32 正しさとは
「おーい、エルくーん?仕事してくれるー?」
「ん……。してるよ」
あの後、執務室で仕事をするように言われて執務室に来たのだ。
「放っておけ。どうせ今日は手伝いに来る予定ではなかったのだから」
「だってぇ。エル君が頑張ってくれたら、久しぶりに連休が取れそうなんだよー?」
妖精の踊り。
いつものアレクじゃなかった。
なんか変なんだよな。
―何故、彼女に呪いと封印が施されたのか、私はもっと早くに気付くべきだった。
ロザリーにかけられていたもの。
一つは、長い時を生きる代わりに眠り続ける呪い。
もう一つは、記憶の封印。
記憶の封印なんて必要ないと思うけど。
だってロザリーはメディシノで、再びプリーギが流行った時に治療を行う存在として残されていたんだ。
記憶の封印なんて邪魔だ。
記憶を取り戻すのが昨日より早ければ、もっと先にこの病について知ることが出来たし、蔓延する前に止める方法を考え付いただろう。
だったら最初からかける必要なんてない。目覚めると同時に記憶を取り戻すべきだったのに。
意味があるとすれば……。片方だけの解除で十分な場合。
眠りながら記憶の封印だけ解くなんて有り得ないから、記憶を取り戻す必要がない場合が存在するんだろうけど。
―彼女は、この日のために。
―いつかまた治療者が必要になる日が来るまで、棺に封印されていたのだと言っていた。
それがメディシノの使命。残されていた理由。
「ユール。ユールはメディシノについてどれぐらい知ってるんだ?」
『プリーギの治療者ってことぐらいよぉ。あたし、メディシノが封印されていたなんて知らないものぉ』
知らないのか。
「メディシノはさ。なんで、迫害されて人間に殺され続けながらも、治療を行い続けて来たんだ?」
『それが真空の大精霊との約束だからぁ。だから、あたしたちはぁ、メディシノに味方するのぉ。……どれだけ、人間が嫌いでも、人間から嫌われていたとしてもねぇ』
「人間が精霊を嫌うなんて有り得ない」
『ふふふ。エルは精霊が好きだものねぇ』
「その約束を忘れれば、メディシノは自由なんだな」
『そうねぇ。きっとロザリーは、約束の意味を知っているでしょうからねぇ』
そこまで拘束力を持つ約束?メディシノとして治療を行うことが。
それなら、記憶を取り戻したロザリーがとる行動って……。
ロザリーが目覚めたのはジェモの二日。
それから今まで、のんびりリリーが着てる服を作りながら生活してたんだろう。
記憶を取り戻さなければ、ロザリーはずっと、そんな生活を続けてられたってことだよな。
アレクの傍で。
※
夜。
今日の夜間の護衛はシールか。
「エル、どこに行くんだ」
「アレクのとこ」
「主君はもうお休みだ」
「用があるんだよ」
シールがため息を吐く。
「通りたければ通れば良い。駄目なら精霊が妨害するだろう」
通って良いのか。
もっと妨害されるかと思ってたけど。
ベランダを抜けて、宝物塔を通って、アレクの部屋へ。
ノックを二回。
「どうぞ」
起きてるのか。
部屋に入ると、アレクが紅茶を飲んでいる。
「今日、アレクが言ってた言葉の意味が分かった。ロザリーは今、どこに居るんだ」
「エルに届け物だよ」
「届け物?」
封筒を受け取る。
「短刀の鑑定結果?」
「リリーシアが持って来てくれたんだ」
リリー、城に来たのか?
