31 二重の意味
「おい。もう一度言ってみろ」
「病気なら治ったよ」
「どういうことだよ」
「薬が完成したなら、王都の感染者の治療も今日中には完了するだろうね。王都周辺の街の感染者の報告書がこれ。今、冒険者ギルドを通じてラングリオン全土に病の周知を行ってもらっている。エル、遺跡の調査結果をまとめたら、薬を持って感染者の治療に行っておいで」
「今から?」
今日はヴィエルジュの十三日。
「十五日は休むって言っただろ」
「出発はその後で良いよ」
重症患者の報告はないんだよな?これ……。
「ドラゴンの報告は?」
「有用な報告はないよ」
「ニゲルを探してくれってルーベルから頼まれたんだ」
「全部に目を通したいなら、アニエスに書類を準備してもらうと良い」
「どうやって治したんだ」
『あたしも知りたいんだけどぉ?』
「医者に治療してもらっただけだよ」
「医者?」
『医者って……。まさか、メディシノ?』
「メディシノ?」
って。アルファド帝国時代に南にあった吸血鬼種が治めていた王国……。
『お前と同じ、吸血鬼の血を引く人間のことだ』
「真空の精霊と契約している、黒髪にブラッドアイの女性だよ」
真空の精霊。
そういえば、ユールの補助が必要な治療方法だったな。
「治療を行えるのは、真空の精霊と契約している吸血鬼?」
「吸血鬼ではないよ。全員、元は治療者だ。吸血鬼は、治療を行い続け、血への欲求に勝てなくなった治療者のなれの果てだからね。その創始者が誰であったかは言うまでもないだろう」
「……あぁ、そういうことなのか」
全部繋がってるのか。それは。
そして、俺も確実にその血を引いてる。
だからユールは、今王都で治療を行えるのは俺だけって……。
「ん?待てよ。王都で黒髪にブラッドアイの女性って。クロエか?」
「その通り」
『どうしてメディシノがこんなに都合良く現れるのよぉ』
「遺跡の調査結果の報告は?」
そっちが先か。
「わかったよ。今、作成する」
「報告書にも書いておいてくれるかい。スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタードの意味は、封印・解除・中心・転移という意味らしい」
知ってるのか。
「じゃあ、コールポ、プピーオ、ナイリ、コッロは?」
「知らないな。リリーシアに聞いてみると良い。さっきの言葉の意味も彼女から聞いたんだ」
「え?リリー、ドラゴン王国時代の言語に詳しいのか?」
「これは、セルメアの古い言葉でもあるんだ」
「セルメアの?」
セルメアの古い言葉なんて知らない。
結構変わった言語だったと思うけど。
「セルメアの古い言葉のルーツはメディシノ王国。メディシノ王国はたぶん、ドラゴン王国時代の古い言葉を復活させて使っていた。メディシノ王国建国当初の言語は、アルファド帝国と同じ、私たちが知るドラゴン王国時代の言語だが、後にメディシノ王国の公用語として使われるようになったのは、私たちの知らないドラゴン王国時代の言語であることがわかっている」
「わざわざ復活させたってことは、メディシノ王国の人間は転移の魔法陣を使っていたのか?」
「エルはそう思うのかい」
だって、そうじゃなきゃ古い言葉を復活させる理由が……。
いや。
「コールポはグラシアル、プピーオはクエスタニア、ナイリは竜の山、コッロは砂漠に飛ぶんだ。セルメアに飛ぶ魔法陣が存在するかわからない」
「そういえば、その言葉について教えてくれた人物が居たってイリスが言っていたね」
「名前はエレイン。間違えて俺の描いた魔法陣に出て来たんだ。転移の魔法陣の実験についても報告書にまとめておく」
「容姿は?」
「緑の髪に茶色の瞳」
「緑?……意外だな。吸血鬼種と同じ容姿なのかと思ったけれど」
本当に。黒だったら、かなり確信を持って言えるんだけど。
エレインの故郷がメディシノ王国と何らかの関わりがあるって。
でも、メディシノ王国で暮らしていた人間が、すべて吸血鬼種だったわけではないはずだ。統治者が吸血鬼種で、黒髪やブラッドアイを迫害しなかった国ってだけで。
「カミーユが明日か明後日に連れて来るよ。会いたければガラハドに言えば良い」
「ガラハドに?」
「故郷の恩人らしいぜ。ガラハドに会いたくて転移の魔法陣で飛んで来たんだ。……帰る時も転移の魔法陣を使わなくちゃいけないらしいから、身元を保証して遺跡に入れるように取り計らってやってくれないか」
「彼女が遺跡に自由に出入りできるように通達し、許可証を発行すれば良いのかな」
「あぁ。頼むよ」
「できればしばらくラングリオンに留まって、転移の魔法陣についていろいろ教えてもらえると助かるのだけどね」
「何も知らないみたいだったぜ。本当にただの移動手段としてしか認識してなかったみたいだ。俺たちに教えたのだって、あれがどれだけすごいものか、わかってないからだ」
