20 一手間加える
朝食を片付けて部屋を出ると、ベランダにアニエスとライーザが居る。
「おはようございます、エルロック様、リリーシア様」
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます、リリーシア様。ライーザと申します。ご出発でしたら、城門までご案内いたします」
「はい。お願いします」
「リリー、気をつけて」
「うん。エルも気をつけてね」
『ちゃんと大人しくしててよ』
「ちゃんと待ってるよ」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
リリーが手を振って、ライーザと一緒に皇太子の棟を出る。
後ろのリボンが揺れる。
『大丈夫かしらねぇ』
「リリーは本当に何をするかわからないからな」
今度帰って来る時にも、何かやってるんだろうな……。
『溜息なんて吐いちゃって』
『心配なら連れて歩けば良いじゃない』
「王都の外で迷子になったら探すのが大変だろ」
『え?それで連れて歩きたくないの?』
『リリーって、本当にふらふら居なくなっちゃうからねー』
遺跡の中で迷子になられたら洒落にならない。
手を繋いでないと、本当にすぐ居なくなるから。
……なんで居なくなるんだ。本当にわからない。
近くで咳払いが聞こえる。
「エルロック様。アレクシス様がお呼びです」
「どこに居るんだ?」
「お部屋にいらっしゃいます」
「ん。わかった」
渡り廊下を通って、宝物塔を抜けて、アレクの部屋に行く。
ノックを二回。
「どうぞ」
アレクの部屋を開くと、アレクがテーブルでコーヒーを飲んでいる。
「おはよう、アレク」
「おはよう、エル。彼女は出かけたのかな」
「出かけたよ」
アレクの前に座る。
「なんでリリーにあんなことさせたんだ」
「ちゃんと護衛はつけていたよ」
「護衛?」
「レティシアに頼んでおいたんだ。リリーシアが忍び込んだら、援護するように」
「援護って。リリーは気付いてなかったぞ」
「気づかれたら意味がないからね。もともと侵入ルートは伝えてあったし。上手くやっただろう」
「なんでリリーにさせたんだ」
「城内の人間で実験しても意味がないからね。リリーシアは剣花の紋章で守られているし、彼女の身体能力を考えれば侵入するのに問題ない。一番の問題は迷子なことだ。でも、精霊に案内させれば問題ないだろう」
「だからって……」
「私の依頼をリリーシアが引き受けただけだ。報酬もきちんと用意したよ。これは私と彼女の契約だ」
リリーが何をしようと止められないのはわかってるけど。
「彼女のおかげで警備の穴がわかったからね。レティシアが報告しているだろうから、すぐに対策が練られるだろう」
「警備の穴ぐらい、わかってたんじゃないのか?」
「実証しなくちゃ意味がないからね。実際に、侵入者が侵入できたことを証明しないと」
「今さら?」
「シャルロに何か聞いたのかな」
「暗殺者が入った時期と、噂が流れた時期はずれてるって聞いたぞ」
「そうだね」
「いつだ?」
「秘密」
「言う気ないのか」
「エルが居ない間だよ」
俺が居ない間って……。
多過ぎて、いつかわからない。
「暗殺者が持ってたって得物。あれ、一度も使われてない、千年ぐらい前のルミエールの作品らしいぜ」
「千年前?」
「あぁ。詳しい鑑定結果はまだ出てないけど。暗殺者が持っていたにしては変じゃないか?」
「ルミエールのものなら、名品だね」
出所を調べるのは難しそうだよな……。
「盗品だったら盗賊ギルドで調べられるかもしれないけど」
「盗品ではないんじゃないかな」
足がつくようなことはしないか。
「エル、リュヌリアンと盾を持っていくんだよ。黒炎と一緒に厩舎に預けてあるからね」
出先でドラゴンに会うかもしれないから?