短刀の鑑定結果は……。
およそ千年前。ルミエールの初期の作品で、作られた場所はメディシノ王国。
国王に献上されたもので、少なくとも全部で十二本あるものの一つ。
同じ形状で古代語の数字がナンバリングされたものが発見されており、ヴィヴィと書かれたものが見つかっている。
……ヴィヴィは古代語で十二だから、少なくとも十二本あるってことか。
短刀の中子……、柄も分解して中身も調べてくれたらしい。
中子に書かれていた文字は……。
一つは、古代語でツァヴィの文字。古代語で七か。
後は、ドラゴン王国時代の言語で書かれた言葉が二つ。
ルミエール。これは製作者の銘。
そしてもう一つが、ロザリー。
「あの短刀、ロザリーのものなのか?」
「そうだよ。リリーシアがロザリーに返したらしい」
だから現物がないのか。
「暗殺者の持ち物じゃなかったのか」
「ジェモの二日に初めて目覚めた後、彼女はまた眠りについたんだ。次に目覚めたのが、ジェモの十四日の深夜。彼女は宝物塔の五階から出て、そのまま階段を下り、渡り廊下に続く扉を開いたんだよ」
「暗殺者でもなんでもなかったのか」
「私は侵入者としか言っていないよ」
そういえばそうだったな。
実際は侵入者ですらなく、宝物塔でずっと眠っていた住人だったわけだけど。
「ん……?なら、なんでリリーに外部から侵入させたんだ」
もともと皇太子の棟に、暗殺者はおろか侵入者だって居なかったのに。
「侵入者とロザリーの存在を切り離さなきゃいけなかったからね。あの日、ロザリーではない外部からの侵入者が居たんだって証明しなければいけない」
「……今の、嘘だろ」
「どうしてそう思うのかな」
なんとなく。今の理由は建前に聞こえる。
「本当の理由は?」
「秘密」
「なんで言わないんだ」
「必要なくなったから」
「必要なくなった?」
「そう。……用事は終わりかな。もう休むと良い。明日中に仕事を終わらせないとキャロルの誕生日に休めないよ」
なんで、侵入者が存在したことを証明しなきゃいけないんだ?
侵入者。
いや。暗殺者だ。暗殺者が居ることの証明。
皇太子の命を狙う人間の存在の証明。
ってことは……。
でも、その理由が無くなった?
「ロザリーは今、どこに居るんだ」
最初に聞いたのに。
「ここに居ないんだな?」
「居ないよ」
「王都を出たのか」
「そのようだね」
なんで、行かせたんだ。
「まだ会ってないのに」
「そうだったね」
「いつになったら紹介してくれるんだよ」
「残念だけど、もう紹介することはできないね」
メディシノとして目覚めたロザリーがとる行動は、プリーギの感染者の治療。
ロザリーは、王都の治療が済めば、別の場所の感染者の治療に行くんだろう。
そして、治療薬が開発されたことを知っているなら、治療方法の確立された王都には二度と戻らない。
「それで良いのか」
「コーヒーでも淹れようか」
アレクが立ち上がって、サイフォンを準備する。
間もなく、コーヒーの良い香りが漂う。
アレクがテーブルの上に、淹れたてのコーヒーを二つ並べる。
「エル、正しさの話しをしようか」
「正しさの話し?」
「物事の正しさを決めるものは何か」
「何が正しいかを決めるのは自分だ」
「そうだね。エルならきっとそう言うと思ったよ。でも、それは世間一般には間違っている」
「なんで?」
「ある若者が、貧しさ故に一つのパンを盗んだ。これは正しい事か、間違っている事か」
何の話しだ?