「ガラハドは彼女のことを覚えているのかな」
「覚えてるんじゃないか?ガラハドから馬術と弓術を習ったって言ってたから」
「それなら覚えていそうだね」
「あぁ。……っていうか、報告書に全部書くぞ?今の内容」
「エレインの名前は出さなくて良いよ。魔法陣の使用方法については、カミーユの研究チームが読めるレベルで別紙にまとめておいてくれるかい」
「了解」
本当は、ある程度内容をまとめながら帰って来るつもりだったんだけど。
調査が終わって帰ろうと思った日に呼び出されたんだから仕方ない。
「そういえば、全く検証してないことがあるんだけど、少し付き合ってくれないか?」
「何かな」
「俺がここに飛ぶ時、アレクの魔力を使ったのか?」
「使われた気はしないよ」
「俺も一切使ってないんだ」
「以前、使った時はどうだったのかな」
「ドラゴンから落下中にアレクに呼んでもらった時は、自分の魔力を使ったと思う。距離が短かったから自信はないけど。俺の家から書斎の前に飛ぶ時は、かなり魔力を使った実感はある」
「そんな実験もしていたね」
「だから、遺跡から王都に飛ぶなら、それ以上魔力を使うって覚悟してたんだ。でも、それ以前に、王都までの位置が把握できなかった」
「精霊が居れば把握は出来るんだったかな」
「あぁ。グラシアルの魔法陣で転移先を把握するには、氷の精霊が必要だった。だから、砂の精霊が居れば把握できたのかも」
「じゃあ、今回は違う方法を試したんだね」
「スタンピタ・ディスペーリ・リリーシア・メタスタード」
「リリーシア?」
「そう。リリーには俺の力で作った指輪を渡していたんだ。だから、あれが目印になると思って呪文に混ぜてみただけなんだけど。……この言葉だけで魔法陣が発動し、自分の魔力を使わずにアレクの魔法陣に飛べたんだ。この言葉の意味がさっぱり分からないから、行き先の部分だけ変えて唱えてみたけれど、なんか変だよな」
「封印解除、行先、転移。封印解除の部分は少しわからないね」
「あぁ。俺もそこが引っ掛かる。なんで、魔法陣を使う最初の言葉が封印解除なんだ?」
魔法陣の封印を解除する?
……意味が解らない。
描いたのは自分なのに、なんの封印を解除するって言うんだ。
「後半部分は、ある行先に向かって転移するといった意味のようだけど」
「俺もそう思う。封印解除の意味は解らないけど。でも、セントオの場合は中心に向かって転移。リリーの場合はリリーに向かって転移。……これが本当なら、俺はあの時、王都に向かって転移、でも転移できたのか?そんなに適当な言葉が当てはまるものなのか?これ」
「実験に付き合おう。私が出口を描くから、好きな言葉で飛んでごらん」
「あぁ」
「杖をどうぞ」
ライーザから受け取った杖を持って、書斎の端に行き、転移の魔法陣の入り口を描く。
もう一方の端で、アレクが魔法陣を描いている。
「いいよ」
書き終わったアレクが、魔法陣の横に立つ。
「スタンピタ・ディスペーリ・アレクシス・メタスタード」
無反応。
「何も起こらないね」
「……なんで?」
アレクの名前じゃだめなのか?
じゃあ。
「スタンピタ・ディスペーリ・王都・メタスタード」
これも全くの無反応。
「おかしいな。そういえば、グラシアルの魔法陣と遺跡の魔法陣って結構違うんだよ。遺跡の魔法陣は、スタンピタ・ディスペーリって言った時点で反応したんだ。グラシアルの魔法陣は、全部言い終わらないと発動しないんだけど」
「エル、リリーシアで試してみよう」
「ここに居ないのに?」
「実験だよ」
「スタンピタ・ディスペーリ・リリーシア・メタスタード」
……え?
なんで?
転移する。
目の前に、アレクが居る。
「なんで、リリーが居ないのに。ここに飛んだんだ?」
「エル、魔法陣から降りて待っていてくれるかい」
「あぁ」
言われた通り魔法陣から出ると、アレクが俺の描いた魔法陣の方へ行く。
「スタンピタ・ディスペーリ・エルロック・メタスタード」
無反応。
「リリーシア・メタスタード」
「おぉ」
試してなかったな。
無反応だけど。
「スタンピタ・ディスペーリ・リリーシア・メタスタード」
魔法陣が発動する。
やっぱり、転移先の名前にメタスタードを加えるだけじゃ呪文として成立しないらしい。
封印解除って何だ。
少しの間をおいて、アレクが魔法陣に現れる。
「誰にでも使えるのかな。これは」
「砂の魔法陣だから、砂の精霊と契約している人間じゃないと使えないと思う。グラシアルの魔法陣は、必ず精霊の助力が必要なんだ。遺跡の魔法陣は必要ないみたいだけど」
「砂の精霊と契約できる人間は居ない。レイリスは砂の精霊を外に出す気はないからね」
もともと地上には存在しなかった自然だから?
