24 西へ東へ
「いいわよ。一人で宿に残っていても暇だし、ついて行ってあげる」
「転移の魔法陣で飛べる場所を教えてくれ」
「……昨日、少し考えたのだけど。あなたたちって、転移の魔法陣のこと知らないのよね?」
「エレインが使ってるものに関しては全然知らない」
「言っても良いのかしら」
なんか、会った頃のリリーを思い出すな。
自分が持ってる情報の重要さに気付いてなかったのか。
「今更そんなこと言わないで教えてくれないか」
「うーん。まぁ、良いわ。だってあれは精霊が残してくれた遺産だもの」
「遺産?」
「そうよ。精霊の恩恵は皆が平等に受けるべきものだものね」
平和的な思考だな。
「私の故郷の場所は教えられないけれど、それ以外ならいくつか教えてあげる。コールポはグラシアル。プピーオはクエスタニア。ナイリは竜の山。コッロは砂漠に飛べるのよ」
カミーユがメモしてる。
「竜の山にも出られるのか?」
「そうよ」
それならローグが行く必要なかっただろうけど。
今から連絡しても間に合わないだろうな。
※
昨日の冒険者の同行は断って、カミーユとエレインと一緒に遺跡に入る。
「エレイン、これを持っていてくれないか?」
「なに?これ」
カミーユが自分の短剣をエレインに渡す。
「短剣だよ。丸腰で居るのは危ないから」
「短剣なんて、料理にしか使ったことないわ」
弓は使えても、短剣は使えないのか。
「頼むから持っててくれ。こんなところを武器も持たないで歩くなんて危ないからな」
「……わかったわ。あなたって、本当に良い人なのね」
「あぁ。悲鳴を上げたらすぐに駆けつけるぜ」
「怖くなったらあげることにするわ」
カミーユが、光の玉を杖に使って先頭を歩き、エレイン、俺の順に並んで魔法陣を目指す。
湖は、昨日と同じ状態のまま凍っていた。
「地下に氷があるなんて不思議ね」
「こいつが昨日、凍らせたんだよ」
「え?どういうこと?」
「魔法だよ」
「魔法?こんなことできるなんて、やっぱり精霊なの?」
「……違うって言ってるだろ」
何回言えばわかるんだ。
凍った湖の上を歩いて、転移の魔法陣へ。
「そう、これよ、これ!私が目指してたの」
「使い方は?」
「昨日言った呪文を唱えるだけよ。場所を選べるのはここだけなの。それ以外の場所だと、一度ここに来なきゃいけないわ」
これは特別な魔法陣ってことか。
「何人でも飛べるのか?」
「魔法陣の、この範囲に入っているものだけね」
エレインが示した円は、普通の魔法陣と変わらない範囲だ。
「入ってないと足だけ置いて行かれたりするのかい」
「そんな危ないものじゃないわ。飛べないだけよ」
グラシアルの転移の魔法陣は手を繋いでいれば飛べたけど。あれは、魔法を使う人間が居たからかもしれない。
あれ?じゃあ、何の力で飛ぶんだ?
これを描いた精霊が残した力……?
これってずっと昔からあるんだよな?だったら、その力が今まで残ってるっておかしくないか?
それとも、常にどこかから力を得られる仕組み?
……後で考えよう。
魔法陣の中央に立つ。どこに行こうかな。
「砂漠は、コッロだっけ」
「砂漠に行くのか?」
「砂漠に行くの?」
俺にとっては一番安全な転移先だと思うけど。
「一人で行ってくる。カミーユ、俺が帰って来れなかったら、適当に探索して帰れ」
「おい。ふざけんなよ?」
「あそこって何もないところよ」
『……ボク、残ろうか?エルが帰って来れなかったら呼び出して』
「ん。わかった」
イリスが顕現する。
「可愛い精霊ね」
『カミーユ、ボクがここに残るよ。エルが戻れなくなったら、エルはボクを呼ぶ。それで良い?』
「……わかったよ」
「じゃあ、使うぜ」
魔法陣の中央に立つ。
「スタンピタ・ディスペーリ……」
そこまで言った瞬間、魔法陣が光る。
「コッロ・メタスタード」
この感じ。
転移の魔法陣と同じだ。
飛ぶ。
砂漠。
懐かしい暑さと砂の匂い。
ここは?
砂漠の、どこだ?
