18 侵入者
「っていうか、エルロック。お前、結婚したって言ってたよな」
「指輪見ればわかるだろ」
「あの、黒髪の女と?」
黒髪の女だけじゃ、最早誰のことかわからないぞ。
「リリーシアだ」
「マリーの友達って本当か?どこで見つけて来たんだ」
「どこでも良いだろ。マリーはリリーを気に入ってるんだよ」
「刀を振り回すような恐ろしい女だぞ」
武器を扱う女性なんて珍しくないと思うけど。
「リリーの本来の得物は大剣だ」
「はぁ?大剣だって?あんな小さいのが、大剣使うって言うのか」
「そうだよ。ガラハドと引き分けた強さだ」
「可愛い顔して、化け物みたいな女だな」
「……いいかげんにしろよ」
「怒るなって」
「フェリックス王子はさ、」
「めんどい。リックで良いぜ」
「リックは、マリーをあきらめないのか」
「王族に対して敬意のかけらもないな」
「文句あるのか」
「ねーよ」
「っていうか、王族と思えないその口の悪さをどうにかしたらどうだ」
「お前に言われたくないぞ」
「俺は王族じゃない」
「敬語なんて式典の時に使えれば良いんだよ。仕事するには砕けた口調の方がやりやすいんだ。砂漠の連中はラングリオンの王族ってだけで警戒しやがるから」
「あー。それはあるかもな」
「ってわけで俺は口が悪いんじゃない」
「フォション辺境伯に怒られないのか」
「あの爺さんにはたまに怒られるぜ。そろそろ諦めたみたいだけどな。後、伯爵の令嬢を嫁に取れってうるさいんだ」
「取れば良いだろ」
「俺にはマリーが居る」
「マリーはリックを相手にしてないだろ」
「いずれ落とすぜ。マリーの趣味も好みも把握してるからな」
本当に、あきらめる気ないんだな。
「せいぜい頑張れよ」
「当たり前だろ。……っていうか、お前優秀だな。俺の秘書官にならないか」
「今はアレクの秘書官をやってるよ」
「先に取られたか」
問答無用の辞令だったけど。
「ジェモの二日の地震、リックはどう思ってるんだ?」
「あれは、アンシェラートの力で揺れたんじゃない」
「断言できるのか」
「アンシェラートの力で揺れてるなら、もう世界は終わってる。アンシェラートが地表付近まで来てるってことだからな。似たような地震が八百年前と千二百年前に起こってるなら、ここまで世界が無事であるのがおかしいだろ。アンシェラートとは関係ない」
リックが言うならそうなのだろう。
「それと。八百年前に起こってる、大地震。砂漠を震源としてる奴があっただろ?」
八百年前に起こった地震の一つ。震源がある大地震の方か。
「あぁ」
「これは、月から月の石が降って来た時のものだ」
「月の石?」
「炎の大精霊が東を砂漠化した後、砂漠に月から巨大な月の石が降って来てる。それが原因の揺れ」
「……月の大精霊が来た時の?」
「月の大精霊なんて俺は会ったことないけど。そうなんじゃないか?月の渓谷には、月の大精霊が降りた時にできたクレーターがあるんだろ?」
クレーターって。
あれかな……。
月の石が岩壁みたいになって囲われた場所。
封印の棺が隠されていた場所だ。
「俺が思うに……。ジェモの二日、八百年前、千二百年前の地震ってのは、アンシェラートを抑えてる神々に何か関係があるんじゃないか?」
「なんで?」
「アンシェラートは星の中心。地下深くに眠る神。その神を覆っているのが、他の神の力だからだ。より地表を強く揺らすのって、そっちの神のイメージだな」
確かに、そうかもしれない。
「地表の神に働きかける何かが起こったってことか?」
「何かって言っても、推測する材料が足りない。地下のことなんて精霊に聞いてもわからないからな」
そうだよな。
しかも、精霊というのは時間の感覚がほとんどないのだ。聞いたところでいつの話しかなんてわからないだろう。
「あー、眠てぇ……。今日はこの辺にしとくか」
「明日から俺は手伝わないぞ」
「どうせ俺の秘書官が来るんだ。こっちで捌けない仕事はアレクの執務室に回す。明日は遺跡に行くんだろ?面白い発見があれば教えてくれ」
「わかったよ」
「じゃあな、エル」
「おやすみ、リック」
※
遅くなったな。
リックの部屋から、皇太子の棟に移動する。
「お疲れ様です、エルロック様」
「お疲れ」
皇太子の棟に続く扉を開けてもらって、部屋に入る。
俺の部屋は入ってすぐの場所だけど。
そのまま廊下を進んでベランダへ。
「シールと、アニエス?」
「お疲れ様です、エルロック様」
「ようやく帰ったのか、エル」
今日の夜間の護衛はレンシールか。
なんでアニエスまで起きて紅茶を飲んでるんだ?
「コーヒーか紅茶をご用意いたしましょうか」
「いや、いいよ。今日はもう寝る。明日は……、」
「お出かけと伺っております。ご朝食はお部屋にお運びしますね」
「ん?……あぁ。わかった」
朝食はいつもベランダで皆と食べるんだけど。
明日はカミーユの家に行って、遺跡を目指すだけだし。久しぶりにゆっくり寝てても良いかな。
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
「おやすみ、エル」
廊下を戻って、自分の部屋に入る。
「……あれ?」
『あれ?』
明かりがついてる。
紅茶の準備もしてあるし。
アニエスが用意してくれたのか?
……いや、ちょっと待て。
カップが使われた形跡がある。
なんで?
……ベッドに誰か居る?
「え?」
なんで?
本物?
長い黒髪を掻き上げて、眠っているその頬に触れる。
「んん……」
本物だよな。
「起きて」
目を開いてくれる様子はない。
なんでリリーが居るか聞かないと。
部屋を出て、ベランダに行く。
アニエスは寝たのかな。シールだけがベランダで本を読んでる。
「何か用か」
「なんでリリーが居るんだよ」
「侵入者の話しは知っているか」
「知ってるよ」
「その侵入経路の調査に協力してもらった。リリーシアは、誰にも見つからずにここまで来たんだ」
「は?」
「主君が彼女に依頼していたことだ」
リリー、侵入者と同じことをやったのか?
「どうやって入ったんだ」
「さぁ。……リリーシアは、突然宝物塔の入口から現れた。ここに来るまでに一切の騒ぎも起こさずに」
「ってことは、城内からじゃなく、外から入って来たのか?」
外の警備だって十分厳しいはずなのに。
「おそらく。詳しくはリリーシアか主君に聞けば良い」
何やってるんだよ、リリー。
「わかったよ。……おやすみ、シール」
「おやすみ、エル」
リリーが起きたらリリーに聞こう。
外から侵入する方法……。
アレクが協力した?
いや。アレクが協力したり、魔法を使うなら、侵入経路の調査の意味がない。
仮に警備の隙をついて、皇太子の棟まで来たとして。
その後、どうしたんだ?
リリーは宝物塔から現れたと言っていた。
まさか……。
シャワーから出て、ベッドに行く。
あれ?
リリーが起きてる。
「あの……。ここって、エルの部屋なの?」
「知らなかったのか?」
「この部屋で休んでって、アニエスさんに言われたから……」
大した荷物もないし、何も聞いてないなら誰の部屋かなんてわからないよな。
肩にかかるリリーの髪を払うと、白い肌の上に、うっすらと伸びる赤い線が現れる。
刃物で斬られた跡。
……早く綺麗になれば良いけど。




