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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
24/149

23 好き嫌い

 キャンプに戻ると、騒ぎが起きている。

「だから!私は、何もしてないの!」

「そうは言っても、いきなり姿を現したんなら、何か魔法を……。あ、エル様、カミーユ様。お帰りでしたか」

「あ!」

 突然、緑の髪の女が俺に走り寄ってきて、抱き着く。

「離せよ」

 離そうとすると、相手が小声で言う。

「助けて。黙っててあげるから」

「はぁ?」

 何を?

「ちょっと失礼」

「何するのよ」

 カミーユが女の両手を掴んで俺から引きはがす。

「お嬢さん。お名前は?」

「エレイン」

「何があったのか教えてくれないかい」

「たまたま通りがかっただけって言ってるじゃない」

「通りがかった?」

 たまたま通りがかるようなところじゃないぞ。

 ここが国が管理する遺跡だってことは、街に立ち寄れば絶対にわかるはずだ。

「この娘は不法に遺跡に近づこうとしたらしいのです」

 エレインがカミーユの手を振りほどいて、俺の後ろに隠れる。

「近づこうとなんてしてないわ」

「警備の報告によると、突然姿を現したらしいんです。魔法を使っていたのでしょうが……」

 警備の前に、突然姿を現した?

 闇の魔法が途中で切れたって言いたいんだろうけど、まだ陽は落ち切ってない。闇の魔法で姿を隠すには向かない時間帯だ。

 となると……。

「私、魔法なんて使えないわ」

 カミーユと顔を見合わせる。

「彼女は俺が引き取る。構わないか?」

「秘書官様がそうおっしゃられるなら……」

「秘書官?」

「助けて欲しいんだろ?ついて来い」

「ありがとう!」

 エレインを連れて、カミーユと一緒にキャンプを出て、街を目指す。

 

「お前の知り合いじゃないんだよな?」

「知るわけないだろ」

「どうなんだ?エレインちゃん」

「なんでエレインに聞くんだ」

「ちゃん付けで呼ばないで。これでもあなたよりは年上よ」

「年上?」

 意外だな。

 年下かと思ったけど、そんなに変わらないのかもしれない。

「旅先で会った相手なんてすぐ忘れるだろ」

 少なくとも、緑の髪の女なら珍しいし、覚えてると思うけど……。

『初めて会うわよぉ』

『ユールは人の顔をよく覚えられるな』

『わかるわよ』

『ナターシャも得意なの?』

『オイラは苦手ー』

『ふふふ。コツがあるのよぉ』

『コツなんてあるの?慣れだと思うけど』

『イリスちゃんって本当に人間っぽいわよねぇ』

『……何それ。変な言い方。バニラは?』

『興味のない人間を覚えてどうするんだ』

『正論だな』

 人それぞれらしい。

「自己紹介、してもらえる?」

「俺はカミーユ」

「エルロック。エルで良い」

「カミーユとエルね」

「エレイン。年の話しをエル基準で考えてるならたぶん勘違いだぜ。エルは童顔だけど」

「え?……あなた、その……、精霊じゃないの?」

「は?」

 何言ってるんだ?

「エルは人間だ」

「嘘」

「俺はエルが子供のころからの付き合いだ。エルが精霊なわけないだろ」

「……そうなの?」

「そうだよ」

 エレインが口元を抑えて唸る。

「黙っててあげるって、そういうことか」

「そうよ。強い精霊が人間に化けてるんだと思ってたのに」

 エイダじゃあるまいし。

 っていうか。俺を精霊と勘違いしたってことは、リリーと同じ?