「わかったよ。カーバンクルの調査結果は?」
「ただの宝石。特別な力の検出は出来なかったようだ」
「紫竜に直接聞いてみるしかないってことか」
「そうだね」
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけて」
「何か土産でも買って来るか?」
「今は欲しいものはないよ」
「わかった」
※
カミーユの家は、錬金術研究所の近くにある、研究所員が使ってるアパート。
「何号室だったかな」
『二〇一だよぉ』
扉を開いて、アパートのロビーに入る。
ロビーには、簡易の応接セットと本棚や調度品、観葉植物が並ぶ。
奥には給湯室もあるはずだ。
ここには居ないみたいだな。
階段を上って二階へ。部屋の番号を確認して、二〇一号室の呼び鈴を鳴らす。
しばらく間があって、カミーユが顔を出す。
「もう来たのかよ」
「寝てたのか?」
起きてると思ってたのに。
カミーユに促されて部屋に入る。
「シャワー浴びて来るから待ってろ」
そう言ってカミーユがバスルームに入る。
『相変わらず朝に弱いな』
『だらしないだけよぉ』
暇だから何か作るかな。
『エル、勝手に使って良いの?』
「良いだろ。どうせ何日も留守にしてたら、ものが悪くなる」
足の早そうな野菜はスープにして煮込んで、卵は全部オムレツにするか。
このベーコンはスープの出汁にしよう。
弱火でベーコンを炒めながら、野菜を刻む。
切りやすい包丁だな。
後は……。パスタでも浮き身に使うか。
鍋にお湯を沸かしながら、刻んだ玉ねぎをベーコンと共に炒める。
『エルって料理が好きなんだね』
『ずーっと作ってたものぉ』
ずっと、ってほどじゃないけど。
お湯が沸いた。塩を入れて、手近な場所にあったフジッリを茹でる。
炒めた玉ねぎとベーコンは、他の野菜と共に大きめの鍋で煮込む。
あ。作りすぎるな、これ。
まぁ良いか。
卵をボールに割り入れてかき混ぜる。熱したフライパンにバターを引いて、卵の半量を入れて、混ぜながら火を通す。
良い感じ。
残りの半分も加えて、オムレツの形に仕上げて皿に盛る。
トマトがあればソースを作っても良かったけど……。あぁ、プランターにバジルがあるな。バジルのソースでも作るか。
フライパンにオリーブオイルを入れて潰したガーリックと一緒に弱火にかける。
すり鉢にバジルと胡桃を入れてすりつぶし、火を止めてガーリックを抜いたフライパンの中に入れて、塩を加えて合せておく。
茹でているフリッジを一つつまんで食べる。
こんなもんかな。
ザルに上げてスープに突っ込み、スープの味付けをする。
こっちも完成。
「何やってんだ?」
ようやく来た。
「俺、朝はそんなに食わないぞ」
「これから出かけるのに何言ってるんだよ」
スープを盛って、オムレツにバジルソースをかけてバジルを飾って、テーブルの上に置く。
「食えよ」
スプーンとフォークを出してカミーユに渡し、食器を洗う。
「美味いな」
「当たり前だろ」
「その鍋のスープ、全部食わせる気か」
「……あぁ」
ちょっと作りすぎたんだよな。
そうだ。
「カミーユ、この包丁ってどこで買ったんだ?」
「鍛冶屋だよ」
「鍛冶屋?」
「あぁ。包丁作ってるところは結構ある」
鍛冶屋か……。
刀鍛冶なら、相当切れ味の良い包丁を作れそうだな。
※
結局、残りのスープはロビーに居たノエルに押し付けて、目薬を差してからカミーユと一緒にアパートを出る。
中央広場を通って、サウスストリートへ。
「南大門から出るのか?」
「違う。ちょっと寄りたいところがある。アヤスギの店」
「誰だ?」
「刀鍛冶。ほら、セルメアで会っただろ?」
「ポリシアちゃんの得物を買った店か。ラングリオンに来てるなんて初耳だぜ」
「ポラリスの店跡に店を出したってリリーが言ってたんだ」
「あー。あの、看板のない店か」
「看板のない店?」
「何の店かわからないって話題になってたんだよ」
看板出してないのか。
っていうか、看板なしで、リリーは迷わず行けるのか?
