は女の子なの?」
「おい」
「冗談よ。黙っていれば可愛いのに。女装をするなら、立ち振る舞いにもう少し気を付けた方が良いわ」
「好きでやってるんじゃない。……エレインはもうガラハドに会ったのか?」
「会ってないわ。まっすぐここに連れて来られたんだもの」
「この子は大事な客人だ。シャルロの家に預けておいた方が良いだろ」
まぁ、そうだよな。
「エレイン。近い内に皇太子の名で遺跡に立ち入る許可証が発行されるはずだから、それまでは王都に居てくれないか」
「許可証って、どこでもらえば良いの?」
「ここに居れば届く」
「もしかして、シャルロも王族と繋がりのあるすごい人なの?私、こんなに偉い人に囲まれてるのって初めてだわ」
「その感覚って、すごい新鮮だな」
「エルと一緒に居て悪い影響を受けなければ良いが」
「どういう意味だよ」
ノックがあって、コーヒーを持ったカーリーが入ってくる。
「カーリー、エレインを外に出してくれ」
「え?どうして?」
「ガラハドに会いたいんだろう。メイドに案内させる」
カーリーからコーヒーをもらって飲む。
俺が好きなブレンドだ。
「はい、かしこまりました。エレイン様、ご案内いたします」
「えぇ、よろしくね。色々ありがとう」
エレインがカーリーと一緒に部屋を出る。
「エル、治療薬は出来たんだな」
「できたよ。でも、ロニーが、あれは免疫のできない病気だって言ってた。何度でも感染する可能性がある。あれを殺せるのは俺の血だけだ」
「心配するなよ。予防薬ぐらい俺が作る」
「出来るか?」
「出来るぜ。で?今度は何をやるんだ?エル」
「カミーユ、花火余ってるだろ?」
「花火?研究所にまだ余ってると思うけど。何か使うのか?」
「あぁ。ちょっと使いたいんだ。後、水柱を出すような仕掛け」
「水柱?それなら、ナルセスのとこにあるんじゃないか?」
思ったよりも、簡単に準備が整いそうだな。
「アレクを外に出したい。その為に、騒ぎを起こしたいんだ」
「アレクシス様を?そんなのいつも通り、お前が闇の魔法で連れ出せば良いだろ」
「お前が居ない間にひと騒動あって、アレクシス様は今、陛下の監視下にあるんだ」
「まじか」
「だからさ……」




