29 親子
『あ。エル、起きたのぉ?』
『良かった……』
『大丈夫か?』
「なんで、ベッドで寝てるんだ?」
周囲を見回す。
ここ、錬金術研究所の仮眠室だよな。
ベッドの脇にリュヌリアンとアレクの盾が置いてある。
『エル、どこまで覚えてる?』
「ん……?」
確か……。
転移の魔法陣で王都まで飛んで、研究所に来てルイスを治療して。
それから、アレクにショコラを飲まされて。
リリーに……。
「リリーは?」
『アレクと一緒に行っちゃったわよぉ』
「アレクと?」
なんで?
『戻ってこないから、どうなったのかわからないわね』
『リリーにはイリスがついて行ったから大丈夫だろう』
「……怒らせた?」
『え?』
『さぁ、どうかしらねぇ』
なんで、あんなことしたんだ。
思い出せない。
まるで……。
「ユール、俺は、吸血鬼の血を引いてるのか」
『エル……』
吸血鬼種の特徴は、黒髪にブラッドアイではなく。
ブラッドアイだけを指すとしたら。
『吸血鬼の血を引いている。そのブラッドアイが証拠だ』
『バニラ』
「俺の母親は吸血鬼種だ。別に今更なんとも思わないよ。この治療を行えるのが俺だけって言ったのは、王都でブラッドアイが俺だけだからだな?」
『正解よぉ』
やっぱり。吸血鬼と何らかの関係のある病気なのか。
『エル。この先、治療を行ってはいけない』
重症者ってルイスだけなのか?
『アレクから伝言だ。薬の開発が終わるまで帰って来なくて良いそうだ』
「……ん。わかった」
とりあえず、薬の開発が先だ。
きっと開発の最先端にいれば重症者のリストも見ることが出来るだろう。治療できる病気で死者を出したりなんかしない。
起き上がって、剣と盾を持ち、部屋を出る。
……なんか、静かだな。
カミーユの研究室にでも行ってみるか。
階段を上がって研究室の扉を開く。
「エル?」
あれ?
「エルロック。気づいたのか」
セリーヌ、アシュー、ノエル、ルードはともかく。
「ルイス。アリシアに、ロニーまで?」
なんで?ロニーがアレクの傍を離れるなんてないのに。
「はい。白衣ぐらい着てよ」
「ん」
荷物を置いて、セリーヌから渡された白衣を着て、眼鏡をかける。
「アレク、まだ研究所に居るのか?」
「居ないわ。陛下がお怒りで、連れ戻されてしまったの」
だろうな。
「エル。お願いだ。薬を作って」
「そのつもりだけど……」
なんだかいつもと違うな、ロニー。
「アレクが感染したんだ。猶予がない」
「は?……なんだって?」
「薬の開発を急がせるために、自分で病原を取り込んだんだ。このままじゃアレクが死んでしまう」
『本当に、どうしようもない皇太子ねぇ……』
「わかったよ。薬は絶対に作る。……ユール。知ってることを教えてくれ」
『いいわよぉ』
ユールが顕現する。
『ふふふ。よろしくねぇ。みんなのことはよーく知ってるからぁ。自己紹介は不要よぉ』
「真空の精霊と契約していたなんて」
『まずはぁ、簡単な説明ね。この病原の名前はプリーギ。血液中に入り込み、血液内で増殖し、やがて血をすべて透明に変化させてしまうのぉ。透明に変化したものは体外に排出されてぇ、見た目には汗をかいてるだけの状態になるわねぇ』
「他の症状と合併することはないのか?」
『ないんじゃないかしらぁ。健常者と同じだものぉ。でもぉ、高熱の人が感染すると、わかりにくいかもしれないわねぇ』
見た目の汗がどっちのものかわからないだろうからな。