「それだけじゃ判断できない」
「それだけで、どちらか選択しなければならない」
「間違ってる。盗みを認めることはできない」
「そうだね。一度その盗みを認めてしまえば、他の多くの人が、どんな理由であれパンを盗むことは正しいと判断してしまう。それは社会にとって良くないことだ。だから、私は盗みを認めてはいけない」
「それが法だろ?」
「じゃあ、貧しい人間ならばパンを盗むことを許可する、と私が言ったらどうする?それは正しいことか。間違っていることか」
「間違ってる」
「不正解。正しい事なんだ」
「なんで?」
「それは、私が皇太子だからだよ」
「……貧しさの判断は?盗まれたパン屋の扱いはどうするんだ」
「そうだね。国民は疑問に思うだろう。けれど、私が許可を出した時点で、それは正しいものとなり、行って良いものと判断されるんだ。故に、私は間違ってはいけない。多くの人が納得する正しさを示し続けなければならない。何故なら、国家において、トップに立つ人間こそが物事の正しさを決めるからだ」
そうかもしれないけど。
「従うかどうかは個人の自由だ。全員が従うなら牢に入る人間なんて一人も居ないぞ」
「法の存在を理解しているなら、牢に入る人間もまた、自分の間違いを認めているものだよ。自分の行いが正しいと信じていても、社会の正しさには勝てないということをね。法とは集団の暴力だ。正しいと信じている人の数が多い方が勝つ。そしてそれを扇動できるのが国家の権力者なんだよ」
「法のトップに立つ人間の言葉と思えないぞ」
「世の中は一つの言葉では表せないことの方が多いのに、言葉で善悪を仕分けようとするから矛盾が生まれるだけだよ。そしてまた、善悪の指標がなければ集団としてまとまって居られないのが国家だ。パンを盗むことによって飢え死にする予定だった子供たちを救ったとしても、それはただの罪人。一人の罪人が裁かれることによって街の平和と正当性が保たれるシステムが、法であり国家だ」
「どっちの味方なんだよ」
「私は罪人を裁く側の人間だ」
正しさの指標でなければならないから?
「だから、ロザリーの行動を止めることはできないし、ロザリーを追いかけることもしないって言いたいのか」
「彼女の行動は、国にとってプラスになる。私が物事を判断する基準は、自分にとってメリットがあるかの判断以上に、国にとってメリットがあるかも判断しなければいけないんだ」
「くだらない。……で?その件は罪人を裁いて終わりか?」
今の、例え話しじゃないだろう。
「当然だよ」
「本当に?」
「気になるなら調べてみれば良いんじゃないかい。彼がその後どうなったのか」
アレクが城を抜け出して地方巡りしてた時の話しなんだろう。
アレクが自分の気に入らない現実を放置するなんて考えられない。それで終わったとは思えないけど。
「そういえば、城を抜け出してた目的が遺跡巡りだったってレイリスから聞いたぞ」
「城を出た目的は、国中の地方政治の現状を視察することだよ」
それが、国にとってメリットのある行動。
「それなら遺跡に行く必要はないだろ。ロザリーを目覚めさせる方法を探してたのか?」
「ついでだよ。ロザリーを見つけたのがドラゴン王国時代の遺跡だったからね。他の遺跡に何か手がかりがあるかもしれないと思って探していたんだ」
自分の本当の目的は二の次だって言いたいのか。
どっちがついでかわからないけど、実際、国中を巡って地方政治や、ギルドの討伐依頼等に関わって歩いたのは事実で有名な話しだ。
「何か見つかったのか?」
「全く。そもそも関係なかったようだからね。メディシノ王国は、単に棺の保管場所として遺跡を使っていただけだ。後世にも長く残りそうな頑丈な建物だったから、利用したのだろうね」
「確かに、今も地下部分がしっかり残ってるみたいだったからな」
「ドラゴン王国時代の終わりの天変地異を生き抜いた建造物だからね」
「天変地異か……」
そういえば、あれって、もう要らないよな。
「ロザリーを婚約者にって話しは、自分の我儘じゃないのか」
「吸血鬼種の迫害を止める方法の一つだよ。アルと一緒に話していた内容、聞いていただろう」
「ロザリーを婚約者にするのはそのついで?」
「もう居なくなってしまったから、別の婚約者を立てるしかないけれどね」
「吸血鬼種なんてどこに居るんだ」
「エルが黒髪になって私の傍にいてくれれば十分だよ」
「俺はお前の嫁になる気はないぞ」