周囲を見回しても、岩や石が転がっているぐらいで何もない。
街も見当たらないし。
魔法陣も砂に埋もれているみたいで、ほとんど形が見えない。
ちゃんと使えるんだよな?これ。
使えなかったら西に向かって進めば、いずれラングリオンに着くだろうけど。
……呼んでみようかな。
「レイリス!」
来ないかな。
砂嵐が舞って……。
「エル。なんで、こんなところに居るんだよ」
来た。
「どうやって……」
「呼ばれたから来てやったんだよ」
「……ありがとう」
レイリスが笑って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ここってどの辺?」
「なんだよ、迷子か?ここは砂漠の北方。月の渓谷から南東の位置だ。東に進めば港町が見えてくる」
あぁ、だいたいわかったかも。
「転移の魔法陣で飛んで来たんだ」
「転移の魔法陣?」
「ここにあるんだ」
砂の魔法で、足元の砂を飛ばす。
「なんだこれ?……俺が来る前のものか?」
レイリスが砂漠で知らないことがあるなんて。
「ってことは、八百年以上前のもの?」
「ここに来て、そんなに経ってたか」
時間の感覚ないんだな。
この魔法陣。さっき見たのと少し違うな。一応写しておくか。
「紫竜、ここにも来たんだって?」
「来たよ。追い払った」
「知ってるドラゴンだったか?」
「知るわけないだろ。俺が知ってるのは、ルーベル、ウィリデ、ニゲル、ケウス、アルブス、フラウムだよ。ケウスはアレクに殺されたけどな」
全部、オービュミル大陸に居るドラゴンだ。
赤竜ルーベル、緑竜ウィリデ、黒竜ニゲルは竜の山に、白竜アルブスは、グラシアルに、黄竜フラウムはクエスタニアに居るはず。
「精霊って、ドラゴンも殺しちゃいけないのか?」
「精霊が殺して罪になるのは人間だけだ。ドラゴンは関係ない」
やっぱり人間だけなのか。
「じゃあ、何で逃がしたんだ?」
「殺したらまずいから」
「どういう意味だ?」
「精霊が干渉してはいけないってことだよ」
詳しい内容は教えてくれないのか。
「メタスタードって意味わかるか?」
「精霊に人間の言葉を聞こうって言うのか」
やっぱり知らないよな。
「ドラゴン王国時代の言葉かもしれないんだけど」
「なら、アレクが知ってるんじゃないか?」
「アレクが?」
「ほら、あいつは遺跡めぐりしてただろ」
「遺跡めぐり?」
「城を抜け出して、ラングリオンの地方を回ってたじゃないか」
あちこちに行っていたみたいだけど、目的が遺跡めぐりだったなんて初耳だ。
「何か探してたみたいだぜ」
「何を?」
「それは本人に聞きな」
何探してたんだ?アレク。
……よし。描き終わった。
「アレクに伝言頼めるか?」
「伝言も何も。全部聞いてるぜ」
レイリスの碧眼を見る。
「メタスタードの意味は?」
「報告はまとめて受け取るって」
報告することはたくさんあるからな。
「ローグって竜の山に出発したか?」
「九日に出発したらしいぜ」
予定通りか。
「遺跡で見つかった魔法陣で、竜の山まで飛べるらしいんだ」
「便利なもんだな。……あぁ。行けるなら行って来いって。先に話しをつけて、ローグたちをからかってやれってさ」
「ん。わかった」
「ここからちゃんと帰れるのか?」
俺が帰った場合、どこに出るんだ?
エレインは、失敗して俺の魔法陣に出たんだよな?
……まぁ、どっちにしろ、あそこに出るなら問題はないんだけど。
「たぶん大丈夫。もう行くよ。……レイリスにも呪文を教えておくか?」
「魔法陣なんて人間のものだろ。俺は精霊だ。目印のある場所ならどこにでも転移できる」
そうだった。
「それで俺が呼んだらすぐに来たのか」
「そういうことだ」
「また来るよ」
「あぁ」
転移の魔法陣の中央に立つ。
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
転移する。
……完了。
「秘書官様?」
警備員が驚いてる。
やっぱり、こっちに飛ぶのか。
遺跡の入口に描いた魔法陣。
なんで?
「ちょっとした実験だから気にしないでくれ」
もう一度、遺跡の中に入る。
……暗い。
そうだ。あれ、使ってみるか。
「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」
目の前に光が浮かぶ。
『おー』
『カミーユの話しじゃ、光の精霊も光の気配もないような場所じゃ使えないんじゃなかった?』
『エルは何でもできるのよぉ』
『月の精霊の力を持ってるからだろう』
『なんだかよくわからないわね。月だか砂の精霊の力って』
俺だってわからない。
『地上には存在しなかった力だからな』
さて……。
少し整理してみるか。
グラシアルで俺が転移の魔法陣を描いた時、ソニアは間違えて俺が描いた方の魔法陣に飛んで来た。
エレインは、グラシアルに飛ぼうとすると失敗すると言っていた。
転移先の情報っていうのは、新しい魔法陣で上書きされてしまうのか?