「砂の魔法陣なら、出口を描いたままにしておいて平気なのかな」
「だめだ。エレインが失敗して俺の魔法陣に飛んで来たって言っただろ?出口の魔法陣は、それが何の力であろうと、出口として機能してしまうことが解ってる。行き先を指定してるにも関わらず、だ。その理由が判明しない限り、描きっぱなしにできない」
「それは残念だ」
「でも、なんでリリーの名前にだけ反応するんだ?リリーはラングリオンに何の所縁もないのに」
「彼女は黒髪だからね。ルーツがメディシノ王国にあるのかもしれないよ」
「転移の魔法陣はグラシアルにもあるからな」
メディシノ王国の人間がグラシアルに居たとしてもおかしくはないけど……。
「だから、メディシノ。クロエは何なんだ」
確か、前に聞いたクロエに関する情報は。
王国暦六百年、アレクがガラハドと旅をしている最中に、ラングリオンの南西で会った、記憶喪失の少女。
ん?ってことは、記憶を取り戻したのか?自分がメディシノと呼ばれる治療者だって。
「早く報告書を仕上げるんだね」
そうだった。
「気が散るなら出かけて来ようか」
「暇なのか?」
「暇じゃないよ。有能な秘書官がずっと留守にしていたのに」
「遺跡に派遣したのはアレクだろ」
「報告書を待ってるんだ」
「暇ならバイオリンでも弾いて」
「いいよ。報告書が完成したら妖精の踊りを弾いてあげよう」
「おぉ」
それはやる気が出るな。
※
……できた。
「壊されたガラスの棺と、首のない白骨」
作ったそばから読んでたのか。
「エル、このガラスを組み合わせていたのは金色の棒だったかい」
「あぁ。書き忘れてたな。……なんで知ってるんだ?前にも見つかったことがあるのか?」
「精霊が人間の魂と引き換えに、人の願いを叶えることがあるのは知っているね」
「あぁ」
「その願いの多くは、愛する者の復活だ。けれど、精霊が死んだ人間を蘇らせるには条件があるんだよ」
「条件?」
「そう。精霊は、リンの宿るものによって切断されたものは再生できない」
リン。境界の神であり、剣の神。
世界の始まり、根源の魂・オーを斬って神々とこの世界のすべてを最初に創った神。
故に、剣には必ずリンの力が宿ると言われている。
「だから、首を斬られた人間を復活させることはできないんだ。死刑の方法として斬首刑が使われているのはその為だよ。アルファド帝国最後の皇帝も、最後には首を斬られたね」
「ってことは、棺の中の相手を殺した人間は、相当恨みを持っていたってことか?」
「その恨みが、誰に向けられたものかはわからないけれど。ちょうどこれと同じものが、私の宝物塔の五階にあるんだよ」
「え?」
宝物塔に?
「中身は?」
「記憶を取り戻して、ようやく名前を教えてくれたんだ。彼女の名前はロザリー。プリーギに対抗できる完全な治療者、メディシノで、この病が再び流行った時に治療を行う為、ずっと眠っていたらしいよ」
『そういうことだったのぉ』
『メディシノに呪いをかけて、わざわざ残しておいたのか』
『誰がそんなことしたんだろうねー?』
「メディシノ王国の王が、極秘に行っていたようだね」
「アレク。お前、全部知ってたのか?この病がいずれ流行るかもしれないから、その為に、棺ごとロザリーを連れて来たのか?」
「私もそこまでメディシノについて知らないよ。彼女の棺を運んだのは、安全な場所に保管するように頼まれたからだ。できれば目覚めさせてやって欲しいとも」
「誰から頼まれたんだ?」
「秘密。……彼女を目覚めさせる方法が知りたくて、一度ポラリスを呼んで会わせたんだ。でも、ポラリスは時が来れば勝手に目覚めると言っただけで、多くは教えてくれなかった。だから、目覚めるまでずっと、城の中で保管していたんだよ」
「俺が知らないのは、ずっと眠ってたからか」
「そう。……ずっとね」
「いつ目覚めたんだ?」
「ジェモの二日。地震の影響で棺の蓋が開いたんだ。その日に一度目覚めて、そのまますぐに眠ってしまった。最近は体が慣れて、日常生活を送れるぐらいになったけれどね」
「で?ロザリーを婚約者にするのか」
「……記憶を取り戻したのは昨日なんだ。彼女は、この日のために。いつかまた治療者が必要になる日が来るまで、棺に封印されていたのだと言っていた」
メディシノ王国が、迫害され殺され続ける吸血鬼種を目の当たりにしてとった行動なんだろう。
いずれ同じ病が流行った時に、メディシノと呼ばれる治療者が必要だと思ったから。
「彼女には、呪いと封印がかけられていたんだ。眠りの呪いと、記憶の封印。記憶の封印の解除方法は、本人が、スタンピタ・ディスペーリ、つまり封印解除の言葉を唱えることだったんだ」
「え?同じなのか?」
「おそらく、この言葉は封印魔法を解く言葉だ」
じゃあ、魔法陣で同じ言葉が使われている理由って?
なんの封印魔法を解くんだ?
「何故、彼女に呪いと封印が施されたのか、私はもっと早くに気付くべきだった」
呪いと封印の理由?
「妖精の踊りを弾くんだったね」
「え?……あぁ」
アレク……?