「皇太子の婚約者が吸血鬼種という事実が成立し、国中に知れ渡れば十分なんだ」
「で?お前と本当に結婚するのは誰になるんだよ」
「そうだね……。今年が無事に終われば、考えても良いかな」
「どういうことだ?」
「私がもらったポラリスの予言に関係のあることだよ。私が今まで婚約者を作らなかったのも、結婚をする気がなかったのも。予言のことが気がかりだったからだ」
「予言?」
「聞きたいかい」
「予言って、他人に話しちゃまずいんだろ?」
「最初の部分だけならつまらないから話してあげよう」
「最初の部分?」
「あなたは、多くの人を引き寄せる。そして、その能力でこの国をより発展させるだろう」
「君主らしい予言だな」
「でも、続きがあるんだ」
「教えて」
そこまで言われたなら引き下がれない。
「しかし、あなたがこの国の君主となることはない」
「え?」
「大陸を覆う地震が起き、不治の病が流行り、古い力が復活し、大地から伸びた手が世界を終わりに導く。終わりを延ばしたければその命を捧げよ」
「なんだよ、それ」
「地震と病はもう起ったね。古い力とは紫竜フォルテのことだとも考えられるけど、順番が違う。病の流行は、フォルテの後で間違いないからね」
「そんなのんびり話すことかよ。ポラリスの奴、変なこと言いやがって」
「ポラリスが予言を違えたことはないよ」
「大地から伸びた手って、どう考えてもアンシェラートが地表に出ることを示唆してるんじゃないのか」
「そうだね。でも、それは私が止められるようだよ」
「終わりを延ばすだけだろ。救いようのない予言だ」
「そうかな。知っているのと知らないのでは違う。病の流行は止められたよ。次は古い力の復活を止めれば良い」
「見当はついてるのか」
「まったく。だから遺跡を調べているんだ。古い力が眠って居そうな場所をね」
「転移の魔法陣?」
「エルは、あれが何の力で動いているかわからないと言っていたね」
「あれを動かしてるのが、予言の古い力だって言うのか?」
「その可能性を考えてる。タイミングが良いじゃないか。エルが遺跡を探索に行った時に、魔法陣の情報をくれる女性が現れるなんて」
確かに。
エレインが居なければ、あの魔法陣を起動する言葉なんて知りようもなかった。
「私の予言はね。前半部分と後半部分で内容がぶつかるんだ」
「この国を発展させるのに、逆のことが起こるから?」
「そう。だから、私はあまり王都を離れないべきなんだよ。多くの人を引き寄せる存在なら、一つの場所に留まっていた方が良いだろう」
「だから、ロザリーを追いかけないのか」
「そうだね」
「アレク。俺はお前を外に出せるぞ」
「エル、私の話しを聞いていたかい」
「それとこれとは別問題だ」
「今、私が王都を離れることはできない。いつ紫竜フォルテがやって来るかわからないからね。ドラゴンがやってきて私が対応しなければ、国民は不安に思うだろう」
そういえば、大晦日にドラゴンを追い払ったのはアレクってことになってたな。
「王都を守るのはお前一人じゃない。ドラゴン一匹ぐらい他の連中がどうにかする」
「流行病の件で、父上を相当怒らせてしまったから、エルが手伝ってくれても、城から抜け出すのは難しいかな」
「そんなに見張られてるのか」
「陛下の近衛騎士がうろついているし、私の周りに居る精霊が、全員私の味方とは限らないんだ」
見張り役も紛れ込んでるのか。
「魔法陣は?」
「転移の魔法陣のことはばれてるからね。杖の使用は禁じられているよ」
用意周到だな。
「じゃあ、自力で抜け出すしかないな。近衛騎士を撒くぐらいできるだろ?ツァレンたちに協力してもらえ。精霊だって全員置いて行けば良い」
アレクが笑う。
「大丈夫。気持ちだけでも嬉しいよ」
「違う。好きな人が居るから協力してほしいって言ったのはお前だぞ。協力するから、ロザリーを追いかけろ」
「エル、」
「約束しただろ。どこにでも連れて行くって。今、一番行きたいのはどこだ」
「困ったね。私は城を出ないよ」
「天変地異を起こす」
「天変地異?」
「あぁ。だから、騒ぎに乗じて逃げろ」
シャルロに協力してもらおう。
カミーユももうすぐ帰って来るはずだし。
それから、リックにも。
「決行は夜。いつの夜かはわかるだろ?」
「私が本当に行くと思っているのかい」
「思ってるよ」
「エルは本当に人の話しを聞かないね」
「聞かない。俺はいつも自分が正しいと思った事しかしない」
「行かないよ、エル」
「あぁ。わかったよ」
さて。準備するか。