 女王の娘にエレインなんて名前はなかったし、そもそもあそこに住む女性は名前に特徴があったはずだけど……。

「お前、精霊の光が見えるのか?」

「精霊の光?」

 違うらしい。

「なんで俺が精霊だなんて言ったんだ?」

「……勘?」

「なんだよそれ」

「今まで精霊と人間を間違えたことなんてないわ。あなたって、すごく精霊っぽい」

 精霊っぽいってなんだ。

『イリスは人間っぽくて、エルは精霊っぽいんだねー』

『変わった子ね』

『ボクのことは見えてないみたいだよ』

 見えてないのか。

 声も聞こえてなさそうだし、女王の娘じゃなさそうだな。

 ……っていうか、イリス。勝手に俺から出るなよ。

「なんで転移の魔法陣が使えるんだ?突然遺跡の入口で姿を現したのって、転移の魔法陣を……」

「そうよ。どうして、私、あんなとことに……?」

「転移の魔法陣で来たんだろ?」

「あれ、転移の魔法陣なの?なんであんなところにあるの?」

「描いたからだよ」

「描いた?やっぱり精霊なの?」

「どういうことだよ」

「転移の魔法陣は精霊じゃないと描けないでしょ?」

 話しが、かみ合わない。

「君の知ってる転移の魔法陣について教えてくれないか。俺たちもまだ詳しく知っているわけじゃない。グラシアルの……」

「え?ここグラシアルなの?私、ラングリオンを目指してたんだけど……」

「ラングリオンだよ」

「そうよね。良かった。……え?だから、どうして私、こんなところに出ちゃったの?私が目指してたところと違う……」

「勝手に出て来たのはお前だろ?」

「私だって、あんなところに出るつもりじゃなかったわ」

 あれ?そういえば。

 俺が初めて魔法陣を描いた時も、ソニアが間違えて転移して来たよな?

 ってことは、エレインも近くにある魔法陣に飛ぼうとして失敗した?

「二人とも、夕飯でも食べて少し落ち着こうか」

「私、お腹空いてないわ」

「デザートぐらい食べたらどうだい」

「甘いものは好きじゃないの」

「エル、同志みたいだぞ」

「エレインって女じゃないのか?」

「どういう意味よ」

「あー……。あんまり気にしないでやってくれ。こいつ、馬鹿だから」

「そのデリカシーのない感じが精霊っぽいわ」

『失礼しちゃう』

 俺の精霊は、俺よりも優しいし気を使ってくれるけど。

『でりかしー?』

『そう言われても仕方ないよね』

『エルは優しいわよぉ』

『うん』

『あの子、なんでエルを精霊と思ったのかしら』

『共鳴しやすい体質なんだろう』

 共鳴。

 精霊の存在を感じる力が強いってことか。

 そもそも俺の力は精霊の力だし、こんなに精霊を連れていれば、精霊の存在を強く感じてもおかしくない。

 普通、魔法使いかどうかなんて、精霊を体に隠している限り、共鳴しても簡単にはわからないと思うけど。

 

 ※

 

 宿に戻って、少し遅い夕食を取る。

「本当に食べないのかい」

「私を太らせたいの」

「良く食べる女の子の方が好みだよ」

「……そんなに言うなら、サラダぐらいなら貰ってあげる。チーズも嫌いなの」

「ナッツは?」

「それぐらいなら」

「好きな食べ物は?」

「トマトよ」

 トマトか。

 そういえば、まだ持ってたな。

 トマトのキャラメルを出して、エレインに渡す。

「何?これ」

「トマトのキャラメル」

 不審そうに匂いを嗅いだ後、エレインがキャラメルを食べる。

「美味しい。……すごく美味しい、これ」

「本当にトマトが好きなんだな」

「欲しいならやるよ」

 持っていたのをテーブルの上に置く。

「色んなのがあるの?」

「後は、コーヒーとシナモン」

 エレインがコーヒーを食べる。

「少し苦い」

「コーヒーは苦手かい」

「砂糖を入れれば飲めるわ」

 甘いもの好きじゃないって言ってなかったか?

 やっぱり女の子なのかな。

 エレインが続いて、シナモンを食べる。

「私の知ってるシナモンじゃないわ」

 シナモンだと思うけど。

 エレインは赤いトマトのキャラメルだけを手に取る。

「これだけもらっても良い?」

「いいよ」

 残りを集めて仕舞う。

 また作ってもらおう。

「で?落ちついたところで、転移の魔法陣について知ってることを教えてくれないか?」

「私、詳しくないわよ。精霊が描いたもので、昔からずっと同じ場所にあるってことぐらいしか」

 だから、俺が描いたって言った時に、やっぱり精霊なのかって言って来たのか。

「使うには呪文を唱えるのよ」

「呪文?」

「スタンピタ・ディスペーリ、って言ってから、転移先を言って、メタスタードって言うの」

「待ってくれ、メモする」

 カミーユがメモ紙を出す。

「スタンピタ・ディスペーリ・転移先・メタスタードよ」

「今回の転移先って、なんて言って来たんだ?」

「セントオ」

 つまり、スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード。

「いつも最初はセントオに飛ぶの。それから移動先を決めるの。セントオはラングリオンのどこかにあるはずなんだけど……」

「それって、この魔法陣かい」

 カミーユが遺跡で写した魔法陣を見せる。

「そうよ、これ。これに飛ぶはずだったの」

「やっぱりあれは、一つの地点から複数の地点を繋いだ魔法陣ってことか」

「しかも、入口と出口兼用っぽいぜ」

 グラシアルの転移の魔法陣よりも大きくて情報量が多いのは、移動先の情報がすでに書き込まれているからだ。

 たぶん、描きこまれている場所の、相互の地点間移動を可能にしている。

「?」

 わかってないな。

 グラシアルの魔法陣を知らないのか?