「体外に排出された方は、病原を含まないみたいだよね」
『そうなのぉ?調べたことないからわからないわねぇ』
「さっきみんなで、汗の成分と血液の成分を比較してたんだ。それで、ようやく病原そのものを特定できたんだよ」
『流石、錬金術研究所の薬学のトップねぇ』
「カミーユが居ないけどね」
『……別にあんな奴、居ても居なくても良いわよぉ』
「?」
ユールはなぜかカミーユが嫌いらしいからな。
『プリーギが生きられるのはぁ、血液中と水中。でもぉ、水中だと増殖はしないし、一つの季節が過ぎる頃には死滅するでしょうけどねぇ』
「じゃあ、堀にプリーギが放たれたのって、少なくとも去年の夏以降ってことか?」
「違うよ」
「違う?」
「大晦日の日に、リリーシアが堀に飛び込んだの知ってる?」
「あぁ」
俺が堀に落ちたと思って、探してくれたんだっけ。
「その時、怪我してたらしいんだ。だから、リリーシアが感染してないってことは、その時点で堀にプリーギが居た可能性は低いんじゃないかな」
「じゃあ、立秋の朔日以降?」
「そうね。感染者の大半が感染したのって、立秋の朔日って話しだもの」
「毎年恒例の奴で一気に感染したみたいだな」
「毎年恒例?」
「エルは知らないんじゃないか?」
「知らないの?」
「何のことだよ。立秋の朔日って、陛下とアレクが新年の演説行う日だろ?」
「その日は、毎年大勢が城に詰めかけるんだ。一般人が近寄れるのは堀まで」
「知ってるよ」
「ってことで、毎年大勢が堀に落ちるんだよ」
「陛下とアレクシス様の顔が見たくて無理をするやつとか居て、すごいんだ」
「今年は確か、剣を振り回した人が居たんでしょ?三番隊とやりあったって」
「なんだそれ。セントラルの警備は一番隊だろ?」
「一番隊だけじゃ手におえないから、いつも二番隊と三番隊も警備に当たるのよ」
そんなにすごいのか。
「今年は堀の近くで酔っぱらいが暴れたらしいんだよ。剣振り回して、堀に突っ込んで行ったんだ。ガラハドが止めようとしたんだけど、そのまま一緒に堀に落ちて、それに続いてなだれ込むように堀に人が落ちたんだ」
「浮かれて堀に飛び込むやつが居るのも毎年恒例だからな。魔法部隊が引き上げを手伝ってたぜ」
「三番隊にも感染者が居るのか」
「結構居るわ。ガラハドもパーシバルも平気だったみたいだけど。その時怪我をしてた人だけが感染したみたいね」
「堀の上に居た人も堀の水を浴びたんじゃないかな」
「出血中じゃなく、かさぶたからでも侵入する?」
「その可能性があるわ。薬でちゃんと治療を行った人は平気みたいだけど」
「病状を訴える時期が似通ってるのは、感染時期が同じだからか」
確か、アレクは堀が凍った八日以降に急に流行ったって言っていた。
「聞き取り調査の結果を照らし合わせるとそうなるわね。他には血液感染が疑われるような事案が数件ってところよ」
「重症患者は何人だ?」
「十一人。輸血によって症状は改善してるわ。ルイスみたいに昏睡状態になってる人は、今のところ居ないようね」
感染が立秋の朔日で、病状が気になるほどになったのが八日前後だとして。
感染と同時に汗が流れ出る症状が出始め、感染が全身に回って汗の量が明らかに増えたと感じるまで、十日から十五日ってところか?
「ん?ルイスが感染したのは八日だろ?それで昨日……。十一日の夜に昏睡状態になったのはなんでだ?」
「それは……」
全員がルイスを見る。
「怒らないで聞いてくれる?」
俺が怒ることをしたんだな?