もしくは、遺跡の魔法陣よりも、グラシアルの転移の魔法陣の方が優秀?
遺跡の魔法陣の特徴は大きくて細かい情報が多いこと。
グラシアルの魔法陣は簡略化されていること。
遺跡の魔法陣がオリジナルで、グラシアルの魔法陣はそれを改良したものだろうから、元は同じなんだろうけど……。
いや。あれは改良したものなのか?
遺跡の魔法陣の起動に必要なのは、呪文と転移先の名前だけ。それさえ知っていれば誰でも使える。使うのに、たぶん魔力も必要ない。
対してグラシアルは、使用者が魔法使いであることに加え、転移先を探すのに氷の精霊の助力が必要だ。
これは改良したとは言わない。
遺跡の魔法陣の方が高度なんだ。
グラシアルは、魔法陣を女王の魔力の入口と出口で繋いでいた。
オリジナルの魔法陣を動かしていた力がなんなのかわからなかったのか、わかっても使えないものだったんだろう。
そして、魔法陣に転移の場所情報は入ってない。
入れたくても入れられなかったのかもしれない。場所の情報を示す言葉の意味も、呪文の意味も分からないから。
結果として、グラシアルは最低限の情報を持った転移の魔法陣を、女王の管理のもとに使用する方法を開発したんじゃないのか?
遺跡の魔法陣は、転移の魔法陣どうしをどんな力で繋いでいるんだ?
水脈はあり得ないよな。この魔法陣に使われているのは、一方向ではなく、相互に移動可能な流れを持つ力だ。
そんなもの存在するのか……?
いや、それ以前に、エレインは転移の魔法陣が精霊の遺産と言っていた。
どうして精霊が、人間しか使わない転移の魔法陣を描いたんだ?
魔法陣って、本来は精霊の種類に付き一つしか存在しないものだ。光の精霊なら光の魔法陣。闇の精霊なら闇の魔法陣。
転移の魔法陣自体、どんな力なのかわからなくなっているのは、どの精霊の魔法陣なのかがわからないからだ。
精霊が人間の為に描いたなら、一体どの精霊が描いたって言うんだ?
転移の魔法陣は、グラシアルで見るまで一切見たことのない図柄だった。一般的に描く魔法陣とは大分構造が違う。
遺跡の入口に描いたのは、氷の精霊を示す古代語を、砂の精霊を示す古代語に変えただけのもの。
他の精霊の干渉が出来る魔法陣ってだけでも、少し違和感がある。
……なんなんだ?転移の魔法陣って。
※
『おかえり、エル』
「ただいま」
「おい、どっから来るんだよ」
「やっぱり上に出たの?」
「あぁ。……カミーユ、これと同じ魔法陣を横に描いておいてくれないか?」
「は?」
「人間が描いたらどうなるのか試してみたい」
「時間がかかるぞ」
「大丈夫。ちょっと行きたいところがあるから、頼んだぜ」
「またどこかに行くのか?」
「これ、砂漠の魔法陣写してきた」
写したメモをカミーユに渡す。
「少し違うな……」
「ちゃんと魔法陣が使えることが分かったんだから、イリスは連れて行くぞ」
『カミーユ、またね』
「次はどこ行くんだ?」
「竜の山」
「は?」
転移の魔法陣の上に乗る。
「あー、もう、わかったよ。早く帰って来いよ」
「……あなたも大変ね」
『本当に、同情するよ』
竜の山はナイリだっけ。
「スタンピタ・ディスペーリ・ナイリ・メタスタード」
竜の山のどの辺に飛ぶんだ?
転移。
到着。
「え」
『おー』
『……怖い』
『大丈夫よぉ』
『心配するな。精霊に手出しはしない』
『ボク、ドラゴンなんて初めて見たよ』
『私は見たことあるわ』
『ルーベルを?』
『アルブスよ』
クレアドラゴンの白竜アルブスは、グラシアルに居るからナターシャは見たことがあるんだろう。
今、目の前に居るのは赤竜ルーベルだ。
まさかドラゴンの目の前に出るとは思ってなかったな。
―「こんにちは。ルーベル。俺はエルロック」
話しを聞いてくれるかな。
―「聞いたことのある名だな」
―「別に有名人じゃない。ラングリオンの王都を襲ったドラゴンについて知っていたら教えて欲しい」
―「あれは古い竜だ」
―「神の台座から来たって言っていた」
―「神の台座に封印されていた竜だ」
―「今の居場所を知らないか?」
―「神の台座に帰ったのではないか。傷を癒すには最適の場所だ」
あんな極寒の地が?