 っていうか。本当は遺跡の魔法陣に飛ぶはずが、失敗して俺の魔法陣に出て来たんだよな?

「転移の魔法陣って、グラシアルにもあるのか?」

「あるわ」

 やっぱり。

 グラシアルは、同じ魔法陣を発見して、その魔法陣を改良して独自の転移の魔法陣を作り出したんだ。

「グラシアルに飛ぶ時は、今回みたいな失敗はしないのか?」

「失敗した人が居るみたい。だから使ってないわ」

 エレインが失敗したのと同じようなことが起きてたってことだよな。

 グラシアルの転移の魔法陣の方が、より強い力を発揮する?

「だから怖かったの。変なところに飛んで、捕まって。殺されるかと思ったわ」

「殺されたりはしないだろ」

「しないの?」

「ラングリオンでは、盗掘で死罪になんてならないよ」

「そうなの。……良かった」

 魔法陣から出てくるのが、まさか魔法も武器も持たない女だとは思わなかったからな。

 少し悪いことをした。

「どこから来たんだ?」

「……遠いところ」

 言いたくないのかな。

「どこに行くつもりだったんだ?」

「ガラハド様を探しに来たの」

「ガラハド?」

「知らない?有名な傭兵なんだけど……」

「知ってるぜ」

「どういう関係なんだ?」

「故郷の恩人よ」

 ガラハドなら、そんな武勇伝をたくさん持ってそうだな。

「今はラングリオンの王都に居る」

「そうなの?そこって、ここから近い?」

「近いよ」

 転移の魔法陣で飛んで来たから、ここがどこかわからないのか。

 遺跡の魔法陣だって、どうせ地下で利用してるんだから、現在地がどの辺かはわからないよな。

 地図を取り出して、テーブルに広げる。

「ここが王都。で、俺たちが居るのはここ」

「近い。すぐ着きそう?」

「馬なら二日。歩くなら倍以上かかる」

 中継になる街を選ぶと……。

「この辺りは定期馬車を出してないから、この街道を歩いて……、六日かかるな」

「ありがとう」

「か弱い女性の一人旅なんてお勧めしないぜ」

「一緒に行ってくれるんじゃないの?」

「王都まで一緒に行っても良いけど……」

「俺たちは遺跡の探索に来たんだよ」

「遺跡って、さっきの場所?」

「そうだよ」

「いつまで居るの?」

「明日丸一日探索して、明後日に出発ってところか?」

 十五日までに帰るなら、そんなところか。

「王都に行くまで待ってるわ」

「あぁ」

「エル、安請け合いするな。俺たちは馬で移動してるんだぞ」

「適当な冒険者に相乗りを頼めば良いじゃないか」

「馬なら乗れるわ。どこかで借りられないかしら」

「乗馬の訓練を受けてるのか?」

「弓と乗馬はガラハド様に教わったの」

 それで懐いてるのか。

 面倒見の良いところがガラハドらしい。

「わかったよ。馬なら厩舎があったから借りられるだろう」

「ありがとう」

「その代わり、転移の魔法陣についてもう少し教えてくれると助かる。王都に来たら、俺の研究を手伝ってくれないか?」

「そんなに知らないけど。ガラハド様に会った後なら良いわ」

「助かるよ。じゃあ、面倒な話しはこの辺にしておいて、ゆっくり飲もうぜ」

『メラニー、忘れない内に報告しておこう』

『そうだな』

 遺跡探索の結果か?

『冒険者の未探索部分で白骨を発見した』

 白骨?

『人間のものかどうかの判別はつかなかったが。でも、人間ならば、棺にも入れず、埋葬もされていないのはおかしいだろう』

 なんで遺跡にそんなものが?

 ……気になるな。

 

 ※

 

 カミーユと一緒に部屋に戻る。

「どう思う?」

「謎の美女だなぁ。年と誕生日を聞き忘れた」

 そんなに重要な情報か?それ。

「ガラハドに会いに行くって、所在を知らないまま探しに来たみたいだ。しかも、旅をするような装備は一つも持ってない。武器も持っていないなんて今時珍しい」

「確かに、それは妙な感じだったな」

「しかも、魔法を使えないのに転移の魔法陣を使えるなんて」

「嘘かもしれないだろ」

「魔法使いかどうかは、リリーに会わせればわかるよ」

「そうだな。でも彼女は、転移の魔法陣を使う方法は、呪文の詠唱と言っていた。呪文の詠唱によって魔法を使う方法は魔法研究所がずっと研究している分野だ。簡単な魔法ぐらいなら、詠唱によって使えるんだぜ」

「カミーユも?」

「そうだな。俺は炎の精霊とは契約してないけど……。ちょっと、お前の炎の精霊をこの辺に出してくれないか」

『僕、カミーユの側に行けば良いの?』

 アンジュ。

「あぁ」

 顕現の指示は出さなくても良いのか?