「ルイス。家に帰れ」
「嫌だよ。薬の開発に携わって良いって皇太子殿下から許可をもらってる。キャロルはオルロワール家にお願いしてるし、帰らないよ」
「だめだ。許可できない」
「エルロック。私もルイスが参加することには賛成だ。汗の成分が血液であることを誰よりも先に発見した子なんだ。優秀じゃないか」
「エル、お願い。手伝わせて」
「そうよ。手伝わせてあげたら良いじゃない」
「今すぐ研究所に入ってもやってけるぐらいの知識はあるぜ」
「最近の錬金術についてもしっかり勉強してるみたいだよ」
「心配ならそばに居させた方が良いんじゃないのか?」
「反対してるのはエルだけだね」
あぁ、もう。
「わかったよ。ただし、カミーユが来るまでだからな」
「ありがとう、エル」
「それから、徹夜は許可しない。ちゃんと夜になったら規則正しく寝る事」
「うん。わかったよ」
『じゃあ、話しを続けるわよぉ』
「ん」
『プリーギの消毒について話すわねぇ。あれが生きられるのは、血液中と水中のみ。乾燥、高熱、酸に弱いのぉ』
空気感染とかはしないのか。本当に血液感染か、汚染された水からの感染だけなんだな。
「高熱って何度ぐらいだ?」
『五十度ぐらいかしらねぇ』
案外低いな。
でも、人間が耐えられるような温度じゃないから、高温のお湯につかるって治療法は出来なさそうだ。
「感染源って堀だけなのか?」
「そのはずだよ」
「ナルセスが王都全体の水質を調べてるわ。現在の浄水設備でプリーギは殺せるようだから、水道に病原が出て来るってことはないみたいよ。河川については調査中」
「そうか」
『じゃあ、次。アリシア、エルの血液を調べてくれるぅ?』
「わかった。エル、腕を出せ」
「ん」
アリシアが注射器で俺の血を抜く。
『エルの血はプリーギを殺すのよぉ。ブラッドアイは、この病気には絶対に感染しないのぉ』
「試してみよう」
アリシアが、別の試験官に俺の血を垂らす。
試験管の中が血の色に染まる。
「本当だわ。血の色のまま変化しない。これって、病原菌に勝ったってことよね?」
「本来だったら、色が変わるのか?」
「透明になる」
ユールが言っていた体内で起こってる状況。再現できるのか。
本当に血液に過敏に反応するんだな。
「そして変化した血液は、体外に排出されるんだ。見た目には汗の様に」
「……なんで透明になるんだ?」
「さぁ?そういう病原なんだから仕方ないだろ」
『プリーギってぇ、浄化って意味らしいわよぉ』
「浄化?」
『リリーが詳しいのよねぇ』
「どこの言葉だ」
『セルメアの古い言葉らしいけどぉ?』
セルメアの古い言葉か。ラングリオンの古い言葉にも詳しいんだから、知ってるんだろう。
『あたしが知ってることって、こんなところかしらねぇ?』
「ん……」
俺の血がプリーギを殺すとしたら……。
「俺の血を感染者に輸血する方法ってないか?」
「血液型の違う血を混ぜるのは危険なんだ。合わなければすぐに死んでしまう」
「……だよな」
「じゃあ、とりあえず俺の血の成分について調べるか。病原を殺せるのは確実なんだし。病原を殺せる成分が何か特定しよう」
『エルに輸血できる人は存在しないのよぉ。無理しないでねぇ?』
「造血剤でも飲んでおけば大丈夫だろ。後、ロニー。この剣と盾を持って帰れ」
持っていたリュヌリアンとアレクの盾を降ろす。
「アレクを見張っておけよ」
「陛下がお怒りだからね。すでに見張られてるんじゃないかな」
「アレクの血液型を調べて、輸血の準備をしておいた方が良いだろ?」
「アレクは輸血を受けないって断言したんだ」
「は?……何言ってるんだよ」
「だから手伝うよ。定期報告をするように言われたから、何度か城に帰るけれど」
「あの馬鹿……。皇太子の自覚あるのかよ」
信じられない。
やばい病気って知ってるはずなのに。
「なんか、エルに言われたらおしまいだね」
「どういう意味だよ、ルイス」
「誰もが思ってても言えなかったのに。本当にエルの子供なんだな。ルイスは」
「おい」
「ほら、情報も整理できたんだし、薬の開発に取り掛かるわよ」