―「そうは思えないけど」
―「そうか。ならば違う場所に居るのだろう」
場所は知らなそうだな。
―「なんて名前か知ってるか?」
―「フォルテだ」
紫竜フォルテ。
―「知り合いか?」
―「ケウスと同じ一族だ」
―「俺が背負っているカーバンクルはケウスのものだ。わかるか?」
―「同族ならばわかるだろう。同じ血の結晶だ」
やっぱり、フォルテが言っていた眷属の力っていうのはカーバンクルのことか。
―「ルーベルも、自分の眷属のカーバンクルの所在が分かるのか?」
―「古いドラゴンほど鼻は利かない。近くにあれば感じ取ることも出来るだろうが、探すのは難しいだろう」
―「フォルテは相当古いドラゴンなのか」
―「遥かに古い。……あれを殺すのならば覚悟することだ」
―「覚悟?覚悟ってなんだ?」
―「その知恵を持って考え、調べることだ。地上のことに我々が干渉すべきではない。忠告だけはしておこう」
殺すのに覚悟?
殺すのは難しいって意味じゃなさそうだよな。
……殺してはいけない?
レイリスも殺さなかった。
でも、あいつは俺たちを敵だって認識してたし。殺す以外の選択肢ってないんじゃないか?
―「色々教えてくれてありがとう。近い内に、ローグバルって騎士も、似たようなことを聞きに来るかもしれない」
―「来客が多いな」
―「よろしく頼む」
そういえば。
―「ここって、ルーベルの棲み処なのか?」
―「そうだ。ここの樹木は私の好物だからな」
樹木か……。
少し開けた場所まで歩いて、手をつく。
大地に向かって、魔法を……。
『エル、魔法陣を描け』
そうか。
荷物が多すぎるから、杖は持って来てないんだよな。
適当な枝を持って、大地の魔法陣を描く。
そして、大地に向かって魔法を使う。
山っていうのは、大地の力で満ち溢れてるな。
……いけっ!
周囲から、木々が生える。
あー。やばい。
やりすぎた。
『大丈夫?エル』
少し、くらくらする。
―「面白い技を使うな」
―「情報のお礼。好きなだけ食えよ」
少し休もう……。
―「ドラゴンの前で寝るとは、良い度胸をしているな」
―「敵意を持ってる人間の前で寝るよりよっぽどましだ」
―「おもしろい奴だな」
ここ、気持ち良い場所だな。
今度リリーと来よう。
―「エルロック。頼みがある」
―「なんだ?」
―「しばらくニゲルが戻らない。見かけたら竜の山に顔を出すように言って欲しい」
―「わかった。手が空いたら探してみる」
―「簡単に引き受けるのだな」
―「どうせフォルテ探しでドラゴンの情報は集まるんだ。その中にニゲルの情報も混ざってるかもしれない」
今のところ、ドラゴンに関して、良い情報が集まってるって話しは聞かないけれど。
そよぐ風が気持ち良い。
精霊の気配も多い。
……あぁ。精霊から木を生やす許可取るの忘れてたな。
怒ってる精霊も居なさそうだから、良いか。
※
転移の魔法陣、描き写しておかないと。
―「ルーベルは、メタスタードって、どういう意味か知っているか?」
―「その魔法陣を使う人間が良く語る言葉だな」
知らないか。
―「結構使われてるのか?これ」
―「頻度を言われても困るが。出入りするのは無害な人間ばかりだ」
エレインも使ったことあるのか?ここ。
……よし。描けた。
―「それじゃあ。ニゲルに会ったら言っておくよ」
転移の魔法陣の上に立つ。
―「エルロック。もし私の力が必要ならば、またここに来い。力を貸してやろう」
―「ありがとう」
精霊も、クレアドラゴンも。
昔の種族はみんな争いを望まないし、温厚だ。
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
転移。
……で。
「……お疲れ様です」
「あぁ。お疲れ」
やっぱりこっちに飛ぶのか。
消しておこう。
魔法陣を消して、別の魔法を込めて完全に崩す。
「そろそろランチのお時間ですよ」
「そんな時間か。サンドイッチとかあるか?」
「え?そんなものでよろしければ、キャンプにも準備があると思いますが……」
「ならそれを貰って行くよ」
「あの、本当に粗末なものですが、」
「サンドイッチだろ?ハムとサラダが入ってれば十分だ」
「……左様ですか」
カミーユとエレインにも持って行ってやろう。