「何しに行くんだ?」
「まだ一度も顔を出してないから」
「顔、出して良いのかよ。死んだと思われてるぜ、きっと」
聞かれたら面倒だけど。まぁ、気にしないだろう。
「ついでに包丁を頼む」
「欲しいのか?」
「キャロルのプレゼントにしようと思って」
「そういうわけか。でも、今日は休日だぜ。やってるのか?」
……忘れてた。
「相変わらず適当な奴だな」
ポラリスの店跡。
看板もかかってないし、開店の札も閉店の札もかかっていない。
「開いてるのか?これ」
扉を……、開く。
開いた。
中に入ると、セルメアで会った刀鍛冶が、刀の手入れをしている。
「いらっしゃい」
「久しぶりだな、アヤスギ」
「ん……?」
「お前、目の色変えてるだろ」
そうだった。
「エルロックか」
「あぁ」
「後ろに居るのも会ったことがあるな」
「俺はカミーユ」
「一緒に居た女は連れてないのか」
あの時は、アリシアとポリシアも一緒に旅をしてたからな。
「あの二人はラングリオンの人間じゃない」
「リリーシアちゃんの姉妹だぜ」
「あの黒髪の嬢ちゃんの?」
「血は繋がってないんだよ。それより、頼みたいことがあるんだ。包丁を作って欲しい」
「包丁?……ちょっと待ってな」
「あるのか」
アヤスギが店の奥に行って、包丁を何種類か出してくる。
「随分いろんな種類があるな」
「こんな長い包丁、見たことないぜ」
「用途に応じて色んなのがあるんだ」
「面白いな。……でも、専門家が使うようなやつじゃなくて、もっと誰でも使えそうなのが欲しいんだ。もう少し小ぶりで子供でも使えそうなやつ」
「リリーシアが使うのか?」
「違う。俺の子供が使う」
「お前、子持ちなのか?」
「紛らわしい言い方するなよ。エルの養子だ。女の子」
「包丁なんて娘にプレゼントするようなもんじゃないだろ。もっと可愛いものを選んでやったらどうだ」
「じゃあ、装飾を可愛くしてくれ」
「はぁ?」
「……アヤスギ。こいつには何言っても無駄だから。これ以上変な注文受けたくなかったら問答は避けた方が良い」
可愛い包丁ってどんなのかな。
「刃の部分に模様を掘るのってできるか?」
「できるが……」
「じゃあ、花の模様でも掘ってくれ。何日で仕上がる?」
「いつまでに仕上げて欲しいんだ」
十五日までに、帰って来れれば良いけど……。
「十五日に店に届けてくれるか?前払いできるなら、先に払う」
「小ぶりな包丁なら、銅貨十枚ってところか」
「じゃあ、銀貨一枚払う。良いのを頼むぜ」
「無茶苦茶な奴だな」
「プレゼントだからな」
楽しみだな。
※
中央広場に戻って、ウエストストリートを歩く。
カミーユに遺跡までの道程を説明しながら、アレクから預かっていた魔法陣の写しを見せる。
「確かに、転移の魔法陣みたいだな」
「だろ?上手く読み解けない部分もあるけど。遺跡をもう少し探索したら、古文書か何か見つかるかもしれない」
「探索までするつもりか?」
「……そのつもりだけど」
「十五日には帰って来たいんだろ?」
「もちろん」
「だったら、探索に時間は使えないぞ。遺跡の詳細な情報はもうないのか?」
「ドラゴン王国時代の遺跡、ってことしかわかってないな。今回入れるようになった部分がどれぐらいあるのかもわからないし」
「現地の情報次第か」
西大門を抜けて、王都の外にある厩舎に寄る。
「黒炎が置いてあるはずだけど」
「皇太子殿下の秘書官様ですか?」
「あぁ」
「官位章をお見せ頂いてもよろしいでしょうか」
付けるの忘れてた。
官位章を出して胸に付ける。
「確認致しました。こちらの剣と盾もお預かりしています」
リュヌリアンと、紫竜のカーバンクルがついたアレクの盾。
「遺跡に行くんじゃなかったのか?」
「出先で会うかもしれないだろ」
紫竜に。
リュヌリアンを背負おうとしたところで、カミーユがそれを持つ。
「大剣と盾は馬に括りつけておく。二人乗りでこんなの身に着けられたら邪魔だ」
「ん。わかった」
「黒炎を連れてきました」
「久しぶり」
大きな馬の首を撫でると、黒炎が鳴いて、俺の頬に鼻をつける。
「覚えてたか」
『覚えてる。馬は賢いからな』
バニラは黒炎が何言ってるか、わかるんだよな。
カミーユが鞍の左側に盾、右側にリュヌリアンをつけて、馬に乗る。
「ほら、来いよ」
カミーユに引っ張り上げてもらって、黒炎に乗る。
「俺も乗馬は久しぶりだからな。落ちないようにちゃんと捕まってろよ」
手綱を掴むと、黒炎が走り出す。
「いってらっしゃいませ」
軽く手を振って兵士に挨拶をする。
王都の外に出るのも久しぶりだな。
風が気持ち良い。
秋の匂いだ。
「良い馬だな」
「アレクの馬だからな」
「……アレクシス様の馬なのか」
「紫竜討伐の時に連れて歩いてた馬だよ」
あちこち一緒に旅をした仲間だ。