「温度を上げる神に祝福された炎の源よ。熱気の眷属よ。我に応え、その力をここに。フラム!」

「おぉ」

『おー』

『本当に?』

 カミーユの指先に炎の玉が出来る。

「とまぁ、こんな感じだ」

「本当に精霊なしで魔法を使ったのか?」

 カミーユが息を吹きかけて炎を消す。

「呪文の詠唱による魔法を使うには、魔法使いの素質が必要みたいだけどな。まだまだ実験段階だ。自然は色んな力に満ちている。それに働きかけて、その力を集めるってのが原理らしいから、全くその力を感じない場所では、今のところ無理って言われてる」

「昼間に闇の魔法は使えないってことか」

「陰のある場所なら使える可能性はある。同様に、夜間でも月明かりが強ければ光の魔法が使えるかもしれない。……とりあえず、今魔法研究所が研究しているのはそこまで。最終的には、どこでも使える方法を探してるみたいだけどな」

「面白いな」

 ってことは……。

「光は?」

「んー。ルミエルとかブリエ、クラルテってところか?」

 イメージで言うと……。

「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」

 目の前に光が現れる。

「光の玉みたいだな」

「それをイメージしてみたんだ。便利だろ?」

「お前、そろそろ研究所に入れ」

「嫌だよ。今の、魔法研究所の話しだろ」

「どっちも垣根なんてほとんどないぜ。転移の魔法陣の研究なんて、魔法研究所の分野だって、マリーに言われたばっかりだ」

 微妙なところだな。

 精霊の力が不要なら、基本的に錬金術の分野と思って良いんだけど。

 もともとグラシアルの魔法陣は精霊の力を使うことが前提だし……。

 ん?

「あの魔法陣って、誰でも使えるのか?」

「さぁ」

「明日行って使ってみよう」

「少し危険じゃないか」

「なんで?」

「なんで転移の魔法陣について、あんなにべらべら喋るんだ。詳しいのだって変じゃないか。あれは現代には伝わってない魔法陣だぞ」

「なんで危険だと思うんだ」

「呪文の意味が分からない。どこの言葉かも不明だ。もしあの呪文が危険な呪文だったらどうするんだよ」

「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード?」

「こら。言った傍から……」

「どこの言葉か知らないか?」

 ユールなら知ってるかもしれない。

『ドラゴン王国時代の言葉じゃないかしらねぇ』

「ドラゴン王国時代の言葉?」

「は?」

 それなら聞き覚えがあるはずだけど。

『あの時代は、色んな国があって、色んな言葉が混ざってたのよぉ。現代だって、色んな言葉があるでしょぉ?』

 確かに。

「俺たちが学んだあの時代の言葉って、一通りだ。当時の文献だって、ほとんど同じ言葉で書かれてた。……でも、それに疑問を挟むべきだったんだ。言葉は国によって変化する。ドラゴン王国時代、多くの国があったなら、色んな言語があったのは当たり前なんだ」

「確かにな。あの頃は今よりも陸地が多くて人口も多かったって説もあるぐらいだ。言語が色々あってもおかしくないか。……でも、今のところ、見つかる文献はほとんど同じ言語で書かれてるぞ」

「失われた言葉の方は、完全に水没した国の言葉なのかもしれない。そもそも、書物を探せるのなんて、水を被ってない高い場所にある遺跡だけだ。同じ地方、同じ言語圏だったのかも」

「ドラゴンが話す言葉も、確か同じだよな」

「同じ理由で説明がつく。当時、ドラゴンと国は一心同体だった。水に流されて一緒に沈んだんじゃないか?」

「そうだな……。今のところ、それを立証できる文献は何一つないけど。仮説として否定する材料もない」

「この遺跡から発見された文献ってあったか?」

「読めるような文献なら、俺たちは一通り読んでるはずだぜ」

 そうだよな。

 後は、状態が悪すぎて読ませてもらえなかったようなものか……。

「明日一日潰して、書物を探そう。それから、遺跡にあった転移の魔法陣を起動してみる」

「起動って。危ないって言ったばかりだろ?」

「使えるかどうかは、エレインを連れて行けば良いだろ」

「ついて来れば良いけどな」

 


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